3月1日、「粟谷能の会」を拝見して参りました。(← いつの話?寝かせすぎました。笑)
お目当ては「正尊」。事前鑑賞講座にも参加して半ば観た気になっていましたが(笑)、新たな発見などもありとても面白かったです♪
事前鑑賞講座の模様はこちら ⇒ 第97回粟谷能の会 事前鑑賞講座
義経、静御前、家来二人、弁慶が登場。正尊の頼朝の命での義経討伐の疑念が持ち上がっています。
弁慶(ワキ)は森常好さん。めっちゃカッコイイです!常好さんは世界一弁慶の似合うワキ方だと思います♪
正尊登場。正尊(シテ)は粟谷明生さん。白の水衣を着ていて涼しげ。あれ?夏の話だったかしらん?白の装束によって、起請文の読み上げで潔白を主張するイメージを表現したのかな?と思っていましたが、明生さんの演能レポートによると、正尊では黒を着る人が多いが黒は強いイメージとなるので、悲劇の男性を表現するために白を選択したとのことです。
登場した正尊は、事前講座で明生さんが語ったとおり、命じられて仕方がないからイヤイヤ来たよ的な表情をしておりました。
弁慶が正尊を連れて行こうとするときも、正尊イヤそう~。弁慶は、ものすごい迫力で強そう~。弁慶が先に立ち小走りで先導しますが、正尊は行きたくなさげにゆ~っくり歩いてついて行きます。このしょうがなく連れて行かれ感。弁慶と正尊の間隔がじわじわと離れていき、正尊逃げようと思えば逃げられそうなんですけど(笑)
ちなみに観世流では、正尊に前を歩かせて、弁慶が後からついていくのだそうです(常好さん談)。
【ポイント1】 正尊の心情
弁慶が正尊を連れて行く緊迫の場面の辺り、初同(地謡が初めて謡い出すこと)に正尊の心境が全て凝縮されていると明生さんは語られていました。このことを聞いていなければ、さらりと聞き流してしまっていたでしょう。しかし、今回はこの短い一節に集中してじっくり聞きましたぞ!
否にはあらず稲舟の。否にはあらず稲舟の。上れば下る事もいさ。あらまし事も徒に。なるともよしや露の身の。消えて名のみを残さばや。消えて名のみを残さばや。
(否とは言えず立ち出でる。こうして都に上ってきたが、もはや鎌倉に下ることは叶うまい。それでもよい。この身は消えても名を残そう)
なるほど、最初から正尊が乗り気でなかった感じがひしひしと伝わってきますナ。
そして正尊は義経の前に突き出されますが、ここに来たのは参詣のためで、討伐のためなんかじゃないよ~と主張します。正尊は嘘をついていないことを信じこませるために、その場で起請文をさらさらと書き、義経の前で読み上げます。
【ポイント2】 起請文
起請文とは?主張が正しいことを証明するために神仏に誓う分のこと。
起請文の読み上げは能の三読物の一つで重習いであります。重習いとは年数や経験を積んだ能楽師だけが先陣から直接伝授されて習得する演目や場面のことです。明生さんも初めて挑むこの起請文の読み上げ。どんなことになるかワクワクです!((o(´∀`)o))
シビれました!私は明生さんの謡の声が元々とても好きなので、直面(能面をかけていない状態)で声がよく通って聞こえることもあり、見所全体に堂々とした謡が響き渡り、聞き惚れてしまいました。ここにはもう、イヤイヤ連れてこられた正尊はいない。彼は偽りの芝居を演じ通す覚悟を決めたのだ。それによって命を落としても構わないとついに腹をくくったのだ。正尊の表情は何かふっきれたように見えました。
起請文には神仏への誓いと、それを破ったときの罰についても記されています。正尊は頼朝から命令を受けたときに死ぬ覚悟を固めたと思われますが、起請文を読むことでさらに神仏を裏切り地獄に墜ちることさえも覚悟したのではないでしょうか。
正尊が偽りの宣誓をしていることを義経は見抜いていましたが、見事な起請文を書いて読み上げたことにいたく感心したため、正尊のために酒宴を催します。
【ポイント3】 子方の舞
子方が演じる静御前は酒宴で正尊に酌をし舞を舞います。これがまた本当に見事な舞でした!子方があれほど長く難しい舞を立派に舞うのはそうそう観る機会がありません。観世流・宝生流の正尊では子方の舞はとてもシンプルであっという間に終わるのだそう(常好さん談)。謡いも元気よく伸びやかに声が出ていました。本当にたいへん良くできました!(*´▽`*)
静の舞を見ている時の正尊の気持ちというのは如何なるものだったのか?明生さんは仰っていました。うまく油断させることができたと酒宴をとりあえず楽しんだでしょうか。それとも、ここは何とかやり過ごすことができたが、次の段階である討ち入りのことに考えを巡らすと舞は全く目に入っていなかったかもしれません。
酒宴が終わり、橋懸かりを渡る正尊の表情には、もはや登場した時とは全く違う、決意や覚悟のような毅然とした強さが感じられました。(中入り)
正尊が討ち入りの準備をしていると偵察の者から報告を受けた弁慶と義経らは、戦うために身支度をします。
正尊の郎党が4人、腹心の姉和平次、正尊が揚げ幕から出て橋懸かりにズラリと並びます。正尊は一番後ろで床几に腰掛けました。
【ポイント4】 切組
切組とは時代劇の殺陣に当たるアクションシーンです。能にしては動きが激しく驚かされますが、型は洗練されており美しくすら感じられます。リアルな演劇では斬られた者はその場に倒れて残されるか、フレームアウトして去るかですが、能の場合は「ハイ今死にましたよ~」というお約束の型をします。それが飛び安座、仏倒れ、前倒れ、宙返りなどです。見事な死にっぷりに客席のあちこちから「おぉーーーーっ!」という声が上がります。直立不動の姿勢のまま仰向けにバタンと倒れる仏倒れは頭打ったりはしないのかとヒヤヒヤします。相当練習したんでしょうなぁ~。
お約束の型が済むと、もう死んでるのにすっくと立ち上がって普通にすたすた歩いて切戸口から退場します。なんかこういうアッサリした所が能って面白くてたまりません。
正尊側の郎党が次々と倒され、姉和が弁慶に挑みますが倒されます。最後に正尊だけが残り、義経、静と次々と戦い、最後に弁慶との一騎打ちになります(ここんとこ、よく考えたら、普通、義経と戦う前に弁慶とだろう~、家来二人何涼しい顔して見てんの~、静御前まで戦っちゃうの~?とツッコミどころ満載ですが、超盛り上がっているのでそんなことどうでもよくなりました。笑)。
大太刀を持つ正尊と薙刀を持つ弁慶が刃を交えますが、二人はすぐに武器を捨て取っ組み合いに。この辺りスピーディすぎる展開なのは地謡に尺を合わせる必要があってやむなし?弁慶は正尊を投げ伏せ押さえ込んでしまいます。その時、弁慶は正尊の肩をしっかと押さえています(明生さんこだわりの演出)。
そして家来二人が正尊の両腕をしっかと抱えて連行していきます。並んだ三人が橋懸かりを小走りで幕に入ります。あぁぁーーー、かわいそうな正尊。ショボ――(´-ω-`)――ン
しかし、義経や弁慶の陰に正尊という悲劇の人がいたのだというドラマがワタクシの心の中にしっかと残りましたよ。
おシテの明生さんによる詳細な演能レポートが掲載されていますのでぜひご覧ください。↓
粟谷能の会:演能レポート:演能機会が少ない『正尊』に取り組む
今年、還暦を迎えられる明生さんは、お父様の粟谷菊生さんのご命日に、喜多流でもう一つの「読み物」である「安宅」を次回の粟谷能の会で勤められます。こちらも楽しみにいたしましょう♪