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延年之會 第参回「コンメディア合戦!! イタリア仮面劇 vs 狂言」

和泉流狂言師・小笠原匡さんが主催する、延年之會 第参回「コンメディア合戦!! イタリア仮面劇 vs 狂言」を拝見しました。

イタリアで16世紀に発祥した伝統的仮面劇であるコンメディア・デッラルテはヨーロッパでの商業的な演劇の起源だそうです。

シェークスピアやモリエール、セルバンテスなどのヨーロッパの名だたる劇作家たちがコンメディア・デッラルテの影響を受けて創作したというのですから驚きです!

狂言と共通するところは、どちらも仮面を使用するところ、また、喜劇であること。

使う仮面によって役柄や性格が決まったり、お金に執着する父親や主人を恐れる召使いなど「お約束的なキャラクター」が出てくるところ、「お約束的なストーリー設定」が存在するところなどは、狂言によく似ています。

一方、狂言と異なる特徴としては、台本はなく粗筋だけが決まっていてあとは即興であること、風刺性が何よりも際立っていること、女性の役者が登場することなど。

綺麗な女優さんの顔が見えないのはもったいないので、女優は面をかけないんですって。女優を起用してから観客も増えたそうな^^*

狂言と違って、性格の良い人は出てこないんだそうです。だから母親は登場しないんですって。さすが、お母さんを大切にするお国柄ならではですね。マンマミーア!

さて、今回の上演では、狂言とのコラボがどのような形で提供されるのか、始まる前から興味津々!o(^-^)o

前半は、古典的な狂言の演目と典型的なイタリア仮面劇の名場面をそれぞれの役者により一番ずつ上演。

そして後半は、前半に上演した古典狂言を翻案したイタリア仮面劇が上演されました。

観る前はイタリア語のお芝居が理解できるか心配でしたが、日本人の役者さんが日本語のセリフを途中で入れたり、イタリア語だけでなく、英語セリフも混ざっていたので、全然大丈夫でした!

また設定がわかりやすく、台詞回しや動きも大袈裟で面白いので、言葉がわからなくてもとっても楽しめました。現代のコントにも相通じる感覚で馴染みやすく、ボケツッコミ、ノリツッコミのような、関西芸的な一面も(笑)。

狂言の演目の翻案作品は、題材の狂言を観た後だったので、特に理解しやすく面白くて大笑いしちゃいました♪
狂言の「附子」が「ウラン」になって防護服を着ちゃったりして、現代的な風刺が入っていてなかなかブラックでしたね~。

鏡板に近づきすぎたイタリア人役者さんに小笠原さんが「あんまり近づかないで、怒られるから!(^_^;」とかアドリブで言ってて笑っちゃいました(笑)。
役者が観客席から登場したり、キザハシ(能舞台の正面にある階段)を昇り降りしたり、普段の能狂言の舞台ではありえない演出もたくさんありました。

正直、能舞台でここまでやっちゃってもいいの??という演技もかなり多かったですが、そのハチャメチャ感は決して嫌いじゃないです(笑)

この企画は今回が初めてなのかなと思ってましたが、大阪では以前から上演していたそうで、東京は初お目見えだそうです。

大阪と東京では能楽堂の対応や観客の反応も違うため演出などは変えた部分もあるとお聞きしました。即興の舞台芸術においては当然なことなのかもしれないですが、ご苦労なことも多かったと思います。本当にお疲れ様でした~。

古典狂言の方には東京公演のみ野村万蔵さんが特別出演、やはり華があり舞台が引き締まりますね^^*

イタリア人役者のアンジェロ・クロッティさん、アンドレア・ブルネェラさんはイタリアのみならずヨーロッパ各地でご活躍の俳優さんだそうです。少しお話させていただきましたが、とても楽しくてチャーミングなお二方でした♪

これまで狂言師としてしか拝見していなかった小笠原さんの今回の舞台役者っぷりはとても堂に入っていて、つくづく多才な方だなぁ~と感服いたしました。

女優のTAKAKOさん、これまで能楽堂のロビーでおしとやかな和服姿はよくお見かけしていたのですが、今回初めて舞台上でのご活躍を拝見することができ、いきいきとしたコメディエンヌぶりがとても素敵でした♡

若い神宮一樹さん、とても上手なのでてっきり本職の役者さんだと思っていましたら、ご本人にお伺いしたら小笠原さんの狂言のお弟子さんだそうで、イタリア留学時のご縁でこの演劇に出会い舞台に参加する運びとなったそうです。これからもぜひ頑張って続けてほしい!

おかげさまで楽しい時間を過ごしました。小笠原匡さんは次回はどのような驚きを我々に提供してくださるのでしょうか!?とても楽しみです!\(^O^)/

萬狂言 秋公演

萬狂言の秋公演を拝見いたしました。

袷の着物がちょうど良い気温となり、週末としては久々の雨の心配がない日で、いそいそと出かけましたよ(^^)

「樋の酒」は鉄板の面白さ。野村萬さまの太郎冠者が主人に叱られてもまだなお酒を飲もうとするシチュエーションは幾度となく拝見してきた場面ですが今回もまたイタズラっ子ぽい笑顔にやられましたわ〜(*´▽`*)

大蔵流との異流共演「茶壷」。流儀が異なるとかなりの難しさがあると万蔵さんが解説でおっしゃっていましたが、観ている方には全くその困難さがわからないほど自然な掛け合いでした。
一方で、二人の男が同じ内容を語りながら一緒に舞う型にははっきりわかる相違があり、そこは流儀の違いなのでしょうね。でも、舞が違っていることでかえって面白く感じました。

河野佑紀さんの「奈須与市語」はお披きでした。
御本人はさぞや…ですが、観ているこちらも手に汗握る緊張、すっかり母の気分に^^; ともかく最後まで無事に勤められて安心いたしました。
とても良い経験になったと思いますので、今後のご活躍を期待してます^^*

「釣針」は、文楽にもこの狂言が基になって作られた「釣女」という演目があります。
主人の妻を釣ったら美女だったので、太郎冠者も負けじと妻を釣るのだがそれが醜女だった、という筋はあらかた同じなのですが、狂言では美女の方は観客に顔を見せないんですね(文楽では美女の顔を見せます。歌舞伎ではどうなの?)。
美女の狂言面って無いのかしらん?でも、醜女の演技を通じて、あっちは美女なんだって思わせるのはさすがです。

同行の友人はこの日の午前に行われたファミリー狂言会も観て、チビッコたちに混じって狂言たいそうにも挑戦してきたそうで、とても楽しかったと言っていたので、次は挑戦してみようかな!

セルリアンタワー能楽堂バックステージツアー

セルリアンタワー能楽堂のバックステージツアーに参加してきました。

ナビゲーターはシテ方観世流の鵜澤光さんとワキ方下掛宝生流の大日方寛さんです。

大日方さんと光さんに舞台や小道具のことなどいろいろ解説いただき、シテ方とワキ方の所作を舞台上で実際に行っていただいたり、また、全員が白足袋を履いて舞台裏や舞台上を自由に歩き回り、摺り足をしてみたり足拍子を踏んでみたり揚幕を上げてみたりいろんな隙間から客席を覗いてみたり、自由な雰囲気でのんびり拝見できてとても楽しかったです♪

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全員が白足袋を履いて舞台上へ。

 

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切戸口から舞台を見るとこんな感じ。頭を低く下げ、左足から上がります。

 

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シテ方とワキ方の視点で舞台上の所作などについて解説していただきました。

 

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身分の高い人が頭を下げずに入場するために作られた「貴人口」。開いているところを初めて見ました!

 

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地謡の役割(位置)では「地頭」が知られていますが、「カドミセ」(前列の左端)、「下駄箱」(後列の右端)など聞いたことがない業界用語(?)についても教えていただきました。 カドミセは地謡全体の位置を決める、扇の所作を開始する役割の人。下駄箱はお囃子に強い人が勤めると良いとされるそうです。

 

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ワキの定位置。まっすぐ前を見ると脇正面席の観客の頭の位置より少し上が見える。つまり観客の顔が見えるということは顔が少し下を向いていて姿勢が悪いということ。

 

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お道具についての解説。蔓桶も高さを変えられたり、座面が回るものもあるそうです。

 

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蔓桶に腰掛ける光さん。

 

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揚幕を裏から見たところ。

 

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揚幕を上げるにも技術が要ります。

 

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棒の先に幕を巻き付けて高さを調節したりします。

 

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シテの気分を味わってみます。

 

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立つ位置も大事。あまり前過ぎると揚幕が演者に被ってしまいます。

 

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揚幕をあげてみます。

 

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お囃子方の気分になって入場してみます。

 

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物見窓。鏡の間から舞台や客席の様子を見ることができる窓。

 

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鏡の間。シテは一番先に装束をつけ出番が来るまでここに座って精神統一。能ではシテが一番偉いので、どんなに先輩でもここに来てシテに御挨拶しなければなりません。シテとしてここに座っている時が最も皆に優しくされる瞬間だそうです(笑)

 

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装束の間。

 

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橋掛かりを進んでみます。

 

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舞台上から見た橋掛かりと脇正面席。

 

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舞台上から見た脇正面席と中正面席。

 

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舞台上から見た橋掛かりと松。

 

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舞台上から見た脇正面席。

 

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舞台上から見た正面席。

 

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舞台上から見た切戸口。

 

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切戸口から出る時はこんな感じ。

 

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鏡板。なかなかモダンなデザインの老松です。

 

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道成寺の鐘吊りで使う滑車。セルリアンタワー能楽堂ではまだ公演での使用実績がないようです。

 

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道成寺の鐘の綱をかける輪。

 

第弐回 延年之會

和泉流狂言方、小笠原匡さんの延年之會に行って参りました。

狂言「昆布売」

召使いが出払っていて一人で出かけた大名が通りがかりの昆布売りに太刀持ちをさせようとするが、大名になぶられて腹を立てた昆布売りが太刀で脅して代わりに昆布を売らせようとし・・・。

小笠原匡さんのご長男、弘晃君が昆布売り、人間国宝の野村萬さまが大名の役です。
昆布売りが大名に謡節、浄瑠璃節、踊節などで売ってみよと次々と命令するのですが、二人がそれぞれに謡ったり踊ったりするのが面白いです。浄瑠璃節では三味線をマネる場面があり、三味線は比較的新しい楽器で狂言に出てくるのは珍しいような気がして、おや、なんだか新鮮、と思ってしまいました。

萬さまにお相手していただいた弘晃君、年の差は70歳くらいはあり、本当の祖父と孫のように萬さまが温かく包み込んで弘晃君を導き、弘晃君も緊張する様子を見せずのびのびと演じていました^^*

新作落語狂言「子ほめ」

酒好きの男がタダで酒が飲めると聞いてご隠居を訪ねる。ご隠居から人に酒を飲ませてもらうにはお世辞の一つでも言うようにと年齢を見た目より若く言うと良いなどと教わる。そして最近子どもが産まれたという知り合いの家を訪ねてタダ酒にありつこうとする。しかし、元々口が悪い性分に加えて教わったことに応用が利かない男はかえって相手を怒らせてしまい・・・。

落語の「子ほめ」をベースに、故八世野村万蔵さんが劇作・演出した新作狂言です。
小笠原匡さんは八世万蔵さんの一番弟子。師匠の得意曲でシテを演じられました。
私は落語には詳しくないのでイメージとして、少しばかりおバカでズレたキャラが出てきてトンチンカンなことをするというのは、いかにも狂言にありそうな話で、狂言の素材として落語は相性が良さそうです。

上演後の懇親会で九世野村万蔵さんにお伺いしたお話では、落語狂言は何曲かあるそうですが、狂言に合う演目とそうでないのもあるそうで、その中でも子ほめは一番しっくりくる曲じゃないかとおっしゃっていました。

また、演出で細部を変えたりするそうで、確かに今回もエンディングが常と変わっていたり、現代の言葉で洒落を飛ばすような演出がありました。落語自体が古典を現代風にアレンジしたり、客の反応などに応じてどんどん内容を変えていける類の演芸だそうなので、狂言の方も同じように自由に変化させやすいというのはありそうです。

狂言「木六駄」

言わずと知れた狂言の大曲です。以前にも木六駄については書いたことがあるので、あらすじについてはこちらをどうぞ。
萬狂言 冬公演 大倉流和泉流 異流公演 二題

私がまだ能の観始めで狂言は能と能の間に演じられるコメディと捉えていた頃、この曲を観て初めて狂言の演劇性や技芸の奥深さに目覚めたという演目です。以来、この曲が大好きになり上演される時は好んで観に行っています。

小笠原さんは今回この曲のシテを50代で初主演ということでした。野村万蔵さんが茶屋、野村萬さんが伯父を勤め華を添えます。

前半の牛追いのシーンは一人芝居で、雪深い山道の情景や言うことを聞かずに逃げたり動かなくなったりする牛をあたかも舞台上にいるように表現しないといけないたいへん技量の要る場面です。勝手な牛たちに翻弄されてへとへとになる様子はコミカルでもありますが、雪深さと寒さと周囲の静けさを感じさせるような情趣があります。

後半は茶屋との酒盛りがメインのシーンで、主人の酒に勝手に手をつけて酔っていくうちにだんだん気が大きくなり全て飲み干してしまい牛に運ばせてきた薪まで茶屋に渡してしまいます。この酒宴での茶屋との掛け合いはとても楽しい場面です。謡や舞も聴きどころ見どころで、特に相当酔って足をぐらつかせながら舞うのは見てる方は何の気なしに笑ってしまうのですが相当難易度が高そうです。

太郎冠者が行きたくないのにしぶしぶ牛を追っていて苦労する寒くて暗い大雪の山道の場面と、茶屋で酒を呑んで体が温まり最後には酔って気分まで明るくなる、という温度差を感じる展開が演劇的に面白いところだと思います。そして演じる方としては難しいところなんじゃないかと。

この曲はやはり年齢と経験を重ねないと難しい演目だと感じます。

万蔵さんも、相応の年齢になってから演じるのがふさわしい演目だが年を取ってから突然やれと言われてもできるものでないので、若いうちから慣らすために役を当てられ、当然最初はうまくできないのでいろいろ厳しいことを言われてしまう。そうやって演じているうちにふさわしい年齢になって良い舞台ができるようになる、とおっしゃっていました。

小笠原さんは、そういう意味ではこの曲での助走期間は無かった状態での50代の初挑戦だったわけですが、たいへん味わい深くこの曲を仕上げていらしたと思います。師匠の芸に間近で触れつつご自身も様々な曲で修練を重ねてきたことでこの演目に立派に立ち向かうことができたのですね。

小笠原さん、子ほめに続いてお酒がらみの演目。聞いた話ではご本人もお酒がお好きだそうです。酔ってご機嫌になるシーンを見ていたら、こちらも早く呑みたい気分になってきました(笑)

次回の延年之會は、11月27日(大阪)、12月4日(東京)「コンメディア合戦!! イタリア仮面劇 vs 狂言」だそうです。どんな内容になるかは全く想像がつきませんが、小笠原さんの次なる挑戦がとても楽しみです!

「大田楽」 萬狂言 特別公演 ~八世万蔵十三回忌追善~

能楽堂では初めての上演となる「大田楽」を拝見いたしました。

「大田楽」とは?
能狂言より古い時代に存在した田楽という芸能を題材に、八世野村万蔵氏(五世野村万之丞氏)が構成演出の指揮を執り能楽界を始め様々な分野の演劇人、音楽家、研究家の方々と共に2年間の歳月をかけて創り上げ平成2年に完成させた古くて新しい芸能。
その後、各地に広がり定着。市民参加にまで裾野が広がり26年経った今でも上演が続いており、海外公演も行われている。

この度、万之丞さんの十三回忌追善の会にあたり、原点に立ち返り、初演時に出演した能楽師の方々を再び迎え、万之丞さんの実弟である九世万蔵さんが演出し、現在各地で大田楽を継承・上演されている方々と共に、国立能楽堂で上演する運びとなったそうです。

ワタクシ「大田楽」は映像でしか観たことがなく、しかも能楽堂で初演時のメンバーが再結集ということで、かなりワクワクでございました o(^-^)o

まず、能舞台上に一畳台、大太鼓などが運ばれてきて置かれ、道成寺の鐘を吊す滑車に、神社の鈴が吊られました。(その時、ワタクシは「鈴後見…」という言葉が頭に浮かんでました。どうでもいいですが。笑)

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脇正面席後方の扉が開き、田楽法師一行が隊列を組んで音楽を奏しながら客席の通路を行進してきます。すぐ脇を通っていく演者の皆様を目のあたりにし、否が応でも胸が高鳴ります♪

全員が能舞台に収まるのか!?という大人数が次々と入場。もちろん一度に全員が本舞台にのることはできないので、本舞台の他、橋掛かりや客席通路もまんべんなく使ってパフォーマンスするような形。

複数名の踊り手たちが繰り広げるダイナミックな踊りは、舞台から落っこちてしまうのでは!?と心配になるほどスピード感と躍動感にあふれるものでした。

万之丞さんの一番弟子である小笠原匡さんが踊った番楽は特に躍動感あふれる踊りでとてもカッコ良かった!小笠原さんは大太鼓も打っていて、なんてマルチタレントなの~と思いました。

野村万禄さんの勇壮な王舞。緋の装束に天狗の面をかけて鉾をかざして仁王立ちし後ろに大きくのけぞるポーズを何度かなさったのがとても印象的でした。

色鮮やかで巨大な獅子頭(6キロ近くあるそう!)を操って跳んだり跳ねたり激しく踊る獅子舞はとても豪快でした。
二頭の獅子はシテ方の片山九郎右衛門さんとワキ方の宝生欣哉さんです。初演時には青年だったお二方も26年たって年齢を重ねられ、失礼ながらちょっと心配でした(^_^; しかし初演時には赤坂日枝神社の大階段を登りながら舞った(!)とのことですから、それに比べれば楽勝だったのでは!(笑)

白装束に翁烏帽子姿の田主(一行の長)役である野村萬さまが能舞台後方の台座に着席され、それはそれは高貴で神々しいお姿でした。
萬さまの読み上げる奏上、万之丞さんの功績を称え今なお伝え継がれんことを慶び田楽の開催を宣言する、といったところでしょうか。萬さまの謡がかりで美しい読み上げ声が静まりかえった場内に荘厳に響きました。

稚児舞。二人の稚児は万蔵さんと小笠原さんのご子息方が演じました。橙色と緑色の装束が色鮮やかで可愛らしい♡ でもさすが普段から数々の舞台をこなしているだけあり、きっちり堂々と舞っていました。

万蔵さんの三番叟。翁の三番叟のように黒い面をかけて黒装束。手足に鈴をつけておりました。かなり複雑なリズムで軽快かつ勇壮に足拍子をテンポ良く踏んでいきます。途中で笛の一噌幸弘さんが三番叟にすり寄っていくようなシーンもありユーモラスで面白かったです。

普段は紋付袴姿のお囃子方の先生方が色とりどりの花笠や装束を身にまとっておられたのも見目麗しく新鮮でした^^*

楽器の種類も多種多様。大鼓、小鼓といった能楽でお馴染みの楽器のみならず、腰鼓、編木、銅拍子といった珍しい楽器や、笙や篳篥などの雅楽の楽器、大太鼓。賑やかに囃して祭りを盛り上げます。笛は能管でなくて篠笛?龍笛のようにも見えました。

各地で大田楽を継承されている方々の番楽、日体大の方々のアクロバット、京劇俳優の変面など、次々と繰り出されるパフォーマンスがどれもこれも素晴らしくて、歓声や拍手が起こって会場が沸き、観る方もどんどん気分が高揚していきます。

最後は総勢の群舞となり、土蜘蛛ごとく千筋の糸が客席に向かってまかれ、ワタクシ共、前方席ゆえ両手を差し上げて糸を掴もうとしちゃったり、糸まみれになりながらも満面の笑顔でございました(笑)

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蜘蛛の糸まみれになり喜ぶ我々(笑)

田楽法師一行は再び隊列を組み、舞台を降りて客席の通路を行進して退場します。
名残惜しいとばかりに拍手・拍手・拍手。ワタクシ、長年の能楽堂通いでも、あれほどの割れんばかりの拍手の音をいまだかつて聞いたことはありませんでした。

拍手いつまでも鳴り止まず、いったん退場された万蔵さんと萬さまが再び舞台上におでましになり、観客にご挨拶をなさいました。
萬さまの「後ろで座って見ていながら長男の短く太い人生を追憶することができた」というお言葉には胸が熱く…(;_;)

関わってこられた皆様方の万感の想いが込められた大田楽、実に楽しく感動的な一大エンターテインメントでした。

天国の万之丞さまもきっと楽しんでご覧になっておられたことでしょう。(^_^)

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狂言ござる乃座53rd

本日は能楽堂が初めてという友人と共に「狂言ござる乃座53rd」@国立能楽堂へ。初めての人を能や狂言にお連れする時は気に入って頂けるかどうか非常に気になります。その点、狂言というのは能より親しみやすいと思うので最初の一歩としてはまずよろしいのではないかと。

「梟山伏」
シテ(山伏)は萬斎さまのご長男・裕基くん。この演目は狂言らしい定番曲で素直に笑えます。
梟に取り憑かれた男の兄に頼まれて加持祈祷をする山伏ですが、兄や終いには山伏自身にも梟が取り憑いてしまう。ミイラ取りがミイラに。三人が発する梟の鳴き声や梟っぽい仕草などとても笑えるんですがシュールな怖さも感じます。
裕基くん、ちょっと見ないうちに大人の声になっていました。少し前までは少年の声だったのに。日々成長しておりますね。

「見物左衛門」
シテは萬斎さま。これは狂言では珍しい全くの独り芝居です。公演プログラムによると難曲・稀曲とありましたが、ごく最近見たような気が・・・。そう、昨年の10月に万作さまシテで拝見したばかりでした。でもその時には確か相撲見物のシーンがあったのに今回はなかった。
前回を思い起こすと「深草祭」、今回は「花見」という小書で全く内容が違うのだそうです。要は見物左衛門という男がいろいろ見物して回るただそれだけの話です。「花見」は一人で京都の名所を巡って花見をし酒を飲み謡ったり舞ったりひたすら気ままに過ごす一日の話です。特に笑いの要素はありません。これといったストーリーはなくシテの芸を楽しむ演目と言えます。たった一人で観客に情景を想像させなければならないのは難曲たる所以ですね。
私は小謡や小舞がとても好きなので、こういった曲は大好物で今日もとても楽しめたのですが、やはり万作さまの深草祭の方がより味わい深く感じられたように思います。深草祭は笑いの要素もあったように記憶しているので取っつきやすかったというのもあるかもしれません。
萬斎さまが「入り込むまでに少々忍耐がいる」と述べられていたのはその通りだと思いました。友人は狂言にこのような類の笑いなしの演目があるとは知らなかったとの感想でした。でも感触は悪くなかったようです。さあ次へ。

「鬮罪人」
シテ(太郎冠者)は萬斎さま。怖い主人が出てくる「三主物」の一つです。めったに出ない曲ではあるが何度も勤めていると萬斎さま。
怖い主人を演じたのは万作さまでしたが、これが本当に怖かった!!出しゃばりの太郎冠者が最初は主人に諫められているところ客たちの支持も得てどんどん調子にのり、終いに主従の立場が逆転してしまうのですが、それでも圧倒的な怖さで太郎冠者を封じ込める主人の迫力が凄かったです。舞台で怖い万作さまはあまり見たことがないのでちょっと新鮮でした。
萬斎さまが、万作さまはとても厳しくてお稽古の時に扇が飛んできたりするというお話されていたことがあり、今日の太郎冠者の主人に対するビビり方(何度も腰を抜かしてました)は、子どもの頃にお父様から受けた怖い印象の経験が生きているのかしらんと思ったりしました(笑)
友人は万作さまのことを初めて知ったそうですが、他の演者を超越する芸格の高さを肌で感じた様子でした。

三番のそれぞれ趣の異なる狂言を観て、友人も気に入った様子でまた行きたいと言ってくれました。能や狂言に親しんでもらうには最初が肝心なのです。最初のお役目は無事果たせたとホッと胸をなでおろしました。

第99回粟谷能の会 事前鑑賞講座 写真コレクション

第99回粟谷能の会 事前鑑賞講座
2016年2月22日(月) 18:30~20:00 @国立能楽堂 大講義室
<出演>
粟谷明生さん(喜多流シテ方)
森常好さん(下掛宝生流ワキ方)
金子あいさん(女優)

※主催者様および出演者様より写真撮影および掲載の許可を頂戴しております。

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「融」のシテを勤めた喜多流の粟谷明生さん。司会の女優・金子あいさんは、公演当日に能鑑賞案内のお話も担当なさいました。
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名所教えについて地図と照らし合わせて説明。能では事実と異なる方角を示していたりするが、必ずしもリアルである必要はないのでOK!
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ワキの旅僧を勤めた、下掛宝生流の森常好さん。謡いの漢字の意味を強く意識すると情景と結びつかなくなるので、漢字の意味を消す謡い方をするというお話や「文学ではなく能楽を観てください」というお言葉が印象的でした。
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老人が汐汲みをする型を実演する明生さん。型付け通りで無難に勝負しないのは自分の性に合わないし、こういうふうにもできるとかこう解釈できるな、と大きくして表現するのがシテ方としての面白いところだと語っておられました。
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友枝昭世さんが厳島神社の能舞台で、汐汲み場面で舞台のギリギリ端まですごい勢いで進んでいき、海に落ちると思って「あーーーっ」と言ってしまったというエピソードを語る常好さん。
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狩衣の着付け実演。常好さんに着せてもらうというレアな光景。
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「融」では袖は垂らしたままだが、「田村」では甲冑のような形にする。
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「田村」の甲冑袖、完成!
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「融」の後シテで通常使われる「中将」の面。中将は在原業平のこと。なので、眉間のシワは、モテすぎて悩んでいるシワだそうです(笑)
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替えの面としてこれもアリという「今若」。鬼の要素を含んでいる。当日はこちらが使われました!
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シカケ、ヒラキ の型を実演。ものを集めて解放する型。老人の場合はほとんど手をあげない。
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最後に記念写真。お疲れ様でした~。 (2016年2月22日 粟谷能の会 能楽鑑賞講座 終了後)

第99回粟谷能の会の鑑賞レポートはこちら ⇒第99回粟谷能の会

第99回 粟谷能の会

3月6日(日)、第99回「喜多流・粟谷能の会」を拝見いたしました。先だって行われた事前鑑賞講座の内容を織り交ぜながら、感想を書きたいと思います。

今回は「白田村」(シテ:粟谷能夫さん)、「融」(シテ:粟谷明生さん)ということで、共通点の多い二つの演目。能の世界では重複することを「つく」と言い、同時に上演することを嫌うのだそうです。
これまで粟谷能の会ではいつでも上演する演目のバランスがとてもよく考えられていたと思います。しかし、今回は何故つく演目を選曲したのか?お二人とも60代となり「これからはやりたい曲をやる」という方向にシフトしたとのことでした。

とはいえ、最近では、テーマを決めて同じ傾向の演目を上演したり、他流間で同じ演目を上演し比較する企画など、似た演目を同時上演することは珍しくありませんし、また、共通点の中に埋もれた相違点を探し出すことも観る方としてはなかなか楽しい作業なので(少々オタクな趣味なのかもしれませんが。笑)、今回も大変面白く拝見しました。

「白田村」というのは「田村」という演目の小書(こがき=特殊演出)の一つだそうです。通常のタイトルに色の名前を付けて小書であることを表すのは喜多流独特の流儀のようです。今回はシテの装束がオールホワイトで一段と格調高い演出です。前場の童子からはピュアな、後場の坂上田村麿の霊からは神々しい印象を受けました。

「融」は世阿弥作で、「能らしい能」と言える曲だと思います。無駄なものを全て削ぎ落とし、この上なく美しい詩情にあふれた世界観を作り上げる。ここ数年、友人たちと一緒に粟谷能の会を観てきましたが、船弁慶、道成寺、正尊、安宅、と続きましたので、他の能の会を観ていない友人などには今回のような優美な能はかえって新鮮に映ったようです。

「白田村」と「融」の共通点について書きますと、前場で旅の僧(ワキ)が東国から京の都に上り、老人(シテ)がワキに名所を教えるところ(名所教え)はそっくりな設定です。また、旅僧の装束が着流し、後シテの装束が狩衣、女性が登場しない、などの共通点があります。

「白田村」は春の夕暮れ、若者が武勇伝をはつらつと語る、「融」は秋の夜、老人が昔を懐かしんで語る、と言った相違点もあります。ある意味、共通点が多い分、相違点がより際立ち、全く違った印象を受けるのも事実です。演じる方も意識的か無意識かはわかりませんが、「つかないように」ベクトルを逆に向けるようになることもあるのではないかと思いました。

名所教えの場面は「白田村」より「融」の方が多くの名所を紹介します。そのため「白田村」では名所教えがあっさり終わった印象がありました。「融」の方はじっくり何ヶ所も名所を教えるので、なんとなくこちらも教わっているような気分になってきます。

舞台上での方角は流儀により決まっていて、喜多流の場合は揚幕の方向が東となります。観世流などは逆に西になるそうです。方角が違うために流儀ごとの型に違いが生じるというお話は面白いと思いました。喜多流ではシテが登場して定位置についてから揚幕の方を振り返り月を見る型があり、観世流でやると月の方向が逆なのでおかしいことになります(明生さん談)。

ワキとシテが舞台上でそれぞれの方角に体の向きを変えながら、名所について語るのですが、その時、思わず私もその方向を見て、音羽山や清閑寺をまぶたの裏に思い描いていました。観客で埋め尽くされた見所全体が秋の野山や寺社に見えてきました。これまで能舞台上に自分の頭に描いたイメージを投影することはありましたが、観客席にまで脳内イメージが広がったことは今回が初めてで実に面白い体験でした。

「融」では常と異なる演出が多々見られました。例えば、ワキの登場は、通常ならば名乗り笛で登場し本舞台上に到着してから謡い始めるところ、今回は「思立之出」(おもいたちので)という演出で、揚幕が上がるとすぐに「思い立つ~」と謡い出して橋掛かりを歩みます。これは先日の「旧雨の会」で森常好さんがなさっておられたのをご覧になった粟谷明生さんが常好さんに今回も、とリクエストされた演出で、私もとても素敵な出方だなと思いました。

それと、早舞の時、クツロギという舞の途中で橋掛かりへ行き月を見てしばしお休みする演出、笛がいつもと異なる演奏をするところ。また、シテが最後に退場する際に揚幕の手前で本舞台の方を振り返って見るところ(明生さん曰く、未練を残しているのだそうです)など、いろいろな工夫や演出があって、「融」は元々面白い曲だと思いますが、いっそう興味深く拝見しました。

後場が良かったという友人が多かったですが、私は前場がとても良かったと思います。先ほど述べた名所教えの場面で世界がワイドに広がる感覚を得たことや、老人であるシテが変わってしまった自分を嘆く気持ち、喪失感のような思いが、謡い、仕草、表情(面の角度)から切ないほどによく伝わってきました。
また、森常好さんと粟谷明生さんの美声(私が現役能楽師二大美声だと勝手に思っていまして。笑)には、今回も惚れ惚れさせられました。

ところで、ワタクシこれまで能をたくさん観てきましたが最近何となく気になっていたこと、・・・それは「心が震えるほど感動することが極端に少なくなった」ということです。その答えの一つが、今回の「融」を観て導き出された気がしました。

事前講座に参加したり、演者に直接お話を伺ったりして予め知識を得ておくことは、普通なら難しく感じる点が理解しやすくなる手段としてはとても良いのですが、あまり手の内を知ってしまうと感動が薄れてしまうというのも少しあるのかなと思いました。
きっと今回の「融」は何の予備知識も無く見ていたらビックリの連続だったんじゃないかな、と思いまして。そして終わった後にスゴイもの観ちゃったな~という感動が押し寄せてきたのではと思うのです。だけど、観る前にいろいろ知っておきたいという思いも捨てがたく・・・。

知りたい欲求と、感動したい欲求のせめぎ合いで、落とし所が難しいところです。事前鑑賞講座は明生さんとゲストのトークが毎回とても面白いですし、初心者よりは能をよく見ている人にとって興味深いお話がたくさん出てくるので、講座それ自体は非常に価値があると思うんですよね。だからこれからも講座には参加するつもりです。その代わり、森常好さんが仰っていた「言葉の意味に囚われてはいけない。自分でイメージして感じることが大切」というメッセージは本当にその通りだと思いますので、忘れずに心がけて行ければいいのかなと思います。

狂言「鎌腹」は野村万作さまがシテで、大部分が独り芝居であるため、味わい深い熟練の芸を楽しむことができました。和泉流の演出だからなのか万作さまだからなのかはわかりませんが、ちょっとしんみりしてしまい、友人の一人は「あまり笑えなかった」と申しておりました。

狂言といえば笑い、というイメージですが(実際、多くはその通りですが)、万作さまほどの芸域の境地に達すると、笑いに限定せず人間の内面を描写している演目の方がより真価を発揮なさる(このような言い方も僭越なのですが)ような気がして、また実際にそういう演目に出演なさることが多いので、ワタクシは万作さまに対してはいつでも笑いというより胸キュンです(笑)

ところで、揚幕を上げるタイミングはシテが決めるものですが、「鎌腹」のようにシテが追いかけられて橋掛かりに駆け出すような演目の場合は、客席の様子を伺って決めるのだそうです。客席がざわついていたり、いつまでも席に着かない観客がいるとなかなか幕が開けられないそうですよ(という話を今回初めて聞きました。時間が着たら勝手に始まると思っていましたが違うのね(;´Д`))。開演ブザーが鳴りましたら速やかに着席して静かにしませう(←ワタクシのことです。スミマセンでした<(_ _)>)。

能の場合はお調べが聞こえてくるのでこの後すぐに始まるな、とわかるのですが、狂言は突然幕が開いて始まりますので、能と狂言の間に休憩を入れない番組編成になりがちなのはそのせいもあるのかな、と思ったりもしました。

次回の粟谷能の会は100回という節目を迎え、大曲「伯母捨」と「石橋」(半能)が上演されます。次回はまたバランスを考慮した選曲となりましたね(笑)。噂によるとパーマヘアのお獅子が出てくるとか!楽しみにいたしましょう\(^O^)/

第99回粟谷能の会
2016年3月6日(日) 12:45~17:00 @国立能楽堂
<番組>
「白田村」 シテ 粟谷能夫
「鎌腹」 シテ 野村万作
「融」 シテ 粟谷明生

事前鑑賞講座の模様はこちら
第99回粟谷能の会 事前鑑賞講座 写真コレクション

旧雨の会

「旧雨の会」を拝見しました。

一作年12月に57歳という若さで早世された太鼓方金春流23世宗家・金春國和氏を偲び、またご子息の24世金春國直氏を応援する会。

最初に國和さんを偲ぶプレトーク。和やかな雰囲気で時折笑いも交じえながらもやはり切なくてホロリ。

独鼓、一調、仕舞、舞囃子、半能。

能以外の演目の方が長い時間を占めます。能をよく観ている人が好みそうな少し渋い番組構成。

今回お集まりになった能楽師さんの多くは國和さんと同世代、50代60代の方々。体力と表現力のバランスが最も良く安定感があるのである意味安心して拝見することができる世代です。

先日の能楽シンポジウムで野村萬さんが「老・壮・青」の三世代のうち最も大事な世代と位置づけられていた「老」を助け「青」を導く「壮」の世代。
國和さんは能楽師として最も充実の時期を迎え中核を成すべきその世代で亡くなられたのだと思うと本当に惜しく残念なことだと思いました。

さてその安定感ある世代である皆さまの芸を拝見しながら、今回は良い意味で心乱されたのです。みるみる惹き付けられ胸の鼓動の高鳴りを押さえられず鳥肌が立つような思いで観てしまいました。
皆さまそれぞれに気持ちの入り方がいつもとは別次元に思えました。國和さんへの熱き友情の思いと國直さんへのエールがこちらにもひしひしと伝わってきたのです。

能楽師さんが流儀や役を超えて個人的に集まりこういった会を催したということがたいへん素晴らしいですし、この空間と時間を共有できたご縁をありがたく思いました。観に行って良かったと心から思える会でした。

能楽シンポジウム「江戸式楽、そして現代」

能楽協会主催シンポジウム「江戸式楽、そして現代」に参加して参りました。

豪華出演陣の半能「石橋 大獅子」を観ることができたのと、戦後の能楽界の歩みをご自身の経験や活動の話を交えて語られた野村萬さまによる素晴らしい基調講演を聴くことができまして、なんとこれで無料ですよ!!びっくりぽん!

パネルディスカッションは、私の期待していた内容とちょっと違っていて(てっきり「式能」の話が中心なのかと思っていた)、オリンピックの話や海外へ能を広める方向性の話になってました(パネリストが元東京五輪招致委員会CEOと元外交官だったんだから気づけよワタシ~)。最初は出演者としては名前が載っていなかった観世喜正さん(萬さまの要請で急遽ご出演)が、萬さまに話をふられる度にうまく話をまとめてくれていたのがとても良かったと思います。

そんな中で配られた資料に、昭和39年東京五輪での「オリンピック能楽祭」の番組が載っていて、それが10日間も催されていたという夢のような事実にワタクシもう目が釘付けに…!2020年も20日間くらい連続でやらんかなーと思ったりして(笑)

野村萬さまの基調講演はとても面白かったです。能楽協会の発足準備がまだ戦時中であった昭和20年6月から始まっていたことや(設立認可は終戦後の9月)、昭和26年に催された第一回「能楽賞の会」で故・観世寿夫さまが第一位、萬さま(当時の名は万之丞)が奈須語で第二位だったこと(そして審査員の先生方が明治生まれの怖~いお歴々だったとか。笑)、能楽師が能狂言以外の演劇に出演するムーブメントが起きた頃の話(千作さま・千之丞さまが能楽協会を除名されそうになったり!)、などなど興味深い話がてんこ盛りでした。

ディスカッションでの萬さまのお話も面白かった。フランス人のジャン=ルイ・バローに能の真髄を教わってしまったお話なんかも(笑)。あと、現在毎年催されている式能は時間が限られているので選曲が難しく、いかにも能らしい能を上演することができないのが悩みであるそうで。確かに一日に翁付きで能五番狂言四番やりますから、どうしても一曲一曲が短い演目になってしまうんですよね~。

萬さまがディスカッションの最後に仰っていて特に印象的だったのは、伝承を考えた時「老・壮・青」の三つの世代のうち「壮」が最も大切である、という主張です。そして観る方々も「壮」の世代に注目してくださいと仰っておられました。観客としてはどうしても華やかな若者か国宝級の重鎮に目が行ってしまいますものね~。でも「壮」の世代こそ「老」を助け「青」を導く重要な役割であると。うむ、確かに!

また、基調講演の最後に萬さまは「能楽は常に人々と共にある芸能」と力強く二度繰り返されました。またこれからの時代の伝承のためには「民」が重要であるということも。主体として活動される能楽師さんたちはもちろん努力し続けるでしょうが、観客としての我々も能楽を支えていかにゃーならんですね。50年後、100年後のためにも!