2月17日、乱能を拝見してきました。乱能とは、シテ方、ワキ方、狂言方、囃子方の玄人全員が専門外のお役を担当して行う演能形式です。歌舞伎や文楽で言うところの天地会みたいなものです。
普段と勝手が違う役割に、ハプニング続出、セリフを忘れて後ろから教えてもらったり、カンペ取り出して見たり、他の人にぶつかったり、舞が全然揃ってなかったり、棒読みだったり。またオリジナル演出やありえない小物、誇張気味の表現なども楽しく、後見がカメラ持って撮影してたり、能面で視界が狭くなってるシテツレが下向いて足伸ばして爪先で舞台の端っこ探っていたり、長袴の裾を翻して隣の人の頭に引っかかったり、誰かサンを真似してるのか大袈裟な台詞回しをする人、土蜘蛛の投げた糸で観客までも糸まみれ…などと、とにかく可笑しくて抱腹絶倒。
その一方でなかなかのクオリティを披露した方も少なくなく、特にお囃子は皆さんお上手で正直驚きました。楽器が一番難しいんじゃないかと思っていたので。お囃子方でシテなどを演じられとても声の良かった方も。
演目の中で、翁、鉄輪、高砂は、おふざけはなく真剣に演じられ、普通にお能を観るようにすっかり魅入ってしまいました。素人の発表会とは雲泥の差。やはりお役が違うとはいえ普段慣れ親しんでいる領域なので、自然と感覚が身に付いているのかもしれませんね。
野村万作さまの翁は何の違和感もなく、そのまま正月にやってもいいんじゃない?と思いましたわ~。
朝10時から夕方5時過ぎまでの長丁場でしたが、自由席、休憩時間は特に設けられず出入り自由の気楽な雰囲気、折々に舞台から客席にアメが撒かれたり、樽酒が振舞われたりして、お祭りムードでとても楽しい一日でした!
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万作を観る会・芸歴八十年記念公演(第二日目)
野村万作さまの芸歴八十年記念公演(第二日目)を拝見して参りました。
チケット応募をすっかり忘れていて落胆していたところ、お友達がチケットを手配してくれていたのです。あぁー万作ラブ熱♡を常々しつこいぐらいに主張しておいてよかったぁ~と思いました(*´▽`*) 感謝の気持ちで国立能楽堂へ!
今回一番観たかった「三番叟」は、万作さま・萬斎さまのお二人ともが三番叟を勤められるという珍しい演式でした。小書に「神楽式・双之舞」とあります。「神楽式」は古より伝わる小書のようですが、「双之舞」は公演プログラムに「二人の三番叟であることを勘案し名付けた」と記載されていましたので、今回の記念公演のために作られたということなのでしょうか。ともかくたいへん珍しいものを見せて頂きました。
二人の三番叟が色違いでお揃いの装束をつけ同じように黒い尉の面をかけて鈴を持ち舞台上で同時に舞います。舞台を広々と使い、並んで舞い離れてはまた近づき交差し、波動と立体感が感じられる舞。三番叟は常でも豪華なものですが、双之舞ではその迫力と華やかさは二倍増しとなりおめでたさが際立つものでした。
千歳はお孫さん(萬斎さまのご長男)の裕基くんが初々しく勤められれ、親子三代共演の三番叟まことに微笑ましい光景です。お囃子方には藤田六郎兵衛さま(笛)、大倉源次郎さま(小鼓頭取)、亀井忠雄さま(大鼓)ら超一流どころが招かれ、素晴らしい演奏で万作さまを祝福なさいました。
万作さまの従兄弟の三宅右近さまの狂言「佐渡狐」、名古屋の野村又三郎さまの小舞「御田」、万作さまのお孫さんの遼太くんの小舞「景清」、万作さま・萬斎さま親子の狂言「痺(しびり)」、そして一門の若手たちの「六地蔵」と、バラエティに富んだ演目でそれぞれにとても楽しめました。中でもいいなぁ~と思ったのが小舞「御田」で、これ覚えて内輪のおめでたい席なんかで舞ったら盛り上がりそうだな~と狂言小舞もちょっと習ってみたいなと思ってしまいました(能の仕舞もろくに練習してないくせに…?(゚∀゚ ;))
萬斎さまはスター☆彡なのでお若い頃から光り輝いていますし最近は人気に負けない実力を兼ね備えて全く非の打ち所なく素敵だと思いますが、お父様の万作さまとご一緒に舞台に立たれますと、どうしてもお父様の素晴らしさの方に目を奪われてしまいます。お年は召されましたが万作さまの芸はいまだ遙かに高いところにおられます。萬斎くんまだまだですなぁ~がんばれ~(笑)
八十三歳とは思えない軽やかな動きを見せて頂いた三番叟の円熟の舞も素晴らしかったですが、「痺」で演じられた太郎冠者のお茶目さ愛らしさもまた万作さまの持ち味を存分に楽しむことができ、ファンには嬉しい番組でした(*^_^*)
お祝いの会にふさわしい豪華で楽しい公演でした。いやホント観に行って良かった!
万作さま、芸歴八十年まことにおめでとうございます。さらに芸歴九十年をめざして今後もお元気にご活躍されますよう心よりお祈り申し上げます!
能楽五人囃子「能の来た道、日本のゆく道」
皆既月食が観測された日、国立能楽堂で、能楽五人囃子「能の来た道、日本のゆく道」を拝見して参りました。
講演ということでしたが、トーク、ワークショップ、実演で構成されていて、リラックスしたムードで堅苦しくなく飽きさせない内容でした。
オープニングはお囃子方の四名で「獅子」(石橋)を演奏。能は眠くなるというイメージを払拭するため(?)この選曲で元気よくスタートです!
大倉源次郎さんが中心となってお話しなさいました。源次郎さんは見た目はシュッとしていてカッコよくて演奏するときの真剣なお顔も凜々しいのですが、実際にお話しなさるととても気さくで面白い方。大阪人だから?サービス精神が旺盛で会場の笑いを誘うコメントも織り交ぜながら楽しいトークが進みます。ダジャレを言ってもオヤジギャグに聞こえないところはイイ男の特権ですよねぇ(*^_^*)
雛人形の五人囃子について。能舞台での並び方と同じで向かって右から、謡、笛、小鼓、大鼓、太鼓。覚え方は、音を出す位置が口から近い方から順に並ぶということです。へ~。そういや子どもの頃、右端のこの人だけなんで楽器持ってないんだろう?ってずっと思ってました。能を見るようになってから初めて謡だと気づいて、この人意味不明だったけどバンドで言えばボーカルじゃん!と思った記憶が(^_^;)
次に各楽器についての解説。能楽師さんたちは「お道具」と呼び、単なる楽器を超えた大切なものとして扱っているそうです。
能の笛は能管と呼ばれており、音程の取りにくい構造になっております…みたいな説明が源次郎さんからありまして。ところが…この一噌幸弘さん、能管で楽ラクと音程を取ってしまう稀有な才能の持ち主でして…。笑点のテーマやちびまる子ちゃんの踊るポンポコリンを披露(しかも全フレーズ。笑)。笛でメロディーを吹くなどごく普通のことのように思われますが、能管でそれやっちゃうのはスゴイんですよ!たいへん特殊な才能の持ち主です。幸弘さん、もっと吹いてもっとしゃべりたそうでしたが~(笑)
小鼓と大鼓は桜の木の胴に馬皮が麻紐で締め上げて張られています。材質が同じなのに全く音色は異なります。締め上げる強さが全然違うそうです。小鼓はバラっと分解してすぐに組み上げることができますが(源次郎さん実演)、大鼓は力一杯締め上げるため、組み上げるのに10分くらいかかってしまうとか(だから実演は無しよ)。
また小鼓は5年10年100年と年数が経つほど良い物に育っていくものですが、大鼓の革は消耗品で数回の演奏で新調しなければならないのだそうです。今講演では言及がなかったのですが、小鼓の革は湿らせて使い、大鼓の革は乾燥させて使う、というのは良く知られている話です。同じ材質なのに対照的な楽器ですよね。
一方、太鼓は欅の胴に麻紐で牛皮が張られています。太鼓を載せる台は又右衛門台と呼ばれているそうです。又右衛門さんという方が考案されたからとか。だらんとぶら下げると人間の形をしていてユーモラス(^o^)
囃子方は事前に合わせるためのお稽古するのかというとそうではなく、お互いのかけ声が合図となる決まり事があって、いきなりでも息を合わせられるのだそうです。かけ声だけで合わせられることを示すために、小鼓と大鼓がお互いが見えないよう背中合わせとなり演奏を披露。見事に決まりました!
一通り解説と実演が済んだところで観客席も体験のお時間です。グーにした左手に右手を当て右肩の位置まで持ってきて小鼓を打つマネをします。かけ声もかけます。そう、エア鼓です(笑)。 これは別のワークショップでも体験したことがあるのですが、一人一人にお道具を持たせる必要もなく手軽にできて楽しい体験です。しかもホンモノの小鼓の音に合わせての合奏。気分上がりますよ♪
後半はシテ方のワークショップ。解説は観世流シテ方の坂口貴信さん、能楽界きってのイケメン能楽師さんです。能舞台の説明、能の演目の種類についての説明の後、能面の解説と装束付けの実演など。
演目のオススメを問われてですね、貴信さん「能には『神・男・女・狂・鬼』という演目の種類があり、自分に好みに合った演目を選ぶことです。『女』は最も動きがゆっくりで時間も長い…最も能らしいとも言えますし、能楽師としてはとても大切な演目ですが…」…はっきりおっしゃらなかったですが初心者の方は「女」の演目は難易度が高いのでなるべく避けた方がいいとおっしゃりたかったのでは。わかります~。私もよく夢の世界に行ってます(笑)
解説の後は観客席の謡体験です。オウム返しというお稽古の方法で、貴信さんの後について観客全員で謡を練習。「高砂」を謡いました。一度お稽古したあと、お囃子方に入って頂き全員で謡います。おぉー、これはかなり気分が良いですネー♪ その後、貴信さんによる舞囃子「高砂」の実演です。貴信さんは舞姿がたいへんお美しいです。イケメンのうえ舞上手♡ 眼福でございました~(〃▽〃)
解説で印象に残ったお話をいくつか。
能舞台上の結界の話。シテは装束をつけて縦板が張られた三間四方の本舞台で演じます。それに対し、本舞台の後ろ(鏡板の前)にある横板が張られた後座は場面からいないものとなることを意味し、囃子方や後見などはここに座っています。シテもこの位置に入ると場面から一時いなくなったことを意味します(だから見て見ぬふりしてくださいね~)。
ところで、囃子方は実はつま先の部分は縦板にかかっているんだそうです。体の前半分はお芝居に参加しているという位置づけなんですかね~。お囃子の演奏もシテやその他の役者の心象描写(演技)の一部とも考えられますものね。
橋掛かりについて。普通(歌舞伎などの)花道は、客席の方に向かっていますが、能舞台の橋掛かりは必ず客席から離れるような角度で設置されています。花道が観客(=人間の世界)に近づくのに対し、橋懸かりの向こうにはあの世(=人間の世界でない)があるという意味合いからだそうです。この世のものでないナニカが、あちらの世界から橋掛かりを渡ってやってくるんですね~。
再び源次郎さんのトークのお話に戻ります。能の来た道。はるか神話の時代から明治維新、現代に至るまで、能の源流と歩んできた歴史について。源次郎さんは能の演目には平和の祈りが込められているとおっしゃいます。能には戦いを題材にしている演目が多いし戦いが当たり前の時代に作られているので、私は平和への祈りが込められているとは考えたこともありませんでした。歴史の表面だけを見ると人類は何千年も戦いや争いを繰り返してきて、戦いはこの世から無くならない人間の性や業のようなものという気がしていましたが、平家物語を読んでいると、戦うことの苦しみや悲しみがよく書かれています。平家物語はどちらかといえば戦争ドキュメンタリーのようなリアルな描写ですが、これが能になりますと、戦いで死んでしまった武将が浮かばれない霊になって現れて、戦いの悲惨さや苦しさを切々と語ったり、地獄の苦しみから逃れたいために回向を請うなど、戦いなんて良いことないぞ~やめとけオーラ出しまくりですものね。
足利義満、豊臣秀吉などの時の権力者に擁護されて繁栄することになった能が、徳川家康の時代になり社会を武力から文化へシフトするため、諸国大名に能をやらせて式楽として確立させた。元禄の頃には印刷技術が発達し謡本が出版されて庶民も謡を嗜むようになりさらに裾野が広がった。そのため明治維新となり全国から集まった人々がお互い方言で話して通じなかったところ、能や狂言の言葉で互いに話しかけることで通じたりした。明治維新以降の人々の交流の拡大に一役かったのではないか、という説はなかなか興味深いものでした。
日本のゆく道。若い人達にも観て頂き日本文化を通じて平和な世の中を願いみんな仲良く暮らして行きましょう。という締めでした。
出演者陣は豪華だし、とても内容が濃かったし楽しかったです♪(^o^)
ジャポニスム振興会 東京公演
能楽五人囃子「能の来た道、日本のゆく道」
平成26年10月8日(水)国立能楽堂
出演者
大倉源次郎(小鼓)
一噌幸弘(笛)
安福光雄(大鼓)
観世元伯(太鼓)
坂口貴信(観世流シテ方)
ナビゲーター
中村暁

日経能楽鑑賞会「咲嘩」「求塚」
日経能楽鑑賞会は、日本経済新聞社が開催する喜多流の友枝昭世さんと観世流の浅見真州さんのおシテで同じ演目を二日間に分けて競演する会で、今年で第八回となります。狂言についても同じ和泉流ではありますが、野村萬さん、野村万作さんがやはり同じ演目でそれぞれおシテを勤めます。比べっこが好きな私には嬉しい会ですが、平日で開演時間も早いということで、なかなか両方観るのは難しく。今回は一日目の喜多流を観に行って参りました。
狂言「咲嘩」(さっか)
太郎冠者が主人に伯父を連れてくるよう命じられたがひょんなことから咲嘩(詐欺師)を連れてきてしまう。主人は咲嘩を穏便に帰そうとするが、太郎冠者が馬鹿正直さを発揮して主人をヤキモキさせる話。
野村万作さまが演じる太郎冠者は設定では馬鹿キャラなんだけど、最終的には主人をおちょくっているような流れになっていきとても面白かったですぅ~(*´▽`*)
能「求塚」(もとめづか)
《ざっくりあらすじ》
二人の男に求愛された女が態度を決めかねて二人を勝負させるが決着がつかず、女は自らの罪を感じて入水する。女は地獄に墜ち責め苦に見舞われる。旅の僧が女を成仏させようと祈りを捧げるが・・・。
このお話、たぶん観た人ほとんどが感じることは「女は地獄に墜ちるほど悪いことしてないじゃん!」…だと思います。
女は二人に結婚相手としての決め手がないことから、生田川の鴛鴦を射た方の求婚に応じると言います。二人が射た矢は同時に一羽の鴛鴦に命中します。あらあら困った、決まらない。ここでPK戦サドンデス方式なら決まるまで何度でも対決させられますが、そう何羽も鳥を射るわけにもいきませんよねー。女は鴛鴦を犠牲にしてしまった罪悪感から自らの命を絶ってしまうのです(だったら最初からそんな勝負させなきゃいいのにね…(´ヘ`;))。
入水した女の遺骸が引き上げられ、求塚に葬られます。女の死を知った二人の求婚男たちは、塚の前で刺し違えて二人とも死んでしまいます(←ここちょっと不思議です。なんであんたらまで死ぬの!?)
自殺した女は地獄に墜ちます。女はなぜ地獄に墜ちなければならなかったのでしょう。当時の仏教思想では、そもそも女は成仏できないものらしいですよ。女であること自体が罪であると考えられていたのです(んまぁ、理不尽な!ヽ(゜Д゜)ノ)。ましてや罪もないオシドリを愛を試す道具にして殺してしまい、男二人を手玉に取り(?二股かけてたわけではないんですけど)終いには死なせてしまった罪は重い。それで地獄に墜ちてしまったのでしょう。
地獄で女は二人の男の霊から責められ、犠牲にしたオシドリから攻撃され、そのうえに様々な八大地獄の責めに遭います。
女は思ったでしょう。「なんで私がこんな目に!?」たまたま二人が同時に求婚してこなければこんなことにはならなかったのです。輝かしい未来が待っているはずだった若く美しい女性には思いも寄らなかった運命。晴天の霹靂とはこのこと。
現代なら、どちらも振ってしまうか、とりあえず二人ともとつきあってみて良い方を選ぶ、ということもできたでしょうが(笑)
さて、お能の方ですが、おシテは人間国宝の友枝昭世さまです。好きな能楽師さんの一人です。求塚は重い曲ですが過去にも何度か勤められている模様。
前場は菜摘女の姿でツレ2名と一緒に登場してきます。旅の僧(ワキ)が求塚の所在について尋ねますが、さあねぇ~わからないわ、アタシたち忙しいのよん、と軽くあしらわれたり。この辺、キャピキャピとした(←死語?)若い女のグループがおじさんをからかっている(?)感じで季節も早春で明るい雰囲気です。
ツレとワキのやりとりの間、シテは何やら曰くありげな様子を醸して佇んでおります。
ツレ2名が退場してシテだけが残り、なにゆえアナタだけ残ったの?という僧の問いに、女が昔話を始めますが、最初は他人事のように語っていたのが、実はそれは私の話なのよ~という流れになり、空気が一変します。(この辺、二人静で静の霊が憑依する展開に似ています。同じ菜摘女だし~)
自分の話を語り終えた女は舞台中央に設置された作り物(求塚)の中に入ります(中入り)。
塚の中のシテがお着替え(=後見が着替えさせている)中、間狂言の野村萬斎さまが登場し、女と二人の求婚者の話をより詳しく説明します。要は同じ話のおさらいなのですが、シテの謡に比べるとアイの語りの方が言葉がわかりやすく、またシテの謡では語られなかった内容を若干補足していたりしますので、観客にとっては理解の助けとなります。
ワタクシ、アイが出てきて話し始めると前場の緊張から解き放たれ少しリラックス気分になり、姿勢を崩して体をほぐしたり、時には居眠りしちゃったりすることもあります(狂言方の皆様、ごめんなさ~い_(_^_)_)。
しかしながら、近年の萬斎さまのアイはとてもよろしいので常にしっかと観ております。今回地謡でご出演された粟谷明生さまが「萬斎氏の語りは、単なる物着時間稼ぎの境地を離れ、ひとつの演劇として成立していた」と仰っていましたが、全くその通りだと思います。
以前にある狂言方さんが「経験を重ねるにつれ間狂言の方にこそやり甲斐を感じるようになってきた」と仰っていたことがあり、確かに派手なアクションで補えない分、語りの力量が問われる役なのかもしれないな~と思いました。
さて、お話も終わり(着替えも終わり)、後見が作り物の真後ろにいったん着座します。お囃子の演奏が始まり、じきに中からシテが謡うのが聞こえると、後見が作り物の引き回し(周りを覆う布)を外します。すると、前場では小面をかけていたシテが地獄の女を象徴する痩女という面をかけて登場します。この瞬間、シテの居場所である作り物は求塚から地獄の火宅へと変わったとみなしましょう。
痩女…。中年女の顔のように見えますが、本当は若くして亡くなった女性です。しかし地獄の責め苦に遭って弱り果てすっかり痩せこけてしまったということなのでしょう。
僧が可哀相に供養してあげますと言うと、女はありがたや~と嬉しそうにしますが、その直後、いきなり恐怖に満ちた態度に一変し地獄の責め苦を描写し始めます。ここからの昭世さまの演技は、能にしては珍しくとても写実的でありました。はっと体を引いてみたりビクっと驚くような仕草を見せたり、身体全体を使って自分の身に起きていることを一つ一つ表現していきます。
謡も地獄の責めの苦しさ耐えがたさを生々しく伝える迫力ある詞章であります。二人の男の亡霊それぞれから左右の手を引っ張られて責められ、犠牲にしたオシドリは恐ろしい鉄鳥に姿を変え、女を猛攻撃します。女は鉄鳥のクチバシで脳天を突かれ脳髄を吸い取られます(ひえぇぇ~~~~(((;゚д゚))))。逃げようとしても前は海、後ろは火焔、逃げ場がなくてすがりついた柱もたちまち炎となり体は焼かれ、地獄の鬼どもに鞭で打たれ、八大地獄の全ての責め苦を負わされ、ついには無間地獄の底に上下逆さまに落とされます。シテは必死にワキに助けを求め、ワキも読経し続けますが、願いも空しく、シテは再び火宅(地獄)へと戻ってゆきます。
地獄のすさまじさを表現するために、地謡はかなり激しい感じで謡うのかな~と予想していたのですが、今回、少々抑えめに謡われていました。ちょっと意外でしたがこれがかえって良かったように思えました。地の底から響くような抑えめの地謡が、少しばかりの罪に対して過剰なほどの罰を受けることになった不条理さや、耐えがたい地獄の苦しみが未来永劫続く絶望感をひしひしと感じさせる効果を与えていました。
私には地謡がまるで読経しているように聞こえました。実際に読経しているのはワキなのですが、そんな読経で八大地獄の罰に値する罪深さを救うことなど不可能なのだと突きつけられるかのように・・・。
一般的な能のストーリーには、シテが救いを請う→ワキが供養→めでたく成仏\(^O^)/…というパターンが多いように思いますが、その場合は地謡も元気よく謡ってパァーッと気持ちよく終わることが多いです。しかし、今回は成仏できなかったどころか、再び苦しみの世界に自ら戻っていくのですよね。地獄の責め苦の様子を恐ろしげに描写しながらも、シテの救いを求める気持ちから諦観や絶望感へ至る心の変化がよく表れていました。何とも心が痛くなる結末です。
求塚、奥が深いですよね~。比較のために二日目の観世流も観てみたかったですね。でも、あまりに救いがなく凄惨極まりない重すぎるお話なので、二日続けて観るのはちょっとエネルギーが要るかもしれません。
国立能楽堂 4月定例公演 「酢薑」「海士」
4月18日(金)18:30開演 国立能楽堂
急に予定がキャンセルとなりヒマになってしまったので、冷たい雨の中、ふらりと国立能楽堂に来ちゃった私。ふらり能楽堂のときは一番安い席と決めています。中正面席2430円(あぜくら会価格)。でも右端でほぼ正面席と変わらぬ見やすい位置。ラッキー☆
国立能楽堂の主催公演は、週末だと満席のことも多いのですが、本日は平日夜のため、しかも雨だからか空席が目立ち、がらすきでもないけど閑散とした雰囲気。通常の公演より外国のお客さん比率がとても高かったです。チケットがお安く英語字幕ありだからでしょうか。
見所でマナーの悪い人と遭遇してしまい残念だったのですが(※)こうして舞台を思い返してみると今となってはどうでもいい話になりました。良い思い出だけを残し、悪い思い出は忘れましょう!
※その話はこちらに詳しく(能楽堂で隣り合う人を選べないがために若干満足度が下がったという話)
○酢薑
薑売りと酢売りが出会い、自分こそが商売司と、お互いの商売物の由緒を自慢し合い、さらに薑の辛いの「から」と酢の酸っぱいの「す」がついた言葉を言い合って勝負します。二人は街を巡りながら目に入るものを次々とテンポ良く言葉にしていきます。競っているつもりがお互いの優れた秀句に感心して笑ってしまう。交互に秀句を発しては二人で大笑いする繰り返しでなごやかな良い雰囲気に。意気投合した二人は最後は一緒に商いをしようと言い笑って別れます。
他愛のないやりとりですが、対立していた二人がすぐに仲の良い雰囲気になり、リズミカルな言葉遊びも楽しく、最初から最後まで温かい笑いにつつまれていました。
薑(はじかみ)とは生姜のことですが、辞書をひいたら古には山椒のことだったらしいです。どちらも辛いのでどっちでもいいですけど!
シテ(酢売り)が三宅右近さん、アド(薑売り)が石田幸雄さん、同じ和泉流ですが、家が違うのでこのお二人の共演はちと珍しかったです。
このあと石田さんは野村狂言座にご出演のため、宝生能楽堂へ移動してハシゴ出演されたはず。お疲れ様でした!
○海士
観世流なので「海士」ですが、他流では「海人」と書きます。読み方は「あま」です。おシテは浅見真州さま。
淡海公(藤原不比等)との間にできた子の立身出世のために自分の命と引き換えに龍宮から宝の玉を奪還した母のお話。
このお宝奪還のエピソードを語る箇所は「玉ノ段」と呼ばれ仕舞でも観る機会が多く、舞・謡ともに見どころ聴きどころの場面です。
母は剣を手に龍宮に飛び込み、三十丈の玉塔に籠められ龍王や悪魚・鰐たちに守られた玉を奪います。剣で乳房の下を掻き切って奪った玉を押し込め(うひゃあ!痛そう…)死んだと思わせて追っ手を惑わし逃げきります(龍宮の連中が死人を忌み嫌う習わしを利用して死んだふりをし、あらかじめつないでおいた命綱を地上の人々にびゅんと引っ張ってもらう。頭いいなこの人は)。壮絶すぎまする!結果母は死んじゃうんですけど、宝の玉は無事に淡海公の手に渡ります。我が子の将来のために母は命をかけたんですね。すごいな、この母は!
母の望み通り大臣となった藤原房前が母の供養のため讃岐の志度の浦を訪れたところ、一人の海士が現れ(房前の母の亡霊)、水面に映った月が観たいから邪魔な海中の藻を刈ってきてよ、と頼まれ、そういえば昔も海に潜ったことがあった、と語りだすのが先述の玉ノ段の箇所。房前は海士が自分の母の霊だと知り、追善法要の管弦講を催すことにします。
中入り後に海士は龍女に変身して再登場!早舞といって通常は貴人の男性などが舞うかっこいい舞を舞います。本日は《懐中之舞》という小書(特殊演出)つきでしたので、後シテの龍女が懐中に経典を入れたまま舞い、舞い終わったあとに経典を房前に渡します。小書なしの場合は、舞う前に渡すそうです。
経典を懐中に入れたまま舞うことで、御経の力で成仏できた感がより一層増すのでしょう!御経ありがとう!おかげで成仏できたわ、いえぇーーい!という喜びにあふれた様子でノリノリで舞うシテ。子供にも会えたし、もう思い残すことはないことでしょう!
房前大臣の役は子方が勤めます。今回は谷本悠太郎くん、まだ6~7歳くらいの小さい子でした。1時間50分ほどの長丁場、床几に腰かけているとはいえ、最初から最後までじっとしていなくてはならず、しかも子方の型やセリフが多いこの曲、かなりたいへんだったと思います。やはり後半はちょっときつそうだったかな。しかし最後まできちんと勤めあげました。受け取った経典をたどたどしく巻き巻きする様子がかえって微笑ましかったりして。子供は可愛いというだけで全て許されますですネ。
強き母(海士/龍女)が最初から最後までかっこいいこの曲、たびたび観たいと思わせる演目であります。
第95回粟谷能の会「道成寺」(後編)
これまでのお話
第95回粟谷能の会「道成寺」(前編)鐘を吊る
第95回粟谷能の会「道成寺」(中編)乱拍子
4日も経つとさすがに記憶があいまいになってきました…。細かいところ記憶違いがありましたらスミマセン。ご指摘歓迎。
乱拍子を舞っていた白拍子の様子が急に変わり、急ノ舞となります。
シテは激しく舞いながらも鐘の方を何度か見ます。鐘を気にしているような表情です(能面にも表情があるのよ!)。その視線の変化から、徐々に鐘に近づいていっているような印象を受けます。ついにシテはつけていた烏帽子を扇で払い落し、鐘の下に入り足拍子を踏み飛び上ります。それと同時に綱を握って釣鐘を固定していた鐘後見が、綱を緩めて鐘を落とします。
鐘が落ちたときにシテが宙に浮き上がり鐘にしゅっと吸い込まれたように見えました。鐘入り大成功!とてもキレイに決まりました\(o^▽^o)/ヨクデキマシタ!美しい鐘入りと引き換えにシテは頭をぶつけるという代償を払ったはず。本当にたいへんなお仕事ですね…。落ちた直後の鐘が少し浮き上がり回ったのが見えました。中のシテが鐘を回しているのです。これはシテが無事であることの合図だそうです。鐘入りは一歩間違うと大ケガしかねない大勝負なのです。あぁ、とにかく御無事に鐘入りできて良かった…と見ているこちらもまずは安堵( -o-)=з
鐘が落ちると、橋懸かりで控えていたアイがその音に驚いた演技をします。揺りなおせ揺りなおせ、くわばらくわばら、地震か、雷か、などとセリフを言いながら、二人ともごろごろ橋懸かりで転がります。脇正面の橋懸かりすぐそばで観ていた友人は、お能でごろごろ転がるシーンがあると思わなかったと言ってびっくりしていました。
鐘楼の方向から音が聞こえたと二人が見に行くと、吊り上げたはずの鐘が落ちています。鐘が落ちたーーー!?二人は驚き鐘に近づき触れてみると鐘が煮えたぎって熱くて触れません。で、住僧に報告に行かなければということになるのですが、女人禁制と言われていたのに入れてしまったポカをやっちゃってます。住僧に怒られたくない二人は、お前行け、いや、お前が行け、と押し付け合いをします。この辺がちょっとしつこいコントのようです(笑)
結局オモアイの萬斎さんが報告に行くはめになります。報告を受けた住僧は、道成寺の鐘にまつわる因縁を語り始めます。おワキは森常好さんです。いつ聴いても麗しい美声ですぅ~(*´▽`*) ここの語りは聴きどころです。常好さんの語りがあまりに素晴らしくて引き込まれてしまいます。鐘の中に隠れた山伏が鐘に巻きついた大蛇に焼かれて消滅~というところは本当に背筋が寒くなりました・・・彡(-ω-;)彡
そして、ワキとワキツレ(住僧達)が祈祷をして悪霊を払おうとします。祈りを捧げていると、鐘が揺れ、少しずつ上がって蛇体となった後シテが現れます。
鐘の中でシテはたった一人でお色直しをします。鐘の中がどうなっているかは我々には謎ですが、狭くて暗い鐘の中で装束を替えたり面をつけ替えたりするのは大変そうですねぇ。アイの演技やワキの語りの間、ひとり懸命に変身している場面を想像すると頑張れ!(o`・ω・)o、と応援したくなります。
後シテは般若の面をつけています。横の髪を長く垂らしていました。お下げ髪のようでちょっと可愛らしい(くす。笑)。しかし、住僧達に凄みをきかせる般若の面はめっちゃ怖いです~。恐ろしい形相の後シテは住僧らに戦いを挑みます。住僧達も法力で応戦します。
シテがシテ柱に背中をつけてまといつく柱巻き、勇ましく住僧達に立ち向かっていた蛇体ですが、ここで悶えているような苦しげな様子。なんか妙に色っぽいぞ!ヘビ子ちゃんもやっぱり女なのよね~。
激闘のすえ、住僧達が勝利します。ここでシテは橋懸かりを歩み、最後は揚幕の手前で足拍子を踏み、腰をおろしました(日高川に入水したことを表現と思われる)。化生の者は去りました。ワキがユウケン(広げた扇を胸の前で二回右上にはね上げる)をして勝利のポーズ(ここ、かっこいい!)。その間に、シテはすっくと立ち上がり、揚幕の奥に歩み入ります。
シテの退場は、橋懸かりを猛ダッシュして揚幕の奥に勢いよく飛び込むものとばかり思い込んでいたので、この終わり方は意外でした。静かな余韻がかえって不気味で怖い…。話はまだ続きますよ…みたいな。To be continued! (…なのか?)
このエンディング、勢いよく飛び込む演出だと、最後まで化け物パワー持続、もう完全に化け物になっちゃったんだねー、という感じがします。一方、静かに去る演出では、執心のあまり化け物に変化してしまったけど、元々は人間の女の子だったんだよねー、というニュアンスが残る気が。化け物退治して気分爽快、ではなく、ちょっぴり可哀そうな気持ちになりますなぁ…(´-ω-`)
こうして、冒頭少しハラハラする場面もありましたが、大成功で「道成寺」完です。出演者陣は超一流、緊迫と感動の素晴らしいお舞台でした。能では拍手をしないポリシーの私(※)も、思わず周囲の熱気に酔わされて拍手喝采!(o´ェ`ノノ゙☆
(※)この話はこちらに詳しく(お能の拍手について考えてみた)
道成寺は特別な曲です。他の演目より大がかりな作り物を扱い、準備や申し合わせも入念に行い、危険を伴うために安全に細心の注意を払い…。そのため総力結集の度合いは数ある演目の中で群を抜いていましょう。無事に終わった時の演者さん裏方さんの一体感や達成感もひとしおではないでしょうか。
私は道成寺を観る度に、この舞台を作ってきた人たちはこの日のために本当によく頑張ってきたのだ、そして、おシテを始めとした演者さん一人一人が全身全霊で芸に取り組んでいるのだ、と感じます。総力結集の成果を肌で感じ、その場に居合わせることができる幸運をとてもありがたく思うのです。今回もそんな幸せを頂くことができました。
いやぁーーー、いいもん見せていただきました。ありがとうございましたーーー!\(o^▽^o)/
第95回粟谷能の会「道成寺」テレビ放映決定!
「古典芸能への招待」NHK-Eテレ
平成26年4月27日(日)21:00~23:00
※能「道成寺」録画中継
「にっぽんの芸能」NHK-Eテレ
平成26年4月18日(金)22:00~22:58
※収録映像の一部を紹介

第95回粟谷能の会「道成寺」(中編)
鐘が吊り上げられ妖しくも美しい白拍子が登場したところで前回は終わりました。
前回まで⇒ 第95回粟谷能の会「道成寺」(前編)
これが後編と思いきや、書いているうちにどんどん長くなって、まだ中編です。もうしばらくおつきあいを~。
乱拍子とは、シテが小鼓と息を合わせて独特のリズムで足拍子を踏む舞です。動きが止まっている時間が長く、その分、小鼓のかけ声・打音とシテの足拍子の瞬間の迫力がすごいです。シテと小鼓の一騎打ちとも言える緊迫した場面です。
最初はまっすぐ正面を向いていた小鼓方の大倉源次郎さんが、床几ごと体の向きを少し斜めに変え、シテの方を見る格好となりました。
シテと相対する準備万端です。ここからは二人だけの世界に入っていくのです。源次郎さんの真剣な表情が凛々しすぎる!おシテの明生さんもお顔は見えませんが能面の裏側は真剣な面持ちであったことでしょう。今、この二人は精神的に強く結び付きあったのだ…!この情景を傍から見ながら、二人の青春は私の青春、このままずっと見ていたい、などと妄想(笑)
喜多流では、道成寺は幸流の小鼓方が勤められるのが通例だそうで、おシテの粟谷明生さんも披き(初演)では幸流の小鼓方と共演されたとのことです。二度目の今回は大倉流の小鼓方との共演を望まれました。実際に演じてみてどのような違いがあったのでしょう?私は残念ながら初演を拝見していないので違いを知る由もありませんが、明生さんご本人は大いに感じるものがおありになったことと思います。
シテが小鼓のかけ声と打音に合わせて、つま先やかかとを上げたり下げたりひねったりして少しずつ足を動かし、そのとき動きが完全に止まっている間がしばし続き(乱拍子がラジオ放送で無音事故になったことがあるというのは本当なのだろうか)、そして足拍子、という動作が基本なのですが、この舞と言えるのかどうかもわからない奇妙な動きにどういった意味があるのか未だよくわかりません・・σ( ・´_`・ )。oO
意味・・・?能の動きに意味を求めるのはナンセンスなのかもしれません。能は観る者がそれぞれ想像力を働かせて感じる芸能です。しかしあえて意味を考えてみました。
乱拍子の解釈は多々あると思うのですが、鐘楼への階段を昇る白拍子の歩みを表しているという一説がありました。なるほど~、一理あります。だから足づかい中心の動きなんだと説明がつきます。
私は白拍子が鐘に近づくために足技を使って妖力をかけているんじゃないかという気がしてきました。白拍子が舞っている最中に人々は眠ってしまいます。これ、催眠術をかけられたんじゃないですかね?足づかい中心なのでどうしても一点を注目することになりますよね。一点を見つめていると暗示にかかりやすくなるのでは。5円玉揺らす代わりに足を少しずつ動かして見せる。科学的根拠は全くないですが、そんな妄想を巡らせてしまいました(笑)
静寂の中で、小鼓のかけ声と音、足拍子の音、そして時折の笛の音のみが響き渡り、見所には異様な空気がはりつめています。少しの物音もたててはいけないそんな雰囲気です。舞台上には妖力が満ち満ちている。それを観客が傍観しています。妖しく美しい女性がこれから何をしでかそうとしているのか固唾を飲んで見守っているのです。感覚は研ぎ澄まされ、一つ一つの動きや音も逃すまいと舞台に目と耳が釘付けになります。そして舞台上から流れてくる妖力の影響を受けた一部のお客さんは夢の世界に(笑)
ワタクシこれまで数知れぬほど道成寺を観てきてますけど、乱拍子でこれは素晴らしいと唸らされたものは本当に数少ないです。正直申しますと、途中でちょっと飽きてくることが多かったです。だからよく時計を見てしまうのですが、今回は舞台から目が離せず時間を見るのもすっかり忘れていました。実際には長くもなく短くもなく…だったのでしょうか。感覚的には5分か10分で終わってしまったように思えるほどあっという間でした(あぁ~もっと観ていたかった…、けど、やる方はしんどいっすよね。笑)。
明生さんと源次郎さんのこの上ない素晴らしい共演、ひとつひとつの動作や発音が丁寧に扱われていて、息もぴったり合い真剣な中にも楽しそうにノッている様子ですらある。記憶には映像と音声がしっかり刻み込まれて、思い起こすといまだに鮮明に蘇りますが、なぜなのか言葉にしたくてもこれ以上うまく言葉にできないのです~。あぁぁ、語彙不足で本当に申し訳ない。そんなわけで、実際の映像は4月27日のNHKの放送をご覧ください(笑)
乱拍子の終盤にシテ謡があり、大鼓の演奏が再び入り、とたんにお囃子がにぎやかモードに。シテも激しく舞いだします。急ノ舞です。この急展開で妖力によって眠らされていたお客さんたちも覚醒します(笑)
さあ物語はいよいよクライマックスへ。つづきは明日です!
第95回粟谷能の会「道成寺」(前編)
このところ毎回拝見してはまっております喜多流・粟谷能の会。今回は道成寺ということもあり、SS席を奮発いたしましたよ~。正面席、前から2列目ど真ん中。最上級のお席です。この幸せに感謝であります(*´▽`*)
<ざっくりあらすじ>
道成寺で鐘を再建することになり、寺の能力が新しい鐘を吊り上げる。女人禁制の鐘楼に、能力は白拍子を入れてしまう。白拍子は舞いながら鐘に近づき、鐘の中に入ってしまう。と、同時に鐘が落ちてしまった。能力は住僧に鐘が落ちたことを報告すると、住僧は鐘にまつわる話をし、祈祷で鐘の呪いを払おうとする。すると鐘が上がり、中から蛇が現れる。蛇と僧たちが闘った末、僧たちが勝利し、蛇は日高川に逃れていく。
下掛り流儀なので、アイが芝居がかりで鐘を運んで設置します(上掛り流儀(観世・宝生)の場合は、最初に後見が運んできて設置する)。鐘の重さは80キロほどあるそうですので、実際にはアイ2人、後見2人が鐘の竜頭に通した太い竹の棒を担ぎ、後見2人が横から鐘を支えて、6人がかりで運んできます。アイの野村萬斎さん、深田博治さんが「えいやーえいとーなんと重い鐘ではないか~」などと途中挫折しそうになりながら運ぶお芝居をします。鐘はかなり高さがあるので(人ひとりが入るんだからそりゃそう)担ぐ4人は両手を高く掲げて棒を持ち上げ、つま先立ちで歩いてきます。重いものを担いでつま先立ちで歩くのはさぞやキツいことでしょうなぁ。
鐘は鮮やかな緑色でした。ワタクシ喜多流の道成寺をこのところしばらく観てなかったようです。道成寺の鐘っていうと紺色か紫色のイメージがありました。でも、緑色がホンモノの鐘の色に一番近いかも~、いいかも~。
舞台中央まで行きますと、アイが鐘を吊るします。能舞台の天井に滑車が設置されていて、そこに鐘の竜頭に付けられた綱を通します。天井に届くくらいの長い竹の棒が二本用意されます。綱の先端は輪になっていて、まずは先が二つに分かれた竹の棒の先に綱の先端部分を挟み、天井の滑車に綱の先端(輪の部分)を差し込みひっかけます。そして、先に鉤がついているもう1本の竹の棒で綱の輪をひっぱると、挟んである方の竹の棒がはずれ、滑車に綱が通ります。いつも思うのですが、能の作り物や道具は本当によくできているなぁと感心します。動きに無駄がでないように合理的にできています。
しかし、今回、珍しく鐘を吊るのにかなり手間取りました。竹の先端に綱を挟む時もすんなり挟まらず。深田さん少し緊張?うまくいかないことが多い、綱の輪っかを滑車にひっかけるのは一発で成功したのですが、そのあと、滑車がぐるぐる回ってしまって思い通りの向きに定まらず、綱がどうしても真っ直ぐかかりません。しまいに電話の受話器のコードのようにこんがらかってしまいました。綱が真っ直ぐになっていないと、鐘を落とす時にたいへん危険です。何度も直そうとするのですが、なかなかうまくいきません。いったん萬斎さんが鐘を吊るときのセリフを言い始めましたが、萬斎さん、思い直したようにセリフを止めまた綱をほどいてやり直し始めました。見てる方もなんだかハラハラです(゚д゚;) リトライの結果、今度はきれいに綱がかかりました。こちらも思わず「ヨシ!これで大丈夫!」と心の中でガッツポーズ。改めて鐘が吊りあげられ、演技再開です。
さあさ、鐘が吊り下がりました。能力(アイ)は住僧(ワキ)に「女人を入れてはいけないよ~」と命じられています。
そこへ、白拍子(前シテ)が妖しげな雰囲気を醸しながら登場します。
本日のおシテは喜多流・粟谷明生さん(58歳)です。道成寺は2回目とのこと。披きのフレッシュさとまた違った円熟味を見せていただけることを大いに期待ですっ!!\(o^▽^o)/
鐘の供養をしたいと申し出た白拍子に、能力は舞って見せるなら~とあっさり許可してしまいます(あらあら~)。
そして、白拍子が烏帽子をつけて舞い始めます。「乱拍子」という独特の舞です。
長くなりましたので、つづきはまた明日に。
式能な長い一日(後編)
さてさて式能・第二部です。
第一部はこちら ⇒ 式能な長い一日(前編)
既に翁プラス四番の能・狂言を見ています。このあとまだ五番あります。100キロマラソン走ってきてすでにフルマラソンの距離を走ったのにまだ半分以上ある・・という感じです。
能楽堂内のお食事処「向日葵」でコーヒーブレイク。通しで観るお客さんが大行列していて、いつもはにこやかな食券係のおじさんもちょっとばかり殺気立っていました。
第二部の最初は喜多流の「羽衣」です。休憩したおかげで少し元気になってきた私。心にチョッピリ余裕が出てきました。
天女の羽衣を見つけた漁師(ワキ)が「きれいだから持って帰って家宝にしよう~~」と言うので、人の落としモノを勝手にネコババしちゃいかんだろーとか、「美しく舞って見せたら返してあげよう~~」と言うので、人のモノだっちゅーにどこまでも自分中心だなーとかツッコミを入れながら観ていました(笑)
席が脇正面の端っこだったので、装束をよく見ることができ、天女の冠に大きな花(ボタン?)が飾ってあってとてもキレイでした。やはり鬘物(女性が主人公の能)は能らしくていいねぇ(*´▽`*)
次に狂言をはさんで、観世流の「放下僧」です。仇討ちの話で、歌舞音曲を聴かせて油断させて討つというところは「望月」という演目と酷似(但し獅子舞は出てこない)。「望月」同様、芸尽くしを見せるというのがこの演目の狙いのようです。
討たれた敵が平然と立ってすたすた歩いて退場するのは能の面白いところです。敵が舞台上に置いていった「笠」が本人の死骸を表現しています。能を何度か見ているとその辺の決まりごとがわかってきます。笠に向って刃を立て恨みを晴らす人たち。ちょっと滑稽ですけどね。そういうものなんだと思って見ましょう。
最後に宝生流の「黒塚」です。本日初めての作り物(大道具)登場。既に九番目の能を見ていますが、もはやランナーズハイとなっているワタクシ、目がらんらんとしてきました。体力は限界に近づいていますが妙な脳内物質が分泌され気分が高揚しています!風邪で熱が上がっていたのかもしれません。とにかく完走まであと10km!
この中で、中入り後のワキとアイのやりとりがなかなか面白い。
妖しいオババ(シテ)が「決して寝所の中を見てはいけないよ~~」と言って去るのですが、従者を演じるアイが好奇心で中を見ようとします。山伏を演じるワキとワキツレは寝ています。寝ているといっても舞台上に寝転んだりはしません。姿勢よく座ったまま首をかしげ閉じた扇を額あたりまで差し上げます。寝ているポーズです。
寝ている山伏が、こっそり中を見ようとする従者に気付いて目を覚まし、従者を制します。このやりとり数回。でもじきに山伏たちは熟睡してしまい、従者はついに中を見てしまうのです。そしたらその中に死屍累々、人間の屍が山ほどに積まれています!!ぎゃぁぁぁーーーー!!従者が山伏たちを起こして報告します。山伏たちもあれは人を食う鬼であったのだと知ると禁を犯した従者を責めないんですね~。でも従者は自分だけ先に逃げちゃうんです。要領のいいやっちゃ(笑)
おどろおどろしいお話でもアイの演技が入ると客席から笑いが起こります。ちょっとした中休みがあって観客もほっとするわけですね。
最後は鬼女と山伏の激しい戦いがあり、山伏が勝って鬼女が逃げていき幕です。鬼は逃げていったものの、めでたしめでたし~というハッピーエンド感がないので、附祝言といって地謡がおめでたい曲の一部を謡います。今回は「高砂」でした。これで全ての演目が終了です。ふぅーーー9時間走りきった (*´-д-)フゥ-3
狂言四番については、野村萬さま、野村万作さま、山本東次郎さまのアラウンド80s人間国宝トリオがそれぞれお元気に演じられていて嬉しい限りでした(*´▽`*) すいません。狂言の感想はバッサリ端折ってしまいました。
式能は一番一番が短めな能で構成されているような気がします(時間の制約上やむなくなのでしょうか)。そういう意味では一本ずつは短い演目で初心者向きと言えます。でも観るのは一部か二部の片方にしておくのがいいかも…。あーーー腰がいてー。
番 組
<第一部>
「翁」(金春流)
能「岩舟」(金春流)
狂言「三本柱」(和泉流)
能「清経」(金剛流)
狂言「神鳴」(大蔵流)
<第二部>
能「羽衣」霞留(喜多流)
狂言「文荷」(和泉流)
能「放下僧」(観世流)
狂言「長光」(大蔵流)
能「黒塚」白頭(宝生流)



式能な長い一日(前編)
2月16日(日)。今年も式能の日がやってまいりました。
金曜日に降った雪がまだ残っていたせいか、和服のお客さんがいつもより少なめです。
私も着物で行くつもりだったんですが・・・寝坊したぁぁーーー(゜Д゜) 猛ダッシュで行かんと間に合わん間に合わん汗汗
しかも風邪っぴきです。うーーーー、熱っぽいし喉がいたぁぁぁい。でも、とても楽しみにしていたのでとにかくダッシュ!ε=ε=ε=┌(o゜ェ゜)┘
☆式能とは?
奈良時代に起源を持ち、室町時代に完成した能ですが、江戸時代になって儀式として上演されるプログラムが確立されました。それが「式能」です。「神・男・女・狂・鬼」 に分類される五つの能が必ずこの順序で1日がかりで上演されます。また、それぞれの能の間には狂言(計四つ)が上演されます。さらに、五番立ての能の最初に神事である「翁」を演じる正式な番組立てを「翁付」といいます。
江戸幕府が江戸城で催していた儀式ですが、現在では能楽協会が毎年開催したりしています。(←これがワタクシが観てきたやつ)
今回の式能は、古式に則った五番立ての能をシテ方五流が分担しています。また、狂言四番も狂言方二流が二本ずつ分けています。
で、気になったのでワキ方、囃子方はどうなのか調べてみました(全員調べました。ヒマですねーわたしぁ。笑)。現在、ワキ方は三流、囃子方は笛方三流、小鼓方三流、大鼓方五流、太鼓方二流あるのですが、大鼓の大倉流と観世流を除き全流儀の方が参加されていました。ほぼ、まんべんなく配されているのですね。
「翁」は神事という位置づけから、翁から一番目の能「岩舟」が終了するまでは見所(=観客席)への出入りが一切禁止となります。出入り禁止の旨、公演プログラム、公演チラシ、場内掲示、場内アナウンス、チケットへの印字に至るまであちこちに書かれる念の入れよう。それでもご存じないのかまるで見ていないのか、遅刻するお客さんも少なくないのでしょう。実際には「岩舟」の前に途中入場させていましたね。
スタッフが情け深いかプレッシャーに根負けしたかでしょう。厳粛な雰囲気は「翁」までで次の能が始まるとお客も少々リラックスするので、出入り禁止は「翁」終了まででもいいのかもしれません。
翁の間は観客も儀式に共に参加しているという位置づけです。咳払いひとつ立てることも憚られる厳粛な雰囲気の中、翁を先頭に一同橋掛かりより超ゆっくりペースで登場。いやがおうにも緊張感が高まります!
まずは金春流宗家による「翁」です。下掛かり流儀のため千歳(せんざい)は狂言方が勤めました。この場合、千歳が面箱を持って入場します。(上掛かり=観世・宝生流の場合は、千歳はシテ方が務め、面箱持ちがは別に狂言方が勤めます)
お能のお囃子は通常、笛・小鼓・大鼓・太鼓(←いるときといないときがある)一人ずつですが、翁では小鼓が三人登場します。地謡も普通は切戸口から登場しますが、翁では橋掛かりより登場し、舞台の右側ではなく後方に位置取ります。
お囃子、地謡、後見も侍烏帽子、熨斗目、素袍上下と室町時代の格好です。この曲が最高位の格を有していることを示しています。能では、演目や公演の格に応じて、囃子方・後見方・地謡方の衣装が、普通の紋付き袴→肩衣をつける→袴が長袴になる→素袍上下…というように徐々に正装度が増します。衣裳がゴージャスになると、これは改まった会なのだ!重要な曲なんだ!とわかるわけですね
翁役は最初、直面(ひためん=面をかけていない)で登場します。この段階ではまだ翁ではなく太夫です。太夫は舞台正面先まで行くと座して正面席に向かい深々と礼をします。能でお辞儀は他の演目では見られない珍しい光景です。ここで間違っても拍手をしてはなりません!これはアナタ(=観客)にお辞儀をしているのではなく、神格なるものに対して拝礼しているのです(と、どこかで読んだ)。まあ、お客様は神様です、と言ってた歌手もいましたケド(笑)
太夫が意味のよくわからないセリフを謡います。「どうどうたらりら~」とかそんな感じの謡です(何と言っているのかもよくわかりません)。謡というより呪文のような感じです。その辺からしてもう儀式な雰囲気。
そしてまずは千歳が舞います。面箱の中に翁の面が入っています。太夫は舞台上で白い翁面(=白式尉)を面をつけます。面をかけた瞬間に太夫に神が舞い降りるのです。面をつけた瞬間変身するところはヒーローものを髣髴させます。そうしてヒーロー、いや神に変身した翁太夫は、天下太平・国土安穏・五穀豊穣を言祝ぎ、祝舞を舞います。舞い終えた翁は面を外し、正面席に向かい再び深々と礼をし、橋懸かりから退場します。
次に三番叟が舞い始めます。三番叟は野村萬斎さまです。萬斎さま、三番叟はもう慣れたものでしょう、非常に安定感があります。
三番叟は直面で揉ノ段、続けて舞台上で黒式尉の面をかけて鈴を持ち鈴ノ段を舞います。飛んだり跳ねたりの大活躍です。同年代としてはこのお元気さを見習わなければなりません。翁より三番叟の方が出番が長いです。翁ショボ――(´-ω-`)――ン。
さて、翁の後は続いて能の一番目です。ここでは脇能といい神様が登場する演目が配されます。今回は金春流の「岩舟」でした。ちなみに次に続く狂言も脇狂言といいおめでたい演目です。
二番目の能は金剛流「清経」。とてもいい曲なのですが、この辺りでワタクシ、風邪薬が効いてきてちょっと沈没していました…(-ω-ll)
沈没していた間に二番目の狂言も終わり、第一部の終了です。長くなりました。まだ半分以上あります。この続きはまた明日に。
















