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萬狂言新春特別公演 野村萬 米寿記念

萬狂言新春特別公演 野村萬さまの米寿記念公演を拝見して参りました。
今回は萬さまの記念の会ということで、当然ながら萬さまの三番叟が核ではありましたが、もう一つの特徴としては全体を通じて「演出」にこだわった内容になっており、たいへん興味深く鑑賞いたしました。

三番叟〈式一番之伝〉

お正月などに上演されるいわゆる「翁」は正式には「式三番」という名称です。演劇ではなく祭礼として行われる儀式的演目で、もともとは「父ノ尉」「白式尉(翁)」「黒式尉(三番叟)」の三番立てであったため、式三番と呼ばれていましたが、じきに、父ノ尉が省略され、現在ではシテ方が演じる「翁」と狂言方が演じる「三番叟」の二つのみが残った形で上演されています。

今回はさらに翁が省略された、三番叟のみの演出でした。しかしながら、三番叟のみ抜き出したというものではなく、一番のみで儀式として完成されたものに作られていました。

三番叟を演じる萬さまが真っ白な装束をお召しになり、正面に向かって拝礼後「どうどうたらり〜」と謡い始め、その後に千歳の舞、三番叟と続き、一見すると翁と三番叟のミックスのようでしたが、これは通常であれば翁の役が演じる太夫(司祭役)を、この演出では三番叟の役が演じるという位置づけだそうです。ちなみに地謡も全て狂言方が勤めました。

珍しい演出はもちろんですが、やはり88歳になる萬さまが三番叟という動きの激しい役を演じるというところに興味が注がれます。昨年4月に開場した銀座の観世能楽堂でのこけら落とし公演でも、本来であれば人間国宝の萬さまが三番叟を踏まれるのが最も望まれるであろうところを、ご高齢という理由で息子の万蔵さんにお譲りになられており、最近では萬さまの三番叟を拝見する機会はなくなっていました。ですから、今回米寿の節目に萬さまの三番叟を拝見できたことは、我々ファンにとってもたいへん喜ばしいことでした。

激しく動いた後は多少呼吸が荒くなることもありましたが、足腰はいまだしっかりしたもので、まだまだ力強さと迫力にあふれていました。全身全霊をこめた舞が身体的な年齢をさほど感じさせないほど我々を圧倒する一方で、年齢を重ねることにより生み出される気品や神々しさが際立っていました。

千歳はお孫さんの万之丞さんがお勤めになりました。萬さまの円熟の芸に対して若々しく颯爽とした万之丞さんの舞を拝見していると、親から子そして孫へ脈々と芸の継承が行われてきたことを感じることができました。

元日の語

これは和泉流にしかない語りだそうです。萬さまのお孫さんである、拳之介くん、眞之介くんのお二人により晴れやかに語られました。天子の長寿の慶びを表す語りは、萬さまの長寿御祝いにふさわしい内容で祝賀ムードに華を添えました。

蝸牛〈替之型〉

これはよく上演される演目で、太郎冠者が主人に命じられてカタツムリを捕りに行くのですが、カタツムリを見たことがない太郎冠者は籔で一休みしている山伏がカタツムリではないかと問いかけたところ、山伏は自分こそが確かにカタツムリであると太郎冠者に信じ込ませてからかいます。「でんでんむーしむし」と言って囃すフレーズとリズムがとても愉快で何度観ても楽しいお話です。

今回は野村又三郎家に伝わる演出〈替之型〉で、主人と太郎冠者の設定が兄と弟になっていました。シテの山伏は野村又三郎さん、カタツムリを探しに行く弟の役はまだ中学生の奥津健一郎くんが勤めました。

特に子どもが演じるという演目ではないので、たまたま子どもに配役したんだな〜とぼんやりと思っていましたら、驚きの展開が!でんでんむーしむし、と囃す場面で、なんと又三郎さんが健一郎くんを持ち上げて肩車し、この姿勢のままでひたすら演技を続けたのです!こんなのは観たことがなくてたまげました!!

又三郎さんは中学生を肩車して笑顔で足踏みしつつ囃し続けるのは間違いなくきつかったでしょう。健一郎くんも肩の上で真っ直ぐに姿勢を保って囃し続けるのは想像以上に大変だったと思います。肩車も昔から伝わる演出なのでしょうか?だとすれば、演じられる人が限られる演出ですよね(^_^;

山伏の装束で梵天(結袈裟についているポンポンみたいなの)が真っ赤なのが印象的でした。梵天の色は身分を示していて赤は位が高いと聞いたことがありますが宗派にもよるのかな?

信長占い〈一管〉

昨年の7月に萬狂言夏公演で初演された、歴史学者の磯田道史さん作、万蔵さん台本・演出の新作狂言です。今回は〈一管〉という一噌幸弘さんの笛の演奏が入った演出でした。

信長が自分と生年月日が同じ人物を探したとされる史実に基づいたお話だそうです。元の話を知らなくても、信長と家康の関係性など歴史を知っていた方がより楽しめる演目と思います。装束もそれぞれのキャラクターにビッタリで良かったです。

信長の役は万蔵さん。派手な装束に付け髭をつけて暴君ぶりがものすごくハマっていました。実際にはやさしい方だと思いますけど(笑)。あぁ、そういえば先日には万蔵さんの月見座頭を拝見して感動し、座頭がハマリ役だと思ったばかりなのでした。芸域の幅が半端ないですね〜。ハマリ役といえば森蘭丸役の河野佑紀さんもお小姓役にぴったりなキレイはお顔立ちでしたわ〜。

信長シリーズの新作狂言、登場人物も増やして新しいバージョンもどんどん作っていただきたいです!

若菜〈立合小舞・新作下リ端〉

笑うところは特になく皮肉や風刺もないですが、お囃子が入って華やかさがあり、登場人物が嫌味のない良い人ばかりで、ほのぼのと謡と舞が主体で展開し、春の雰囲気に包まれ幸せな気分になれる演目です。今回は万蔵さんの新演出だそうです。

萬さまの海阿弥、万蔵さんの果報者という配役。万蔵家の他に、野村又三郎家、三宅家、井上松次郎さんら和泉流の他家の皆様も大原女としてご出演され、華麗な舞の競演、装束もそれぞれ異なる色で9名が並ぶととてもカラフルで綺麗でした。

大原女が次々と舞い謡う間、にこやかに控えていた萬さまが、最後に謡い舞う様子にうっとり見惚れておりましたが、終盤で片足けんけんする型をなさったのにはびっくり!三番叟という大仕事の後に、まだまだそれだけの余力があったのには驚かされました。これからもまだまだお元気にご活躍いただけそうです(*^_^*)

萬狂言 秋公演

ファミリー狂言会の後は、萬狂言 秋公演を拝見しました。以下、感想など。

小舞

野村万蔵さんの3人のご子息による小舞三番。若々しくそれぞれの個性が出ていてとても良かった。「鮒」はとても難易度が高そうだった。三番叟を披かれた万之丞さんはどんどん難しい曲に挑戦していくのだろう。今回もお稽古の成果が十二分に発揮できていたと思う。

萩大名

この演目は何度観たかわからないほど度々観ている。しかし配役によって毎回違った印象を受けるので何度観ても面白いと思う。大名がアホすぎてオチはわかっているけどやっぱり笑ってしまう。太郎冠者が教養高くて賢いっていうのがちょっと珍しい。

休憩時間に国立能楽堂の中庭に出てみたら折良く萩がたくさんの花を咲かせていた。しかも、萩大名に出てきたミヤギノハギ。なんとタイムリーな!

鳴子

これを観ただけでも来た甲斐があったと思うくらい素晴らしかった。野村萬さまと万蔵さん親子の太郎冠者と次郎冠者。主人に命じられて稲穂実る山の田に群鳥を追いにやってくるが、主人が差し入れてくれた酒を呑み、酒盛りが始まって謡ったり舞ったりのお決まりパターン。

しかし、他の演目と違うのは二人の連吟や連舞という芸を楽しめること。二人交互に舞い謡うならよくあるかもだけど、一緒にというのがポイント。二人仲良く並んで、向かって右側の太郎冠者と左側の次郎冠者が鳴子を鳴らしたり、揃って舞う姿は美しいシンメトリーであり祭礼的な神々しさすら感じさせられる。脇正面席で観ていたが、今回は正面席にすればよかったとちょっぴり後悔した。

酒盛り芸で好きな演目は「木六駄」だが、主人に命じられて仕方なく冬の雪深い山道を牛を追わなくちゃ行けないなどの厳しさがある。「鳴子」は季節が秋で田園風景が広がり、人間関係でギスギスしたものが一切無く、この上なくほのぼのとしている。平和を乱すのは稲穂を狙う鳥くらいだ。それも二人の鳴子によって追い払われる。また平和が戻って優しい時間が流れていく。

主人の役は万之丞さん。三世代の共演。働く二人をねぎらいお酒を差し入れる優しいご主人様。こういう上司がいたらいいよね。それでもなかなか帰って来ない二人が酔い潰れて眠り込んでいるのを発見して追い込むパターンはおなじみ。見つかってこれはシマッタという顔で逃げ出す万蔵さんと、あぁバレちゃった〜でもまぁいいよね(てへぺろ♪)みたいな余裕の笑顔で逃げる萬さま。毎回この笑顔にやられっぱなし(主人も観客も。笑)。

引く物尽くしや名所尽くしの長い謡だとか、鳴子を持って拍子を踏んだり浮き廻りを繰り返したり、体力が要ること間違いなしのこの芸を、いかにも楽しそうに謡い舞うというのは、よほどの技量が必要だろう。

「鳴子」を観たのはおそらく初めてだけど、この二人で観てしまったので、次に別の配役で観てもなかなか満足できないかもしれない。

合柿

柿売りが甘い柿だと言って参詣人らに売ろうとするが、試しに食べさせた柿が渋柿で、柿売りが食べてみてそれが甘かったらカゴごと買ってやるという参詣人らに、食べたらやっぱり渋柿で柿売りはそれを甘いように振る舞うがごまかしきれず、最後は参詣人にどつかれて売り物の柿もばらまかれて終わる話。

これ結局どっちが悪いのかな?柿売りが渋柿と知っていながら甘いと騙して売りつけようとした?それとも柿売りには悪気はなく試したのがたまたま渋柿で参詣人らが過剰なイジメをした?
柿売りは渋くてもとにかく売れればいいとズルい考えを抱いていたかもだけど、最後のしっぺ返しには多勢に無勢の感があり、ちょっと柿売りに同情してしまった。柿売りを演じた万禄さんが難しい役柄を好演。


秋を感じさせる演目の数々、甘い話も苦い話も楽しゅうございました。ごちそうさまでした。

パリ日本文化会館20周年記念 特別狂言公演 KYÔGEN “人間国宝・野村萬師をお迎えして”

パリ日本文化会館20周年記念として催された特別狂言公演を拝見して参りました。

和泉流狂言方・小笠原匡さんからパリで狂言の特別公演を催すというお話をお伺いしたのは一年以上前のお話。まさか自分が海外にまで日本の伝統芸能の公演を観に行くことになるとは思ってもいなかったです。
しかし、御年87歳の野村萬さまが遠路はるばるフランスまでお越しになりご出演なさるとお聞きして、これはこの上ない素晴らしい機会、もう行くしかないでしょ!!と、勢いで決心してからはトントン拍子で話が進んで、ついにフランスの地に降り立っちゃいました。

二日間の公演は前売チケットは早々に完売となっていました。スゴイ人気です!!
あらかじめ小笠原さんの奥様にお手配いただいていたのでホント良かった〜。
演目は両日とも「三番叟」「金岡 大納言」「二人袴」の三曲。
私は二日目の千秋楽を拝見しました。

海外公演では、どうしても外国の方々のウケが良さそうで出演人数も少なくて済む、棒縛や附子や蚊相撲なんかが選ばれそうな気がしていたので(←あくまでイメージです)、ストーリー性より儀式性の要素が強い三番叟や稀曲の金岡が上演されることは意外でした。それに、お囃子が必要な曲だったのも、海外公演としては何とも贅沢な選曲と感じました。

オープニングは「三番叟」。三番叟は野村万蔵さん、千歳は今年1月に襲名したばかりの野村万之丞さん。万蔵さんの三番叟は何度か拝見していますが、パリで拝見したからでしょうか?一段とお洒落な三番叟に見えました☆彡 儀式的な緊張感は日本と変わらず、特別公演の幕開きにふさわしい素晴らしい三番叟でした(^o^)

三番叟って日本人にとっても他の狂言の曲と比較して少し特殊に感じる曲だと思うんですが、フランス人の方々にはどう感じられたのかなーと興味あります。私が初めて三番叟を観た時のような神秘性をフランスの方も感じたでしょうか。
フランスも日本と同じ農耕民族ですから、五穀豊穣を寿ぐ三番叟の精神には相通ずるものがあるかもしれません。

萬さまがシテをお勤めの「金岡」。妻役は能村晶人さん。
この曲は和泉流にしかない稀曲だそうで、私もおそらく初めての拝見です。

絵師である金岡が宮中で美人の女中に一目惚れをして物狂いとなる。 それを心配した妻に話すのですが(え、話しちゃうんだ!と思いましたが、物狂いになってますから、止められないんですね。笑)、そんなら私の顔を彩色して美人にしてみなさい、と妻は言います。そして妻の顔に色を塗り始めますが、やっぱり美人にはほど遠い、と言ってしまい妻の怒りを買う・・・というお話。

舞台上で本物の紅白粉を使って筆で妻の顔に色を塗るシーンがあって、舞台や装束に粗相をしないように塗るだけでも気を遣いそう〜。それなのに、どうってことないよって感じで軽やかにやってのける萬さま。
宮廷絵師で素晴らしい絵を描けるはずなのに、おてもやんのような顔だったので(まるでわざと下手っぴに塗って妻をおちょくっているかのよう。笑)お客さんにも大ウケでした。

お囃子も入って格調高い謡や舞で観客を魅了する。大曲でありながら素直に笑える要素も多くて面白い曲でした。

おいくつになられても艶っぽく恋の狂いを演じるのがお似合いになる萬さま。一昨年は枕物狂でその芸格の高さに圧倒されましたが、あぁーー、またもや至芸の極みを拝見してしまった(*´▽`*) これを拝見できただけでもはるばるフランスまでやって来た甲斐があったというものです。

トリの演目は、小笠原匡さん、弘晃さん親子が、実の親子役を勤める「二人袴」。この演目は万国共通で楽しく見られる内容だと思うのですが、予想通りめっちゃうけていました。あと、実の親子が演じたせいか、一段と愛にあふれた二人袴でしたねぇ〜(*´▽`*)

弘晃さんはパリ在住でフランス語が堪能なので、フランス語で演じるバージョンがあったらきっと面白いんじゃないかな〜とふと思ったりもしました。他の役者さんがフランス語できなくても、日本語とフランス語まぜこぜでも面白いと思いますよん(^_^)v

フランス人の観客の皆さんがどのような反応をするのか興味津々でしたが、驚くほど日本的な鑑賞態度でした。
拍手もお囃子方や地謡がすべて退場した後のタイミングで起こり、余韻を楽しんでいました。このへん、予習してきたのかと思うほど日本的(むしろ日本よりマナーが良かったくらいに感じました)。
観客の中に日本人が多く含まれていたこと、また、もともと日本文化に造詣が深いフランス人が多かったと思われることもあると思いますが、日本のものに限らず舞台芸術を見慣れているなどで勘所が自然と備わっている方々が多かったのかもしれません。

次にパリ日本文化会館のホールについての感想です。

通常、能舞台でない普通のホールを能や狂言で使用する場合は、本物の舞台上に仮の柱を立て、舞台上の脇正面席の領域に黒っぽい幕などを敷いてデッドスペースにしてしまいますが、今回のホールでは座席が可動式になっていて、目付柱などはもちろん仮の柱ですが、ちゃんとした脇正面席が作られていました。

フランスのお客さんの体格に合わせているのだと思いますが、椅子がゆったりしていて座り心地がとても良かったです。前の椅子との間隔も広くてゆったり足が伸ばせるほど。前の列から適当な高低差があり、前の人の頭はまったく気になりませんでした。

座席番号が後列からアルファベ順に振られていて、客席の中央を境に左右に分けて、席番が偶数・奇数に分かれていたので(これ世界標準?)、自分の席を探すのかなり迷っちゃいました(^_^;

鏡板は布に松の絵が描かれたものだったのでちょっとばかりショボーンな感じでした(´・ω・`)。
また、舞台に張ってある床板も普通の能舞台のように檜の一枚板ではないので(もちろん瓶も埋まっていない(^_^;)、足拍子がきれいに響かないというような難しさはあったように聞きました。

フランスに能楽堂を・・・という話もあったりなかったり・・・するとか?
実現すると良いですね(^_^)

フランスを始めとして世界に狂言や日本の伝統文化を広めるために尽力なさっている小笠原さんご家族や、素晴らしいお舞台をご披露していただいた万蔵家御一門の方々に心からの敬意を表したいです。

公演日以外はパリやベルサイユを観光して、まぁ旅行先ならではのハプニングもあったりはしましたが、とても楽しいフランス滞在となりました。

あまりに楽しかったので、ぜひまた行きたいと思い、残ったユーロを日本円に両替しないで持ち帰ってきました(笑) またヨーロッパですごい公演が企画されることを願います!

パリ日本文化会館。エッフェル塔の近くにあります。想像してた以上に立派な会館でした。
能舞台を仮設したホール。ちゃんと脇正面席があります! たいへん座り心地の良いお座席でした。でも、鏡板がちょっぴりショボーン(´・ω・`)

第弐回 延年之會

和泉流狂言方、小笠原匡さんの延年之會に行って参りました。

狂言「昆布売」

召使いが出払っていて一人で出かけた大名が通りがかりの昆布売りに太刀持ちをさせようとするが、大名になぶられて腹を立てた昆布売りが太刀で脅して代わりに昆布を売らせようとし・・・。

小笠原匡さんのご長男、弘晃君が昆布売り、人間国宝の野村萬さまが大名の役です。
昆布売りが大名に謡節、浄瑠璃節、踊節などで売ってみよと次々と命令するのですが、二人がそれぞれに謡ったり踊ったりするのが面白いです。浄瑠璃節では三味線をマネる場面があり、三味線は比較的新しい楽器で狂言に出てくるのは珍しいような気がして、おや、なんだか新鮮、と思ってしまいました。

萬さまにお相手していただいた弘晃君、年の差は70歳くらいはあり、本当の祖父と孫のように萬さまが温かく包み込んで弘晃君を導き、弘晃君も緊張する様子を見せずのびのびと演じていました^^*

新作落語狂言「子ほめ」

酒好きの男がタダで酒が飲めると聞いてご隠居を訪ねる。ご隠居から人に酒を飲ませてもらうにはお世辞の一つでも言うようにと年齢を見た目より若く言うと良いなどと教わる。そして最近子どもが産まれたという知り合いの家を訪ねてタダ酒にありつこうとする。しかし、元々口が悪い性分に加えて教わったことに応用が利かない男はかえって相手を怒らせてしまい・・・。

落語の「子ほめ」をベースに、故八世野村万蔵さんが劇作・演出した新作狂言です。
小笠原匡さんは八世万蔵さんの一番弟子。師匠の得意曲でシテを演じられました。
私は落語には詳しくないのでイメージとして、少しばかりおバカでズレたキャラが出てきてトンチンカンなことをするというのは、いかにも狂言にありそうな話で、狂言の素材として落語は相性が良さそうです。

上演後の懇親会で九世野村万蔵さんにお伺いしたお話では、落語狂言は何曲かあるそうですが、狂言に合う演目とそうでないのもあるそうで、その中でも子ほめは一番しっくりくる曲じゃないかとおっしゃっていました。

また、演出で細部を変えたりするそうで、確かに今回もエンディングが常と変わっていたり、現代の言葉で洒落を飛ばすような演出がありました。落語自体が古典を現代風にアレンジしたり、客の反応などに応じてどんどん内容を変えていける類の演芸だそうなので、狂言の方も同じように自由に変化させやすいというのはありそうです。

狂言「木六駄」

言わずと知れた狂言の大曲です。以前にも木六駄については書いたことがあるので、あらすじについてはこちらをどうぞ。
萬狂言 冬公演 大倉流和泉流 異流公演 二題

私がまだ能の観始めで狂言は能と能の間に演じられるコメディと捉えていた頃、この曲を観て初めて狂言の演劇性や技芸の奥深さに目覚めたという演目です。以来、この曲が大好きになり上演される時は好んで観に行っています。

小笠原さんは今回この曲のシテを50代で初主演ということでした。野村万蔵さんが茶屋、野村萬さんが伯父を勤め華を添えます。

前半の牛追いのシーンは一人芝居で、雪深い山道の情景や言うことを聞かずに逃げたり動かなくなったりする牛をあたかも舞台上にいるように表現しないといけないたいへん技量の要る場面です。勝手な牛たちに翻弄されてへとへとになる様子はコミカルでもありますが、雪深さと寒さと周囲の静けさを感じさせるような情趣があります。

後半は茶屋との酒盛りがメインのシーンで、主人の酒に勝手に手をつけて酔っていくうちにだんだん気が大きくなり全て飲み干してしまい牛に運ばせてきた薪まで茶屋に渡してしまいます。この酒宴での茶屋との掛け合いはとても楽しい場面です。謡や舞も聴きどころ見どころで、特に相当酔って足をぐらつかせながら舞うのは見てる方は何の気なしに笑ってしまうのですが相当難易度が高そうです。

太郎冠者が行きたくないのにしぶしぶ牛を追っていて苦労する寒くて暗い大雪の山道の場面と、茶屋で酒を呑んで体が温まり最後には酔って気分まで明るくなる、という温度差を感じる展開が演劇的に面白いところだと思います。そして演じる方としては難しいところなんじゃないかと。

この曲はやはり年齢と経験を重ねないと難しい演目だと感じます。

万蔵さんも、相応の年齢になってから演じるのがふさわしい演目だが年を取ってから突然やれと言われてもできるものでないので、若いうちから慣らすために役を当てられ、当然最初はうまくできないのでいろいろ厳しいことを言われてしまう。そうやって演じているうちにふさわしい年齢になって良い舞台ができるようになる、とおっしゃっていました。

小笠原さんは、そういう意味ではこの曲での助走期間は無かった状態での50代の初挑戦だったわけですが、たいへん味わい深くこの曲を仕上げていらしたと思います。師匠の芸に間近で触れつつご自身も様々な曲で修練を重ねてきたことでこの演目に立派に立ち向かうことができたのですね。

小笠原さん、子ほめに続いてお酒がらみの演目。聞いた話ではご本人もお酒がお好きだそうです。酔ってご機嫌になるシーンを見ていたら、こちらも早く呑みたい気分になってきました(笑)

次回の延年之會は、11月27日(大阪)、12月4日(東京)「コンメディア合戦!! イタリア仮面劇 vs 狂言」だそうです。どんな内容になるかは全く想像がつきませんが、小笠原さんの次なる挑戦がとても楽しみです!

「大田楽」 萬狂言 特別公演 ~八世万蔵十三回忌追善~

能楽堂では初めての上演となる「大田楽」を拝見いたしました。

「大田楽」とは?
能狂言より古い時代に存在した田楽という芸能を題材に、八世野村万蔵氏(五世野村万之丞氏)が構成演出の指揮を執り能楽界を始め様々な分野の演劇人、音楽家、研究家の方々と共に2年間の歳月をかけて創り上げ平成2年に完成させた古くて新しい芸能。
その後、各地に広がり定着。市民参加にまで裾野が広がり26年経った今でも上演が続いており、海外公演も行われている。

この度、万之丞さんの十三回忌追善の会にあたり、原点に立ち返り、初演時に出演した能楽師の方々を再び迎え、万之丞さんの実弟である九世万蔵さんが演出し、現在各地で大田楽を継承・上演されている方々と共に、国立能楽堂で上演する運びとなったそうです。

ワタクシ「大田楽」は映像でしか観たことがなく、しかも能楽堂で初演時のメンバーが再結集ということで、かなりワクワクでございました o(^-^)o

まず、能舞台上に一畳台、大太鼓などが運ばれてきて置かれ、道成寺の鐘を吊す滑車に、神社の鈴が吊られました。(その時、ワタクシは「鈴後見…」という言葉が頭に浮かんでました。どうでもいいですが。笑)

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脇正面席後方の扉が開き、田楽法師一行が隊列を組んで音楽を奏しながら客席の通路を行進してきます。すぐ脇を通っていく演者の皆様を目のあたりにし、否が応でも胸が高鳴ります♪

全員が能舞台に収まるのか!?という大人数が次々と入場。もちろん一度に全員が本舞台にのることはできないので、本舞台の他、橋掛かりや客席通路もまんべんなく使ってパフォーマンスするような形。

複数名の踊り手たちが繰り広げるダイナミックな踊りは、舞台から落っこちてしまうのでは!?と心配になるほどスピード感と躍動感にあふれるものでした。

万之丞さんの一番弟子である小笠原匡さんが踊った番楽は特に躍動感あふれる踊りでとてもカッコ良かった!小笠原さんは大太鼓も打っていて、なんてマルチタレントなの~と思いました。

野村万禄さんの勇壮な王舞。緋の装束に天狗の面をかけて鉾をかざして仁王立ちし後ろに大きくのけぞるポーズを何度かなさったのがとても印象的でした。

色鮮やかで巨大な獅子頭(6キロ近くあるそう!)を操って跳んだり跳ねたり激しく踊る獅子舞はとても豪快でした。
二頭の獅子はシテ方の片山九郎右衛門さんとワキ方の宝生欣哉さんです。初演時には青年だったお二方も26年たって年齢を重ねられ、失礼ながらちょっと心配でした(^_^; しかし初演時には赤坂日枝神社の大階段を登りながら舞った(!)とのことですから、それに比べれば楽勝だったのでは!(笑)

白装束に翁烏帽子姿の田主(一行の長)役である野村萬さまが能舞台後方の台座に着席され、それはそれは高貴で神々しいお姿でした。
萬さまの読み上げる奏上、万之丞さんの功績を称え今なお伝え継がれんことを慶び田楽の開催を宣言する、といったところでしょうか。萬さまの謡がかりで美しい読み上げ声が静まりかえった場内に荘厳に響きました。

稚児舞。二人の稚児は万蔵さんと小笠原さんのご子息方が演じました。橙色と緑色の装束が色鮮やかで可愛らしい♡ でもさすが普段から数々の舞台をこなしているだけあり、きっちり堂々と舞っていました。

万蔵さんの三番叟。翁の三番叟のように黒い面をかけて黒装束。手足に鈴をつけておりました。かなり複雑なリズムで軽快かつ勇壮に足拍子をテンポ良く踏んでいきます。途中で笛の一噌幸弘さんが三番叟にすり寄っていくようなシーンもありユーモラスで面白かったです。

普段は紋付袴姿のお囃子方の先生方が色とりどりの花笠や装束を身にまとっておられたのも見目麗しく新鮮でした^^*

楽器の種類も多種多様。大鼓、小鼓といった能楽でお馴染みの楽器のみならず、腰鼓、編木、銅拍子といった珍しい楽器や、笙や篳篥などの雅楽の楽器、大太鼓。賑やかに囃して祭りを盛り上げます。笛は能管でなくて篠笛?龍笛のようにも見えました。

各地で大田楽を継承されている方々の番楽、日体大の方々のアクロバット、京劇俳優の変面など、次々と繰り出されるパフォーマンスがどれもこれも素晴らしくて、歓声や拍手が起こって会場が沸き、観る方もどんどん気分が高揚していきます。

最後は総勢の群舞となり、土蜘蛛ごとく千筋の糸が客席に向かってまかれ、ワタクシ共、前方席ゆえ両手を差し上げて糸を掴もうとしちゃったり、糸まみれになりながらも満面の笑顔でございました(笑)

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蜘蛛の糸まみれになり喜ぶ我々(笑)

田楽法師一行は再び隊列を組み、舞台を降りて客席の通路を行進して退場します。
名残惜しいとばかりに拍手・拍手・拍手。ワタクシ、長年の能楽堂通いでも、あれほどの割れんばかりの拍手の音をいまだかつて聞いたことはありませんでした。

拍手いつまでも鳴り止まず、いったん退場された万蔵さんと萬さまが再び舞台上におでましになり、観客にご挨拶をなさいました。
萬さまの「後ろで座って見ていながら長男の短く太い人生を追憶することができた」というお言葉には胸が熱く…(;_;)

関わってこられた皆様方の万感の想いが込められた大田楽、実に楽しく感動的な一大エンターテインメントでした。

天国の万之丞さまもきっと楽しんでご覧になっておられたことでしょう。(^_^)

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能楽シンポジウム「江戸式楽、そして現代」

能楽協会主催シンポジウム「江戸式楽、そして現代」に参加して参りました。

豪華出演陣の半能「石橋 大獅子」を観ることができたのと、戦後の能楽界の歩みをご自身の経験や活動の話を交えて語られた野村萬さまによる素晴らしい基調講演を聴くことができまして、なんとこれで無料ですよ!!びっくりぽん!

パネルディスカッションは、私の期待していた内容とちょっと違っていて(てっきり「式能」の話が中心なのかと思っていた)、オリンピックの話や海外へ能を広める方向性の話になってました(パネリストが元東京五輪招致委員会CEOと元外交官だったんだから気づけよワタシ~)。最初は出演者としては名前が載っていなかった観世喜正さん(萬さまの要請で急遽ご出演)が、萬さまに話をふられる度にうまく話をまとめてくれていたのがとても良かったと思います。

そんな中で配られた資料に、昭和39年東京五輪での「オリンピック能楽祭」の番組が載っていて、それが10日間も催されていたという夢のような事実にワタクシもう目が釘付けに…!2020年も20日間くらい連続でやらんかなーと思ったりして(笑)

野村萬さまの基調講演はとても面白かったです。能楽協会の発足準備がまだ戦時中であった昭和20年6月から始まっていたことや(設立認可は終戦後の9月)、昭和26年に催された第一回「能楽賞の会」で故・観世寿夫さまが第一位、萬さま(当時の名は万之丞)が奈須語で第二位だったこと(そして審査員の先生方が明治生まれの怖~いお歴々だったとか。笑)、能楽師が能狂言以外の演劇に出演するムーブメントが起きた頃の話(千作さま・千之丞さまが能楽協会を除名されそうになったり!)、などなど興味深い話がてんこ盛りでした。

ディスカッションでの萬さまのお話も面白かった。フランス人のジャン=ルイ・バローに能の真髄を教わってしまったお話なんかも(笑)。あと、現在毎年催されている式能は時間が限られているので選曲が難しく、いかにも能らしい能を上演することができないのが悩みであるそうで。確かに一日に翁付きで能五番狂言四番やりますから、どうしても一曲一曲が短い演目になってしまうんですよね~。

萬さまがディスカッションの最後に仰っていて特に印象的だったのは、伝承を考えた時「老・壮・青」の三つの世代のうち「壮」が最も大切である、という主張です。そして観る方々も「壮」の世代に注目してくださいと仰っておられました。観客としてはどうしても華やかな若者か国宝級の重鎮に目が行ってしまいますものね~。でも「壮」の世代こそ「老」を助け「青」を導く重要な役割であると。うむ、確かに!

また、基調講演の最後に萬さまは「能楽は常に人々と共にある芸能」と力強く二度繰り返されました。またこれからの時代の伝承のためには「民」が重要であるということも。主体として活動される能楽師さんたちはもちろん努力し続けるでしょうが、観客としての我々も能楽を支えていかにゃーならんですね。50年後、100年後のためにも!

萬狂言 冬公演 大蔵流 和泉流 異流公演 二題

萬狂言 冬公演を拝見しました。萬狂言は和泉流ですが、大蔵流のお二方をお迎えしてのご共演。先日、立合狂言会でも流儀が違う狂言師さん方が集まりましたが、今回は同じ演目内での共演です。ワクワクです!((o(´∀`)o))

二人袴

聟入(結婚後初めて妻の実家に挨拶に行くこと)するにあたって、自分の父親についてきてほしいと頼む聟。親は門前まで見送ったがそれを知った舅が親にも家に入るよう言います。しかし、袴は一つしかありません。さてどうする!?

言わずと知れた人気演目です。聟は結婚したとはいえまだ子どものような年若さで、袴が初めてで履き方がわからず親に着せ付けてもらったり、帰ろうとする親を心細さで引き留めたりします。親も我が子可愛さについ言う通りにしてしまうところが微笑ましいです(^^)

聟役を勤めた野村眞之介くんは野村万蔵さまの三男で12歳。まだ親がかりで子どもっぽさが残る聟の役を初々しく演じていましたよ。この役は初めてとのことですが、緊張した様子もなくのびのびと上手に観客の笑いをとっていました。長袴でのぎこちない歩き方とか、舅や太郎冠者にバレないように必死に隠そうとするところなどめっちゃ笑いました(^o^) 父親役の野村万禄さんもほんわかしたおとぼけぶりで、子どもを気遣う親心が伝わってきましたなぁ~。

節分

節分の日、蓬莱の島から日本にやって来た鬼が一人で留守番する女に恋をして小歌や舞で口説こうとするが、女は怖がって追い出そうとするばかり。しかし終いに女がとった行動は・・?

異流共演その一。鬼の役は野村万蔵さま、大蔵流のお相手は山本則孝さまで女の役を勤められました。

先日、他の公演(和泉流)で観た時は、女が鬼を怖がって追い出そうとする際、かなりおびえながら必死に追い出すっていう感じでしたが、則孝さまの追い出しっぷりは、強い剣幕で「あちへ行けっ!あちへ行けっ!!」と不審者を見つけた警備員みたいに毅然とした態度なのが、すごーく面白かったです(≧▽≦)
大蔵流でも山本東次郎家は顔にはあまり表情を出さず動作やセリフもキビキビしていて、和泉流や大蔵流でも他の家とはまったく芸風が異なるように思います。その辺の面白まじめな感じがこれまた独特で妙に笑えるんですよね(^^)

万蔵さまの鬼は、女に気に入ってもらおうと一所懸命に謡ったり舞ったり、振り向いてもらえなくてエーンエーンと泣き出したり、女に宝を渡すと家に入りこんで亭主ぶってみたり、鬼のくせに人間くさくてとても愛嬌がありました。鬼の面をかけて謡いながら舞うのはかなりの体力が要るでしょうが、次々とテンポ良く繰り出されるキレの良い舞で、則孝さまのお気に召さなくても(笑)観客の目を楽しませてくれました。

結局、鬼は女に宝を取られたあげく追い出されてしまいます。本物の鬼よりも、人間の方がよっぽど鬼だな・・・(^_^;

木六駄

太郎冠者は主人に言いつけられ、木六駄と炭六駄を付けた牛12頭を追いながら、大雪が降り続ける峠を越えて主人の伯父の元に向かいます。あまりの寒さに途中の茶屋で休んだ太郎冠者は・・・。

異流共演その2。太郎冠者を野村萬さま。大蔵流のお相手は善竹十郎さまで茶屋のお役です。

前半の大雪の中での牛追いのシーン。ここは太郎冠者の長い独り芝居となります。言うことを聞かずにあっちに行ったり止まってしまう牛をちゃんと歩かせるように仕向けますが、なにせ牛は12頭もいますからたいへんです。あっちへ走りこっちへ走り牛をコントロールします。ちなみに舞台上には牛は一頭もおりません。太郎冠者のパントマイムであたかも牛がいるように見せなければならないので、ここで役者の力量が問われます。
そこはさすが萬さまですので、全く心配する必要はありませんでした。大雪が降る中、太郎冠者に追われる12頭の牛たちが目にも鮮やかに浮かんできます。86歳の萬さまが思ったより速いスピードで舞台上を走るのには驚かされました。少し呼吸の荒さはあったものの(それも演技?)、足腰の強靱さは目を見張るほど!

降りしきる雪を太郎冠者が「真っ黒になって降る」と言うのが印象的。観客の一人が思わず「真っ黒?」と声をもらしました。でも、雪深い山里で生まれ育った私には真っ黒な雪という表現はそんなに不思議ではありませんでした。雪は白いものですが、時に黒く時に青く透明で、そしてうす赤くなる時すらあるのです。街灯も民家も全く無いような山道、降る雪が黒く見えるというのはありそうなこと。辛い旅路を延々と行かなければならない太郎冠者の心象風景との解釈もあるようですね。

さて、疲れた太郎冠者は峠の茶屋で休みますが、ここから茶屋の主人との長いやり取りが始まります。ここでの萬さまと十郎さまの掛け合いが本当に素晴らしかった!台本は和泉流と大蔵流を合わせて調整したそうですが、流儀が違うことを全く感じさせず(「節分」は逆に全く違う芸風ゆえに楽しめましたが)、あたかもお二人がずっと以前から同じ舞台にしばしば立たれていたと錯覚するほどピッタリと息が合っていて、なごやかで楽しそうな酒宴の様子が伝わってきます。観ているこちらも体がホカホカと温かくなる感覚に。これはやはりお二人の芸が円熟の極みに達しているからこそ成せる技という気がしました。

主人から預かった手酒を全部呑んでしまった二人。酔っ払って良い気分のまま伯父の家に到着した太郎冠者ですが、酒を飲み干し木六駄まで茶屋に渡してしまったことが伯父にバレてやるまいぞと追われて幕です。面白かった!萬さまの木六駄は期待通り素晴らしかったです\(^O^)/

東京は降らなかったけど全国的に大雪が降り寒かったその日、観劇後、すっかり上機嫌になった私と友人はやっぱり日本酒を酌み交わしましたとさ。

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萬狂言特別公演~大曲二題~「枕物狂」

大曲二題、続きましては、野村萬さんがシテを勤められた「枕物狂」についての鑑賞レポートです。

「花子」レポートはこちら
萬狂言特別公演~大曲二題~「花子」

「枕物狂」あらすじ
百歳を越えた祖父(おおじ)が恋に悩んでいるという噂を聞いた孫二人が想いを叶えてあげたいと祖父に話を聞きに行く。最初は志賀寺の上人や柿本の紀僧正の昔の恐ろしい恋について物語っているうちに、いつの間にか自分の恋心を謡い上げてしまう祖父。祖父の意中の女性が地蔵講の折に見かけた刑部三郎の娘の乙御前(おとごぜ)であることがわかり、孫の一人が乙御前を連れてくる。祖父は老いの恥を晒した恨み言を謡うものの、嬉しそうに乙御前と連れ立って行く。

シテの祖父を人間国宝の野村萬さん、孫を野村虎之介くん、野村拳之介くん(二人は萬さんの実のお孫さんでもあります)、そして祖父が恋する相手の乙御前を、先ほど「花子」でわわしい妻の役を好演した野村又三郎さんが演じられました。

この曲には地謡とお囃子も登場し、とても格調高い雰囲気です。

祖父は笹の小枝を手に持って登場します。笹には小さな俵型の枕が結びつけられています。笹は「物狂い」の象徴で、枕は「恋愛」の象徴なのだとか。なので、この笹のことを「狂い笹」といいます。狂言や能での「物狂い」とは、頭がおかしくなっているということではなく、精神が高揚して神がかっている状態のことを言うのだそうです。

枕がゆらゆら揺れる笹を持った萬さんは、時折、ひょい、ひょいとよろめきながら、橋懸かりをゆっくりと進みます。このひょい、ひょい、という感じが狂言らしくてとてもキュートです♡

本舞台に入ると床机にかけ、孫二人にちゃんと聞くのだぞと言って話して聞かせます。謡がかりで語るというのがまた祖父の教養の高さや上品さを表している感じがしますが、ひょっとしたらおじいちゃん、自分の恋バナを素の会話でするのがちょっぴり恥ずかしかったので仰々しい謡いで語ったのかもしれませんね(笑)

孫が連れてきた乙御前が頭上にかぶった衣をはずすと、そこには可愛い「乙」の面をした女の子が!「乙」の面は、おかめ、おたふく、お福、などとも言われる、愛嬌のある女面ですね。乙御前が顔を出した瞬間、客席からも温かい笑い声が。祖父のお相手が、ものすごい美人っていうわけでなく、味わい深い顔立ちの娘だった、というんで、観てる方も何だかホッとしてます(やはり、おじいさんにはあまりギラギラしてほしくないと皆さん思っておられるのだなぁ~。笑)。

最後、祖父は嬉しそうに乙御前と仲良さそうに連れ立って行き、ハッピーエンドです。乙御前が本当に祖父のことを受け入れたのかはわかりませんが(笑)ほのぼのするお話でしたね~。

「枕物狂」は三老曲の一つとして重く扱われており、披きの年齢もそれなりです(60~70代くらいでしょうか)。しかし、年齢さえ重ねれば誰しもこの役がちゃんと勤まるかというとそういうわけでもなさそうです。やはり謡いがかりの語りなどテクニックが必要な部分に加えて、これまで長年の修行で積み重ねてきた自分なりの芸というものを反映していくことによって、味わい深さや枯れ感、ちょっぴり色気、その他もろもろ祖父のカラーが、十人十色ににじみ出すもののように思えます。

萬さんは御年85歳で、百歳にはまだまだ遠いご年齢ではありますが、非の打ち所のない演技を見せていただき、今がまさに枕物狂適齢期なのだと感じました。しかし、さらに年齢を重ねた萬さんの枕物狂をいつかまた拝見したい、と熱望するのは贅沢なことでしょうか?

さて、今回は「花子」「枕物狂」という狂言の大曲二番の他に、観世流シテ方による能の仕舞と舞囃子が上演されました。仕舞「班女」は鵜澤光さん、舞囃子「恋重荷」はシテ・野村四郎さん、ツレ・鵜澤光さん。「班女」は「花子」の設定元となった作品であり、「恋重荷」は老人が高貴な若い女性に恋する物語で、その謡が「枕物狂」に引用されています。

「恋重荷」の舞囃子の時に、重荷の作り物が出ていたのが印象的でした。通常、舞囃子で作り物が出されることはありません。後でお伺いしたお話でこの公演での特別の演出であったことがわかりました。

余談ですが、ワタクシ以前から野村四郎さんの舞姿に憧れておりまする(*´▽`*) 仕舞入門のご本やDVDも持っておりましてそれを見ながら家でお稽古しています♪ 今回、四郎さんの舞囃子まで拝見できてテンション上がってしまいました↑↑

演目、演出、配役、何をとっても大胆かつ繊細な工夫が凝らされ、また、厳選された出演者陣の達人芸が堪能できる素晴らしい公演でした。観に行けて本当に良かった!!

万蔵さま、襲名十周年まことにおめでとうございます。これからも頑張ってください~~\(^O^)/

第98回粟谷能の会「安宅」(後編)

前編はこちら⇒ 第98回粟谷能の会「安宅」(前編)

富樫に促されて弁慶は勧進帳を読み上げることになりました。この「勧進帳の読み上げ」は「安宅」という演目の最大の見どころと言えましょう。弁慶は一巻の巻物(もちろんこれは勧進帳ではない。何か別のことが書かれた書物)を持って高らかに読み上げます。

前回の「正尊」での起請文の読み上げもたいへん素晴らしかったですが、今回もすごかった!直面の良いところは口元が面に遮られることがないので謡の声がよく響き渡ることです。明生さんは元々美声なのですが、いつも以上に素晴らしいお声を聞かせていただきました。

そして、ご本人も仰っていた、若い頃は囃子方の手組みとの掛け合いが難しいため間違わないことが第一だったが、今なら技術点に加えて芸術点を上げていきたいという意気込みですが、これは十分に達成できたと実感なさったのではないでしょうか。遠い脇正面席で表情や所作などは残念ながらよく見えなかったのですが(おそらく富樫が巻物をのぞき込もうとしてそれを見せまいと遮るなど緊迫したやりとりがあったはず)、声のみでもその緊迫感はビンビンと伝わって参りました。

最初は(実際に書いてあることを読んでいるわけでないので)ゆっくり考えて一つ一つ言葉を置くように述べていく弁慶ですが、後半は勧進帳の決まり文句をリズム良く暗唱して最後にはノリノリになります。そして「天も響けと読み上げたり!」と謡うと、この勢いに圧倒された富樫は、急いでお通りください、と一行を通してしまいます。

明生さんのお話によると、歌舞伎では富樫の温情で一行を通すが、能では仏の信仰の圧力によって通すのだ、という解釈なのだそうです。最期の勤行で信仰による恐れの気持ちがふつふつと湧きはじめ、そして勧進帳の読み上げで恐れが最高潮に達して決定打となった、ということなのでしょう。

ところが、いったん通した富樫ですが、判官殿のお通りですぞ、と太刀持に言われ、再度一行を止めます。仏罰の恐怖心から思わず通してしまったがここで我に返ったということなのでしょうか。判官に似ている人がいるので止めたと言う富樫。弁慶が義経を打擲して見せて、富樫方の疑いを晴らそうとします。ご自身が子方の時にはボコボコに打たれたという明生さん。今回は比較的ソフトな打ち方をなさっていたように見えました。ご自分のトラウマからちょっぴり優しさが出たのでしょうか?(笑)

弁慶が義経を打擲するという渾身の演技を見せてもなお富樫は、それでも通せず、と主張したので、弁慶はあんたら賤しい強力の笈を狙うなんて盗人じゃないの!?と言いがかりをかけ、山伏たちは刀を抜きかけてワラワラと富樫らに詰め寄っちゃいます。ビビった富樫は結局またまた通しちゃうのです。これまで慎重にきたのに最後はゴリ押しで突破した感が否めない(笑)

ようやく関所を通過できた弁慶一行は、しばらく行った先で休憩しています。そこへ富樫がやって来て、先ほどの非礼な振る舞いのお詫びにこの辺りの酒を持ってきたと言います。弁慶は富樫と酌を交わし酒宴を始めます。しかし、弁慶は最後まで気を許すことはありません。今回の明生さんの演能レポートに「呑んだふりをして相手が見ていない隙に酒を捨てる型を試みた」と書かれておりました。そこまでちょっと気づけなかったのですが、なるほどもし近くで見ていたら、弁慶の富樫に対する敵対心、決して油断すまいという固い意志のほどがはっきりわかったかも、と思いました。

そして弁慶は「延年之舞」を舞います。

明生さんの解説によりますと、通常の男舞に特殊な囃子方の手組みが入り、シテが跳躍や特殊な足踏みをする小書であり、喜多流では跳躍の後の音を立てない抜き足のような足踏みを大切にしているとのお話でした。どこで跳躍と抜き足が入るのか注意深く見守りました。一度きりの高い跳躍、翁の三番叟からの影響を受けたという、大地を整え種まきをするような動作、常とは異なるこの舞いをとても面白く拝見いたしました。

弁慶が舞うなか、地謡が、おのおのがた、早くお立ちなさい、束の間の心も許してはなりません、と謡い、子方を先頭に郎党らは一斉に橋懸かりをすごい勢いで駆け抜け次々と幕に入ります。それはもうビックリするくらいものすごい速さでした!これは万一足が痺れていたらやばいことに…(^◇^;) 一行の最後に弁慶が続き、三の松で留め拍子を踏んで終わります。

この曲では地謡の出番がかなり限られています。今回はさらに延年之舞の小書により本来謡われるべき詞章(義経の心情などを語る部分)も省略されて通常より少なくなっていました。その分、シテや大勢いるツレの謡が割合として多くなり、セリフ中心の構成となることにより劇的な効果をいっそう高めているように感じました。

今回のお席は脇正面席の三の松あたり左端、三千円也。一万円の正面席に比べると、かなりリーズナブル。橋懸かりかぶりつきでどの席より役者にだんぜん近いです。勧進帳を読むところがよく見えないのだけが残念でしたが、橋懸かりはシテやツレが何度か行き来しますし、シテが橋懸かりの三の松あたりで折り返したりするところや最後のシテの留め拍子も目の前で思わず目が合いそうに感じるほどの近さ、シテやツレの表情も良く見えるし、最後に一行が脱兎の如く走り抜ける際は振動までも伝わってきて臨場感たっぷりの特等席でした。

狂言「鐘の音」。シテが人間国宝の野村萬さまでほとんどが独り芝居、言葉の勘違いから主人に命令されたことと違うとんちんかんなことをしてしまう太郎冠者を演じられました。4つの鐘の音を擬声音でそれぞれ表現し分ける場面や主人の機嫌を直そうと舞い謡いを披露する場面など、完璧としか言い様がなく、その至芸を存分に楽しませていただきました(*^_^*)

能「鉄輪」。シテは粟谷能夫さん。二場物ながらも、1時間ほどの短い能で、安宅という観客も力が入ってしまう能を観た後に拝見するにはバランスの良い選曲。後シテの面が「橋姫」になるのか「生成」になるのか楽しみにしていましたが、結果「生成」を使用なさっていました。事前講座の写真で見た生成の面は人間に近い女性の顔立ちにちょっとしたツノが生えている感じだったのですが、今回使われていたのは目をギロっとむいて口も大きく開いた、より鬼に近づいた形相のものでした。
明生さんが終演後に、演出上、安宅と重なっている部分が多かったのが反省点だったが、能夫さんが気を利かせて最後の場面で三の松で留めて終わるはずのところを、振り返りもせずに消えて行くという演出に変更したと仰っていて、なんて素晴らしい機転なのだろうと、優れた能楽師の対応能力の高さににいたく感心いたしました。

次回の粟谷能の会は来年3月で「白田村」「融」。これまで3月と10月の半年毎に催されてきた「粟谷能の会」は来年より3月のみの年一回になるのだそうです。寂しい限りですが、その分、密度の濃いお舞台を拝見できることになるのではと改めて期待もしております。ワタクシ個人的には明生さんの老女もの、いつごろ来るかな?とそこが気になっているのですが、もう少し先の話でしょうか。再来年は第100回ですのでもしやその時に・・・?いずれにせよ、まずは次の回を楽しみにいたしましょう!

弓矢立合@よみうり大手町ホール開館記念能

先月末、勤務先の1ブロック隣によみうり大手町ホールが開館しまして、こけら落としの能楽公演を拝見して参りました。

中でも江戸幕府が江戸城大広間で行っていた正月3日の謡初式を再現したという演目は初めて拝見しましてたいへん珍しかったのでレポートを書いてみます。

筆記用具を忘れてしまい記憶だけを元に書き起こしたので曖昧な点はお許しください。また、舞台から遠かったためよく見えなかった場面もありまして(始めから言い訳モードですみません)。ご覧になった方、記憶違いの部分、正確さに欠く部分へのご指摘歓迎いたします。

橋掛りより三流の宗家(観世流=観世清河寿氏、金春流=金春安明氏、金剛流=金剛永謹氏)、地謡方(各流3名ずつ合計9名)が入場します。全員が素袍裃に侍烏帽子のお姿です。三宗家が前列、地謡方が後列の二列にずらりと並び、後座(本舞台の後方)に着座します。

続いて半裃姿の男性が1名入場。番組を見ると御奏者番とあります。御奏者番は目付け柱(本舞台前方左端)の位置に立ち、三宗家と地謡の方に向きます。

三宗家、地謡方が一同深々と礼をします。額が床につかんばかりの平伏です。江戸城儀式の再現ですから将軍様に対する礼であると理解。一同が平伏したまますぐに謡が始まります。

観世流宗家による「四海波」。なんと深くお辞儀したままの体制で謡います。宗家のお顔が徐々に赤くなり体が小刻みに震えています。これはとても辛そうです…!

切戸口よりワキ方、囃子方が入場します。素袍裃、侍烏帽子です。ワキは福王流宗家、福王茂十郎氏(なぜ公演プログラムに紹介がないのか!?)。

ワキは観世流宗家の左隣に着座。囃子方(笛・小鼓・大鼓・太鼓)は地謡座(本舞台右手)に着座しました。

番組を見ると観世・金春・金剛の順に三宗家による居囃子、とあります。居囃子とは何ぞや?と思って見ていたら、曲の一部をお囃子付きで謡うものでした。舞は無いので座ったままです。

観世流「老松」、金春流「東北」、金剛流「高砂」の居囃子が立て続けに演奏されます。

観世流の居囃子が終わるとワキ、太鼓はいったん切戸口より退場しました(金春流の居囃子には出番なし)。

そして、金剛流の居囃子が始まる際にワキと太鼓が再び入場します。ワキは金剛流宗家の右隣に着座します。

三流儀の謡を続けて聴くと、流儀の違いなのか個人的な違いなのかわかりませんが、三者三様、各宗家のキャラクターの強さもあってかあまりにも違うのでとても面白く。曲の違いもありますけど、こんなに違うものなんだなぁ~と興味深く聴き入りました。

居囃子が終わった時点で、御奏者番とワキ方、囃子方は一旦退場します。

再び御奏者番が入場し、新たに御使番と呼ばれる二人が入場しました。御使番も半裃姿で、一人は装束らしきもの、もう一人は鬘桶(かづらおけ)を持ってます。

三人はワキ座(本舞台の右手前方)まで行き着座します。御奏者番が鬘桶に腰掛けます。

三宗家が代わる代わる御奏者番の前に行き頭を下げますと、御奏者番は白い装束を宗家の肩にかけます。かけ方はバサッといささか乱暴な感じです。宗家は深々と礼をしています。宗家が定位置に戻ると流儀の地謡方が宗家に装束を着つけます。

白地の装束は裏地が真赤で綿が入っているような分厚さに見えました。遠目からはどてら(丹前)のように見えました。儀式的に意味がある装束なのだろうと思いますが、どてら着たお三方、ちょっと可愛らしかったです(笑)

三宗家にどてら(注:どてらという呼び方は私がそう見えたというだけで、能楽的には違う呼び名があるかもしれませんが知らないのでゴメンナサイ)を渡した後、御奏者番は何やら紙のようなもの(あるいは布?)を床に放り投げました。床に放られた紙(or布)は、金剛流の地謡の一人が取りにきてまた定位置に戻りました。
どてらのぞんざいなかけ方や投げ与えるという行為から察するに、御奏者番は相当身分の高い人であることがわかります(今回は能楽師でなく作家で国文学者の林望氏が勤めていました。江戸時代は老中あるいは大名級の人が勤めたのか??)。

三宗家による舞囃子「弓矢立合」。「弓矢立合」とは「翁」の上演形式のひとつだそうです。能面はつけません。三宗家が舞い始めると同時に囃子方が切戸口より再入場します。

謡は「釈尊ナ釈尊は~」という詞章から始まりました。元々は「桑の弓蓬の矢の政」から始まるもっと長い詞章だったのが、江戸中期から各流で詞章が変わってしまい、途中のこの部分から舞うようになったとお伺いしています。
詞章が同じでも流儀が違えばリズム、スピード、高低や強弱が異なるものと思われますが、意外と違和感はありませんでした。リズムとスピードはお囃子のおかげでおのずと合うのかな?

舞はもちろん流儀ごとの型で舞われているので、謡以上に違いが目立ちます。逆の方向に動いたりしてぶつからないのかな~とか要らぬ心配をしてしまいましたが、きっと事前に申し合わせしてますよね。
三人で舞うと全く違う型であっても不思議とハーモニーのように相乗効果を生んで一つの面白い作品に仕上がっていました。以前に狂言方の和泉流と大蔵流で同じ曲を同時に舞うという企画を観たことがあるのですが、共通している部分+異なる部分があるため、相違部分ではふくらみが出てむしろダイナミックになり、共通部分で調和が取れて全体のバランスを崩さずにまとまるといった感じで意外としっくりきたのを思い出しました。

(すみません、このあたりからかなり記憶がアバウトになってきています・・・全然レポートになってませんね。お許しください・・・)

弓矢立合が終わった後、御奏者番が宗家(観世宗家だったと思う)に布と思しきもの(小袖かな…?)を渡しました。そして、御奏者番はおもむろに自分の肩衣を脱ぎだしました!(何??いったい何が始まるの!?と一瞬焦るワタクシ。袴まで脱ぎださなくて良かった…。←何考えてるんでしょうかね。笑)そして脱いだ肩衣を軽くたたんで床に放り投げました。宗家(だったと思うがどっち?金春?金剛?両方?もはや記憶が…(゚_゚;))が前に進み脱ぎ捨てられた肩衣を拾って戻ります。後ろで二人の御使番も肩衣を脱いでいます。こちらは放り投げずたたんで自分たちのそばに置きます。

囃子方は退場したかもしれないし残っていたかもしれない…。ストリップのパニックでそこまで注意が及びませんでした(*゚∀゚*)

最後に御奏者番、御使番が正先(本舞台中央前方)に進んで客席側へ向いて着座し、後方の三宗家&地謡方を含め舞台上の全員が平伏します。御奏者番が謡初式が滞りなく相済みし旨を、高らかに宣言します。そして全員退場して終了です。

いやぁ、何もかも目新しくて実に面白かった!筆記用具とオペラグラスを持って行かなかったのを後悔しました。能楽堂でなくホールだったせいなのか、リラックスして見られましたねぇ。通常の「翁」で感じるような共に儀式に参加しているような緊張感はなく、好奇心を持って記録映像を傍観しているような感覚でした。

20分の休憩をはさんで、狂言「棒縛」。人間国宝の野村萬さん、野村万作さん兄弟の共演。萬さんの太郎冠者、万作さんの次郎冠者。主人(野村万蔵さん)の留守中にお酒を飲むので縛られてしまった二人がやっぱり策を講じてお酒を飲み主人に見つかって怒られるのがとても楽しかった。このお二人が同じ舞台上で共演するのを何十年ぶりに観たのであろう・・・(たまたま私が観ていなかっただけかもしれませんが、本当に何十年も観ていなかった気がします)。とても嬉しくて涙が出そう。めったに見られないものを拝見し、この場に居合わせられた幸せに感謝です!

最後に能「石橋」。半能でしたので、後半の獅子が登場するところから始まりました。大獅子の小書(特殊演出)がついているので、獅子は二頭登場します。白い獅子が親で赤い獅子が子だそうです。豪快で華やかな二頭の獅子舞で盛り上がり、こけら落としの能楽公演はめでたく御開きと相成りました。

よみうり大手町ホール開館記念能
平成26年4月5日(土)14時開演
@よみうり大手町ホール
<番組>
小謡「四海波」(観世流)
居囃子「老松」(観世流)
居囃子「東北」(金春流)
居囃子「高砂」(金剛流)
舞囃子「弓矢立合」(観世流・金春流・金剛流)
狂言「棒縛」(和泉流)
半能「石橋 大獅子」(観世流)

地下鉄大手町駅直結
地下鉄大手町駅直結

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ホールの舞台上に作られた能舞台

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公演プログラム