5月文楽第二部「女殺油地獄」「鳴響安宅新関」

先日は竹本住大夫さんの引退狂言がかかった第一部について大真面目な感想を述べましたが、本日は別の日に拝見した第二部についてのレポートをやわらかめに書いてみます~。

女殺油地獄

《ざっくりすぎるあらすじ》
油屋の放蕩息子、与兵衛が、金目当てに向かいの奥さんお吉を油まみれ血まみれになりながら惨殺する。

文楽にはダメ男がしょっちゅう出てくるんですが、この与兵衛、私が今まで文楽で観た中で、至上最悪のダメ男です!
他のダメ男は、精神的にヤワなところがあったり、同情できる事情がそれぞれあったりするのですが、与兵衛に対しては全く共感できる余地が無く、本当に憎たらしい大馬鹿者ですた!(*`H´*)=3

私はこの演目、はるか昔に一度見たことがありました。17年前のことです。その時は、与兵衛が吉田簑助さん、お吉が故・吉田玉男さん、切場の床が竹本住大夫さんと野澤錦弥(現:錦糸)さんでした。

この配役は少し意外。簑助さんは女形、玉男さんは立役というイメージがありますので、配役逆転という感じです。お二人とも立役、女形のどちらでも器用に遣われる方ですので、まぁそんなにびっくりすることもないんでしょうが、今思い返すと結構貴重なものを観た気がします。

簑助さんの与兵衛役は結構はまっていました。女性のたおやかさを表現するのがお得意の簑助さんですが、根性が悪ぅーーい色男役もとってもお上手。本当に憎たらしくなるぐらいの徹底した悪役ぶりでした(*゚∀゚)=3

そして、その相手役となると、もう当時はつりあう人が文雀さんか玉男さんぐらいだったのでしょうなぁ。

その時の殺人シーンは今でも鮮明に印象に残っております。異様にゆっくりしていて、滑っては追いかけ、逃げては滑って、二人とも油で滑るあまりに、思うように追えない、逃げられない。追う与兵衛がこれでもかこれでもかと執拗に迫る感じが残忍さと凄惨さを際立たせていました。観る方はもどかしさを感じハラハラして、背筋が凍る恐怖心がじわじわ湧いてくるのでした~~(>ω<ノ)ノ

今回は、与兵衛・桐竹勘十郎さん、お吉・吉田和生さん、切場の床・豊竹咲大夫さん、鶴澤燕三さん。簑助玉男バージョンと比べるとはるかにスピード感があり、油で滑るシーンも、正直「滑りすぎなんじゃ…!?」と思ってしまうほど、ものすごい勢いでした。一緒に観た友人が「盗塁のよう」と申していて、言い得て妙(笑)。あれ?という間に殺人シーンが終わってしまっていて、ある意味あっさりした印象を受けましたかな。

しかしながら、人形を滑らせる技術はかなり難しくハードなものと思われます。手摺りの裏ではアスリート並の過酷な走りが課されていたようですなぁ。。。与兵衛の足遣いをなさっている人形遣いさんに手を見せて頂いたところ、痛々しく腫れていました。公演はまだ半分を過ぎたばかりでしたので、終わる頃にはもうボロボロになっちゃうんじゃないでしょうかね・・・可哀相・・・(・ω・。)

実はこの演目三回も観てしまいまして(^_^;) 最初は昔受けた印象とあまりに違っていて、あれれ?と拍子抜けな感じだったのですが、三回目に観た時は前の方の席で、人形もよく見えて、かつ、床の迫力もダイレクトに伝わる位置で、とても良かったです。さすがは勘十郎さんですなぁ。特に殺人シーン終盤で与兵衛が脇差しでぐさぐさ床を刺して這っていくシーンの狂気にはぞくぞくして鳥肌が立ってしまいましたよぉ~~~(((;゚;Д;゚;)))

鳴響安宅新関

歌舞伎十八番の「勧進帳」と同じ題材で作られた演目です。能の「安宅」が原型で、松羽目物と呼ばれ、舞台セットも能舞台を模したものです。

まず、太夫と三味線の多さに面食らいます。総勢15名!文楽廻しは三味線さんでいっぱいになり、太夫さんは舞台の奥まで連なっています。奥の方の太夫さんもう全然見えませんがな(ーー;)

舞台上で主に人形を遣う場所は舟底といい、通常の舞台床面より一段深くなっているものなのですが、「安宅」の場合は、舟底がなく床が完全に平らになっているそうな。人形の足の動きがよく見えるようにわざとそうしているらしいです。このように舟底を使わない形態は松羽目物に多いらしく、ひょっとしたら観客の目線を高くすることによって、能舞台を見上げる感覚を演出しているのかなとも思えてきます。

そんなわけで、人形遣いの腰から下がいつもより余分に見えちゃってます。人形の足が浮いたようにならないためには、少々低めに人形を構えることになり、足遣いもかなり腰を低くして遣わなければならず負担がかなり大きいようです。特にこの弁慶は派手に動く見せ所が多く、通常は出遣い(=顔を出して遣うこと)になるのは主遣いのみですが、この演目では弁慶のみ主・左・足の三人共が出遣いとなっています。今回の弁慶は、主遣い・吉田玉女さん、左遣い・吉田玉佳さん、足遣い・吉田玉勢さん。

この弁慶は足遣い卒業の役とされていて、この足遣いを立派に勤めた後、次のステップの左遣いへと出世するのだそうです。
今回足遣いを勤められた吉田玉勢さんは、既に左遣いとして活躍されている方で、十何年前にこの役の足遣いを勤められましたが、今回再びのお勤め。足遣いを卒業できる人が誰もいなかったからというわけではなく、たまたま他の配役との都合上、そうなったとのことです。玉勢さん、久々の弁慶の足、お疲れ様でしたぁ~(公演の後半日程は別の方が勤められています)。

松羽目物は太夫の語りが謡がかりだったりしますし、人形の動きにも能の所作が取り入れられているそうです。一応、橋懸かりを渡るところなどは、摺り足で歩かなければいけないらしく…、しかし、なかなか摺り足は人形には難しいようですね(地に足がついていないですもんね。笑)。歌舞伎と同じく派手な延年の舞や飛六方もありまして、お能の安宅とはかなり違っておりましたが、とても楽しく拝見しました。

着物友達のmegちゃんと♡
着物友達のmegちゃんと♡

さよなら住大夫さん(七世竹本住大夫引退公演)

住大夫さんが引退の意志を発表されたとき、いつかこういう日が来るとは思っていたが、それでもショックを受けた。

私が文楽を観始めた約20年前、住大夫さんは既に人間国宝で雲の上の人だった。

それ以来、住大夫さんは文楽の世界にいて当たり前の人、国立劇場に文楽を観に行くと必ずいる人、脳梗塞で倒れられた時ですら必ず復帰されると信じていたので、永遠に舞台を観られなくなる日が来ることは全く頭になかったのだ。

そして平成26年5月13日、住大夫さんの最後の舞台(私にとって)を拝見する日がやって来た。

恋女房染分手綱 沓掛村の段 切場。

養父・先代住大夫さんの引退狂言と同じ演目を住大夫さんご自身が選んだという。

今公演は住大夫さんが出演する第一部の入場券は早々に売り切れたという。本日も満員の観客席。ほとんどが住大夫さん目当てだと思われる。

最初の演目「増補忠臣蔵」が終わり30分の長い休憩をはさんでいよいよ「恋女房染分手綱」である。今公演は「沓掛村の段」「坂の下の段」のみの上演である。「沓掛村の段」の前が竹本文字久大夫さん、鶴澤藤蔵さんにより演奏され、文楽廻しが回って住大夫さんと相三味線の野澤錦糸さんが姿を現す。

いつもより大きい満場の拍手に沸く観客席。

そして住大夫さんの語りが始まる。引退公演だからといって気負った様子もなく、特別なことは何もない。淡々といつも通り語る住大夫さん。

その一方で、人形が演じる舞台上では、いつもと違うことが起こっていた。

住大夫さんの引退公演に花を添えるオールスターキャスト。人間国宝の吉田文雀さん、吉田簑助さんを始め、桐竹勘十郎さん、吉田幸助さん、吉田玉佳さん、桐竹紋臣さん、吉田和生さん、桐竹紋壽さん、吉田玉女さん、吉田玉志さん、錚々たる顔ぶれ。しかし、何よりも特筆すべきはその配役である。

一番驚いたのは、吉田簑助さんの倅与之助役。子供の役で普通であれば若手の人形遣いが遣う軽い役である。吉田文雀さんの八蔵母と二人きりの長めのやりとりがある。最も長いつきあいである三人の人間国宝を同時に舞台に立たせる計らいなのだろうか。三人の胸の内に長年一緒に舞台に立ち苦楽を共にしてきた思い出が蘇っていたであろうか。

また、大ベテランの桐竹紋壽さんと吉田玉女さんが端役である悪党の人形を遣って頭ぽかぽか殴られたりしていて、めったに見られない光景で、勧進公演の天地会までいかないけれど、少しお遊び的な感じにして華やかに送りたい意図があったのかもしれない。

住大夫さんの語りは良い意味で力が抜けているというか、アルファ派をたくさん出してくれる(=気持ちよく眠れる。笑)語りなのだが、今日もいつも通りアルファ派をたくさん出してくれていた。もちろん今日ばかりは全く寝てる場合じゃなかったけれど。

名残惜しくも段切りを迎え、満場の拍手に包まれ、文楽廻しが回る。住大夫さんの語りが終わっても演目は続く。心地良い余韻を残したまま。

「恋女房~」の次の演目、「卅三間堂棟由来 平太郎住家より木遣り音頭の段」の切場、豊竹嶋大夫さんと吉田簑助さんの熱演が圧巻で、実を言うと本日拝見して最も良かったと感銘を受けたのはこちらの演目の方であった。

引退する人とこれからも活躍する人の違いが如実に表れていた。嶋大夫さんと簑助さんもご高齢だが、脂が乗った状態はまだ続いているし、これからもご活躍なさっていくだろう。

住大夫さんほどの人になると、語りというものが、食べたり呼吸するのと同じ生態活動のようなものになっていて、何の苦も無く自然に身体が動くのだろう、だから力が入らず自然体なのだろうな、と思う。しかし、老いと共に普通に食べたり呼吸するのも辛くなる時があるように、語りも辛い時があるようになってきたんだろうな。そういうことだと思う。

今回、観に行って本当に良かったと思う。
まだ引退しないでほしいとも思っていたが、本日の舞台を拝見することで、これが引退にふさわしい時期だったのだと納得することができた。
住大夫さんも余力が残った状態できちっと最後まで演じ切って辞められれば悔いはないと思う。ぼろぼろになりながらも続けて思い通りの語りができないことが重なり悔いを残したまま辞めざるを得なくなるよりずっと良い。

過日、第二部の方を拝見したのだが、第一部に重鎮の方々のご出演が集中してしまったせいなのか、若手中心でキャスティングされ、かつ、出番も多かったり長かったりで、非常に若々しい舞台に仕上がった印象だった。
第一部と第二部を比較してみると文楽の世代交代を見ているようで、住大夫さんたちが長年培ってきた歴史を感じるとともに、若い技芸員たちが確実に育っていることに気づかされるものでもあった。

まだ千秋楽まで二週間ありますが・・・

住大夫さん、長きに渡って文楽の第一線でご活躍され、文楽の振興や後進の指導にご尽力され文楽界を牽引し、偉大な功績を残されたこと、尊敬の念に堪えません。本当にお疲れ様でございました。今後もお身体にお気をつけになって、お元気に日常を過ごされますよう、心よりお祈り申し上げております。

9月からはここで住大夫さんを観られなくなる・・・
9月からはここで住大夫さんを観られなくなる・・・

公演プログラムには、住大夫さんミニ写真集の付録が!
公演プログラムには、住大夫さんミニ写真集の付録が!

称名寺薪能

昼間、鎌倉観光をたっぷり楽しんで、一路横浜へ。目的地は金沢文庫駅から歩いて一五分のところにある称名寺です。GW期間中はライトアップしているとのことで、ライトアップした橋や建物をバックに薪能が見られるということで、期待が高まります。

地元のための催しということで、区役所窓口でチケット販売されており、良い席は窓口で買うのが一番なのでしょう。ネットで買ったせいか、かなりの後方席。しかも、私の一つ後ろの列からは一段高くなっているのに、最前列から私の列までは全く段差が無く。もう一つ後ろだったら良かったのに・・・(´・ω・`)

なんだか雨が降りそうなビミョーな天気になってきました。寒っ!薪能では絶対に忘れちゃならない防寒対策を全くしてこなかった(ーー;) ダウンを着ている人もちらほら。まずいな、こりゃ。

最初に横浜副市長の挨拶があり、次にこの地域の子供達や一般の素人さん達の謡が披露されます。子供達も全員着物でかわいい♡ 謡っている最中に遠くから唄声が聞こえてきます。何か別の催し?薪能をやる日に別のイベントを重ねるなんて気が利かないなと思いました。せっかく謡っている声が全く聞こえません。

素人さんの謡が終わると火入れ式です。この薪能にずっと参加しているという地元の方が火入れ奉行を勤めます。火が本堂から運ばれてくるのですが、先ほどの唄声がだんだんこちらに近づいてきます。あれ?別の催しではなかったの?そして松明の火と一緒に法被姿のいなせな男達が唄いながら会場に入ってきたのです。どうやら地元のきやり保存会の人達で木遣り唄のようです。儀式の一環としてこの行列行進を入れたのでしょう。しかし、素謡の最中にいれたのはいかがなものでしょう。謡っている最中に別の音が入るなんて普通の謡曲会や発表会ではありえませんぜ。せっかく習った成果を披露しているのにはっきり言って邪魔。せめて発表が終わってから、火入れの行列を始めれば良かったのではないかな?

火入れ式が終わり、仕舞、狂言「蚊相撲」能「放下僧」と続きます。天候の関係で休憩はなしになりました。、確かに雨降りそう。あるいは謡の発表と木遣り唄がかぶったのも、時間を短縮するためだったのかもしれません。運営側の苦労がしのばれます。しかし、寒い中であるからこそトイレ休憩はしっかり確保して頂きたかったと思います。トイレが会場内に無く、いったん会場の外に出ないとならないので、休憩を設けると戻ってくるのに時間がかかり、予定が押してしまう懸念があったのかもしれません。

雨が降ってきたら、もっと悲惨なことになるのはわかっていますが、観客には不親切な対応だったと感じ残念に思いました。

肝腎のお能ですが、前の人の頭でほとんど舞台が丸ごと見えませんでした。段差の無い列のお客さんは皆、右か左に頭を傾けて必死に見ようとしています。椅子もすこしずつずらすように配置して、前の列の頭と頭の間から見られるようにすればいいのに・・・と思いました。私はもう観ようとするのを諦めて、聴くことに専念、一度見たことがある演目なので、今あれやっている、これやっているとひたすら想像です。

幸運にも結局雨は降らず。美しいライトアップを堪能して参りました。次に見に行く機会があったらぜったいに正面席の前の方を取ろう!