第97回粟谷能の会 事前鑑賞講座

3月1日に催される「粟谷能の会」の事前鑑賞講座に行って参りました。

今回は現在物の大曲「正尊」がテーマ、また、下掛宝生流ワキ方の第一人者、森常好さまをゲストにお迎えするとお伺いし、ワキ方フリークのワタクシといたしましては絶対に行かなくては!!雨ニモマケズ、会社を早退してはるばる調布から千駄ヶ谷の国立能楽堂に駆け付けましたよ~。

まず前半は、今回、正尊でシテを勤められる粟谷明生さん、女優の金子あいさんのお二人がご登場。粟谷能の会の最初の演目である「三輪」についての解説が行われました。
早く「正尊」の解説に行きたそうな明生さん。自分が出ないものを解説するのは苦手…だそうで。「三輪」も以前に演じたことがあるそうなのですが、終わってしまえばあまり興味がなくなるんですって(笑)さすが常に未来に向かって前進し続ける男、粟谷明生、です!

「三輪」の話もとても面白かったので、時間があれば後日書いてみようと思います。

ここで、ワキ方の森常好さんがご登場。粟谷明生さん、森常好さんともに昭和30年生まれということで、とっても仲が良さそう~(^o^)

正尊は、観世弥次郎長俊の作品で、世阿弥から時代を下ること約130年後の人ですが、これ以降は有名な作者は出ていないそうです。長俊の父は観世小次郎信光で、「船弁慶」や「紅葉狩」、「道成寺」などの派手な作品を作った人です。この頃から能はわかりやすく会話の多い作品が多くなり、歌舞伎に近い演出のものが作られるようになったとのこと。
長俊は父親である信光の作風を受け継ぎ、現代劇のような「正尊」を作り上げました。

常好さんはめちゃくちゃ強い弁慶(似合ってる~)、明生さんは嘘つきの坊主(笑)土佐坊正尊を演じます。

常好さんは喜多流での正尊は初めてとのこと。これまで観世流、宝生流とお勤めになり、下掛かり流儀では初となります。ちなみに金剛流と金春流では今は弁慶がシテ、正尊がツレなので、ワキの出番がないそうです(本来は弁慶がワキ)。

明生さんによると、頼朝に義経討伐を命じられた正尊は、我こそが!と立候補して引き受けたという説と、指名されてしまったので嫌々出向いたという説があるそうです。明生さんご自身は後者の解釈、貧乏くじを引いてしまった、不本意ではあるが命じられたからには死ぬ覚悟で…という男の悲劇を演じたいと仰っていました。

同じ日に申し合わせ(リハーサル)が行われたそうで、常好さんから見ても、観世流の正尊は弁慶に対して強い態度で立ち向かうのに対し、明生さんの正尊はイヤイヤな感じだったそうでなかなか立ち上がらなかったりして面食らったとか(笑)

同じ演目でも流儀や家によって違いがいろいろあるのだそうです。
例えば、最後に正尊が連行されていく場面で、喜多流は左右の腕を敵に抱えられ歩かされて連れて行かれるのが、観世流ではその家来達がシテに縄をかけひょいと持ち上げて運んで行っちゃいます(豪腕。笑)。
また、喜多流の正尊は他流に比べて、静御前(子方)の舞がとても大変だそうです。観世・宝生では一周して終わりだけど、喜多では三段舞い、長いので速めに囃すとか。確かに観世流で観た時は子方の舞はあっさりしていて特に印象に残ることはありませんでした。それを聞いて子方の舞を拝見するのも楽しみになってきました。

流儀の違いについてのお話がたくさん聞けるのは、全てのシテ方流儀とご共演なさっている常好さんならでは。いつも舞台上でじっと座って様々なシテ方を見つめて続けてきたワキ方だからこそわかることも多いのですね。

正尊の最大の見どころは起請文の読み上げです。能には安宅(勧進帳)、正尊(起請文)、木曽(願書)の三曲に読物と呼ばれる見せ場があります。喜多流の演目に木曽は無いので、安宅と正尊のみですが、今回明生さんは正尊を勤められ、次回の粟谷能の会(今年10月)には安宅のシテを勤められます。今年二つの読物に挑むことで還暦の年のけじめにしたいと仰っていました。

正尊が義経方を欺くために嘘の起請文を読み上げるという緊迫した場面です。起請文の部分は謡本にも節の指示が書かれていないそうです。過去に正尊を演じたことのある限られた先生に習うしかありません。謡本に朱書きしていくのだそうです。喜多流では最近では金子匡一さん←香川靖嗣さん←粟谷菊生さん(明生さんのお父様)←友枝喜久夫さん←…くらいしか演じた方がおられません(明生さんの記憶)。少ないです。秘伝中の秘伝なのですね。・・・と思いきや、明生さんのおウチの場合は、お祖父様の粟谷益二郎さんが伝書を残してくださったそうで、今の謡本にはゴマ(節などを表す記号)が書いてあるそうです(もはや秘伝ではない?笑)。

申し合わせで起請文の部分を合わせてみることを明生さんが提案してみたら、お囃子の先生方が「当日でいいっす、まだ覚えてないし~」と仰ったのだそう。本当は覚えていないわけでなく、リハーサルで一回やってしまって約束になってしまうと慣れてしまって緊迫感がなくなるからとお考えだからでしょうとのこと。

常好さんが仰るには、能は約束で成立してしまうと駄目なんだそうです。舞台は試合のようなもの。その場での臨機応変な対応が大切で、あらかじめ約束されたことをこなすだけでは緊張感が無くなってしまう。長い歴史を経て基本的な型は完成しているので、各パートが自分の持ち分を各々きちっと守ってさえいれば全体として合うのは間違いないのだそうです。

若い頃は細かく指導されずただ「違う!」としか言われない、何が違っているかまでは教えてもらえない、ただ他の人を見て覚える、それが全部正しいわけでもない、そのうち自分なりの物差しのようなものができてくる、そして身震いするほど感動できる舞台に出会った時に自分の物差しも決まってくる、そこからまた新しい感動が生まれる…。人は計算されて感動するものでない、という常好さんのお言葉が印象的でした。

演じるも見るも機会が少なく貴重な喜多流の起請文、今回はぶっつけ本番、緊張感みなぎるものになるに違いありません。明生さんがどのように読み上げるのか、とても楽しみです♪

正尊はビックリするほどたくさん人が出てきてビックリするほど動き回る演目です。まーとにかくビックリしてください!と金子あいさん。
そうそう、あまりにたくさん人が出てくるので、いつもは空間が大きく感じられる能舞台ですが、立衆(正尊の部下達)が全て出てくるとぎゅうぎゅう詰め(笑)あまりに登場人物が多いので装束が足りず森家からお借りしたと明生さん。登場人物が多いと後見も大忙し、着付けやら何やらで優秀な裏方もたくさん必要でまさに総力戦。あまり出ない演目であるというのも頷けます。

あと、能は動きが止まっているか果てしなくゆっくりしているイメージを抱いている皆さん!能は静かすぎて眠くなると思っている皆さん!!正尊には切組といって、いわゆるチャンバラのシーンがあるのです!しかも斬られて倒れる人はアクロバティックな死に方をするので、初めて見る人は誰もが仰天するかと。私が以前に観たことがあるのは、飛び安座(飛び上がって座った姿勢で着地)、仏倒れ(直立したまま後ろに倒れる)、前方宙返り、などでした。今回それらの全ての型が出てくるかを聞き忘れましたので、見てのお楽しみです。この切組のシーンは起請文の読み上げと並ぶもう一つの見どころです。

静御前までが正尊と戦うというのがちょっと微笑ましいです。元々は子方が戦うシーンは無かったのだけど、後から付け加えられたそうな。理由は子方に華を持たせようという意図だったらしいです。

それにしても義経チームを人数が少ないのに強すぎ(笑)大勢いた正尊方の郎等が次々と倒されていきます。そして、ついに正尊と弁慶の一騎打ちとなります。最初は正尊は大太刀、弁慶は長刀を持って対決するのですが、最後には武器を捨て相撲の如くがっぷり四つに組み合います。しまいに正尊は弁慶に投げ飛ばされてしまいますが、常の演出ではそこで弁慶は正尊から離れてしまうのですが、明生さんは、弁慶がそこから去り誰もいなくなるのは不自然である(正尊に逃げられちゃう。笑)という解釈で、常好さんがそのまま残り家来が連行するまで正尊の肩を押さえ続ける演出にしたそうです。そこに弁慶の正尊に対する怒りを表すようにしたいそうです。こだわりの演出、注目いたしましょう!

また、明生さんおすすめの鑑賞ポイントとして、初同(地謡の謡い始めの箇所)に注目とのこと。地謡・お囃子はさらっと演奏しますが、ここに土佐坊正尊の気持ちが全部詰まっているので、じっくり聴いていただきたいとのことでした。
「否にはあらず稲舟の。上れば下る事もいさ。あらまし事もいたづらに。なるともよしや露の身の。消えて名のみを残さばや」
(否とは言えず立ち出でる。こうして都に上って来たが、もはや鎌倉に下ることは叶うまい。それでもよい。この身は消えても名を残そう)

最後のシーン、正尊は義経方の家来に抱えられ連行されていきます。観世で観た時は連れ去られる宇宙人のようでちょっとクスッとしてしまいました(笑)。さて今回はいかに!?明生さんはあまり格好の良くない去り方だと仰っていましたが、時代と運命に翻弄された男の悲哀が感じられる結末で感動の幕となることを大いに期待しています!

第97回粟谷能の会 事前鑑賞講座
2015年2月26日(木) 18:00~19:30 @国立能楽堂 大講義室
<出演>
粟谷明生さん(喜多流シテ方)
森常好さん(下掛宝生流ワキ方)
金子あいさん(女優)

※主催者および出演者に写真撮影および掲載の許可を得ています。

「正尊」のシテを勤める喜多流シテ方の粟谷明生さんと、女優の金子あいさん
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あらすじを読む金子あいさん
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「三輪」の解説。小書「神遊」のお話などこちらも興味深い内容でした。
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下掛宝生流ワキ方の森常好さん
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面白いお話がたくさん飛び出しました!
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正尊はこのように連れ去られる?
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平日18時、ご年配のお客様が目立ちます。
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装束かけてありましたが、今回は特に解説なし
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素敵な笑顔のツーショット写真♪
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