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狂言風オペラ「フィガロの結婚」

本日はこれ!狂言風オペラ「フィガロの結婚」@観世能楽堂(千秋楽)

狂言風オペラは、私も大好きだった大蔵流狂言方の故・茂山千之丞さんが始められた新ジャンル。「フィガロの結婚」は2006年に初演、その時には役者は全て狂言師でしたが、2009年の「魔笛」でシテ方が加わり、今回初めて文楽の人形・太夫・三味線が加わったのだそうです。

文楽人形のエロおやじぶりが面白かったとネットで誰かが書いていましたが、勘十郞サマは品がおありになるので、全く下品でないのにちゃんと面白かったので安心しました(笑)

素朴な疑問として、床の太夫と三味線がいつもの位置と左右逆なのは何故だったんでしょう〜?
あと、勘十郞サマが舞台下駄をお履きになっていなかったので(能舞台だから下駄はNGなの?)、左遣いと足遣いがたぶん体勢的にしんどいですよねー(^_^;

シテ方は面をかけていましたが、目付柱が取り払われていたので、ちゃんと舞台の端が見えているのかドキドキでした。あと、登場してからしばらくの間は言葉を発しなかったので、もしやずっと無言なのか!?シテ方のセリフも太夫がアテレコしちゃったらどうしよう〜、と(なぜか)不安になりましたが、ちゃんとシテのセリフ(謡)があり意味もわかったので安心しました(笑)

主役はほぼ狂言方ですが、想像通り狂言とオペラ(特に喜劇)は相性が良い!装束と多少のセリフ以外はあまり狂言の様式にこだわっていない模様で、狂言の枠組みを超えた(これは能も文楽もですが)思い切った演出も結構ありました。

たまたま正面席と中正面席の通路側の席だったので、通路で行われた狂言方のお芝居も至近距離で見られて良かった!

音楽はスイスから来日したクラングアートアンサンブルにより、管楽八重奏とコントラバスにて演奏されました。アリアの部分も彼らが演奏し、とても美しい音楽でした。彼らの衣装は普通に洋服でしたが、全員、足袋をはいていてキュートでした。

実はこの公演、私としたことが全くのノーチェックでした。今日、Facebookの勘十郞さんページや友之助さんの書き込みを読んで、え?そんなのがあるの!と、フラフラ〜と観に行ったんですよね。

東京では昨日と本日の昼・夜で合計4公演、あさって22日には京都、23日には大阪で1公演ずつ行われるとのことです。今日は空席がかなり目立っていてもったいなかったなー(昼はどうだったか知らんけど)。平日の夜とはいえ祝日の前日なのに・・・。昨日の夜はもっと早い18時開演だったので、もっと厳しかったのでは?(余計なお世話か??)

いろいろな意味で、まだ試行錯誤の段階なのかなーという印象を受けましたが、とても面白い企画だと思うので、千之丞さんのご遺志をぜひ後世につないで頂きたいです!

能と組踊のコラボ企画公演「能の五番 朝薫の五番」

横浜能楽堂で能と組踊のコラボ企画公演「能の五番 朝薫の五番」を拝見して参りました。5年間に渡りそれぞれ関連する演目を一つずつ上演するという企画。今年でもう4回目なんですね〜。このような面白い企画があることは初めて知りました。
今回の演目は観世流の能「放下僧」と組踊「二童敵討」どちらも兄弟が親の敵を討つお話です。
能「放下僧」は宝生流で先週観たばかりで、そんなにメジャーな曲でもないと思うので、10日も空けずに二度も観るなんてなかなかレアなことでした。
観世も宝生もどちらも甲乙付けがたく面白かったんですが、観世流の方が仇討ちを成し遂げたあとの「やったぜ!」感が強かった気がします(笑)
組踊とは琉球王朝時代に生まれた琉球の歌舞劇で、これまでテレビや舞台でダイジェスト的に一部分観ることはありましたが、まるっと一番観たのは初めてな気がします。
演者は化粧をしていました(男性も)。衣装も色鮮やかでとても美しいです。女性だけでなく男性の衣装にも紅色が多用されていました。足袋にも赤い色が使われていました。
音楽は、笛、箏、三線、胡弓、太鼓。三線の方は歌も歌っていました。
演者は琉球言葉のセリフを発しますが、旋律と抑揚があります。このあたりは能によく似ています。
少年兄弟が敵を油断させるために揃って踊る場面は、美しすぎてうっとりしてしまいました。敵が自分の着ているものや刀を褒美で与えてしまうんですよね。お稚児さんのようにキレイに着飾った美少年が目の前で艶やかに踊ると、そりゃあげちゃうでしょうね〜(笑)この辺のコミカルな場面はちょっと狂言ぽいですね。
決まったパターンの琉球旋律に言葉を乗せているんですが、繰り返し繰り返し同じ旋律を聴いていたため、観た後も頭の中でしばらくリフレインしています。今なら適当なセリフを乗せれば組踊の曲が私にも作れそうです(笑)
ちなみに、組踊のセリフは最初のうちは外国語に聞こえたくらい、サッパリ聞き取れませんでした。あらすじを知っていたので、注意深く聴いているうちに徐々にわかる部分も出てきましたが。でも能の謡の方が断然わかりやすいくらいです。
お能を観るのが目的でしたが、珍しかったので組踊の感想が長くなりました。来年は能「道成寺」と組踊「執心鐘入」とのことですよ〜。

新春特別企画「粟谷明生の能楽教室」

喜多流シテ方・粟谷明生さんの新春特別企画「聴いて、観て、舞って、謡って、触れて」の鑑賞と体験の「粟谷明生の能楽教室」に参加して参りました。

※撮影した写真の掲載については、粟谷明生さんより許可を頂戴しております。

二部に分かれていて、第一部は明生さんによる素謡と仕舞を鑑賞。

まずは素謡『翁』。

この曲を聴くと、お正月らしいおめでたい気分になりますねぇ~。

素謡 『翁』  by 粟谷明生氏、佐藤陽氏

それから能の五番立(神・男・女・狂・鬼)に基づき、明生さんが仕舞を舞われました。

それぞれの仕舞の前には能面を見せて頂きながら曲の解説も。

初番目(神)『高砂』

かつては結婚式でも一節が謡われていたおめでたい曲です。先ほど素謡で謡われた『翁』の後に上演されることも多いですね。

二番目(男)『八島』

平家物語を題材にした曲です。『八島』の仕舞は絵になりますねぇ~。どの写真もかっこよくてどれを掲載するか迷いました。

三番目(女)『羽衣』

流儀によって使用する面が異なるのだそうです。喜多流では可愛らしい『小面』を使用。

四番目(狂)『弱法師』

盲目の僧が主人公の曲です。杖を使用して舞います。この曲で使う面の切れ長な目からは意外と視界が開けているそうで、実際にはよく見えているのに、いかにも見えていないように演じるところが腕の見せ所。

五番目(鬼)『船弁慶』

これも平家物語が題材で、平知盛が薙刀をふりまわして暴れ回るかっこいい曲。しかし、他の演者やお囃子方に薙刀が当たらないように細心の注意を払って舞っているそうです。それでいて迫力を出すのだからすごい!

ちなみに、シテが扇以外のもの(杖や薙刀など)を持って舞う曲は難易度が高いのでそれなりの修行を積まないと舞うことを許されないんだそうです。

五番の仕舞を立て続けに舞われた明生さん、しかも解説トークをはさみながらの大熱演。お疲れ様でした~。

休憩をはさみ、第二部は体験コーナー。

装束つけ以外は基本的に全員で体験します。

まずは能面をかけてみる体験。

各自好きな能面を選んでかけさせていただきます。

私もかけてもらいました~。

おぉ~、小さな目の穴ですが、前方は意外と見えます。
近く、特に足もとは全然見えないです。

舞ってみました。
どのくらい扇が上がっているかなど扇が目の前に来ないと見えないので、視覚ではなく身体の感覚のみで腕を上げる位置が決まるようにしておかなければならないのですね~。難しい・・・。

謡体験。
全員で『高砂』の一節を大きな声で謡います。
謡本などは見ないで、明生さんが謡った後に、耳で聞いた通り繰り返すいわゆるオウム返しです。謡のお稽古では一般的な教授方法です。

仕舞体験。
扇の扱い方と基本的な型を2~3教わって最後に全員で舞台上で舞いました。

小鼓体験。
全員が体験できるように七丁もの小鼓が用意されていました。

手組(打ち方、かけ声の型)の説明。今回は三地とツヅケをやってみます。同じ名前の手組でも流儀によって型が異なるんですね~。

まずは明生さんにお手本を見せて頂きます。

鼓の持ち方から打ち方まで丁寧に教わります。
まずはポンポンと各自好きなように打ってみた後、
かけ声も教わって最後はみんなで一緒に打ちました。

装束体験。
お客さんの一人が代表して着せて頂き、解説して頂きました。

明生さんの演技もたっぷり拝見できたし、体験も盛り沢山でみんなでワイワイとっても楽しかったです♪

セルリアンタワー能楽堂バックステージツアー

セルリアンタワー能楽堂のバックステージツアーに参加してきました。

ナビゲーターはシテ方観世流の鵜澤光さんとワキ方下掛宝生流の大日方寛さんです。

大日方さんと光さんに舞台や小道具のことなどいろいろ解説いただき、シテ方とワキ方の所作を舞台上で実際に行っていただいたり、また、全員が白足袋を履いて舞台裏や舞台上を自由に歩き回り、摺り足をしてみたり足拍子を踏んでみたり揚幕を上げてみたりいろんな隙間から客席を覗いてみたり、自由な雰囲気でのんびり拝見できてとても楽しかったです♪

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全員が白足袋を履いて舞台上へ。

 

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切戸口から舞台を見るとこんな感じ。頭を低く下げ、左足から上がります。

 

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シテ方とワキ方の視点で舞台上の所作などについて解説していただきました。

 

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身分の高い人が頭を下げずに入場するために作られた「貴人口」。開いているところを初めて見ました!

 

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地謡の役割(位置)では「地頭」が知られていますが、「カドミセ」(前列の左端)、「下駄箱」(後列の右端)など聞いたことがない業界用語(?)についても教えていただきました。 カドミセは地謡全体の位置を決める、扇の所作を開始する役割の人。下駄箱はお囃子に強い人が勤めると良いとされるそうです。

 

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ワキの定位置。まっすぐ前を見ると脇正面席の観客の頭の位置より少し上が見える。つまり観客の顔が見えるということは顔が少し下を向いていて姿勢が悪いということ。

 

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お道具についての解説。蔓桶も高さを変えられたり、座面が回るものもあるそうです。

 

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蔓桶に腰掛ける光さん。

 

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揚幕を裏から見たところ。

 

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揚幕を上げるにも技術が要ります。

 

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棒の先に幕を巻き付けて高さを調節したりします。

 

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シテの気分を味わってみます。

 

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立つ位置も大事。あまり前過ぎると揚幕が演者に被ってしまいます。

 

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揚幕をあげてみます。

 

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お囃子方の気分になって入場してみます。

 

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物見窓。鏡の間から舞台や客席の様子を見ることができる窓。

 

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鏡の間。シテは一番先に装束をつけ出番が来るまでここに座って精神統一。能ではシテが一番偉いので、どんなに先輩でもここに来てシテに御挨拶しなければなりません。シテとしてここに座っている時が最も皆に優しくされる瞬間だそうです(笑)

 

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装束の間。

 

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橋掛かりを進んでみます。

 

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舞台上から見た橋掛かりと脇正面席。

 

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舞台上から見た脇正面席と中正面席。

 

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舞台上から見た橋掛かりと松。

 

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舞台上から見た脇正面席。

 

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舞台上から見た正面席。

 

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舞台上から見た切戸口。

 

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切戸口から出る時はこんな感じ。

 

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鏡板。なかなかモダンなデザインの老松です。

 

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道成寺の鐘吊りで使う滑車。セルリアンタワー能楽堂ではまだ公演での使用実績がないようです。

 

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道成寺の鐘の綱をかける輪。

 

「大田楽」 萬狂言 特別公演 ~八世万蔵十三回忌追善~

能楽堂では初めての上演となる「大田楽」を拝見いたしました。

「大田楽」とは?
能狂言より古い時代に存在した田楽という芸能を題材に、八世野村万蔵氏(五世野村万之丞氏)が構成演出の指揮を執り能楽界を始め様々な分野の演劇人、音楽家、研究家の方々と共に2年間の歳月をかけて創り上げ平成2年に完成させた古くて新しい芸能。
その後、各地に広がり定着。市民参加にまで裾野が広がり26年経った今でも上演が続いており、海外公演も行われている。

この度、万之丞さんの十三回忌追善の会にあたり、原点に立ち返り、初演時に出演した能楽師の方々を再び迎え、万之丞さんの実弟である九世万蔵さんが演出し、現在各地で大田楽を継承・上演されている方々と共に、国立能楽堂で上演する運びとなったそうです。

ワタクシ「大田楽」は映像でしか観たことがなく、しかも能楽堂で初演時のメンバーが再結集ということで、かなりワクワクでございました o(^-^)o

まず、能舞台上に一畳台、大太鼓などが運ばれてきて置かれ、道成寺の鐘を吊す滑車に、神社の鈴が吊られました。(その時、ワタクシは「鈴後見…」という言葉が頭に浮かんでました。どうでもいいですが。笑)

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脇正面席後方の扉が開き、田楽法師一行が隊列を組んで音楽を奏しながら客席の通路を行進してきます。すぐ脇を通っていく演者の皆様を目のあたりにし、否が応でも胸が高鳴ります♪

全員が能舞台に収まるのか!?という大人数が次々と入場。もちろん一度に全員が本舞台にのることはできないので、本舞台の他、橋掛かりや客席通路もまんべんなく使ってパフォーマンスするような形。

複数名の踊り手たちが繰り広げるダイナミックな踊りは、舞台から落っこちてしまうのでは!?と心配になるほどスピード感と躍動感にあふれるものでした。

万之丞さんの一番弟子である小笠原匡さんが踊った番楽は特に躍動感あふれる踊りでとてもカッコ良かった!小笠原さんは大太鼓も打っていて、なんてマルチタレントなの~と思いました。

野村万禄さんの勇壮な王舞。緋の装束に天狗の面をかけて鉾をかざして仁王立ちし後ろに大きくのけぞるポーズを何度かなさったのがとても印象的でした。

色鮮やかで巨大な獅子頭(6キロ近くあるそう!)を操って跳んだり跳ねたり激しく踊る獅子舞はとても豪快でした。
二頭の獅子はシテ方の片山九郎右衛門さんとワキ方の宝生欣哉さんです。初演時には青年だったお二方も26年たって年齢を重ねられ、失礼ながらちょっと心配でした(^_^; しかし初演時には赤坂日枝神社の大階段を登りながら舞った(!)とのことですから、それに比べれば楽勝だったのでは!(笑)

白装束に翁烏帽子姿の田主(一行の長)役である野村萬さまが能舞台後方の台座に着席され、それはそれは高貴で神々しいお姿でした。
萬さまの読み上げる奏上、万之丞さんの功績を称え今なお伝え継がれんことを慶び田楽の開催を宣言する、といったところでしょうか。萬さまの謡がかりで美しい読み上げ声が静まりかえった場内に荘厳に響きました。

稚児舞。二人の稚児は万蔵さんと小笠原さんのご子息方が演じました。橙色と緑色の装束が色鮮やかで可愛らしい♡ でもさすが普段から数々の舞台をこなしているだけあり、きっちり堂々と舞っていました。

万蔵さんの三番叟。翁の三番叟のように黒い面をかけて黒装束。手足に鈴をつけておりました。かなり複雑なリズムで軽快かつ勇壮に足拍子をテンポ良く踏んでいきます。途中で笛の一噌幸弘さんが三番叟にすり寄っていくようなシーンもありユーモラスで面白かったです。

普段は紋付袴姿のお囃子方の先生方が色とりどりの花笠や装束を身にまとっておられたのも見目麗しく新鮮でした^^*

楽器の種類も多種多様。大鼓、小鼓といった能楽でお馴染みの楽器のみならず、腰鼓、編木、銅拍子といった珍しい楽器や、笙や篳篥などの雅楽の楽器、大太鼓。賑やかに囃して祭りを盛り上げます。笛は能管でなくて篠笛?龍笛のようにも見えました。

各地で大田楽を継承されている方々の番楽、日体大の方々のアクロバット、京劇俳優の変面など、次々と繰り出されるパフォーマンスがどれもこれも素晴らしくて、歓声や拍手が起こって会場が沸き、観る方もどんどん気分が高揚していきます。

最後は総勢の群舞となり、土蜘蛛ごとく千筋の糸が客席に向かってまかれ、ワタクシ共、前方席ゆえ両手を差し上げて糸を掴もうとしちゃったり、糸まみれになりながらも満面の笑顔でございました(笑)

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蜘蛛の糸まみれになり喜ぶ我々(笑)

田楽法師一行は再び隊列を組み、舞台を降りて客席の通路を行進して退場します。
名残惜しいとばかりに拍手・拍手・拍手。ワタクシ、長年の能楽堂通いでも、あれほどの割れんばかりの拍手の音をいまだかつて聞いたことはありませんでした。

拍手いつまでも鳴り止まず、いったん退場された万蔵さんと萬さまが再び舞台上におでましになり、観客にご挨拶をなさいました。
萬さまの「後ろで座って見ていながら長男の短く太い人生を追憶することができた」というお言葉には胸が熱く…(;_;)

関わってこられた皆様方の万感の想いが込められた大田楽、実に楽しく感動的な一大エンターテインメントでした。

天国の万之丞さまもきっと楽しんでご覧になっておられたことでしょう。(^_^)

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第99回粟谷能の会 事前鑑賞講座 写真コレクション

第99回粟谷能の会 事前鑑賞講座
2016年2月22日(月) 18:30~20:00 @国立能楽堂 大講義室
<出演>
粟谷明生さん(喜多流シテ方)
森常好さん(下掛宝生流ワキ方)
金子あいさん(女優)

※主催者様および出演者様より写真撮影および掲載の許可を頂戴しております。

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「融」のシテを勤めた喜多流の粟谷明生さん。司会の女優・金子あいさんは、公演当日に能鑑賞案内のお話も担当なさいました。
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名所教えについて地図と照らし合わせて説明。能では事実と異なる方角を示していたりするが、必ずしもリアルである必要はないのでOK!
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ワキの旅僧を勤めた、下掛宝生流の森常好さん。謡いの漢字の意味を強く意識すると情景と結びつかなくなるので、漢字の意味を消す謡い方をするというお話や「文学ではなく能楽を観てください」というお言葉が印象的でした。
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老人が汐汲みをする型を実演する明生さん。型付け通りで無難に勝負しないのは自分の性に合わないし、こういうふうにもできるとかこう解釈できるな、と大きくして表現するのがシテ方としての面白いところだと語っておられました。
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友枝昭世さんが厳島神社の能舞台で、汐汲み場面で舞台のギリギリ端まですごい勢いで進んでいき、海に落ちると思って「あーーーっ」と言ってしまったというエピソードを語る常好さん。
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狩衣の着付け実演。常好さんに着せてもらうというレアな光景。
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「融」では袖は垂らしたままだが、「田村」では甲冑のような形にする。
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「田村」の甲冑袖、完成!
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「融」の後シテで通常使われる「中将」の面。中将は在原業平のこと。なので、眉間のシワは、モテすぎて悩んでいるシワだそうです(笑)
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替えの面としてこれもアリという「今若」。鬼の要素を含んでいる。当日はこちらが使われました!
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シカケ、ヒラキ の型を実演。ものを集めて解放する型。老人の場合はほとんど手をあげない。
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最後に記念写真。お疲れ様でした~。 (2016年2月22日 粟谷能の会 能楽鑑賞講座 終了後)

第99回粟谷能の会の鑑賞レポートはこちら ⇒第99回粟谷能の会

第99回 粟谷能の会

3月6日(日)、第99回「喜多流・粟谷能の会」を拝見いたしました。先だって行われた事前鑑賞講座の内容を織り交ぜながら、感想を書きたいと思います。

今回は「白田村」(シテ:粟谷能夫さん)、「融」(シテ:粟谷明生さん)ということで、共通点の多い二つの演目。能の世界では重複することを「つく」と言い、同時に上演することを嫌うのだそうです。
これまで粟谷能の会ではいつでも上演する演目のバランスがとてもよく考えられていたと思います。しかし、今回は何故つく演目を選曲したのか?お二人とも60代となり「これからはやりたい曲をやる」という方向にシフトしたとのことでした。

とはいえ、最近では、テーマを決めて同じ傾向の演目を上演したり、他流間で同じ演目を上演し比較する企画など、似た演目を同時上演することは珍しくありませんし、また、共通点の中に埋もれた相違点を探し出すことも観る方としてはなかなか楽しい作業なので(少々オタクな趣味なのかもしれませんが。笑)、今回も大変面白く拝見しました。

「白田村」というのは「田村」という演目の小書(こがき=特殊演出)の一つだそうです。通常のタイトルに色の名前を付けて小書であることを表すのは喜多流独特の流儀のようです。今回はシテの装束がオールホワイトで一段と格調高い演出です。前場の童子からはピュアな、後場の坂上田村麿の霊からは神々しい印象を受けました。

「融」は世阿弥作で、「能らしい能」と言える曲だと思います。無駄なものを全て削ぎ落とし、この上なく美しい詩情にあふれた世界観を作り上げる。ここ数年、友人たちと一緒に粟谷能の会を観てきましたが、船弁慶、道成寺、正尊、安宅、と続きましたので、他の能の会を観ていない友人などには今回のような優美な能はかえって新鮮に映ったようです。

「白田村」と「融」の共通点について書きますと、前場で旅の僧(ワキ)が東国から京の都に上り、老人(シテ)がワキに名所を教えるところ(名所教え)はそっくりな設定です。また、旅僧の装束が着流し、後シテの装束が狩衣、女性が登場しない、などの共通点があります。

「白田村」は春の夕暮れ、若者が武勇伝をはつらつと語る、「融」は秋の夜、老人が昔を懐かしんで語る、と言った相違点もあります。ある意味、共通点が多い分、相違点がより際立ち、全く違った印象を受けるのも事実です。演じる方も意識的か無意識かはわかりませんが、「つかないように」ベクトルを逆に向けるようになることもあるのではないかと思いました。

名所教えの場面は「白田村」より「融」の方が多くの名所を紹介します。そのため「白田村」では名所教えがあっさり終わった印象がありました。「融」の方はじっくり何ヶ所も名所を教えるので、なんとなくこちらも教わっているような気分になってきます。

舞台上での方角は流儀により決まっていて、喜多流の場合は揚幕の方向が東となります。観世流などは逆に西になるそうです。方角が違うために流儀ごとの型に違いが生じるというお話は面白いと思いました。喜多流ではシテが登場して定位置についてから揚幕の方を振り返り月を見る型があり、観世流でやると月の方向が逆なのでおかしいことになります(明生さん談)。

ワキとシテが舞台上でそれぞれの方角に体の向きを変えながら、名所について語るのですが、その時、思わず私もその方向を見て、音羽山や清閑寺をまぶたの裏に思い描いていました。観客で埋め尽くされた見所全体が秋の野山や寺社に見えてきました。これまで能舞台上に自分の頭に描いたイメージを投影することはありましたが、観客席にまで脳内イメージが広がったことは今回が初めてで実に面白い体験でした。

「融」では常と異なる演出が多々見られました。例えば、ワキの登場は、通常ならば名乗り笛で登場し本舞台上に到着してから謡い始めるところ、今回は「思立之出」(おもいたちので)という演出で、揚幕が上がるとすぐに「思い立つ~」と謡い出して橋掛かりを歩みます。これは先日の「旧雨の会」で森常好さんがなさっておられたのをご覧になった粟谷明生さんが常好さんに今回も、とリクエストされた演出で、私もとても素敵な出方だなと思いました。

それと、早舞の時、クツロギという舞の途中で橋掛かりへ行き月を見てしばしお休みする演出、笛がいつもと異なる演奏をするところ。また、シテが最後に退場する際に揚幕の手前で本舞台の方を振り返って見るところ(明生さん曰く、未練を残しているのだそうです)など、いろいろな工夫や演出があって、「融」は元々面白い曲だと思いますが、いっそう興味深く拝見しました。

後場が良かったという友人が多かったですが、私は前場がとても良かったと思います。先ほど述べた名所教えの場面で世界がワイドに広がる感覚を得たことや、老人であるシテが変わってしまった自分を嘆く気持ち、喪失感のような思いが、謡い、仕草、表情(面の角度)から切ないほどによく伝わってきました。
また、森常好さんと粟谷明生さんの美声(私が現役能楽師二大美声だと勝手に思っていまして。笑)には、今回も惚れ惚れさせられました。

ところで、ワタクシこれまで能をたくさん観てきましたが最近何となく気になっていたこと、・・・それは「心が震えるほど感動することが極端に少なくなった」ということです。その答えの一つが、今回の「融」を観て導き出された気がしました。

事前講座に参加したり、演者に直接お話を伺ったりして予め知識を得ておくことは、普通なら難しく感じる点が理解しやすくなる手段としてはとても良いのですが、あまり手の内を知ってしまうと感動が薄れてしまうというのも少しあるのかなと思いました。
きっと今回の「融」は何の予備知識も無く見ていたらビックリの連続だったんじゃないかな、と思いまして。そして終わった後にスゴイもの観ちゃったな~という感動が押し寄せてきたのではと思うのです。だけど、観る前にいろいろ知っておきたいという思いも捨てがたく・・・。

知りたい欲求と、感動したい欲求のせめぎ合いで、落とし所が難しいところです。事前鑑賞講座は明生さんとゲストのトークが毎回とても面白いですし、初心者よりは能をよく見ている人にとって興味深いお話がたくさん出てくるので、講座それ自体は非常に価値があると思うんですよね。だからこれからも講座には参加するつもりです。その代わり、森常好さんが仰っていた「言葉の意味に囚われてはいけない。自分でイメージして感じることが大切」というメッセージは本当にその通りだと思いますので、忘れずに心がけて行ければいいのかなと思います。

狂言「鎌腹」は野村万作さまがシテで、大部分が独り芝居であるため、味わい深い熟練の芸を楽しむことができました。和泉流の演出だからなのか万作さまだからなのかはわかりませんが、ちょっとしんみりしてしまい、友人の一人は「あまり笑えなかった」と申しておりました。

狂言といえば笑い、というイメージですが(実際、多くはその通りですが)、万作さまほどの芸域の境地に達すると、笑いに限定せず人間の内面を描写している演目の方がより真価を発揮なさる(このような言い方も僭越なのですが)ような気がして、また実際にそういう演目に出演なさることが多いので、ワタクシは万作さまに対してはいつでも笑いというより胸キュンです(笑)

ところで、揚幕を上げるタイミングはシテが決めるものですが、「鎌腹」のようにシテが追いかけられて橋掛かりに駆け出すような演目の場合は、客席の様子を伺って決めるのだそうです。客席がざわついていたり、いつまでも席に着かない観客がいるとなかなか幕が開けられないそうですよ(という話を今回初めて聞きました。時間が着たら勝手に始まると思っていましたが違うのね(;´Д`))。開演ブザーが鳴りましたら速やかに着席して静かにしませう(←ワタクシのことです。スミマセンでした<(_ _)>)。

能の場合はお調べが聞こえてくるのでこの後すぐに始まるな、とわかるのですが、狂言は突然幕が開いて始まりますので、能と狂言の間に休憩を入れない番組編成になりがちなのはそのせいもあるのかな、と思ったりもしました。

次回の粟谷能の会は100回という節目を迎え、大曲「伯母捨」と「石橋」(半能)が上演されます。次回はまたバランスを考慮した選曲となりましたね(笑)。噂によるとパーマヘアのお獅子が出てくるとか!楽しみにいたしましょう\(^O^)/

第99回粟谷能の会
2016年3月6日(日) 12:45~17:00 @国立能楽堂
<番組>
「白田村」 シテ 粟谷能夫
「鎌腹」 シテ 野村万作
「融」 シテ 粟谷明生

事前鑑賞講座の模様はこちら
第99回粟谷能の会 事前鑑賞講座 写真コレクション

旧雨の会

「旧雨の会」を拝見しました。

一作年12月に57歳という若さで早世された太鼓方金春流23世宗家・金春國和氏を偲び、またご子息の24世金春國直氏を応援する会。

最初に國和さんを偲ぶプレトーク。和やかな雰囲気で時折笑いも交じえながらもやはり切なくてホロリ。

独鼓、一調、仕舞、舞囃子、半能。

能以外の演目の方が長い時間を占めます。能をよく観ている人が好みそうな少し渋い番組構成。

今回お集まりになった能楽師さんの多くは國和さんと同世代、50代60代の方々。体力と表現力のバランスが最も良く安定感があるのである意味安心して拝見することができる世代です。

先日の能楽シンポジウムで野村萬さんが「老・壮・青」の三世代のうち最も大事な世代と位置づけられていた「老」を助け「青」を導く「壮」の世代。
國和さんは能楽師として最も充実の時期を迎え中核を成すべきその世代で亡くなられたのだと思うと本当に惜しく残念なことだと思いました。

さてその安定感ある世代である皆さまの芸を拝見しながら、今回は良い意味で心乱されたのです。みるみる惹き付けられ胸の鼓動の高鳴りを押さえられず鳥肌が立つような思いで観てしまいました。
皆さまそれぞれに気持ちの入り方がいつもとは別次元に思えました。國和さんへの熱き友情の思いと國直さんへのエールがこちらにもひしひしと伝わってきたのです。

能楽師さんが流儀や役を超えて個人的に集まりこういった会を催したということがたいへん素晴らしいですし、この空間と時間を共有できたご縁をありがたく思いました。観に行って良かったと心から思える会でした。

宝生閑さまの訃報に接し

ワキ方の名人、宝生閑さまが亡くなられた。

お能を観始めた頃からずっと憧れの人だった。

メロディを奏でるような音楽的で朗々としたお謡が大好きだった。

近年はお声が小さくなられてはいたが、舞台でお姿を拝見すると安心した。

何年前だったか出番を終えられ能楽堂から一人でお出になった閑先生にばったりお会いしたことがある。
私はとっさに「こんにちは」とお声をかけたところ、私のことなどご存じである由もないのに、優しい微笑みで会釈を返してくださってとても感激した。

もうあのお姿を二度と拝見できないと思うと悲しくて淋しくてどうしようもない。

今年の八月には三年ぶりとなるご流儀の会が催される予定となっていて閑先生のご出演を楽しみにしていたが、それも叶わぬ夢となってしまった。

下掛宝生流の能楽師さんの中には直接存じ上げている方も何人かおられるので、皆様の心境は如何ばかりかと思うと胸が痛む。

悲しい、、、、、。

閑先生、どうか天国でも安らかに。

能舞台に閑先生の面影を追いそうで、しばらくは能楽堂に行くことも辛くなりそうです・・・。

国立能楽堂の企画公演「松囃子-祝祷芸の様々-」

国立能楽堂の企画公演、松囃子-祝祷芸の様々- を拝見して参りました。

開演前に能舞台の上には三方が置かれ、白米を盛り、岩山に見立てられた黒い炭、唐辛子のくちばしと茗荷の尾で作られた鶴、椎茸の亀が飾られていました。
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菊池の松囃子「勢利婦」

松囃子とは室町時代に流行した初春を祝う芸能だそうです。
熊本県菊池市の御松囃子御能保存会によって上演されました。。
舞人が一人、お囃子は太鼓1名、大鼓2名で、小鼓と笛はおりません。
また後ろにはバックコーラスを行う地方が今回は8名(数は決まっていないそうです)。
舞人は立烏帽子に直垂姿で紙垂が付けられた大きな笹を持っていました。他の出演者は全員、半裃姿です。
一同、最初と最後に正面席に向かい拝礼します。昔は将軍様へのご挨拶だったのでしょうか。
何度か出てきた「松やにやに、小松やにやに」という言葉がちょっと面白いと思いました。
三番叟を彷彿させるような軽快な動きのかっこいい舞でした。

舞囃子「高砂」

一流どころのお囃子方をバックに、宝生流の若き宗家が力強く爽やかに舞いました。全員、紋付袴ではなく素袍裃で、常の舞囃子よりも儀式的なおごそかさが増し正月らしいおめでたい雰囲気が漂いました。

狂言「松囃子」

この演目は初めて観ました。シテは最近お気に入りの名古屋の野村又三郎さん。またお会いできましたー(*´▽`*)

ある兄弟の家に毎年正月に松囃子の祝儀を舞うために来る万歳太郎が、年の暮れに送られてくる米が今年は届かなかったので兄弟の家に様子を見に行くと、兄弟ともに米を送らなかったことをすっかり忘れていました。しかし、兄弟は何にも知らずにいつものように松囃子を求めます。大切なことを忘れられてしまったので、太郎はテキトーに舞ってすぐに帰ろうとします。不思議に思う兄弟ですが、そのうち、兄が米のことを思い出し、続いて弟も思い出し、太郎は今度はきちんと「鞨鼓」を舞って新年を寿ぐのでした。

太郎が兄弟に思い出させようとしてあれこれ遠回しに言うのですが兄弟になかなか伝わらないなど前半はコミカルなやり取りが面白く、後半はおめでたい鞨鼓の舞の芸を堪能することができ、なかなか見応えのある楽しい曲でした。

狂言「靭猿」

茂山逸平さんとご長男・慶和くんの親子が猿曳きと猿を勤められました。大名役は逸平さんのお父様の茂山七五三さま、お兄様の宗彦さんが太郎冠者という三世代共演。

「猿に始まり、狐に終わる」と言われる狂言の修行。子方としてデビューする初舞台が「靭猿」ということです。慶和くんの初舞台は4歳の時に「伊呂波」で、靭猿は昨年5歳で初めて勤めたそうです。

子方は猿の面をかけて着ぐるみを身にまとい、四つん這いで歩いて鳴き声を発し、猿のようなしぐさをします。舞台に登場するだけで可愛らしさに見所の雰囲気をなごませる子方の存在ですが、この役では特に、大人たちが演技を続けている長い時間、足をかく、顔をかく、お尻をかく、横向きに転がる、などといった動作を休むことなくずっと続けていたのが本当に健気でした。基本的に同じ動作を繰り返しているだけなのですが、面をかけているし常に動いているのでかなりシンドイのではないかと。また、後半は猿挽きの謡う猿歌に合わせて芸をしますが、大名をひっかこうとしたり寝転んだり月を見たり稲を刈ったりと、結構バリエーションがあり、これが6歳の演技なのかとビックリするほどの密度の濃さです。本当によく頑張りましたねと褒めてあげたいです(*^_^*)

前半は大名が権力で靱に張るために猿の皮を得ようとし猿曳が拒絶して去ろうとするが大名が怒り出し射殺そうとする緊迫した場面、また、猿曳きが大名のあまりの剣幕にやむなく猿を自らの手で殺すことを一度は決心しますが、猿が殺される運命を知らずに芸をしようとするのを見て、子猿の頃から育てて芸を仕込んできた猿を殺すことはやはりできないと泣く場面と続きます。しかし大名もその哀れさに同情し、猿の命を奪うのをやめます。猿曳はお礼に猿歌を謡い猿に芸をさせますが、大名は楽しくなって自らも一緒に舞ったり、自分が身につけているものを次々とご褒美に与えてしまうなど、前半は我が儘で横暴でしたが一転してお茶目なキャラに(笑)

緊迫した場面、悲しい場面と数回のドラマ展開があり、最後には楽しくおめでたい雰囲気で終わる演目で、久々に見ましたがやっぱり大満足でした。