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お稽古日記-謡・仕舞ともに新しい曲

今月から謡も仕舞も区切りよく新しい曲、どちらも3曲目に入りました。謡は「土蜘蛛」、仕舞は「紅葉狩」。両方とも化け物系ですな~(笑)

謡は初の弱吟です。今まで習ってきた強吟とは同じ記号でも意味が違ってきます。音階もちょっとばかり複雑になります。聴いた感じは弱吟の方が強吟よりメロディアスに感じます。うまく謡えるととても気持ちが良さそう。でもまだ記号の違いに混乱しておりまして、気持ちよく謡える段階でもありません。

まずは師匠のお手本をひたすら反復することで暗記してしまいます。すっかり覚えてしまってから記号を復習することにします。暗記場所は主にお風呂と通勤途中です。謡本を見なくてもすらすら謡えるために細切れ時間をフル活用。もう周囲を気にしてなんていられません(笑) 今までも謡はだいたいこのやり方で練習してます。

仕舞は、師匠に今回はどんな曲がいい?と問われて「女性が舞う曲がやりたいです」と希望しました。兄姉弟子を見ていると武将が舞う曲がかっこいいな~と思い惹かれてしまうのですが、動きが速いと次から次へと型をこなすのが精一杯でやっつけ仕事になってしまいそうなので、ゆったりしている方が基本の型をきちっと身につける方に集中できると思ったからです。

紅葉狩のシテの本性は人間の女性でなく鬼なんです。でも男を誘惑して油断させるために(取って喰うために!)妖しくしっとり舞うべきなんだろうな~、という理想はありますが、そんな余裕をかますのは10年早いですね!

ともかく、9月の発表会でこの曲を舞わせて頂けるよう、お稽古頑張りたいと思いますヽ(´▽`)/

梅の花写真集@神遊 雪月花三番能

観世能楽堂で「神遊 雪月花三番能」を観て参りました。能三番・狂言一番、5時間半。観る方も大変ですが、今回は観世喜正さんがお一人で三番ともシテを勤め、囃子方や地謡方にもフル出演の方がいらして、演る方もきっと大変だったことでございましょう。
雪=「鉢木」、花=「杜若」、月=「融」と、「雪月花」にちなんだ三演目でございました。
演目に季節を当てはめてみると、鉢木は冬、杜若は夏、融は秋、…では、春は?? 観世能楽堂の玄関前の梅の木の花が咲いておりました。今日は17度まで気温が上がったこともあり、本格的な春到来!休憩時間に梅を愛でるお客さん多数。私も写真撮りまくってきました(^^)
休憩時間に「鉢木」のおワキの森常好さんとロビーでお目にかかることができました。ボケーッと歩いていたらお声をかけられて…既に私服に着替えられていたので、最初、誰!?と思ってしまいました(めっちゃ油断してました。笑) 舞台の謡もですけど普段お話しするお声も素敵ですわ~(*^^*)

第95回粟谷能の会「道成寺」(後編)

これまでのお話
第95回粟谷能の会「道成寺」(前編)鐘を吊る
第95回粟谷能の会「道成寺」(中編)乱拍子

4日も経つとさすがに記憶があいまいになってきました…。細かいところ記憶違いがありましたらスミマセン。ご指摘歓迎。

乱拍子を舞っていた白拍子の様子が急に変わり、急ノ舞となります。

シテは激しく舞いながらも鐘の方を何度か見ます。鐘を気にしているような表情です(能面にも表情があるのよ!)。その視線の変化から、徐々に鐘に近づいていっているような印象を受けます。ついにシテはつけていた烏帽子を扇で払い落し、鐘の下に入り足拍子を踏み飛び上ります。それと同時に綱を握って釣鐘を固定していた鐘後見が、綱を緩めて鐘を落とします。

鐘が落ちたときにシテが宙に浮き上がり鐘にしゅっと吸い込まれたように見えました。鐘入り大成功!とてもキレイに決まりました\(o^▽^o)/ヨクデキマシタ!美しい鐘入りと引き換えにシテは頭をぶつけるという代償を払ったはず。本当にたいへんなお仕事ですね…。落ちた直後の鐘が少し浮き上がり回ったのが見えました。中のシテが鐘を回しているのです。これはシテが無事であることの合図だそうです。鐘入りは一歩間違うと大ケガしかねない大勝負なのです。あぁ、とにかく御無事に鐘入りできて良かった…と見ているこちらもまずは安堵( -o-)=з

鐘が落ちると、橋懸かりで控えていたアイがその音に驚いた演技をします。揺りなおせ揺りなおせ、くわばらくわばら、地震か、雷か、などとセリフを言いながら、二人ともごろごろ橋懸かりで転がります。脇正面の橋懸かりすぐそばで観ていた友人は、お能でごろごろ転がるシーンがあると思わなかったと言ってびっくりしていました。

鐘楼の方向から音が聞こえたと二人が見に行くと、吊り上げたはずの鐘が落ちています。鐘が落ちたーーー!?二人は驚き鐘に近づき触れてみると鐘が煮えたぎって熱くて触れません。で、住僧に報告に行かなければということになるのですが、女人禁制と言われていたのに入れてしまったポカをやっちゃってます。住僧に怒られたくない二人は、お前行け、いや、お前が行け、と押し付け合いをします。この辺がちょっとしつこいコントのようです(笑)

結局オモアイの萬斎さんが報告に行くはめになります。報告を受けた住僧は、道成寺の鐘にまつわる因縁を語り始めます。おワキは森常好さんです。いつ聴いても麗しい美声ですぅ~(*´▽`*) ここの語りは聴きどころです。常好さんの語りがあまりに素晴らしくて引き込まれてしまいます。鐘の中に隠れた山伏が鐘に巻きついた大蛇に焼かれて消滅~というところは本当に背筋が寒くなりました・・・彡(-ω-;)彡

そして、ワキとワキツレ(住僧達)が祈祷をして悪霊を払おうとします。祈りを捧げていると、鐘が揺れ、少しずつ上がって蛇体となった後シテが現れます。

鐘の中でシテはたった一人でお色直しをします。鐘の中がどうなっているかは我々には謎ですが、狭くて暗い鐘の中で装束を替えたり面をつけ替えたりするのは大変そうですねぇ。アイの演技やワキの語りの間、ひとり懸命に変身している場面を想像すると頑張れ!(o`・ω・)o、と応援したくなります。

後シテは般若の面をつけています。横の髪を長く垂らしていました。お下げ髪のようでちょっと可愛らしい(くす。笑)。しかし、住僧達に凄みをきかせる般若の面はめっちゃ怖いです~。恐ろしい形相の後シテは住僧らに戦いを挑みます。住僧達も法力で応戦します。

シテがシテ柱に背中をつけてまといつく柱巻き、勇ましく住僧達に立ち向かっていた蛇体ですが、ここで悶えているような苦しげな様子。なんか妙に色っぽいぞ!ヘビ子ちゃんもやっぱり女なのよね~。

激闘のすえ、住僧達が勝利します。ここでシテは橋懸かりを歩み、最後は揚幕の手前で足拍子を踏み、腰をおろしました(日高川に入水したことを表現と思われる)。化生の者は去りました。ワキがユウケン(広げた扇を胸の前で二回右上にはね上げる)をして勝利のポーズ(ここ、かっこいい!)。その間に、シテはすっくと立ち上がり、揚幕の奥に歩み入ります。

シテの退場は、橋懸かりを猛ダッシュして揚幕の奥に勢いよく飛び込むものとばかり思い込んでいたので、この終わり方は意外でした。静かな余韻がかえって不気味で怖い…。話はまだ続きますよ…みたいな。To be continued! (…なのか?)

このエンディング、勢いよく飛び込む演出だと、最後まで化け物パワー持続、もう完全に化け物になっちゃったんだねー、という感じがします。一方、静かに去る演出では、執心のあまり化け物に変化してしまったけど、元々は人間の女の子だったんだよねー、というニュアンスが残る気が。化け物退治して気分爽快、ではなく、ちょっぴり可哀そうな気持ちになりますなぁ…(´-ω-`)

こうして、冒頭少しハラハラする場面もありましたが、大成功で「道成寺」完です。出演者陣は超一流、緊迫と感動の素晴らしいお舞台でした。能では拍手をしないポリシーの私(※)も、思わず周囲の熱気に酔わされて拍手喝采!(o´ェ`ノノ゙☆

(※)この話はこちらに詳しく(お能の拍手について考えてみた)

道成寺は特別な曲です。他の演目より大がかりな作り物を扱い、準備や申し合わせも入念に行い、危険を伴うために安全に細心の注意を払い…。そのため総力結集の度合いは数ある演目の中で群を抜いていましょう。無事に終わった時の演者さん裏方さんの一体感や達成感もひとしおではないでしょうか。

私は道成寺を観る度に、この舞台を作ってきた人たちはこの日のために本当によく頑張ってきたのだ、そして、おシテを始めとした演者さん一人一人が全身全霊で芸に取り組んでいるのだ、と感じます。総力結集の成果を肌で感じ、その場に居合わせることができる幸運をとてもありがたく思うのです。今回もそんな幸せを頂くことができました。

いやぁーーー、いいもん見せていただきました。ありがとうございましたーーー!\(o^▽^o)/

第95回粟谷能の会「道成寺」テレビ放映決定!
「古典芸能への招待」NHK-Eテレ
平成26年4月27日(日)21:00~23:00
※能「道成寺」録画中継

「にっぽんの芸能」NHK-Eテレ
平成26年4月18日(金)22:00~22:58
※収録映像の一部を紹介

次回の粟谷能の会は10月12日ですわよ~ん♪
次回の粟谷能の会は10月12日ですわよ~ん♪

第95回粟谷能の会「道成寺」(中編)

鐘が吊り上げられ妖しくも美しい白拍子が登場したところで前回は終わりました。
前回まで⇒ 第95回粟谷能の会「道成寺」(前編)

これが後編と思いきや、書いているうちにどんどん長くなって、まだ中編です。もうしばらくおつきあいを~。

乱拍子とは、シテが小鼓と息を合わせて独特のリズムで足拍子を踏む舞です。動きが止まっている時間が長く、その分、小鼓のかけ声・打音とシテの足拍子の瞬間の迫力がすごいです。シテと小鼓の一騎打ちとも言える緊迫した場面です。

最初はまっすぐ正面を向いていた小鼓方の大倉源次郎さんが、床几ごと体の向きを少し斜めに変え、シテの方を見る格好となりました。
シテと相対する準備万端です。ここからは二人だけの世界に入っていくのです。源次郎さんの真剣な表情が凛々しすぎる!おシテの明生さんもお顔は見えませんが能面の裏側は真剣な面持ちであったことでしょう。今、この二人は精神的に強く結び付きあったのだ…!この情景を傍から見ながら、二人の青春は私の青春、このままずっと見ていたい、などと妄想(笑)

喜多流では、道成寺は幸流の小鼓方が勤められるのが通例だそうで、おシテの粟谷明生さんも披き(初演)では幸流の小鼓方と共演されたとのことです。二度目の今回は大倉流の小鼓方との共演を望まれました。実際に演じてみてどのような違いがあったのでしょう?私は残念ながら初演を拝見していないので違いを知る由もありませんが、明生さんご本人は大いに感じるものがおありになったことと思います。

シテが小鼓のかけ声と打音に合わせて、つま先やかかとを上げたり下げたりひねったりして少しずつ足を動かし、そのとき動きが完全に止まっている間がしばし続き(乱拍子がラジオ放送で無音事故になったことがあるというのは本当なのだろうか)、そして足拍子、という動作が基本なのですが、この舞と言えるのかどうかもわからない奇妙な動きにどういった意味があるのか未だよくわかりません・・σ( ・´_`・ )。oO

意味・・・?能の動きに意味を求めるのはナンセンスなのかもしれません。能は観る者がそれぞれ想像力を働かせて感じる芸能です。しかしあえて意味を考えてみました。

乱拍子の解釈は多々あると思うのですが、鐘楼への階段を昇る白拍子の歩みを表しているという一説がありました。なるほど~、一理あります。だから足づかい中心の動きなんだと説明がつきます。

私は白拍子が鐘に近づくために足技を使って妖力をかけているんじゃないかという気がしてきました。白拍子が舞っている最中に人々は眠ってしまいます。これ、催眠術をかけられたんじゃないですかね?足づかい中心なのでどうしても一点を注目することになりますよね。一点を見つめていると暗示にかかりやすくなるのでは。5円玉揺らす代わりに足を少しずつ動かして見せる。科学的根拠は全くないですが、そんな妄想を巡らせてしまいました(笑)

静寂の中で、小鼓のかけ声と音、足拍子の音、そして時折の笛の音のみが響き渡り、見所には異様な空気がはりつめています。少しの物音もたててはいけないそんな雰囲気です。舞台上には妖力が満ち満ちている。それを観客が傍観しています。妖しく美しい女性がこれから何をしでかそうとしているのか固唾を飲んで見守っているのです。感覚は研ぎ澄まされ、一つ一つの動きや音も逃すまいと舞台に目と耳が釘付けになります。そして舞台上から流れてくる妖力の影響を受けた一部のお客さんは夢の世界に(笑)

ワタクシこれまで数知れぬほど道成寺を観てきてますけど、乱拍子でこれは素晴らしいと唸らされたものは本当に数少ないです。正直申しますと、途中でちょっと飽きてくることが多かったです。だからよく時計を見てしまうのですが、今回は舞台から目が離せず時間を見るのもすっかり忘れていました。実際には長くもなく短くもなく…だったのでしょうか。感覚的には5分か10分で終わってしまったように思えるほどあっという間でした(あぁ~もっと観ていたかった…、けど、やる方はしんどいっすよね。笑)。

明生さんと源次郎さんのこの上ない素晴らしい共演、ひとつひとつの動作や発音が丁寧に扱われていて、息もぴったり合い真剣な中にも楽しそうにノッている様子ですらある。記憶には映像と音声がしっかり刻み込まれて、思い起こすといまだに鮮明に蘇りますが、なぜなのか言葉にしたくてもこれ以上うまく言葉にできないのです~。あぁぁ、語彙不足で本当に申し訳ない。そんなわけで、実際の映像は4月27日のNHKの放送をご覧ください(笑)

乱拍子の終盤にシテ謡があり、大鼓の演奏が再び入り、とたんにお囃子がにぎやかモードに。シテも激しく舞いだします。急ノ舞です。この急展開で妖力によって眠らされていたお客さんたちも覚醒します(笑)

さあ物語はいよいよクライマックスへ。つづきは明日です!

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第95回粟谷能の会「道成寺」(前編)

このところ毎回拝見してはまっております喜多流・粟谷能の会。今回は道成寺ということもあり、SS席を奮発いたしましたよ~。正面席、前から2列目ど真ん中。最上級のお席です。この幸せに感謝であります(*´▽`*)

<ざっくりあらすじ>
道成寺で鐘を再建することになり、寺の能力が新しい鐘を吊り上げる。女人禁制の鐘楼に、能力は白拍子を入れてしまう。白拍子は舞いながら鐘に近づき、鐘の中に入ってしまう。と、同時に鐘が落ちてしまった。能力は住僧に鐘が落ちたことを報告すると、住僧は鐘にまつわる話をし、祈祷で鐘の呪いを払おうとする。すると鐘が上がり、中から蛇が現れる。蛇と僧たちが闘った末、僧たちが勝利し、蛇は日高川に逃れていく。

下掛り流儀なので、アイが芝居がかりで鐘を運んで設置します(上掛り流儀(観世・宝生)の場合は、最初に後見が運んできて設置する)。鐘の重さは80キロほどあるそうですので、実際にはアイ2人、後見2人が鐘の竜頭に通した太い竹の棒を担ぎ、後見2人が横から鐘を支えて、6人がかりで運んできます。アイの野村萬斎さん、深田博治さんが「えいやーえいとーなんと重い鐘ではないか~」などと途中挫折しそうになりながら運ぶお芝居をします。鐘はかなり高さがあるので(人ひとりが入るんだからそりゃそう)担ぐ4人は両手を高く掲げて棒を持ち上げ、つま先立ちで歩いてきます。重いものを担いでつま先立ちで歩くのはさぞやキツいことでしょうなぁ。

鐘は鮮やかな緑色でした。ワタクシ喜多流の道成寺をこのところしばらく観てなかったようです。道成寺の鐘っていうと紺色か紫色のイメージがありました。でも、緑色がホンモノの鐘の色に一番近いかも~、いいかも~。

舞台中央まで行きますと、アイが鐘を吊るします。能舞台の天井に滑車が設置されていて、そこに鐘の竜頭に付けられた綱を通します。天井に届くくらいの長い竹の棒が二本用意されます。綱の先端は輪になっていて、まずは先が二つに分かれた竹の棒の先に綱の先端部分を挟み、天井の滑車に綱の先端(輪の部分)を差し込みひっかけます。そして、先に鉤がついているもう1本の竹の棒で綱の輪をひっぱると、挟んである方の竹の棒がはずれ、滑車に綱が通ります。いつも思うのですが、能の作り物や道具は本当によくできているなぁと感心します。動きに無駄がでないように合理的にできています。

しかし、今回、珍しく鐘を吊るのにかなり手間取りました。竹の先端に綱を挟む時もすんなり挟まらず。深田さん少し緊張?うまくいかないことが多い、綱の輪っかを滑車にひっかけるのは一発で成功したのですが、そのあと、滑車がぐるぐる回ってしまって思い通りの向きに定まらず、綱がどうしても真っ直ぐかかりません。しまいに電話の受話器のコードのようにこんがらかってしまいました。綱が真っ直ぐになっていないと、鐘を落とす時にたいへん危険です。何度も直そうとするのですが、なかなかうまくいきません。いったん萬斎さんが鐘を吊るときのセリフを言い始めましたが、萬斎さん、思い直したようにセリフを止めまた綱をほどいてやり直し始めました。見てる方もなんだかハラハラです(゚д゚;) リトライの結果、今度はきれいに綱がかかりました。こちらも思わず「ヨシ!これで大丈夫!」と心の中でガッツポーズ。改めて鐘が吊りあげられ、演技再開です。

さあさ、鐘が吊り下がりました。能力(アイ)は住僧(ワキ)に「女人を入れてはいけないよ~」と命じられています。

そこへ、白拍子(前シテ)が妖しげな雰囲気を醸しながら登場します。

本日のおシテは喜多流・粟谷明生さん(58歳)です。道成寺は2回目とのこと。披きのフレッシュさとまた違った円熟味を見せていただけることを大いに期待ですっ!!\(o^▽^o)/

鐘の供養をしたいと申し出た白拍子に、能力は舞って見せるなら~とあっさり許可してしまいます(あらあら~)。

そして、白拍子が烏帽子をつけて舞い始めます。「乱拍子」という独特の舞です。

長くなりましたので、つづきはまた明日に。

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式能な長い一日(後編)

さてさて式能・第二部です。
第一部はこちら ⇒ 式能な長い一日(前編)

既に翁プラス四番の能・狂言を見ています。このあとまだ五番あります。100キロマラソン走ってきてすでにフルマラソンの距離を走ったのにまだ半分以上ある・・という感じです。
能楽堂内のお食事処「向日葵」でコーヒーブレイク。通しで観るお客さんが大行列していて、いつもはにこやかな食券係のおじさんもちょっとばかり殺気立っていました。

第二部の最初は喜多流の「羽衣」です。休憩したおかげで少し元気になってきた私。心にチョッピリ余裕が出てきました。
天女の羽衣を見つけた漁師(ワキ)が「きれいだから持って帰って家宝にしよう~~」と言うので、人の落としモノを勝手にネコババしちゃいかんだろーとか、「美しく舞って見せたら返してあげよう~~」と言うので、人のモノだっちゅーにどこまでも自分中心だなーとかツッコミを入れながら観ていました(笑)
席が脇正面の端っこだったので、装束をよく見ることができ、天女の冠に大きな花(ボタン?)が飾ってあってとてもキレイでした。やはり鬘物(女性が主人公の能)は能らしくていいねぇ(*´▽`*)

次に狂言をはさんで、観世流の「放下僧」です。仇討ちの話で、歌舞音曲を聴かせて油断させて討つというところは「望月」という演目と酷似(但し獅子舞は出てこない)。「望月」同様、芸尽くしを見せるというのがこの演目の狙いのようです。
討たれた敵が平然と立ってすたすた歩いて退場するのは能の面白いところです。敵が舞台上に置いていった「笠」が本人の死骸を表現しています。能を何度か見ているとその辺の決まりごとがわかってきます。笠に向って刃を立て恨みを晴らす人たち。ちょっと滑稽ですけどね。そういうものなんだと思って見ましょう。

最後に宝生流の「黒塚」です。本日初めての作り物(大道具)登場。既に九番目の能を見ていますが、もはやランナーズハイとなっているワタクシ、目がらんらんとしてきました。体力は限界に近づいていますが妙な脳内物質が分泌され気分が高揚しています!風邪で熱が上がっていたのかもしれません。とにかく完走まであと10km!

この中で、中入り後のワキとアイのやりとりがなかなか面白い。
妖しいオババ(シテ)が「決して寝所の中を見てはいけないよ~~」と言って去るのですが、従者を演じるアイが好奇心で中を見ようとします。山伏を演じるワキとワキツレは寝ています。寝ているといっても舞台上に寝転んだりはしません。姿勢よく座ったまま首をかしげ閉じた扇を額あたりまで差し上げます。寝ているポーズです。
寝ている山伏が、こっそり中を見ようとする従者に気付いて目を覚まし、従者を制します。このやりとり数回。でもじきに山伏たちは熟睡してしまい、従者はついに中を見てしまうのです。そしたらその中に死屍累々、人間の屍が山ほどに積まれています!!ぎゃぁぁぁーーーー!!従者が山伏たちを起こして報告します。山伏たちもあれは人を食う鬼であったのだと知ると禁を犯した従者を責めないんですね~。でも従者は自分だけ先に逃げちゃうんです。要領のいいやっちゃ(笑)
おどろおどろしいお話でもアイの演技が入ると客席から笑いが起こります。ちょっとした中休みがあって観客もほっとするわけですね。

最後は鬼女と山伏の激しい戦いがあり、山伏が勝って鬼女が逃げていき幕です。鬼は逃げていったものの、めでたしめでたし~というハッピーエンド感がないので、附祝言といって地謡がおめでたい曲の一部を謡います。今回は「高砂」でした。これで全ての演目が終了です。ふぅーーー9時間走りきった (*´-д-)フゥ-3

狂言四番については、野村萬さま、野村万作さま、山本東次郎さまのアラウンド80s人間国宝トリオがそれぞれお元気に演じられていて嬉しい限りでした(*´▽`*) すいません。狂言の感想はバッサリ端折ってしまいました。

式能は一番一番が短めな能で構成されているような気がします(時間の制約上やむなくなのでしょうか)。そういう意味では一本ずつは短い演目で初心者向きと言えます。でも観るのは一部か二部の片方にしておくのがいいかも…。あーーー腰がいてー。

番 組

<第一部>
「翁」(金春流)
能「岩舟」(金春流)
狂言「三本柱」(和泉流)
能「清経」(金剛流)
狂言「神鳴」(大蔵流)

<第二部>
能「羽衣」霞留(喜多流)
狂言「文荷」(和泉流)
能「放下僧」(観世流)
狂言「長光」(大蔵流)
能「黒塚」白頭(宝生流)

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国立能楽堂の中庭に雪が積もっているというのもこれまた珍しい光景。
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終わりましたーーーー。すっかり夜ですね。お疲れ様☆彡
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式能ともなると、番組(=プログラム)も長いです。へろ~~~~ん。

式能な長い一日(前編)

2月16日(日)。今年も式能の日がやってまいりました。

金曜日に降った雪がまだ残っていたせいか、和服のお客さんがいつもより少なめです。
私も着物で行くつもりだったんですが・・・寝坊したぁぁーーー(゜Д゜) 猛ダッシュで行かんと間に合わん間に合わん汗汗
しかも風邪っぴきです。うーーーー、熱っぽいし喉がいたぁぁぁい。でも、とても楽しみにしていたのでとにかくダッシュ!ε=ε=ε=┌(o゜ェ゜)┘

☆式能とは?
奈良時代に起源を持ち、室町時代に完成した能ですが、江戸時代になって儀式として上演されるプログラムが確立されました。それが「式能」です。「神・男・女・狂・鬼」 に分類される五つの能が必ずこの順序で1日がかりで上演されます。また、それぞれの能の間には狂言(計四つ)が上演されます。さらに、五番立ての能の最初に神事である「翁」を演じる正式な番組立てを「翁付」といいます。
江戸幕府が江戸城で催していた儀式ですが、現在では能楽協会が毎年開催したりしています。(←これがワタクシが観てきたやつ)

今回の式能は、古式に則った五番立ての能をシテ方五流が分担しています。また、狂言四番も狂言方二流が二本ずつ分けています。
で、気になったのでワキ方、囃子方はどうなのか調べてみました(全員調べました。ヒマですねーわたしぁ。笑)。現在、ワキ方は三流、囃子方は笛方三流、小鼓方三流、大鼓方五流、太鼓方二流あるのですが、大鼓の大倉流と観世流を除き全流儀の方が参加されていました。ほぼ、まんべんなく配されているのですね。

「翁」は神事という位置づけから、翁から一番目の能「岩舟」が終了するまでは見所(=観客席)への出入りが一切禁止となります。出入り禁止の旨、公演プログラム、公演チラシ、場内掲示、場内アナウンス、チケットへの印字に至るまであちこちに書かれる念の入れよう。それでもご存じないのかまるで見ていないのか、遅刻するお客さんも少なくないのでしょう。実際には「岩舟」の前に途中入場させていましたね。
スタッフが情け深いかプレッシャーに根負けしたかでしょう。厳粛な雰囲気は「翁」までで次の能が始まるとお客も少々リラックスするので、出入り禁止は「翁」終了まででもいいのかもしれません。

翁の間は観客も儀式に共に参加しているという位置づけです。咳払いひとつ立てることも憚られる厳粛な雰囲気の中、翁を先頭に一同橋掛かりより超ゆっくりペースで登場。いやがおうにも緊張感が高まります!

まずは金春流宗家による「翁」です。下掛かり流儀のため千歳(せんざい)は狂言方が勤めました。この場合、千歳が面箱を持って入場します。(上掛かり=観世・宝生流の場合は、千歳はシテ方が務め、面箱持ちがは別に狂言方が勤めます)

お能のお囃子は通常、笛・小鼓・大鼓・太鼓(←いるときといないときがある)一人ずつですが、翁では小鼓が三人登場します。地謡も普通は切戸口から登場しますが、翁では橋掛かりより登場し、舞台の右側ではなく後方に位置取ります。

お囃子、地謡、後見も侍烏帽子、熨斗目、素袍上下と室町時代の格好です。この曲が最高位の格を有していることを示しています。能では、演目や公演の格に応じて、囃子方・後見方・地謡方の衣装が、普通の紋付き袴→肩衣をつける→袴が長袴になる→素袍上下…というように徐々に正装度が増します。衣裳がゴージャスになると、これは改まった会なのだ!重要な曲なんだ!とわかるわけですね

翁役は最初、直面(ひためん=面をかけていない)で登場します。この段階ではまだ翁ではなく太夫です。太夫は舞台正面先まで行くと座して正面席に向かい深々と礼をします。能でお辞儀は他の演目では見られない珍しい光景です。ここで間違っても拍手をしてはなりません!これはアナタ(=観客)にお辞儀をしているのではなく、神格なるものに対して拝礼しているのです(と、どこかで読んだ)。まあ、お客様は神様です、と言ってた歌手もいましたケド(笑)

太夫が意味のよくわからないセリフを謡います。「どうどうたらりら~」とかそんな感じの謡です(何と言っているのかもよくわかりません)。謡というより呪文のような感じです。その辺からしてもう儀式な雰囲気。
そしてまずは千歳が舞います。面箱の中に翁の面が入っています。太夫は舞台上で白い翁面(=白式尉)を面をつけます。面をかけた瞬間に太夫に神が舞い降りるのです。面をつけた瞬間変身するところはヒーローものを髣髴させます。そうしてヒーロー、いや神に変身した翁太夫は、天下太平・国土安穏・五穀豊穣を言祝ぎ、祝舞を舞います。舞い終えた翁は面を外し、正面席に向かい再び深々と礼をし、橋懸かりから退場します。

次に三番叟が舞い始めます。三番叟は野村萬斎さまです。萬斎さま、三番叟はもう慣れたものでしょう、非常に安定感があります。
三番叟は直面で揉ノ段、続けて舞台上で黒式尉の面をかけて鈴を持ち鈴ノ段を舞います。飛んだり跳ねたりの大活躍です。同年代としてはこのお元気さを見習わなければなりません。翁より三番叟の方が出番が長いです。翁ショボ――(´-ω-`)――ン。

さて、翁の後は続いて能の一番目です。ここでは脇能といい神様が登場する演目が配されます。今回は金春流の「岩舟」でした。ちなみに次に続く狂言も脇狂言といいおめでたい演目です。

二番目の能は金剛流「清経」。とてもいい曲なのですが、この辺りでワタクシ、風邪薬が効いてきてちょっと沈没していました…(-ω-ll)

沈没していた間に二番目の狂言も終わり、第一部の終了です。長くなりました。まだ半分以上あります。この続きはまた明日に。

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雪のまだ融けきらない国立能楽堂前。朝10時前ですが太陽がまぶしすぎる!
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開演30分前。開場を待つ長蛇の行列。
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前売チケットは完売。当日券の扱いもなし。人気~~。

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「翁」~「岩舟」の約2時間は出入り禁止になる(建前上)。
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脇正面席の前から三列目。端っこですが良いお席です。前に席がないので足も伸ばせます(お行儀悪い。笑) 橋懸かりにかぶりつきますぞ~~。

第95回粟谷能の会 事前講座

3月に拝見する予定の第95回粟谷能の会(喜多流)の事前講座に行って参りました。
今回は「道成寺」がテーマ、初の夜開催、また、小鼓方大倉流宗家・大倉源次郎さんというビッグなゲストをお迎えするということで、これは絶対に行かずにはいられない!会社を早退して国立能楽堂の大講義室に駆けつけましたよ~。

前半は、今回、道成寺でシテを勤められる粟谷明生さん、明生さんのお弟子さんで私の朗読のお師匠さまでもある女優の金子あいさんによって、道成寺という作品のあらすじや見どころ、シテを演じるにあたっての意気込みなどが語られました。

道成寺を年に2~3回は観ているワタクシですが、演者さん自身からお話を伺う機会は滅多に無いので、初めて知るお話がてんこ盛りで目からうろこが落ちまくりでした。

「鐘入り」ではシテの足がすっぽり隠れるような入り方、すなわち鐘が落ちるより先にシテが落下しないよう飛ぶことが良しとされています。そりゃ頭ぶつけないように飛び込むのは至難の業だろうな~足見えちゃっても仕方ないよな~とこれまで思っていたのですが、明生さん曰く「頭にガーンと衝撃があったら、きれいに飛べている」・・・そうだったのか!ちょっとどころじゃなくしっかり頭ぶつけてるんですね。こりゃビックリ w(゚o゚)w キレイな鐘入りは見たいですけど、どうかお怪我なさいませんように~~~。

後半は小鼓の大倉源次郎さんもトークに加わり、主に「乱拍子」について、流儀による違いやシテと小鼓が呼吸を合わせるそのヒミツなどが語られました。

小鼓方四流の中で幸流だけは「よっ」ボン「ほっ」ボン、みたいにかけ声が短い。今回は大倉流で「ぃよぉーーーーっ」ポン「ほぉーーーーっ」ポン、みたいな感じでかけ声が長くなります。そのためシテと小鼓の呼吸の合わせ方や間合いが大きく異なってくる。なるほどーーー。同じ乱拍子でも何か雰囲気がだいぶ違うと感じたのはそのせいもあったのか。

シテ方や狂言方の流儀の違いは巷でもよく話題に上るし、舞台を観ていてなんとなくわかることもありますが、囃子方やワキ方の流儀の違いは正直これまであまり意識することがありませんでした。しかし、お話を聞くとこんなにまでも違っていてそれが他の役にも大きな影響を与え、全く異なった舞台を生み出すのだということがわかり、こりゃオモシロイ。これからもっと注目して観ようと思いました。

喜多流では幸流の小鼓での道成寺が通例だそうで、明生さんも初演は幸流であり、二度目である今回はぜひ大倉流で!と望まれ豪華共演が実現する運びとなりました。ラッキー\(^O^)/

その他にもたくさんのお宝話が飛び出しましたが、長文になりすぎるので以下省略します(*-∀-)ゞ

「美」と「妖」が交錯する雰囲気、乱拍子に続き急の舞となり、蛇となって鐘に飛び込むその変化を見て欲しいと明生さん。「精神は高め時間は短縮される演出」を目指す、と締めくくられ講座は終了しました。事前講座により演目に関する理解が深まり興味がいっそう掻き立てられ演者さんたちの意気込みもしっかり伝わってきて参加して良かったです(*’▽’*)アリガトウー!

精神が高まることでまた濃厚な舞台が生まれるのでしょう。3月2日の「道成寺」では、1年前の粟谷能の会の「船弁慶」で感じた、演者のエネルギーを観客が受け取り、舞台と見所が一体となる感覚をまた味わいたい、いやそれ以上のもの凄いことが起きるに違いないと大いに期待しております!!

第95回粟谷能の会 事前講座
2014年2月12日(水) 18:00~19:30 @国立能楽堂 大講義室
<出演>
粟谷明生さん(シテ方喜多流)
大倉源次郎さん(小鼓方大倉流宗家)
金子あいさん(女優)

※主催者および出演者に写真撮影および掲載の許可を得ています。

60名以上のお客様がご来場。
60名以上のお客様がご来場。
最前列に陣取りました。
最前列に陣取りました。
進行役の女優の金子あいさんと、道成寺のシテを勤められる粟谷明生さん。
進行役の女優の金子あいさんと、道成寺のシテを勤められる粟谷明生さん。
 明生さん、道成寺を勤められるのは2度目だそうです。お父様の菊生さんは生涯1度だったそうです。初演の演技を振り返り二度目に臨む決意を語ります。
明生さん、道成寺を勤められるのは2度目だそうです。お父様の菊生さんは生涯1度だったそうです。初演の演技を振り返り二度目に臨む決意を語ります。
 道成寺のあらすじを紹介するあいさん。
道成寺のあらすじを紹介するあいさん。
 鐘を作る話が興味深かったです。鐘(に限らず道具は全て)は能楽師さんらが自ら手作りします。木製で周りにわらを巻き、竹で土台を作って布を被せて縫い付けます。最初から作ることもありますが、途中まではできていて、5~6人で2日ほどで完成。
鐘を作る話が興味深かったです。鐘(に限らず道具は全て)は能楽師さんらが自ら手作りします。木製で周りにわらを巻き、竹で土台を作って布を被せて縫い付けます。最初から作ることもありますが、途中まではできていて、5~6人で2日ほどで完成。
 大倉源次郎さんがトークに加わります。大倉流の宗家というので高嶺の雰囲気を想像していましたが、お話も上手で親しみやすく気さくなお人柄。
大倉源次郎さんがトークに加わります。大倉流の宗家というので高嶺の雰囲気を想像していましたが、お話も上手で親しみやすく気さくなお人柄。
 小鼓を実際に鳴らしていただきます。音の種類が4種類ありチ・タ・プ・ポと表現されるなど実演付きで解説。
小鼓を実際に鳴らしていただきます。音の種類が4種類ありチ・タ・プ・ポと表現されるなど実演付きで解説。
 左手の握り方と、右手のどの指で(何本で)打つかで、音の種類が決まるわけですね。
左手の握り方と、右手のどの指で(何本で)打つかで、音の種類が決まるわけですね。
 打つ姿があまりにカッコいいので何枚も撮影してしまいましたぁ~(*´▽`*)
打つ姿があまりにカッコいいので何枚も撮影してしまいましたぁ~(*´▽`*)

若手能「道成寺」

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公演プログラム。黄色いのは国立能楽堂開場三十周年記念のシール。

国立能楽堂で催された「若手能」を拝見してきました。
「若手能」とは次代を担う若手能楽師が集う能楽若手研究会公演のこと。若手能楽師中心に配役され、国立能楽堂養成研修の修了生が数多く出演されています。

さて、今回は国立能楽堂開場三十周年を記念して大曲『道成寺』が上演されました。

『道成寺』は人気曲です。本日もほぼ満席でした。チケットはいつも争奪戦です(今回は友人のお力添えあり入手できました。ありがたや~(*’▽’*))。『道成寺』は能の演目の中でもかなり異色な部類に入りましょう。特色はやはり巨大な鐘の作り物(=大道具)が登場し、鐘入り、乱拍子などの他の能ではみられない特殊な演出が取り入れられていることです。

☆鐘入りとは・・・シテが落ちてくる鐘に飛び込む最大の見どころです。鐘の重量は80キロほどで、万一失敗すると大怪我の恐れもある命がけの場面です。シテは暗い鐘の中でたった一人で面と装束を替えます。鐘が上がると般若の面をかけ装束替えしたシテ(=蛇体)が現れます。

☆乱拍子とは・・・シテと小鼓が演じる最も難しい演じどころです。小鼓の掛け声と打音に合わせてシテが足拍子を踏みます。シテと小鼓の息づかいのみで間を合わせます。間合いが非常に長いため、舞台も見所も息を呑むような緊張感が張り詰めます。

乱拍子は何度見ても実に奇妙な舞だな~と思ってしまいます。シテが片足のつま先だけ上げてしばらく静止(これまたべらぼうに長い間)。小鼓の掛け声と息を合わせて足拍子。その繰り返し。シテと小鼓の一騎打ちな感じ。時々笛は入ります(大鼓はお休み)。字幕解説によると「白拍子が鐘楼への階段を登る様を表現」とありました。ふーーん、そうなのか。初めて知りました。今回、乱拍子は約25分でした。これは結構長い方ではないか?

鐘入りは、シテが鐘の内側に入り壁面に手をかけ足拍子を踏み、鐘が落ちると同時に飛び上がって鐘の中にすっぽり入ります。鐘より先にシテが落下することのないよう飛ぶのが良しとされています。できるだけ高く飛べばよさそうですが、鐘の天井に頭を打ってもいけないので飛ぶタイミングがとても難しそう。今回は非常にキレイに決まっていました!( ゚∀゚ノノ゙パチパチパチ

今回は観世流宗家の弟サンがシテを勤めました。52歳で若手??40、50は若手の世界なんでしょうか。なにゆえシテは養成研修修了生でないのか?せっかくだからシテも修了生にやってもらえばいいのに~と思っていたら、国立能楽堂で養成してるのはワキ方・囃子方・狂言方だけなんですね~(これまた初めて知った)。シテ方は間に合ってるということでしょうか。というよりシテ方以外が極端に不足しているってことなんでしょうね。

そういや観世宗家がいつのまにか改名していました(観世清和→観世清河寿)。キヨ君プログラムにいないよどーした?とものすごく探してしまったよ。ちゃんと後見で出ていました。なんでも渋谷の観世能楽堂を銀座に建て直すそうで。3月には能と文楽との競演、金剛流宗家との競演などいろいろ予定されてるみたいで・・・飛ぶ鳥落とす勢いですね!

それはともかく、今回お能が初めて&二回目という友人達も満足してくれたようです。能として典型的な演目ではないけど、見どころがたくさんあってお能好きはもちろん初心者でも十分楽しめる曲だとワタシは思っています。

3月は喜多流の道成寺を観に行きます!上掛り(観世・宝生)と下掛り(金春・金剛・喜多)では演出が大きく異なります。それも何度観ても飽きない所以かもしれません。次の道成寺はどんなのかな!?楽しみですっ!(*´▽`*)

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今回で二十三回目を迎える若手能。国立能楽堂開場三十周年を記念して若手能として初めて道成寺が上演された。

お能の拍手について考えてみた

本日は金春流宗家による「伯母捨」という老女物の大曲を拝見しました。この曲は、伯母捨山に遺棄された老女の霊が月見の客を前に月光の功徳を礼賛しつつ舞うが、夜明けと共に客は去り老女はまた一人淋しく残される、という終わり方でして、この最後がものすごく余韻が残って好きな場面です。

本日も余韻を噛みしめていたのですが、おシテが橋懸かりの半分もいかないうちに拍手が起こってしまって(しかもぱらぱらと中途半端な)うぅぅーーん、せっかくの余韻がぁぁーー・・・・。

能の演目が終わった際、歌舞伎などと違って幕が引かれることがないので、どのタイミングで拍手すれば良いか悩むことがあります。

昔は拍手はしなかったようです。今でも始まる時や演者が登場した時に拍手する人は誰もいません。
最後の拍手は??これは現在はいろいろ議論にもなっているようです。

能の演目の終わり方は、舞台上に演者が全員残ってピタっと止まって終わる、シテや他の演者が橋懸かりから幕に入った後に終わる、などいろいろなのですが、全員が退場してしまい舞台上に誰もいなくなって終わることはなくて、少なくとも地謡と囃子は最後まで舞台上に留まっています。なので、どんな演目でもお話が終わった後にゆっくり歩いて退場する人が必ずいます。

いったいどこが終わりなの?という感じなので、シテが幕に入るとき拍手、子方が幕に入るとき拍手、ツレが幕に入るとき拍手、ワキとワキツレが幕に入るとき拍手、アイが幕に入るとき拍手、後見が作り物を下げるときも拍手、地謡が切戸口から出るとき拍手、笛、小鼓、大鼓、太鼓がそれぞれ橋懸かりを歩いてるときに拍手、というぐあいにダラダラ~と拍手が続き、長時間続くために中ほどはパラパラとまばらな拍手だったりします。

これでは、折り目がはっきりしないし、本当に感動して拍手しているのか、義理や惰性で拍手しているのか、よくわかりませんよね。

私の意見では一般的には最後に一回だけ大きく拍手をすれば良いのではないかな、と思います。だいたい、お囃子の最後の人が幕に入るときでいいのではないでしょうか。慣れない人はどこで拍手したら良いかわからないと思うので、周りの雰囲気に応じていいと思うんですよね。

ちなみに私は拍手はしない方針です。以前は周りの雰囲気に応じてしていたこともあるのですが、前々からダラダラ拍手を疑問に思うことが多くて、いっそ全く拍手しないと決めたら気が楽になりました。拍手しないからといって舞台が良くなかったと思っているわけでもありません。ひょっとして拍手がないと不安と思われる演者さんもいらっしゃるでしょうか。その辺りを聞いてみたいところです。

何事もなかったように終わって、暫しの間、余韻を噛みしめるっていうのも良いんじゃないでしょうかね。かつて、全く拍手無しで終わった素晴らしい舞台を観たことがあります。感動のあまり誰も拍手できなかったんだと思います。演者のレベルもですが観客のレベルも高かったのだと思います。観客も一緒に舞台を作っているのだと思った瞬間でした。

次回は【文楽での大向こうについて考えてみた】を書きたいと思います(1年後くらいに?笑)。

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