前回のお話 ⇒ 谷中で文楽~桐竹勘十郎×アラン・ウエスト(前編)
さて、左遣いの吉田簑紫郎さんと足遣いの桐竹勘次郎さんがご登場なさって、三人遣いについての解説です。通常、主遣いは、中腰の足遣いが楽な姿勢で動けるように高さのある舞台下駄を履きますが、今回は会場の都合上履きません。また、通常の舞台と違って手摺り(人形遣いの腰から下を隠すようになっている仕切り)が無いので、足遣いの全身が見えています。普段見られない光景です。かなり辛そうな体勢で遣っていました。若くても腰や膝を痛める人が多いというのも頷けます。足遣いの修行は10~15年だそうです。うーーん、大変ですね・・・(*_*) 左遣いと足遣いは普段は黒衣姿で頭巾を被っていますが、今回は男前のお顔を拝見できました。簑紫郎さんと勘次郎さんが何となく似てらしてご兄弟のよう(*^_^*)
三人でどのように息を合わせるかというと、主遣いが合図を出しています。もちろん舞台上で声を出すわけにはいきません。足遣いに対しては、主遣いの腰が足遣いの右腕に当たるような位置で密着し、主遣いの腰の微妙な動きから足遣いは次の動作を察することができるそうです。左遣いは主遣いから少し離れていますので、体に触れての指示はできません。左遣いは人形の頭後方から肩にかけての辺りを常に見ていて、その動きで合図を理解し次の動作に入れるのだそうです。それゆえ左遣いは絶対に人形から目を離せません。このような合図が決まっているからこそ、リハーサルをしなくても、また一緒に遣う相手が変わったとしても、同じように息の合った動作ができるのです。能のお囃子や舞にも合図的なものがあり、共演者が都度変わってもリハ無しぶっつけ本番で合わせられると聞きました。伝統芸能のルールって意外と綿密にできているのですね~~。
人形解説が終わり、休憩を挟んで「艶容女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ)酒屋の段」の実演です。床には浄瑠璃語り・豊竹芳穂大夫さん、三味線・鶴澤清馗さん、私も大好きな若手実力派のお二人がご登場なさいました。
太夫の語りと三味線の演奏が始まってしばらくして、下手側から勘十郎さん始め三人遣いによる女形の人形が楚楚と歩みを進め中央に出てお園のクドキの部分を演じます。至近距離で観る人形と床の大迫力、人形の表情や動きがつぶさに見え、床の語りと演奏の振動まで伝わってくるようでお芝居への感情移入が促進されます。ただでさえ泣けるシーンですが、こりゃまたいつも以上に泣けますなぁ。・゚・(ノД`)・゚・。
これまで人形遣いご本人のお顔は人形を引き立てるためにあえて無表情にしているというイメージを抱いていました。無表情が板に付くほどプロとして一流という気もしていたので、勘十郎さんの無表情は一流の証とも思っていたのですが、今回近くで改めて拝見しましたら、全く無表情でなんかなかったんですよね。むしろお優しい表情をなさっているんです。健気で可哀相なお園を愛おしむような柔らかな表情で…。立役の場合は勇ましい表情になったりもするのでしょう。かといって見てすぐわかるほどオーバーな表情ではないんです。近くに寄らないとわからないほど微妙な違いなのです。その辺の絶妙さ加減が技芸の力量差として表れるところなのかもしれません。
それにしても勘十郎さんのトークは本当に楽しかったです。豊富なエピソードの紹介やユーモアのセンスが秀逸でした。文楽の技芸員さん特に人形遣いさんは舞台上では無言なので、おしゃべりをたくさんなさるイメージを抱きにくいです。しかし実際に解説などをなさるとお話し上手な方が多いです。しかも勘十郎さんクラスになると、たぶんどっしり構えて多くは語らずなのだろうな~とか勝手な妄想で決めつけてましたが、いやいやなかなどうして、面白いことしゃべるしゃべる(笑) 解説の間じゅう、会場には和やかな笑いが絶えませんでした。しかも、今では誰もが認める実力者であるにも関わらず、話す内容は若い頃の苦労話などが中心で、若手の頃の気持ちを今でも忘れずにいる謙虚さがにじみ出ていましたし、自分にもこういう時代があったのだと後輩や弟子に送る応援メッセージのようでもありました。
また、観客の私たちに対しても丁寧にご挨拶なさって気軽にお声をかけてくださったり、気さくで温かな方なのだな~と思いますますファンになってしまいました(*^_^*)
この催しで一つだけ残念だったのは、勘十郎さんの解説の最中に観客の皆様の写真撮影があまりに頻繁であったことです。撮影自体は許可とも禁止とも言われず容認されている雰囲気でしたが、シャッター音(特に携帯・スマホの電子音)がひっきりなしに響いてうるさく解説が聞こえづらくて気になりました。また後ろから照明が当たっていたため、前の人のスマホやタブレットの画面に光が反射してまぶしく鑑賞の妨げになってしまいました。お客さん的には他の人が撮っていれば我も我もとなるでしょうから、あらかじめ主催者様側より撮影してもよいタイミングを限定していただければありがたく思います。なお、実演の前に撮影を控えるよう観客へのアナウンスがありましたので、それ以降は静かに安心して観ることができました。
そのただ一点を除けばたいへん質の高い素晴らしい催しであったと思います。下町のお寺の良い雰囲気の中で鑑賞する一流のプロによる文楽、初心者にも昔からのファンにも楽しめる解説、実り多い贅沢な時間でした。これを観て文楽を観に行きたいと思われた方とても多いのではないでしょうか。しかし東京12月公演は既に完売だそうです。チケットお求めでない方は次の2月公演にはぜひ。主催者様やスタッフの皆さんの対応も親切で心地良かったです。今後もどうかまたこのような企画を催してくださいませ。大いに期待しております!
<公演メモ>
人形遣い 桐竹勘十郎 × 日本画家 アラン・ウエスト
「谷中で文楽」
2014年12月1日(月)19時~
於:正栄山 妙行寺
・解説「文楽って楽しい」 お話 桐竹勘十郎
・実演「艶容女舞衣 酒屋の段 お園のクドキより」
太夫 豊竹 芳穂大夫
三味線 鶴澤 清馗
人形 桐竹 勘十郎、吉田 簑紫郎、桐竹 勘次郎
写真撮影:飯塚和恵さま
※主催者様および撮影者様より写真の使用ならびに掲載許可を頂いております。