宝生流企画公演「夜能」

今宵は宝生流企画公演「夜能(やのう)」@宝生能楽堂。
平日の夜に能とその他の伝統芸能を気軽に楽しむ企画が始まりました。

第一回の本日、伝統芸能のお相手は、雅楽「二つの鼓」。鞨鼓と三ノ鼓が登場。雅楽と言えば笙や篳篥、龍笛などの管楽器がまず思い浮かび、打楽器のことは恥ずかしながらこれまであまり気にしたことがなかったのですが、詳しく解説していただいて興味が湧いてきました。

鞨鼓は能の小道具として登場する鞨鼓よりは大きく、木製の台の上に横向きに置いて、2本のバチで両方の面を打ちます。
三ノ鼓は鞨鼓よりさらに大きく、床に直接横向きに置いて、左手で調べ緒を握り、右手のバチで打ちます。
ちなみに、鞨鼓と三ノ鼓は演奏曲のジャンルが違うため同時に演奏されることはないそうです。

演奏曲の一曲目は「太食調 合歓塩」を鞨鼓と笙、また、篳篥は唱歌(しょうが)で。篳篥の唱歌というものを初めて聞きました。二曲目は「高麗壱越調 貴徳急」を三ノ鼓と篳篥で。本来であれば舞が入る曲だそうです(今回は楽器の演奏のみ)。

能「放下僧」。兄弟が父の仇討ちをするお話。昨日の「鉢木」に引き続き、本日も現在能です。

「放下」というのは大道芸の一種で、「放下僧」は放下を行う僧、または、僧形で放下を行う者のことを呼ぶそうです。

ツレの弟、ワキの敵役にはちゃんと名前があるのに、主人公のシテには名前がなくて「小次郎の兄」となっています。解説で宝生流の和久さんがバカボンのパパに例えていたのがウケました^^*

禅問答の話芸や曲舞・鞨鼓の舞・小歌と芸尽くしが見どころになっています。芸で敵を油断させる同類の曲としては「望月」がありますね。

放下僧の芸が盛り上がりを見せた頃、敵役のワキが笠だけ残してスタスタと立って歩いて切戸口より退場してしまい、兄弟は本人がいなくなった笠に向かって刀を突き立て仇討ちを成し遂げます。おそらく能を初めて見る人にとっては珍妙なシーンだと思うんですが、生々しくならないために考えられたのか、いかにも能らしい面白いお約束ごとですね。あえて解説の時には説明されなかったんですが、初めての方にもわかってもらえたかしらん?

萬狂言新春特別公演 野村萬 米寿記念

萬狂言新春特別公演 野村萬さまの米寿記念公演を拝見して参りました。
今回は萬さまの記念の会ということで、当然ながら萬さまの三番叟が核ではありましたが、もう一つの特徴としては全体を通じて「演出」にこだわった内容になっており、たいへん興味深く鑑賞いたしました。

三番叟〈式一番之伝〉

お正月などに上演されるいわゆる「翁」は正式には「式三番」という名称です。演劇ではなく祭礼として行われる儀式的演目で、もともとは「父ノ尉」「白式尉(翁)」「黒式尉(三番叟)」の三番立てであったため、式三番と呼ばれていましたが、じきに、父ノ尉が省略され、現在ではシテ方が演じる「翁」と狂言方が演じる「三番叟」の二つのみが残った形で上演されています。

今回はさらに翁が省略された、三番叟のみの演出でした。しかしながら、三番叟のみ抜き出したというものではなく、一番のみで儀式として完成されたものに作られていました。

三番叟を演じる萬さまが真っ白な装束をお召しになり、正面に向かって拝礼後「どうどうたらり〜」と謡い始め、その後に千歳の舞、三番叟と続き、一見すると翁と三番叟のミックスのようでしたが、これは通常であれば翁の役が演じる太夫(司祭役)を、この演出では三番叟の役が演じるという位置づけだそうです。ちなみに地謡も全て狂言方が勤めました。

珍しい演出はもちろんですが、やはり88歳になる萬さまが三番叟という動きの激しい役を演じるというところに興味が注がれます。昨年4月に開場した銀座の観世能楽堂でのこけら落とし公演でも、本来であれば人間国宝の萬さまが三番叟を踏まれるのが最も望まれるであろうところを、ご高齢という理由で息子の万蔵さんにお譲りになられており、最近では萬さまの三番叟を拝見する機会はなくなっていました。ですから、今回米寿の節目に萬さまの三番叟を拝見できたことは、我々ファンにとってもたいへん喜ばしいことでした。

激しく動いた後は多少呼吸が荒くなることもありましたが、足腰はいまだしっかりしたもので、まだまだ力強さと迫力にあふれていました。全身全霊をこめた舞が身体的な年齢をさほど感じさせないほど我々を圧倒する一方で、年齢を重ねることにより生み出される気品や神々しさが際立っていました。

千歳はお孫さんの万之丞さんがお勤めになりました。萬さまの円熟の芸に対して若々しく颯爽とした万之丞さんの舞を拝見していると、親から子そして孫へ脈々と芸の継承が行われてきたことを感じることができました。

元日の語

これは和泉流にしかない語りだそうです。萬さまのお孫さんである、拳之介くん、眞之介くんのお二人により晴れやかに語られました。天子の長寿の慶びを表す語りは、萬さまの長寿御祝いにふさわしい内容で祝賀ムードに華を添えました。

蝸牛〈替之型〉

これはよく上演される演目で、太郎冠者が主人に命じられてカタツムリを捕りに行くのですが、カタツムリを見たことがない太郎冠者は籔で一休みしている山伏がカタツムリではないかと問いかけたところ、山伏は自分こそが確かにカタツムリであると太郎冠者に信じ込ませてからかいます。「でんでんむーしむし」と言って囃すフレーズとリズムがとても愉快で何度観ても楽しいお話です。

今回は野村又三郎家に伝わる演出〈替之型〉で、主人と太郎冠者の設定が兄と弟になっていました。シテの山伏は野村又三郎さん、カタツムリを探しに行く弟の役はまだ中学生の奥津健一郎くんが勤めました。

特に子どもが演じるという演目ではないので、たまたま子どもに配役したんだな〜とぼんやりと思っていましたら、驚きの展開が!でんでんむーしむし、と囃す場面で、なんと又三郎さんが健一郎くんを持ち上げて肩車し、この姿勢のままでひたすら演技を続けたのです!こんなのは観たことがなくてたまげました!!

又三郎さんは中学生を肩車して笑顔で足踏みしつつ囃し続けるのは間違いなくきつかったでしょう。健一郎くんも肩の上で真っ直ぐに姿勢を保って囃し続けるのは想像以上に大変だったと思います。肩車も昔から伝わる演出なのでしょうか?だとすれば、演じられる人が限られる演出ですよね(^_^;

山伏の装束で梵天(結袈裟についているポンポンみたいなの)が真っ赤なのが印象的でした。梵天の色は身分を示していて赤は位が高いと聞いたことがありますが宗派にもよるのかな?

信長占い〈一管〉

昨年の7月に萬狂言夏公演で初演された、歴史学者の磯田道史さん作、万蔵さん台本・演出の新作狂言です。今回は〈一管〉という一噌幸弘さんの笛の演奏が入った演出でした。

信長が自分と生年月日が同じ人物を探したとされる史実に基づいたお話だそうです。元の話を知らなくても、信長と家康の関係性など歴史を知っていた方がより楽しめる演目と思います。装束もそれぞれのキャラクターにビッタリで良かったです。

信長の役は万蔵さん。派手な装束に付け髭をつけて暴君ぶりがものすごくハマっていました。実際にはやさしい方だと思いますけど(笑)。あぁ、そういえば先日には万蔵さんの月見座頭を拝見して感動し、座頭がハマリ役だと思ったばかりなのでした。芸域の幅が半端ないですね〜。ハマリ役といえば森蘭丸役の河野佑紀さんもお小姓役にぴったりなキレイはお顔立ちでしたわ〜。

信長シリーズの新作狂言、登場人物も増やして新しいバージョンもどんどん作っていただきたいです!

若菜〈立合小舞・新作下リ端〉

笑うところは特になく皮肉や風刺もないですが、お囃子が入って華やかさがあり、登場人物が嫌味のない良い人ばかりで、ほのぼのと謡と舞が主体で展開し、春の雰囲気に包まれ幸せな気分になれる演目です。今回は万蔵さんの新演出だそうです。

萬さまの海阿弥、万蔵さんの果報者という配役。万蔵家の他に、野村又三郎家、三宅家、井上松次郎さんら和泉流の他家の皆様も大原女としてご出演され、華麗な舞の競演、装束もそれぞれ異なる色で9名が並ぶととてもカラフルで綺麗でした。

大原女が次々と舞い謡う間、にこやかに控えていた萬さまが、最後に謡い舞う様子にうっとり見惚れておりましたが、終盤で片足けんけんする型をなさったのにはびっくり!三番叟という大仕事の後に、まだまだそれだけの余力があったのには驚かされました。これからもまだまだお元気にご活躍いただけそうです(*^_^*)