「能・狂言」カテゴリーアーカイブ

謡曲会

お能の発表会でした。
単衣のシーズン、昨年の発表会の時と同じ着物を着るつもりだったのですが、前日のお稽古に着ていった赤い着物を見た母の「その着物の方がいい!」という鶴の一声で急遽変更することに。その着物は私が着付けを習い始めたときに練習用に母からもらったもので、帯もその時に一緒に送ってもらった紅葉の柄の名古屋帯をすることに。しかし奇しくも発表会の仕舞の演目は「紅葉狩」。着物の色も帯の柄も演目にピッタリと見に来てくださった皆様の評判も上々だったので、この着物にして本当に良かったです。

ところが最近半幅帯ばかりしていて、お太鼓久々だった上に、この名古屋帯が少々長めでしかも変なところに折り目が付いてしまっていたので、結ぶのにえらく時間がかかり、発表会に遅刻しそうになってヒヤヒヤしました(^^;)

発表の方はというと、仕舞「紅葉狩」は前日のお稽古でシテ謡の詞章をど忘れしてしまい意識しすぎてしまったのか、本番では音程が上ずってしまいました。舞の方はなんとか一通り舞えていたようです。後で師匠にお伺いしたところ、特に型を間違えたところはなかったとのこと。隅まで歩くところもう少し先まで歩くべきというご指導だけ頂きました。

素謡「土蜘蛛」は胡蝶の役でした。初めての弱吟で難しかったですが、上手に謡えると気持ちの良い役どころ。上手く謡えたと思います。土蜘蛛は登場人物も多くて謡っていてとても楽しかったです(胡蝶は前半しか出てきませんが…^ ^ ;)
もっと上達したらこの曲の地謡を是非やってみたいです。

ちなみに前半だけ謡って後は聞いているだけの状態になったとき、そんなに時間が経っていないのに足が痛くなって終わったときに痺れて立てなくなったらどうしよう~とそればかり考えていました。板の間に二時間とか座りっぱなしの地謡って凄いんだな~。

ともかく何とか無事に終わり、母と伯母、それにたくさんの友人達も見に来てくださって、本当に幸せでした。発表会の直前1ヶ月くらい思うように練習時間が取れず柄にもなくナーバスになっていたのですが、師匠を始め皆様の励ましやご声援のおかげで本番では舞台を心から楽しむことができました。皆様、応援ありがとうございました!

日経能楽鑑賞会「咲嘩」「求塚」

日経能楽鑑賞会は、日本経済新聞社が開催する喜多流の友枝昭世さんと観世流の浅見真州さんのおシテで同じ演目を二日間に分けて競演する会で、今年で第八回となります。狂言についても同じ和泉流ではありますが、野村萬さん、野村万作さんがやはり同じ演目でそれぞれおシテを勤めます。比べっこが好きな私には嬉しい会ですが、平日で開演時間も早いということで、なかなか両方観るのは難しく。今回は一日目の喜多流を観に行って参りました。

狂言「咲嘩」(さっか)

太郎冠者が主人に伯父を連れてくるよう命じられたがひょんなことから咲嘩(詐欺師)を連れてきてしまう。主人は咲嘩を穏便に帰そうとするが、太郎冠者が馬鹿正直さを発揮して主人をヤキモキさせる話。
野村万作さまが演じる太郎冠者は設定では馬鹿キャラなんだけど、最終的には主人をおちょくっているような流れになっていきとても面白かったですぅ~(*´▽`*)

能「求塚」(もとめづか)

《ざっくりあらすじ》
二人の男に求愛された女が態度を決めかねて二人を勝負させるが決着がつかず、女は自らの罪を感じて入水する。女は地獄に墜ち責め苦に見舞われる。旅の僧が女を成仏させようと祈りを捧げるが・・・。

このお話、たぶん観た人ほとんどが感じることは「女は地獄に墜ちるほど悪いことしてないじゃん!」…だと思います。

女は二人に結婚相手としての決め手がないことから、生田川の鴛鴦を射た方の求婚に応じると言います。二人が射た矢は同時に一羽の鴛鴦に命中します。あらあら困った、決まらない。ここでPK戦サドンデス方式なら決まるまで何度でも対決させられますが、そう何羽も鳥を射るわけにもいきませんよねー。女は鴛鴦を犠牲にしてしまった罪悪感から自らの命を絶ってしまうのです(だったら最初からそんな勝負させなきゃいいのにね…(´ヘ`;))。

入水した女の遺骸が引き上げられ、求塚に葬られます。女の死を知った二人の求婚男たちは、塚の前で刺し違えて二人とも死んでしまいます(←ここちょっと不思議です。なんであんたらまで死ぬの!?)

自殺した女は地獄に墜ちます。女はなぜ地獄に墜ちなければならなかったのでしょう。当時の仏教思想では、そもそも女は成仏できないものらしいですよ。女であること自体が罪であると考えられていたのです(んまぁ、理不尽な!ヽ(゜Д゜)ノ)。ましてや罪もないオシドリを愛を試す道具にして殺してしまい、男二人を手玉に取り(?二股かけてたわけではないんですけど)終いには死なせてしまった罪は重い。それで地獄に墜ちてしまったのでしょう。

地獄で女は二人の男の霊から責められ、犠牲にしたオシドリから攻撃され、そのうえに様々な八大地獄の責めに遭います。

女は思ったでしょう。「なんで私がこんな目に!?」たまたま二人が同時に求婚してこなければこんなことにはならなかったのです。輝かしい未来が待っているはずだった若く美しい女性には思いも寄らなかった運命。晴天の霹靂とはこのこと。

現代なら、どちらも振ってしまうか、とりあえず二人ともとつきあってみて良い方を選ぶ、ということもできたでしょうが(笑)

さて、お能の方ですが、おシテは人間国宝の友枝昭世さまです。好きな能楽師さんの一人です。求塚は重い曲ですが過去にも何度か勤められている模様。

前場は菜摘女の姿でツレ2名と一緒に登場してきます。旅の僧(ワキ)が求塚の所在について尋ねますが、さあねぇ~わからないわ、アタシたち忙しいのよん、と軽くあしらわれたり。この辺、キャピキャピとした(←死語?)若い女のグループがおじさんをからかっている(?)感じで季節も早春で明るい雰囲気です。

ツレとワキのやりとりの間、シテは何やら曰くありげな様子を醸して佇んでおります。

ツレ2名が退場してシテだけが残り、なにゆえアナタだけ残ったの?という僧の問いに、女が昔話を始めますが、最初は他人事のように語っていたのが、実はそれは私の話なのよ~という流れになり、空気が一変します。(この辺、二人静で静の霊が憑依する展開に似ています。同じ菜摘女だし~)

自分の話を語り終えた女は舞台中央に設置された作り物(求塚)の中に入ります(中入り)。

塚の中のシテがお着替え(=後見が着替えさせている)中、間狂言の野村萬斎さまが登場し、女と二人の求婚者の話をより詳しく説明します。要は同じ話のおさらいなのですが、シテの謡に比べるとアイの語りの方が言葉がわかりやすく、またシテの謡では語られなかった内容を若干補足していたりしますので、観客にとっては理解の助けとなります。

ワタクシ、アイが出てきて話し始めると前場の緊張から解き放たれ少しリラックス気分になり、姿勢を崩して体をほぐしたり、時には居眠りしちゃったりすることもあります(狂言方の皆様、ごめんなさ~い_(_^_)_)。
しかしながら、近年の萬斎さまのアイはとてもよろしいので常にしっかと観ております。今回地謡でご出演された粟谷明生さまが「萬斎氏の語りは、単なる物着時間稼ぎの境地を離れ、ひとつの演劇として成立していた」と仰っていましたが、全くその通りだと思います。
以前にある狂言方さんが「経験を重ねるにつれ間狂言の方にこそやり甲斐を感じるようになってきた」と仰っていたことがあり、確かに派手なアクションで補えない分、語りの力量が問われる役なのかもしれないな~と思いました。

さて、お話も終わり(着替えも終わり)、後見が作り物の真後ろにいったん着座します。お囃子の演奏が始まり、じきに中からシテが謡うのが聞こえると、後見が作り物の引き回し(周りを覆う布)を外します。すると、前場では小面をかけていたシテが地獄の女を象徴する痩女という面をかけて登場します。この瞬間、シテの居場所である作り物は求塚から地獄の火宅へと変わったとみなしましょう。

痩女…。中年女の顔のように見えますが、本当は若くして亡くなった女性です。しかし地獄の責め苦に遭って弱り果てすっかり痩せこけてしまったということなのでしょう。

僧が可哀相に供養してあげますと言うと、女はありがたや~と嬉しそうにしますが、その直後、いきなり恐怖に満ちた態度に一変し地獄の責め苦を描写し始めます。ここからの昭世さまの演技は、能にしては珍しくとても写実的でありました。はっと体を引いてみたりビクっと驚くような仕草を見せたり、身体全体を使って自分の身に起きていることを一つ一つ表現していきます。

謡も地獄の責めの苦しさ耐えがたさを生々しく伝える迫力ある詞章であります。二人の男の亡霊それぞれから左右の手を引っ張られて責められ、犠牲にしたオシドリは恐ろしい鉄鳥に姿を変え、女を猛攻撃します。女は鉄鳥のクチバシで脳天を突かれ脳髄を吸い取られます(ひえぇぇ~~~~(((;゚д゚))))。逃げようとしても前は海、後ろは火焔、逃げ場がなくてすがりついた柱もたちまち炎となり体は焼かれ、地獄の鬼どもに鞭で打たれ、八大地獄の全ての責め苦を負わされ、ついには無間地獄の底に上下逆さまに落とされます。シテは必死にワキに助けを求め、ワキも読経し続けますが、願いも空しく、シテは再び火宅(地獄)へと戻ってゆきます。

地獄のすさまじさを表現するために、地謡はかなり激しい感じで謡うのかな~と予想していたのですが、今回、少々抑えめに謡われていました。ちょっと意外でしたがこれがかえって良かったように思えました。地の底から響くような抑えめの地謡が、少しばかりの罪に対して過剰なほどの罰を受けることになった不条理さや、耐えがたい地獄の苦しみが未来永劫続く絶望感をひしひしと感じさせる効果を与えていました。

私には地謡がまるで読経しているように聞こえました。実際に読経しているのはワキなのですが、そんな読経で八大地獄の罰に値する罪深さを救うことなど不可能なのだと突きつけられるかのように・・・。

一般的な能のストーリーには、シテが救いを請う→ワキが供養→めでたく成仏\(^O^)/…というパターンが多いように思いますが、その場合は地謡も元気よく謡ってパァーッと気持ちよく終わることが多いです。しかし、今回は成仏できなかったどころか、再び苦しみの世界に自ら戻っていくのですよね。地獄の責め苦の様子を恐ろしげに描写しながらも、シテの救いを求める気持ちから諦観や絶望感へ至る心の変化がよく表れていました。何とも心が痛くなる結末です。

求塚、奥が深いですよね~。比較のために二日目の観世流も観てみたかったですね。でも、あまりに救いがなく凄惨極まりない重すぎるお話なので、二日続けて観るのはちょっとエネルギーが要るかもしれません。

称名寺薪能

昼間、鎌倉観光をたっぷり楽しんで、一路横浜へ。目的地は金沢文庫駅から歩いて一五分のところにある称名寺です。GW期間中はライトアップしているとのことで、ライトアップした橋や建物をバックに薪能が見られるということで、期待が高まります。

地元のための催しということで、区役所窓口でチケット販売されており、良い席は窓口で買うのが一番なのでしょう。ネットで買ったせいか、かなりの後方席。しかも、私の一つ後ろの列からは一段高くなっているのに、最前列から私の列までは全く段差が無く。もう一つ後ろだったら良かったのに・・・(´・ω・`)

なんだか雨が降りそうなビミョーな天気になってきました。寒っ!薪能では絶対に忘れちゃならない防寒対策を全くしてこなかった(ーー;) ダウンを着ている人もちらほら。まずいな、こりゃ。

最初に横浜副市長の挨拶があり、次にこの地域の子供達や一般の素人さん達の謡が披露されます。子供達も全員着物でかわいい♡ 謡っている最中に遠くから唄声が聞こえてきます。何か別の催し?薪能をやる日に別のイベントを重ねるなんて気が利かないなと思いました。せっかく謡っている声が全く聞こえません。

素人さんの謡が終わると火入れ式です。この薪能にずっと参加しているという地元の方が火入れ奉行を勤めます。火が本堂から運ばれてくるのですが、先ほどの唄声がだんだんこちらに近づいてきます。あれ?別の催しではなかったの?そして松明の火と一緒に法被姿のいなせな男達が唄いながら会場に入ってきたのです。どうやら地元のきやり保存会の人達で木遣り唄のようです。儀式の一環としてこの行列行進を入れたのでしょう。しかし、素謡の最中にいれたのはいかがなものでしょう。謡っている最中に別の音が入るなんて普通の謡曲会や発表会ではありえませんぜ。せっかく習った成果を披露しているのにはっきり言って邪魔。せめて発表が終わってから、火入れの行列を始めれば良かったのではないかな?

火入れ式が終わり、仕舞、狂言「蚊相撲」能「放下僧」と続きます。天候の関係で休憩はなしになりました。、確かに雨降りそう。あるいは謡の発表と木遣り唄がかぶったのも、時間を短縮するためだったのかもしれません。運営側の苦労がしのばれます。しかし、寒い中であるからこそトイレ休憩はしっかり確保して頂きたかったと思います。トイレが会場内に無く、いったん会場の外に出ないとならないので、休憩を設けると戻ってくるのに時間がかかり、予定が押してしまう懸念があったのかもしれません。

雨が降ってきたら、もっと悲惨なことになるのはわかっていますが、観客には不親切な対応だったと感じ残念に思いました。

肝腎のお能ですが、前の人の頭でほとんど舞台が丸ごと見えませんでした。段差の無い列のお客さんは皆、右か左に頭を傾けて必死に見ようとしています。椅子もすこしずつずらすように配置して、前の列の頭と頭の間から見られるようにすればいいのに・・・と思いました。私はもう観ようとするのを諦めて、聴くことに専念、一度見たことがある演目なので、今あれやっている、これやっているとひたすら想像です。

幸運にも結局雨は降らず。美しいライトアップを堪能して参りました。次に見に行く機会があったらぜったいに正面席の前の方を取ろう!

金剛流定期能 「濯ぎ川」「二人静」@セルリアンタワー能楽堂

4月20日(日)午後13時開演 セルリアンタワー能楽堂
解説 金子直樹
狂言「濯ぎ川」 
 男 茂山千五郎 
 女 茂山茂 
 姑 茂山正邦 
能「二人静」
 シテ(女/静御前の霊)金剛永謹 
 ツレ(菜摘女)    金剛龍謹
 ワキ(勝手明神神職) 宝生閑(工藤和哉休演につき代演)
 アイ(従者)     松本薫 
 笛 藤田次郎 小鼓 森澤勇司 大鼓 亀井実
 後見 宇高通成 廣田幸稔 豊嶋幸洋
 地頭 今井清隆

○狂言「濯ぎ川」

60年前に劇作家の飯沢匡さんが作られた新作狂言だそうです。飯沢さんが大蔵流に贈られたそうで、また、最初に上演した茂山千五郎家でしか実質上演されていないとのこと。茂山家は京都の狂言方なので、東京での上演機会は少ないため今回はとても珍しいものを観られたと思います。

<あらすじ>
嫁と姑にいつも用事を言いつけられこき使われている婿がいた。川で洗濯をしていると、嫁と姑が入れ替わり立ち替わり現れて、まだ終わらないのか、愚鈍な男だ、などと罵倒し、他にもあれしろこれしろと次々と用事を言いつける。たまらなくなった婿は、やるべきことを紙に書いてもらい、それ以外のことはやらないという約束をとりつける。婿が洗濯をしていた小袖を川に流し、流された小袖を取りに入った嫁が流されて溺れそうになるが・・・。

この後の展開は想像がつきますよね(笑)

新作狂言ですが、伝統的な狂言の形式をしっかり踏襲した演目です(言われなければ新作とはわからないほどです)。とても楽しく拝見しました。嫁と姑が最強で、入り婿の立場では頭が上がらないなんて、今も昔も変わらない永遠のテーマですよね。婿が「さてもさてもわわしい女どもかな」と忌々しく言うところ(しかし嫁姑に直接は言えないところ)など、見所の男性のお客さんもわかるわかるみたいな顔して見てました(笑)

○能「二人静」

今月初めの夜桜能で観世流の二人静を観ました。
夜桜能 第三夜 「二人静」

あらすじはこちらに書きました。
琵琶と語りと夢幻の世界

本日は金剛流の宗家と若宗家の親子が二人の静を舞います。親子だからでしょうか、声質も体格も似ていて息もぴったりです。

観世流で見た時は、静の亡霊が床几(葛桶)に座って菜摘女が一人で舞う場面があったのですが、今回はなかったです。ひたすら相舞です。流儀の違いなのか演出の違いなのかはよくわかりませんが、全然違っていて面白いと思いました。観世流と同じく二人は全く同じ装束をつけて舞います。長絹の紐の色と扇の柄が若干違っていました。それ以外は全く一緒。身長差がそんなになかったので、目を離してしまうと本当にどっちがどっちなのかわからなくなりそうです(笑)

二人静はもちろん舞が見どころの曲と言えますが、菜摘女が神官に報告している最中に静御前が取り憑いて途中から急に静御前の語り口調となる場面などはお芝居として観ても面白いところです。今回は取り憑く前後で極端に声色が変わったりはしなかったのですが、変わる瞬間のタメが絶妙でした。その一瞬のタメによって、アッここで取り憑いた!と観ている者がわかるのです。すごいなぁ。

しかし菜摘女に取り憑いたのに、さらに自分自身も出てくるとは、よほど供養してほしかったのねん。静たん。(´・ω・`)

おワキが工藤和哉さんの予定でしたが休演とのことで、宝生閑さまが代演されました。思いがけず閑さまを拝見できたのは嬉しいですが工藤さんは体調でも崩されたのでしょうか。心配です。

さて、セルリアンタワー能楽堂ですが、東急ホテル内にある能楽堂です。実はこれまで御縁がなく一度も入ったことがありませんでした。こじんまりしていますがしっかりと能楽堂です。ホテル内の施設なので瀟洒な感じです。お手洗いも広くて化粧スペースも独立していて使いやすくありがたいことです。スタッフさんの対応も丁寧に行き届いていてとても気持ちが良かったです。ここで結婚式もできちゃうみたいですよ。今回初めて入りましたので、許可をいただき舞台と見所の写真を何枚か撮ってきました。

国立能楽堂 4月定例公演 「酢薑」「海士」

4月18日(金)18:30開演 国立能楽堂

急に予定がキャンセルとなりヒマになってしまったので、冷たい雨の中、ふらりと国立能楽堂に来ちゃった私。ふらり能楽堂のときは一番安い席と決めています。中正面席2430円(あぜくら会価格)。でも右端でほぼ正面席と変わらぬ見やすい位置。ラッキー☆

国立能楽堂の主催公演は、週末だと満席のことも多いのですが、本日は平日夜のため、しかも雨だからか空席が目立ち、がらすきでもないけど閑散とした雰囲気。通常の公演より外国のお客さん比率がとても高かったです。チケットがお安く英語字幕ありだからでしょうか。

見所でマナーの悪い人と遭遇してしまい残念だったのですが(※)こうして舞台を思い返してみると今となってはどうでもいい話になりました。良い思い出だけを残し、悪い思い出は忘れましょう!

※その話はこちらに詳しく(能楽堂で隣り合う人を選べないがために若干満足度が下がったという話)

○酢薑

薑売りと酢売りが出会い、自分こそが商売司と、お互いの商売物の由緒を自慢し合い、さらに薑の辛いの「から」と酢の酸っぱいの「す」がついた言葉を言い合って勝負します。二人は街を巡りながら目に入るものを次々とテンポ良く言葉にしていきます。競っているつもりがお互いの優れた秀句に感心して笑ってしまう。交互に秀句を発しては二人で大笑いする繰り返しでなごやかな良い雰囲気に。意気投合した二人は最後は一緒に商いをしようと言い笑って別れます。

他愛のないやりとりですが、対立していた二人がすぐに仲の良い雰囲気になり、リズミカルな言葉遊びも楽しく、最初から最後まで温かい笑いにつつまれていました。

薑(はじかみ)とは生姜のことですが、辞書をひいたら古には山椒のことだったらしいです。どちらも辛いのでどっちでもいいですけど!

シテ(酢売り)が三宅右近さん、アド(薑売り)が石田幸雄さん、同じ和泉流ですが、家が違うのでこのお二人の共演はちと珍しかったです。
このあと石田さんは野村狂言座にご出演のため、宝生能楽堂へ移動してハシゴ出演されたはず。お疲れ様でした!

○海士

観世流なので「海士」ですが、他流では「海人」と書きます。読み方は「あま」です。おシテは浅見真州さま。

淡海公(藤原不比等)との間にできた子の立身出世のために自分の命と引き換えに龍宮から宝の玉を奪還した母のお話。

このお宝奪還のエピソードを語る箇所は「玉ノ段」と呼ばれ仕舞でも観る機会が多く、舞・謡ともに見どころ聴きどころの場面です。

母は剣を手に龍宮に飛び込み、三十丈の玉塔に籠められ龍王や悪魚・鰐たちに守られた玉を奪います。剣で乳房の下を掻き切って奪った玉を押し込め(うひゃあ!痛そう…)死んだと思わせて追っ手を惑わし逃げきります(龍宮の連中が死人を忌み嫌う習わしを利用して死んだふりをし、あらかじめつないでおいた命綱を地上の人々にびゅんと引っ張ってもらう。頭いいなこの人は)。壮絶すぎまする!結果母は死んじゃうんですけど、宝の玉は無事に淡海公の手に渡ります。我が子の将来のために母は命をかけたんですね。すごいな、この母は!

母の望み通り大臣となった藤原房前が母の供養のため讃岐の志度の浦を訪れたところ、一人の海士が現れ(房前の母の亡霊)、水面に映った月が観たいから邪魔な海中の藻を刈ってきてよ、と頼まれ、そういえば昔も海に潜ったことがあった、と語りだすのが先述の玉ノ段の箇所。房前は海士が自分の母の霊だと知り、追善法要の管弦講を催すことにします。

中入り後に海士は龍女に変身して再登場!早舞といって通常は貴人の男性などが舞うかっこいい舞を舞います。本日は《懐中之舞》という小書(特殊演出)つきでしたので、後シテの龍女が懐中に経典を入れたまま舞い、舞い終わったあとに経典を房前に渡します。小書なしの場合は、舞う前に渡すそうです。
経典を懐中に入れたまま舞うことで、御経の力で成仏できた感がより一層増すのでしょう!御経ありがとう!おかげで成仏できたわ、いえぇーーい!という喜びにあふれた様子でノリノリで舞うシテ。子供にも会えたし、もう思い残すことはないことでしょう!

房前大臣の役は子方が勤めます。今回は谷本悠太郎くん、まだ6~7歳くらいの小さい子でした。1時間50分ほどの長丁場、床几に腰かけているとはいえ、最初から最後までじっとしていなくてはならず、しかも子方の型やセリフが多いこの曲、かなりたいへんだったと思います。やはり後半はちょっときつそうだったかな。しかし最後まできちんと勤めあげました。受け取った経典をたどたどしく巻き巻きする様子がかえって微笑ましかったりして。子供は可愛いというだけで全て許されますですネ。

強き母(海士/龍女)が最初から最後までかっこいいこの曲、たびたび観たいと思わせる演目であります。

野村狂言座「蟹山伏」「花盗人」「六人僧」

4月17日(木) 18:30開演 宝生能楽堂

○解説

本日の解説(※)は野村萬斎さまです。解説は万作の会の皆さんが持ち回りでなさっていますが、誰なのかは当日行ってみないとわかりません。(※)解説者が誰であるかはチケット予約サイトでわかるそうです。(ひろみさん情報ありがとう\(^_^)/)
18時30分と早い時間に始まるこの公演、解説に間に合わないことも多いんですが、本日は半休とって会場前に到着、間に合って良かったぁ。

さあ、今回、初めて知ったことは、和泉流は謡本を刊行できないそうで。理由は家元がいないから(へぇ~)。古本屋でしか手に入らない、と萬斎さま。確かに能楽堂で和泉流の謡本は見たことないわな。

さてこれ以降、萬斎さまの解説の内容も織り交ぜまして、各演目の感想などを。

○小舞「海老救川」「田村」

「海老救川」、各地の川の名とそこで獲れるいろいろな海老の名が出てくる楽しい曲です。萬斎さまが子供の頃、初めてお稽古した時に、謡の最後の一節で吹き出したと仰っていたので、一所懸命謡に集中して聴いていたら「海老のハナゲ」という文句が!鼻毛!?海老の触覚のことらしいです。いかにも小学生男子のツボにハマりそうな単語ですよね(笑)

「田村」は能から逆輸入した曲である、と萬斎さま。我々には狂言は能の先行芸能であるという意識がある、と仰っていました。確かに現在では狂言は能の添え物扱いになっているようなところがありますから(狂言の間に休憩している観客も少なくないですし…)それに対する反発があるようですね…。

○狂言「蟹山伏」

山伏物の演目は少ないが人気があってどれもよく上演される、と萬斎さま。

山伏と強力が山で正体不明の化け物と出会い、化け物がかけた謎かけを解いて蟹の精であると見破り退治しようとするが、逆に二人とも耳を挟まれてしまう。

各地に蟹問答の民話や伝説が残っています。謎かけを挑んで答えられなかった僧侶を次々と殺していた化け物を、ある僧侶が謎かけを解き蟹の精の正体をあばいて退治した、という話です。
蟹山伏はこの話をルーツにしたと考えられていますが、民話では蟹の精は退治されるのに、狂言では反対にとっちめられるところが面白いところです(しかも殺されるわけじゃなく耳を挟まれる程度なのが微笑ましいですね)。

狂言では蟹の精など人間以外の役の場合に面をかけますが、子供が演じる場合には面をかけないんだそうです。
本日の子方は素人のお弟子さんとのことで、このように時々素人さんにも舞台を経験させているんだそうです。可愛らしく伸びやかに上手に演じていました。こういう経験をきっかけに、将来、狂言師になってくれれば嬉しいですね。

○狂言「花盗人」

他人の庭の桜の枝を盗んで、庭の主人に捕えられ縄をかけられた男。自分の不遇を儚み行為を悔いて涙を流し、桜にちなんだ古歌を詠みますが、盗人の風流な感性に感心した主人が縄を解いてやります。主人は盗人に酒をふるまい、謡や舞で宴となり、二人で桜を愛でます。満足した主人は盗人に桜の枝を与えます。

萬斎さまによると、笑うところはなく渋い曲、大蔵流の方が面白い、と仰っていました(笑)大蔵流はたくさん人が出てきますが、和泉流は登場人物が二人です。しかし、花尽くしの古詩、古歌、小謡、小舞が次々と披露されて味わい深い芸を楽しむことができ、舞台上に桜の花が飾られて春を感じられ、私は大好きな演目です。

万作さまが縄をかけられて、泣くシーン。なんだか最近、万作さまの泣くシーンをよく見ているような。万作さまの泣き姿は本当に可哀そうで見ているこちらまで切なくなります。あぁーーー、泣かないでください、万作さま…。でも、最後にめでたく終わってホッとします。

狂言には対立している者同士が最後に仲良くなりめでたく終わる曲がたくさんあります(もちろん、やるまいぞやるまいぞ~と怒られて終わるのも多いですが。笑)。風流だからと言って許してあげるところなどは心の豊かさや懐の深さを感じます。世知辛い世の中でも気持ちは斯くありたいものです。

○狂言「六人僧」

三人の男が諸国仏詣の旅に出かけるが、道中、絶対に腹を立てないという誓いを立てる。夜、一人が熟睡しているところ、他の二人がいたずら心を起こして、寝ている一人の頭の毛を剃ってしまう。目を覚ました男が二人の仕業に気付いて憤慨するが、腹を立てない誓いを立てたと返されて二人を責めることもできない。男は何とか仕返しをしたいと思う。国元へ帰り、二人の男の妻を訪ねて、夫らは川で溺れて死んでしまった、そのため自分は二人を供養するために頭を丸めて出家したのだと嘘をつく。二人の妻は悲しみ後を追って自害しようとするが、男はそれを止め、出家して供養するのがよかろうと勧め、二人の妻の頭の毛を剃ってしまう。そうして男は二人の男のもとへ引き返し、妻たちが夫は浮気するために旅に出たという噂を本気にして嫉妬に狂い刺し違えて死んだと嘘をつく。二人は最初は仕返しの嘘に違いないと信じないが、男が剃髪して得た妻たちの髪の束を遺髪だと言い差し出すとすっかり真実だと思い込み自分たちも仏門に入る決心をし頭を丸める。ところがじきに二人の男が真相を知るところとなり、妻たちをそそのかした男の妻も尼にしてやろうと息巻くが・・・。

この演目は初めて観ました。和泉流にしかないらしく、あまり上演されない曲のようです。比較的長い曲ですが、ストーリー性があって登場人物も場面展開も多く、たいへん面白かったです。
いい大人がいたずら心を起こして実行しちゃうところはいかにも狂言ぽいですが、ここまで演劇的な展開の曲は珍しいのではないでしょうか。次はどうなるんだろうとドキドキしながら拝見しました。

最初にいたずらされたシテの石田幸雄さんが機転を利かせて二人の男に一矢報いるところ、一枚上手な感じはさすがです。痛快でした!

能楽堂で隣り合う人を選べないがために若干満足度が下がったという話

昨日、セルリアンタワー能楽堂で隣の男性が最初から最後までずっと鼻水をずずずーっとすすり続けていて、マスクしていたので風邪か花粉症だと思うんですけど、せっかくの静寂が破られて幽玄な雰囲気がぶちこわしに。マナーが悪いわけではなく、生理現象は仕方がないと思うんですけど、休憩時間に鼻をかむとか周りに気を遣ってほしかったなと思う。まあ、かんでも出てきちゃうのがハナですが(笑)

まあ、そんなのはまだたいしたことないんです。音のマナーの話は以前(※)にも書きましたが、今回はさらに目が点になるツワモノに遭遇しました。ちょっと聞いてよ奥さん!

※こちらに詳しく(能を観るときの雑音について考えてみた)

金曜日の夜に国立能楽堂の定例公演に行きました。

狂言が始まって5分ほど経った頃、空いていた隣席に若い女性が遅れて到着。

すると彼女、バッグを床に置いたが、バッグの中からスマホをわざわざ取り出してひざの上に置く。オイオイ、ここは電波は届かないよ、意味ないよ、それにスマホの電源を切りなさいよ、と思う私。既に狂言が始まっているにも関わらず、時々、スマホいじっている。チラ見したらLINE(か、その類のチャット)やってる!なんでよ、電波届いてるの?国立能楽堂は携帯電話の電波をスクランブル抑止しているはずなのに!?

思わず画面に目をやるとチャットの会話は中国語。それに一緒にひざの上にのせていた東京の地図、地名は中国語の簡体字で書かれていて、皇居などの観光スポットに手書きでマルしてある。中国語をメインで使う外国からの観光客と思われます。

彼女、たまーに舞台をチラ見するものの、ほとんど最初から最後までずーーーっと下見たままスマホいじってた。

日本に来たのだから何か日本的なものを観たいと思って能楽堂とやらに来てみたのかもしれないけど、途中まで見て退屈になったからというのならまだしも、到着して即刻その調子だったので全く理解できません。他の誰かと一緒に来て本人は乗り気じゃなかったというのならわかりますが、彼女は一人で来てました。いったい何しに来たんだよぅ~。

周りの観客がマナーが悪くてもなるべく気にしないようにしたいんだけど、音を立てなくても画面の光が目に入るし、隣で頻繁にフリック入力されるとやはりどうしても気が散っちゃいます。お願いだから能楽堂の見所では携帯電話使わないでくださいよぅ。使うなら外に出てやって!

国立能楽堂や国立劇場の観客席では携帯電波をスクランブル抑止しています。気になったので終演後に自分の携帯電話とモバイルwifi(ドコモ)の電源を入れてみたら、案の定圏外でした。なるほど全ての周波数に対応しているわけではないのか。マナーの悪い人と隣り合うかどうかは運を天に任せるしかありませんね!

弓矢立合@よみうり大手町ホール開館記念能

先月末、勤務先の1ブロック隣によみうり大手町ホールが開館しまして、こけら落としの能楽公演を拝見して参りました。

中でも江戸幕府が江戸城大広間で行っていた正月3日の謡初式を再現したという演目は初めて拝見しましてたいへん珍しかったのでレポートを書いてみます。

筆記用具を忘れてしまい記憶だけを元に書き起こしたので曖昧な点はお許しください。また、舞台から遠かったためよく見えなかった場面もありまして(始めから言い訳モードですみません)。ご覧になった方、記憶違いの部分、正確さに欠く部分へのご指摘歓迎いたします。

橋掛りより三流の宗家(観世流=観世清河寿氏、金春流=金春安明氏、金剛流=金剛永謹氏)、地謡方(各流3名ずつ合計9名)が入場します。全員が素袍裃に侍烏帽子のお姿です。三宗家が前列、地謡方が後列の二列にずらりと並び、後座(本舞台の後方)に着座します。

続いて半裃姿の男性が1名入場。番組を見ると御奏者番とあります。御奏者番は目付け柱(本舞台前方左端)の位置に立ち、三宗家と地謡の方に向きます。

三宗家、地謡方が一同深々と礼をします。額が床につかんばかりの平伏です。江戸城儀式の再現ですから将軍様に対する礼であると理解。一同が平伏したまますぐに謡が始まります。

観世流宗家による「四海波」。なんと深くお辞儀したままの体制で謡います。宗家のお顔が徐々に赤くなり体が小刻みに震えています。これはとても辛そうです…!

切戸口よりワキ方、囃子方が入場します。素袍裃、侍烏帽子です。ワキは福王流宗家、福王茂十郎氏(なぜ公演プログラムに紹介がないのか!?)。

ワキは観世流宗家の左隣に着座。囃子方(笛・小鼓・大鼓・太鼓)は地謡座(本舞台右手)に着座しました。

番組を見ると観世・金春・金剛の順に三宗家による居囃子、とあります。居囃子とは何ぞや?と思って見ていたら、曲の一部をお囃子付きで謡うものでした。舞は無いので座ったままです。

観世流「老松」、金春流「東北」、金剛流「高砂」の居囃子が立て続けに演奏されます。

観世流の居囃子が終わるとワキ、太鼓はいったん切戸口より退場しました(金春流の居囃子には出番なし)。

そして、金剛流の居囃子が始まる際にワキと太鼓が再び入場します。ワキは金剛流宗家の右隣に着座します。

三流儀の謡を続けて聴くと、流儀の違いなのか個人的な違いなのかわかりませんが、三者三様、各宗家のキャラクターの強さもあってかあまりにも違うのでとても面白く。曲の違いもありますけど、こんなに違うものなんだなぁ~と興味深く聴き入りました。

居囃子が終わった時点で、御奏者番とワキ方、囃子方は一旦退場します。

再び御奏者番が入場し、新たに御使番と呼ばれる二人が入場しました。御使番も半裃姿で、一人は装束らしきもの、もう一人は鬘桶(かづらおけ)を持ってます。

三人はワキ座(本舞台の右手前方)まで行き着座します。御奏者番が鬘桶に腰掛けます。

三宗家が代わる代わる御奏者番の前に行き頭を下げますと、御奏者番は白い装束を宗家の肩にかけます。かけ方はバサッといささか乱暴な感じです。宗家は深々と礼をしています。宗家が定位置に戻ると流儀の地謡方が宗家に装束を着つけます。

白地の装束は裏地が真赤で綿が入っているような分厚さに見えました。遠目からはどてら(丹前)のように見えました。儀式的に意味がある装束なのだろうと思いますが、どてら着たお三方、ちょっと可愛らしかったです(笑)

三宗家にどてら(注:どてらという呼び方は私がそう見えたというだけで、能楽的には違う呼び名があるかもしれませんが知らないのでゴメンナサイ)を渡した後、御奏者番は何やら紙のようなもの(あるいは布?)を床に放り投げました。床に放られた紙(or布)は、金剛流の地謡の一人が取りにきてまた定位置に戻りました。
どてらのぞんざいなかけ方や投げ与えるという行為から察するに、御奏者番は相当身分の高い人であることがわかります(今回は能楽師でなく作家で国文学者の林望氏が勤めていました。江戸時代は老中あるいは大名級の人が勤めたのか??)。

三宗家による舞囃子「弓矢立合」。「弓矢立合」とは「翁」の上演形式のひとつだそうです。能面はつけません。三宗家が舞い始めると同時に囃子方が切戸口より再入場します。

謡は「釈尊ナ釈尊は~」という詞章から始まりました。元々は「桑の弓蓬の矢の政」から始まるもっと長い詞章だったのが、江戸中期から各流で詞章が変わってしまい、途中のこの部分から舞うようになったとお伺いしています。
詞章が同じでも流儀が違えばリズム、スピード、高低や強弱が異なるものと思われますが、意外と違和感はありませんでした。リズムとスピードはお囃子のおかげでおのずと合うのかな?

舞はもちろん流儀ごとの型で舞われているので、謡以上に違いが目立ちます。逆の方向に動いたりしてぶつからないのかな~とか要らぬ心配をしてしまいましたが、きっと事前に申し合わせしてますよね。
三人で舞うと全く違う型であっても不思議とハーモニーのように相乗効果を生んで一つの面白い作品に仕上がっていました。以前に狂言方の和泉流と大蔵流で同じ曲を同時に舞うという企画を観たことがあるのですが、共通している部分+異なる部分があるため、相違部分ではふくらみが出てむしろダイナミックになり、共通部分で調和が取れて全体のバランスを崩さずにまとまるといった感じで意外としっくりきたのを思い出しました。

(すみません、このあたりからかなり記憶がアバウトになってきています・・・全然レポートになってませんね。お許しください・・・)

弓矢立合が終わった後、御奏者番が宗家(観世宗家だったと思う)に布と思しきもの(小袖かな…?)を渡しました。そして、御奏者番はおもむろに自分の肩衣を脱ぎだしました!(何??いったい何が始まるの!?と一瞬焦るワタクシ。袴まで脱ぎださなくて良かった…。←何考えてるんでしょうかね。笑)そして脱いだ肩衣を軽くたたんで床に放り投げました。宗家(だったと思うがどっち?金春?金剛?両方?もはや記憶が…(゚_゚;))が前に進み脱ぎ捨てられた肩衣を拾って戻ります。後ろで二人の御使番も肩衣を脱いでいます。こちらは放り投げずたたんで自分たちのそばに置きます。

囃子方は退場したかもしれないし残っていたかもしれない…。ストリップのパニックでそこまで注意が及びませんでした(*゚∀゚*)

最後に御奏者番、御使番が正先(本舞台中央前方)に進んで客席側へ向いて着座し、後方の三宗家&地謡方を含め舞台上の全員が平伏します。御奏者番が謡初式が滞りなく相済みし旨を、高らかに宣言します。そして全員退場して終了です。

いやぁ、何もかも目新しくて実に面白かった!筆記用具とオペラグラスを持って行かなかったのを後悔しました。能楽堂でなくホールだったせいなのか、リラックスして見られましたねぇ。通常の「翁」で感じるような共に儀式に参加しているような緊張感はなく、好奇心を持って記録映像を傍観しているような感覚でした。

20分の休憩をはさんで、狂言「棒縛」。人間国宝の野村萬さん、野村万作さん兄弟の共演。萬さんの太郎冠者、万作さんの次郎冠者。主人(野村万蔵さん)の留守中にお酒を飲むので縛られてしまった二人がやっぱり策を講じてお酒を飲み主人に見つかって怒られるのがとても楽しかった。このお二人が同じ舞台上で共演するのを何十年ぶりに観たのであろう・・・(たまたま私が観ていなかっただけかもしれませんが、本当に何十年も観ていなかった気がします)。とても嬉しくて涙が出そう。めったに見られないものを拝見し、この場に居合わせられた幸せに感謝です!

最後に能「石橋」。半能でしたので、後半の獅子が登場するところから始まりました。大獅子の小書(特殊演出)がついているので、獅子は二頭登場します。白い獅子が親で赤い獅子が子だそうです。豪快で華やかな二頭の獅子舞で盛り上がり、こけら落としの能楽公演はめでたく御開きと相成りました。

よみうり大手町ホール開館記念能
平成26年4月5日(土)14時開演
@よみうり大手町ホール
<番組>
小謡「四海波」(観世流)
居囃子「老松」(観世流)
居囃子「東北」(金春流)
居囃子「高砂」(金剛流)
舞囃子「弓矢立合」(観世流・金春流・金剛流)
狂言「棒縛」(和泉流)
半能「石橋 大獅子」(観世流)

地下鉄大手町駅直結
地下鉄大手町駅直結

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ホールの舞台上に作られた能舞台

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公演プログラム

夜桜能 第三夜 「二人静」

前夜に引き続き夜桜能です。
前夜⇒夜桜能 第二夜 「小鍛冶」

天気予報では雨のち曇りだったのですが…朝から降り続く雨がいっこうに止む気配がなく、それどころかだんだん本格的な雨になってきました。

で、案の定、会場変更に。靖国神社→新宿文化センター大ホール。

新宿文化センターはちょいとばかり不便な場所にあります。テンション下がります…。

3日間のうち本日だけ行かれた方は本当に残念でしたが、私は前日に靖国神社で観られているのでまだ救われます。能舞台じゃないっていうのは残念ですが、千人以上を収容できる能楽堂は存在しないのでいたしかたありません。

雨が本降りとなり新宿三丁目の駅に降り立つと、夜桜能のチラシを手に持ち行くべき方向を迷ってらっしゃる風のおばあさんが。案の定同じ目的地でしたので、おしゃべりしながら会場までご一緒しました。
義理でチケットをお求めになり横浜からおひとりでいらしたとのこと。お能は見たことはあるけどそう多くもないとおっしゃっていたので、今日の演目のことや出演者のことなどいろいろお話しました。せっかく遠くからいらしたのに夜桜じゃなくて残念。でも、楽しんで帰られていたらいいなぁ。

私にとって今日の目当ては夜桜というよりも「二人静」という演目でした。

静御前がとり憑いた菜摘女(ツレ)と、静御前自身の亡霊(シテ)が、鏡映しのように全く同じ装束を着て全く同じ舞を舞います。

能の場合、相舞は難しいものであるようです。

能面をかけていて視界が狭いため、相手の動きはほどんど把握することができません。音や気配でかすかに感じることぐらいではないでしょうか。

舞の型は決まっているので同じ舞を舞うことはできましょうが、ぴたりと合わせるのは非常に難しいと思われます。

動作が寸分の狂いもなく合ったとしたらそれこそ神技です。見えていないのですから。動きをぴったり合わせる必要はないのかもしれません。息は合っていなければいけないとは思いますが。

一卵性双生児のシテ方がいたとしたら、何もしなくても自然とぴたっと合わせることができそうな気がして、そういうチャンスが巡ってこないかなぁと思ったりもしますが。

まあ、今回も実際ぴったり合ってなかったということなんですが(笑)全く合ってなかったわけでもなく、シテの方がツレより若干ゆったりめに舞っていたのがちょうど良い感じでした。

伝承としてはぴたりと合わせて舞うということなんだろうな、と観ていて感じますが、少しずらす演出も面白そうだなと思ったりして。地謡とお囃子もあるので、そう単純にはいかないでしょうが、ほんの少し、0.5秒ぐらいずれていたら、静御前本人の重みが出るような気がします。

二人の静は全く同じ装束を付けていて扇の絵柄まで一緒なので、油断するとどっちがどっちなのかわからなくなりそう(笑)今回は身長差があったので、混乱しなかったですが。あと、年齢差がありましたので、やはりベテランはベテランらしく、若者は若者らしく舞われていたと思います。

ストーリー性はあまりない曲なのですが、とにかく舞が中心なので、やっぱり桜の下で見られた方が幽玄な雰囲気は楽しめたかもしれません。でも簡易能舞台でもお能はお能。出演者も豪華でとても楽しめました。

ちょっと能の相舞に興味が出てきました。
吉野天人という曲で天人揃という小書のときは天女がたくさん出てきて一緒に舞うので壮観です。私が観たのは7人でした。しかし数が多い方がごまかしがきくといったら聞こえが悪いですが観る方の視線が分散するので、やはり二人というのが一番難しいのだと思います。しばらく「二人静」にはまってしまいそうです。

狂言「蚊相撲」は、蚊の精が出てきて「ぷぅーーーーん」というセリフ(?)があったり、動きも面もユーモラスでとても楽しいお話です。最後に大名である野村萬さんが蚊になってしまい「ぷぅーーーーーん」と言いながら去るのがとても可愛かったです(*´▽`*)

帰宅時にはさらに雨が激しくなっていて、これで桜の花も見納めかな。来年の夜桜能を楽しみにしたいと思います!

奉納 靖国神社 夜桜能(第三夜)
4月3日(木)19:10~
@新宿文化センター大ホール(雨天会場)
舞囃子「安宅」
狂言「蚊相撲」
能「二人静」

舞台上には桜の花が飾られ夜桜能の雰囲気を演出
舞台上には桜の花が飾られ夜桜能の雰囲気を演出
新宿文化センター大ホール。2階席まであり約1800人収容できます。
新宿文化センター大ホール。2階席まであり約1800人収容できます。

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夜桜能 第二夜 「小鍛冶」

奉納 靖国神社 夜桜能(第二夜)に行って参りました。

第一夜は晴れて暖かく桜は満開で最高の薪能日和であったそうです。第二夜は夜が深まるにつれ雨が広範囲で降り出すという予報。

16時半に当日の会場が発表されます。雨天の場合は代替会場になりますが、とりあえず靖国神社での開催が決まり、胸をなで下ろします。あとは終演まで降らずに持ってくれることを祈るばかり。

昨年は桜の開花が異様に早く、夜桜能の時期にはほとんど散ってしまい葉桜能となってしまったのですが(笑)今年は満開真っ盛りの時期に当たりまさにどんぴしゃのタイミングです。

まず靖国神社に着いて驚いたのは、花見客の多さ!レジャーシートを敷いて宴会している人々や屋台もたくさん出ていて昨年とは全然違う雰囲気に面食らいました。屋台から食べ物の美味しそうな匂いが漂ってきまして、そっちにふらふら行ってしまいそうになります(笑)

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昨年の夜桜能。花見客などおらず閑散としている。

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それが今年はこのように!
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連なる屋台と花見をする人々。

さて開場時間となり境内に入ります。一般の参詣客が18時からは境内に入れなくなり残念そうに表門の写真を撮っていました。

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開場前。行列する観客達。
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一般参詣客は18時以降入れず立ち尽くす。中には当日券を買って入る人も。

まずは無料の雨ガッパが配布されました。有料ですがひざかけレンタルやイヤホンガイドもあります。昨年も感じましたが、この公演はサービスやスタッフの対応がとてもきめ細かく、観客への気配りが行き届いていてとても気持ちが良いです。

屋外能の場合、寒いのに簡易トイレだったりして、お手洗いに行くのを躊躇しがちなんですが、ここの場合は参集殿のきれいなトイレが使えるのでとても快適です。

千円でプログラムを購入。桜色の表紙のしっかりしたプログラムです。能の詞章も載っています。

プログラムも桜色~♪
プログラムも桜色~♪

境内に入りますと、すぐに能舞台がありますが、わぁーーーー!予想通り桜が満開だぁ!!(*´▽`*)♪

能舞台は120年の歴史があり黒々としていて荘厳な雰囲気が漂います。舞台上に散る桜の花びらがまた風流であります。

脇正面席4列目です。二千人ぐらい?は収容できると思われる野外能。後ろの方では雰囲気は楽しめてもお能自体はあまり見えないと思い今回もSS席を奮発しました。

最初に火入れ式があります。4人の火入れ奉行が裃姿で松明を携え厳かに登場、本舞台の左右に設置された薪に御神火を灯します。薪のすぐそばの席で観ていましたが、なかなかつかず最後にボッと音をたてて超特大の炎が上がったので私は思わずぅわぉっ!と声を出してしまい…周りの方ゴメンナサイ_(_^_)_

屋外で声が後方まで届きにくいのでスピーカーが設置されています。演者はワイヤレスマイクを仕込んでいるようです。昨年はスピーカーから聞こえる声が違和感でしたが、慣れたのか今年は特に気にならず。

舞囃子「三井寺」。桜の花びらが舞う中で裃姿のシテが舞うのを見るのは風雅なものです。もうすっかり江戸城の将軍様気分です。

狂言「宗八」。野村万作さん、萬斎さん親子がご出演。元僧侶だった料理人と、元料理人だった僧侶がそれぞれ主人に魚を料理することと経を読むことを命じられますが、お互い新米のため思うようにできず、それぞれが教え合うことを提案しますが、しまいに役割を交代してしまい、主人に怒られるというお話。

主人が帰ってきた時に慌てて魚を持ったままお経を読んだり、経典の巻物で魚を切ろうとしたりするシーンはドタバタしていてとても楽しい♪ 万作・萬斎親子とても可愛かったです(*´▽`*)

能 「小鍛冶」。三条小鍛治宗近(ワキ)が一条天皇より御剣を打つよう勅命を受けますが、相槌を打てる者がいないのでお引き受けできないと断ります。相槌とは刀工の助手ですが、刀工と同等の力量を持つ者でないと勤めることができないのです。不思議な童子(前シテ)が現れ、中国や日本の名刀奇譚を物語り自分が相鎚を勤めようと約束して消えます。宗近は刀を打つことを決心し仕事の準備をしていると、稲荷明神(後シテ)が出現して相槌を打ち、素晴らしい刀を打つことができたという話です。

中入り後に鍛冶壇として使われる一畳台が持ち込まれました。周りに注連(しめ)が張られ、真ん中に直方体の鉄床(かなどこ)が置かれています。

狂言の最中にぽつりぽつりと雨がほんのわずか落ちてきていましたが、能の中入りあたりから継続的に降り始めました。観客各々が配布された雨ガッパを装着。継続的ですがまだぽつぽつと落ちる程度の弱い雨足。最後まで本降りになるなよ!と祈ります。

後シテの稲荷明神が現れました!頭にかぶる輪冠の上にキツネさんが逆立ちしています!可愛いぃ~~(*´▽`*)♡

中正面寄りの脇正面席だったので目付柱の陰になり、鍛冶を打つシーンは残念ながらよく見えませんでした。能では珍しい写実的なシーンと言えますが、ここは普段能を観る時と同じく心の眼で観ることにします。あぁーー、見えなくとも鍛冶を打つ音が聞こえてくるようです!

稲荷明神のダイナミックな舞は元気いっぱいでとても良かった!シテは宝生流の若き宗家、宝生和英さんでした。

雨には降られましたが、弱い雨だったのでそんなにはストレスを感じずに済み幸いでした。

昨年は寒くて観ている間にどんどん冷えてきて徐々に辛くなってきたのですが、今回も夜にはぐっと冷え込み風も吹いていたにも関わらず、昨年の教訓を生かしコートの下にさらにダウンを着て完全防備で防寒してたまたま雨ガッパ着ることになったおかげもあり全く寒さを感じなくて良かったです。薪のすぐそばだったのでほのかに火の温かさが届いていたせいもあるかもしれません。

昨年は嵐の直後だったので強風が吹いていて桜も終わりかけで桜吹雪がものすごく、それはそれで素晴らしい雰囲気でしたが、次回はぜひとも満開の桜の下でお能を楽しんでみたいと思っていたので願いが通じて良かったです。

昨年の夜桜能→奉納 靖国神社 夜桜能

皆様も来年の夜桜能を楽しんでみてはいかがでしょう?雰囲気は良いですし、あらすじの載ったプログラムやイヤホンガイドもありますので、お能が初めての方でもきっと楽しめると思いますよ!

奉納 靖国神社 夜桜能(第二夜)
4月2日(水)18:40~
@靖国神社能楽堂
舞囃子「三井寺」
狂言「宗八」
能「小鍛冶」

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今年は桜満開であります!キタ━━━(゚∀゚)━━━!!
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能舞台の上に花びらが散り風雅。
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能舞台を囲むように桜の木が植えられている。舞台上から見てもキレイなのであろうな。
薪に御神火が灯され一層幻想的な雰囲気に。