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さよなら住大夫さん(七世竹本住大夫引退公演)

住大夫さんが引退の意志を発表されたとき、いつかこういう日が来るとは思っていたが、それでもショックを受けた。

私が文楽を観始めた約20年前、住大夫さんは既に人間国宝で雲の上の人だった。

それ以来、住大夫さんは文楽の世界にいて当たり前の人、国立劇場に文楽を観に行くと必ずいる人、脳梗塞で倒れられた時ですら必ず復帰されると信じていたので、永遠に舞台を観られなくなる日が来ることは全く頭になかったのだ。

そして平成26年5月13日、住大夫さんの最後の舞台(私にとって)を拝見する日がやって来た。

恋女房染分手綱 沓掛村の段 切場。

養父・先代住大夫さんの引退狂言と同じ演目を住大夫さんご自身が選んだという。

今公演は住大夫さんが出演する第一部の入場券は早々に売り切れたという。本日も満員の観客席。ほとんどが住大夫さん目当てだと思われる。

最初の演目「増補忠臣蔵」が終わり30分の長い休憩をはさんでいよいよ「恋女房染分手綱」である。今公演は「沓掛村の段」「坂の下の段」のみの上演である。「沓掛村の段」の前が竹本文字久大夫さん、鶴澤藤蔵さんにより演奏され、文楽廻しが回って住大夫さんと相三味線の野澤錦糸さんが姿を現す。

いつもより大きい満場の拍手に沸く観客席。

そして住大夫さんの語りが始まる。引退公演だからといって気負った様子もなく、特別なことは何もない。淡々といつも通り語る住大夫さん。

その一方で、人形が演じる舞台上では、いつもと違うことが起こっていた。

住大夫さんの引退公演に花を添えるオールスターキャスト。人間国宝の吉田文雀さん、吉田簑助さんを始め、桐竹勘十郎さん、吉田幸助さん、吉田玉佳さん、桐竹紋臣さん、吉田和生さん、桐竹紋壽さん、吉田玉女さん、吉田玉志さん、錚々たる顔ぶれ。しかし、何よりも特筆すべきはその配役である。

一番驚いたのは、吉田簑助さんの倅与之助役。子供の役で普通であれば若手の人形遣いが遣う軽い役である。吉田文雀さんの八蔵母と二人きりの長めのやりとりがある。最も長いつきあいである三人の人間国宝を同時に舞台に立たせる計らいなのだろうか。三人の胸の内に長年一緒に舞台に立ち苦楽を共にしてきた思い出が蘇っていたであろうか。

また、大ベテランの桐竹紋壽さんと吉田玉女さんが端役である悪党の人形を遣って頭ぽかぽか殴られたりしていて、めったに見られない光景で、勧進公演の天地会までいかないけれど、少しお遊び的な感じにして華やかに送りたい意図があったのかもしれない。

住大夫さんの語りは良い意味で力が抜けているというか、アルファ派をたくさん出してくれる(=気持ちよく眠れる。笑)語りなのだが、今日もいつも通りアルファ派をたくさん出してくれていた。もちろん今日ばかりは全く寝てる場合じゃなかったけれど。

名残惜しくも段切りを迎え、満場の拍手に包まれ、文楽廻しが回る。住大夫さんの語りが終わっても演目は続く。心地良い余韻を残したまま。

「恋女房~」の次の演目、「卅三間堂棟由来 平太郎住家より木遣り音頭の段」の切場、豊竹嶋大夫さんと吉田簑助さんの熱演が圧巻で、実を言うと本日拝見して最も良かったと感銘を受けたのはこちらの演目の方であった。

引退する人とこれからも活躍する人の違いが如実に表れていた。嶋大夫さんと簑助さんもご高齢だが、脂が乗った状態はまだ続いているし、これからもご活躍なさっていくだろう。

住大夫さんほどの人になると、語りというものが、食べたり呼吸するのと同じ生態活動のようなものになっていて、何の苦も無く自然に身体が動くのだろう、だから力が入らず自然体なのだろうな、と思う。しかし、老いと共に普通に食べたり呼吸するのも辛くなる時があるように、語りも辛い時があるようになってきたんだろうな。そういうことだと思う。

今回、観に行って本当に良かったと思う。
まだ引退しないでほしいとも思っていたが、本日の舞台を拝見することで、これが引退にふさわしい時期だったのだと納得することができた。
住大夫さんも余力が残った状態できちっと最後まで演じ切って辞められれば悔いはないと思う。ぼろぼろになりながらも続けて思い通りの語りができないことが重なり悔いを残したまま辞めざるを得なくなるよりずっと良い。

過日、第二部の方を拝見したのだが、第一部に重鎮の方々のご出演が集中してしまったせいなのか、若手中心でキャスティングされ、かつ、出番も多かったり長かったりで、非常に若々しい舞台に仕上がった印象だった。
第一部と第二部を比較してみると文楽の世代交代を見ているようで、住大夫さんたちが長年培ってきた歴史を感じるとともに、若い技芸員たちが確実に育っていることに気づかされるものでもあった。

まだ千秋楽まで二週間ありますが・・・

住大夫さん、長きに渡って文楽の第一線でご活躍され、文楽の振興や後進の指導にご尽力され文楽界を牽引し、偉大な功績を残されたこと、尊敬の念に堪えません。本当にお疲れ様でございました。今後もお身体にお気をつけになって、お元気に日常を過ごされますよう、心よりお祈り申し上げております。

9月からはここで住大夫さんを観られなくなる・・・
9月からはここで住大夫さんを観られなくなる・・・

公演プログラムには、住大夫さんミニ写真集の付録が!
公演プログラムには、住大夫さんミニ写真集の付録が!