「伝統芸能」カテゴリーアーカイブ

銀座能楽堂

銀座駅すぐ近くの可愛らしいビルの中に能舞台があります。
日本で最も標高と地価が高い場所にある屋内能楽堂。
客席100席余りの小さな能楽堂ですが、公演も行われる本物の能舞台です。

銀座能楽堂(ビル)は、個人の私財によって1973年に建てられました。
設計は国立能楽堂も手がけた大江宏氏。丹下健三氏と同時代に活躍した日本を代表する建築家です。

私もまだ一度も入ったことがないので、どんなところかワクワクです!((o(´∀`)o))

6月29日(土)に、ここで行われる能の発表会に出ます。皆さま、お暇でしたらぜひ遊びにいらしてくださいね~。
11時半~ 発表会(仕舞と素謡)※入場無料
14時半~ 師匠の能楽レクチャー(チケット絶賛発売中!ご希望の方はお問い合わせください)

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飯島さんという方が建てられたらしいです。

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窓がお洒落で可愛らしいビル。ここの8Fに能舞台があります。2Fには魚民(笑)

ふなべんけい三昧

昨日の「関寺小町」ではなんかもぞもぞしていた子方の片山清愛君が、今日はのびのびと義経を演じていたなぁ。
今日の船辨慶(観世流)は、昨日の関寺と出演者がだいぶ重なってました。しかしながら、他の四流の仕舞も含めて、出演者は30~40代中心。なんだかまぶしいくらい若々しいお舞台でしたわ~。funabenkei1

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関寺小町

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「関寺小町」・・・
お能の演目の中でも最高位とされ、長い年月の修練の末、ふさわしい実力が備わった者にのみ演じることが許される重習いの曲。演じられる能楽師が少ないため上演回数が極めて少なくおのずと稀曲となっています。

すみません、最初にお断りしておきますが、今回はお能ネタにしては珍しく、ネガティブな内容です。批判と言ってよいです。その手の投稿がお嫌いな方はお読みにならずにスルーしてくださいませ。

5月は文楽に夢中になっていたため、お能鑑賞はしばらくお休みしていました。

本日、1ヶ月ぶりのお能、しかも、数年ぶりの「関寺小町」を拝見できるとあって、私は気合いが入っていました。午後休をとり、一刻も早く着きたいので「特急あずさ号」に乗って、職場から国立能楽堂へ。

おシテの片山幽雪さん(82歳)は3回目の「関寺」だそうで。三度も「関寺」を勤めた人は近頃ではほとんどいないんじゃないでしょうか。あー今ググったら明治以降では例がないそうですね。

私の感想をひと言で言えば「二度でやめておけばよかったのに」でした。
「関寺」を勤めるには、彼は衰えすぎていました。謡が抜けたり飛んだりする。一人で立ち上がることもできない。明らかに老化です。舞も、老女の舞とはいえ、美しさが微塵も感じられなかった・・。

百歳の老婆に見えたといえばそうなのかも(?)しれませんが、芸に秀でた経験豊かな演者が百歳の老人を演じるからこそ意味があるのであって、リアルな老人のドキュメンタリーを見たかったわけではないのです。

お年を召したなら舞台から退くべきとは決して思いませんが、「関寺」はシテ方が一生に一度できるかできないかという特別な曲です。崇高な目標です。ボロボロになりながら記録に挑戦するための曲ではないのです。既に二度も勤めているのだし、潮時を悟るべきでした。

ネット上では賞賛する声もありましたが、人間国宝という権威がそういった感想を生むのかなと思われました。あるいは「関寺」を観る機会が少なく他との比較が難しいというのもあるのかもしれません。観世流宗家が後見を勤めていましたし、他の出演者も凄すぎる布陣だっただけに、それが全く生かされることがなく終わったのは、まことに残念なことでした。

久々のお能だったのにー、なんか不完全燃焼で終わってしまいましたー(´д`)
明日は船弁慶で口直しと行きますか!

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ひょんなことから大先輩と文楽

本日、文楽五月公演、第一部を拝見してきました。友人が急用ができて観られなくなり、代わりに彼女のお父様がお越しになりご一緒させていただきました。
初めて文楽を観たのが、なんと戦前だそうです。幼い頃に親御さんに連れられて観に行き、まだ話の内容などわからず大人達が何故泣いているのかなぁなどと思っていたそうです。演目が「伽羅先代萩」であったことを覚えていらっしゃいました。
本日の文楽鑑賞は久々だったそうで、楽しんでいただけたようです。「楽しかった。ありがとう。命の洗濯ができました。生涯最後の文楽かな」などと仰っていましたが、いやいやそんなこと仰らず、まだまだお元気で次回はぜひ娘さんと一緒にご鑑賞を!

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文楽を観ていると昔の時の流れがいかにゆっくりだったかを感じるという話

文楽『一谷嫩軍記』、今公演で既に2度観た私、ホント好きですね~。

三段目「熊谷陣屋の段」は単独で上演される機会も多いと思いますが、今回はその前の段である「熊谷桜の段」が上演されたのと、赤坂花形文楽でさらに二段目「組討の段」を素浄瑠璃で拝見していたことにより、「熊谷陣屋」をより一層楽しめたと思います。

平家物語では熊谷直実が平敦盛を討ち取る挿話はごくごくあっさりしているそうですから、浄瑠璃になったときにかなり面白く脚色されたんですね。

「組討の段」では直実が敦盛を討つことを躊躇します。我が子と同じ年頃の若者を殺すに忍びないということですよね。そして討ち取って直実は涙します。戦場で敵を殺したからといっていちいち泣いていては武士の名折れです。いくら年端もいかぬ若者とはいえ、敵である敦盛を殺したことをなぜそんなに悲しむのか。種明かしをすると実は敦盛は我が子小次郎なわけです。直実が泣くのは我が子を殺してしまったから・・。そう考えると涙の理由も納得できます。

ところで、敦盛が実は小次郎であることを、観客のほとんどはそれが明らかになるシーンに至る前から知っています。
「熊谷陣屋の段」は人気演目ですから既に観ていて話を知っている人も多いですし、現代の観客は浄瑠璃を初めて聞いて言葉を完全に理解できる人はほとんどいませんから、あらかじめストーリーを予習してきたり、プログラムのあらすじに目を通したりする人が多いです。

浄瑠璃だけを予備知識なく初めて聞いて話を理解してなるほどそうだったのか!と思うことは実際には少ないと思うんです。伝統芸能の楽しみ方って現代演劇や映画を観る場合と少し違っていますよね。ある程度、予備知識が要る、ストーリーも知っていないと厳しい、それが現実です。

話を戻すと、観客は直実が我が子を殺したことを知っていますが、「組討の段」ではまだその事実が明らかにされていないという建前です。実は「組討の段」の語りってものすごく難しいんじゃないでしょうかね。結末をわかっている観客に対して、この時点で自明でない事実はできる限り出し過ぎないようにして、しかし後段への伏線は上手に張らなければなりません。もし通しで上演されるのなら、ここがうまく語れていないと後が台無しになってしまうと思います。

「熊谷陣屋」で観客は「組討」の直実の涙の理由を知ることになります。つくづくよくできている話だなぁと思いました。

しかし、ここでふと別の疑問が湧いてきます。

直実がなぜ我が子を敦盛の身代わりにしたかというと、義経から渡された「一枝を切らば一指を切るべし」という制札による謎かけが発端です。直接命を受けたわけでなくヒントだけ与えられて意思を察するわけです。息子小次郎もあらかじめ義経から意思を聞いて覚悟していた可能性があります。
しかし「組討の段」では、主人に忠義を尽くすために父と子が互いに示し合わせたというわけではありません。自分自身が成すべきことは双方承知していたとしても、相手がなぜそうするのか(父がなぜ自分を殺そうとしているのか、息子がなぜ黙って殺されようとするのか)はわからないはず・・。二人の間に戸惑いはなかったのだろうか・・?
これはもう親子の「以心伝心」であったのではないか?と私は理解しました。私の知識ではこれ以外の説明をつけることができません。

この疑問は全段を通して観ればわかることなのでしょうか。通しで観たことがないのでわかりません。ご存知の方いらしたら教えていただきたいです。

やはり文楽は本来、通しで観るのが最高なのかなと思います。技芸員の負担や集客のことを考えると全ての公演を通し上演にするのはこの現代においては不可能な話です。しかし、全部を通して観ると途轍もなく長い時間を費やす演劇を鑑賞することが普通だった時代には、おそらく今よりもはるかにゆったりとした時が流れていたのだろうなぁと思うと何だかうらやましい限りです。・・と、ここでようやく表題につながりました(笑)

赤坂花形文楽

本日、赤坂花形文楽♪♪♪
当日券もあるそうですよ!(*´▽`*)
私は会社を早引きして参ります!(気合い入ってます!笑) ミヽ( ‘з’)ノ

赤坂花形文楽は、若手を応援するとともに、技術の向上を計り、さらなる普及発展を目的とした、若手の登竜門のような会です。未来の名人を目指す若手たちをぜひ応援してあげてください!

5月8日(水)
18:00開演(17:30開場)20:50終演予定
会場:赤坂区民センター 区民ホール(3階)
料金:4500円(全席指定)

プログラム
素浄瑠璃「一谷嫩軍記 ~組討の段」
 豊竹芳穂大夫、鶴澤清公

おしゃべり文楽(トーク&デモ)
 豊竹呂勢大夫、鶴澤藤蔵、吉田幸助、吉田一輔

文楽「壺坂観音霊験記 ~沢市内より山の段」
 豊竹呂勢大夫、鶴澤藤蔵、吉田幸助、吉田一輔 ほかの皆さん

能を観るときの雑音について考えてみた

演劇でもコンサートでも映画でも何でもそうですが、周りに迷惑をかけるような音を立てないというのは、誰もが知っている最低限のマナーです。
とりわけお能の場合は静粛に観ることが肝要で、他のパフォーマンス以上の静寂が要求されます。
私はお能を観る時は只一つの小さな音も立てないようにと心がけていますが、気をつけていてもなかなか難しいですし、ましてや、音に対する許容範囲は人によって様々に違うもの。能楽堂の見所からはいろんな音が聞こえてきますよ。

<携帯電話の着信音>
電源をお切り下さいと必ずアナウンスされているにも関わらず、依然として切らない人は多いです。

<携帯電話の着信バイブ>
バイブの音でも結構気になるものです。

<携帯電話での通話>
大音量で着信があったうえ、部屋を出ずにそのまま通話を始めた強者が!

<携帯電話をパカパカ開け閉め>
メールを確認しているようです。今、必要なの?

<時計のアラーム>
ほぼ時報なので、1時間に一度我慢すればいいのだけど・・。

<いびき>
寝るのはしょうがないけど、下を向いて寝ればいびきは出ないんじゃ?

<寝言>
まだ聞いたことはないけど、いびきが出るなら、つい寝言が出ちゃうことはありそう。

<せき、くしゃみ、咳払い、しゃっくり、鼻水、など>
生理現象はしょうがないので我慢します。でも、できるだけ小さい音でお願いしますよ。

<謡本をめくる>
そんなに音立てなくてもちゃんとめくれますから。指が乾燥しているなら指サックがおすすめ。

<コピーした紙をめくる>
謡曲集や資料をコピーして持参の人。たいていA3サイズなのでページを入れ替える時の音が謡本以上。

<おしゃべり>
おばさま方が師匠家の噂話してたりします。面白いけど、休憩時間にね。

<独り言>
何か感想でもつぶやいているのでしょうか。アンケートに書いてください。

<一緒に謡う>
気持ちはわかりますよ。でも、アナタの謡を聴きに来たわけじゃない。

<リズムを取る>
ノリノリですね!でもロックコンサートじゃありませんから~。

<かけ声>
さすがに大向こうさんはいませんが、ア、萬斎さま♡みたいな声はたまに聞こえます。

<変なタイミングで拍手>
そもそも最後に拍手するタイミングですら結構気を遣います。

<プログラムやチラシの束を落とす>
だいたい睡魔に襲われている人です。

<アメの袋や包み紙を開く>
静かな場面の時に限って開く人が多いのは、観る方も緊張してノドが乾くからでしょうか。

<紙袋やビニール袋から何かを取り出す>
「能楽堂では布袋を!」キャンペーンを展開したい。

<カバンの中をごそごそ探る>
私の母もそうですが、何度も何度もモノ探ししちゃう人いますよね。いったい何探してるの?

<鈴>
カバンや財布につけている人が多いですね。可愛い音ですが結構響きますから気をつけましょう。

☆☆☆
いろんな音がありますね!周りの迷惑はもちろん、演者さんの気が散っては困りますから、皆で気をつけることにいたしましょう!

観世能楽堂「花影会」

観世能楽堂で「花影会」を観て参りました。

<演目>
能「采女」
狂言「成上り」
能「正尊」
他、仕舞三番

「正尊」【ざっくりあらすじ】
頼朝の命を受けて義経を討ちに行った土佐坊正尊だが、陰謀がばれそうになり義経&弁慶の前で起請文を書いて読みあげ、そんなつもりないよ~んと弁解する。その夜、シメシメばれなかったゾと思いこんでた正尊は夜討ちを決行するが、しっかりばれていて義経側に迎え討たれ縛り上げられ連れて行かれちゃった。
ーーー
起請文(きしょうもん)とは、人との約束を破らないことを神仏に誓う文書のことです。正尊は身の潔白を示すために「討ちに来たわけじゃないことを神々に誓う。もし破ったら地獄に落ちてもやむなし」という契約書を書いたわけです。

「正尊」は1時間ほどの短い能ですが、見どころがたくさんある作品です。そのうちの1つが起請文の読み上げです。「正尊」の起請文を読む部分は、「安宅」の勧進帳、「木曽」の願書と並んで、三読物と呼ばれていて、いずれも重習(=長い修練を積んだ後に習得と上演が許されるもの)です。

シテが起請文を読み上げるシーンですが、実際には何も書いていない白紙を手に持って読みます。勧進帳ならば何も書いていないものを読むという設定だからそのまんまだけど、起請文の場合は何かデタラメでもいいから書いてあった方がいいんじゃないの?と思いましたが、能はイメージで鑑賞する芸能ですから、観客の方も、そうね、何か書いてあるのよね、と想像しながら観るお約束です。

シテは直面(能面をかけていない)で、私は脇正面最前列で起請文を読むシテの真ん前だったため、表情がよく見えました。すると、ちゃんと目線が文字を読んでいるがごとく動いているんですよね!そうするように師匠から習うのかもしれませんが、面をかけている時はきっと顔は動かしても目線までは動かしませんよね。直面ならではの細やかな演技にちょっとした感動!ガラスの仮面で北島マヤがパントマイムでティーカップの持ち手を持つとき、手がテーブルから浮いている!と驚愕されたシーンを思い出しました。マヤ、なんておそろしい子!(わかる人しかわかりませんね。笑)

さて、話はワープしますが、最後に正尊がたくさん家来を連れて討ち入りしてきます。正尊と家来9人がぞろぞろと橋懸かりに登場します。橋懸かりに入りきるのがちょっと窮屈なくらいぎゅうぎゅう詰め(+_+) 全員、直面です。今日はイケメンのツレが多くて眼福でした(笑)本舞台上には、義経、弁慶、静御前、義経の家来2人、その他に、地謡8人、囃子4人、後見2人いますんで、一時は舞台上が29人にもなります。登場人物、多すぎでどこ見たらいいかもうわかりません(笑)

全員集合したところで正尊勢vs義経勢の斬り組がはじまります。斬り組というのはわかりやすく言えばチャンバラのことです。能にゆったりしたイメージをお持ちの方にはチャンバラ?って思われるかもしれませんが、あるんですよー。しかも、正尊の斬り組はかなり派手でアクロバティックな型の連続に、初めて見る人はたぶんビックリです!

正尊の郎等が次々と斬られていきます。正尊勢の方が人数多いのに、義経側のたった2人しかいない家来に簡単に斬られていきます。まあ、水戸黄門の助さんと格さんのようなもんですね(笑)
時代劇なら斬られた後は、その場に倒れて動かなくなるか、斬られたぁ~という体でフレームアウトするかだと思いますが、能の場合は「今斬られて死んだよ」というお約束の型をします。それが、飛び安座だったり、前方宙返りだったり、仏倒れ(直立したまま後ろに倒れる)だったり、とにかく驚くほどの派手な型!下手すれば怪我をしかねない危険ワザの数々です。

正尊の郎等のうち最後に斬られた姉和光景は、前方宙返り+仏倒れと二つを連続でこなしました。仏倒れは床直前まで後頭部が下がっていたのに着地するときはちゃんと背中から着いていました。ま、背中からでもかなり痛そうですが・・(>_<) 能楽師さんの運動神経は想像以上に優れているようです。

正尊の家来が全員倒された後、正尊と弁慶の一騎打ちになるんですが、最初二人とも長刀を振り回して激しい斬り合い、しまいに二人とも長刀を捨て、相撲のごとく取っ組み合いを始めます。今日のワキ弁慶は人間国宝・宝生閑さま、年初に体調を崩されていましたが、今日は速い動きも多く、長刀を振り回したり、最後には取っ組み合いまでなさって、もう完全復活と思ってよろしいですね!?閑さま贔屓のワタクシといたしましては、感無量でございます~(T_T)

最後に弁慶が正尊を押しつけて勝ち、二人の家来が正尊に縄をかけて連行するんですが、その連れて行かれ方がまた仰天。正尊は斜めに仰向け気味に身体を預けるような体勢で二人の家来に抱えられ、三人並んでものすごい勢いで橋懸かりから幕に走り込みます。まるで連れ去られた宇宙人のようでした(笑)

最初の能が「采女」という典型的な夢幻能(霊的存在が主人公)であり、いかにも能らしい世界観が表現されていました。終始ゆったりした流れで2時間以上かかる曲ですので、お能に慣れていない方にはちょっと忍耐がいるかも(^_^;) 今日は若手中心の出演者で構成され舞や謡も瑞々しくとても良い舞台だったと思います。

対照的に「正尊」は現在能(現実世界の出来事を描写)で、シテやツレも能面はかけず(生きてる人間だから)、時間も短く登場人物が多くて動きが派手で、初心者にもお勧めの演目です。私もこの手の能は好きでよく観に行っており「安宅」(勧進帳)なども大好きです。次の「花影会」(11月)は「安宅」を上演するそうです。ご興味がある方はいかがでしょう?歌舞伎の勧進帳と見比べてみるのも面白いと思いますよ!

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能舞台の広さについて考えてみた

過日、自宅の部屋が狭すぎて仕舞の練習場所が確保できないという悩みを投稿いたしましたが、今週、お稽古場で実際の能舞台の広さを意識したお稽古を行いまして、舞台は思っていたよりかなり広いんだなぁ〜と実感しました。

能舞台における本舞台部分(正方形のところ)は、一般的に京間三間四方と決まっております。一間はおおよそ畳の長辺+αですから、ざっくり18畳分ということになりますネ。江戸間ですと畳がもっと小さいので21畳分以上にもなります。

京間の一間は6尺5寸ですので、1尺を0.303メートルとして計算すると、能舞台の一辺の長さは、
6.5×0.303×3=5.9085(メートル)
従って、能舞台の面積は、
5.9085×5.9085≒34.91(平方メートル)
となります。

ちなみに私の住んでいる浅草のマンションの専有面積は32平方メートル。

・・・ということは。

稽古するスペースがないという以前に、能舞台より狭い家に住んでいるということに軽くショック!!

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※写真は喜多能楽堂です。あのスペースがあれば生活できちゃうんですね。(笑)