いよいよ本日6/29(土) 謡と仕舞の発表会なのですが、よりによってこんな時に風邪をひいてしまい絶不調の私です(汗) しかし、それを言い訳には絶対にしたくない。負けずに頑張ります!
お時間がある方は、覗きにいらしてくださいね~~(^o^)/
場所:銀座能楽堂(中央区銀座6丁目5−15)※外堀通り沿い、阪急モザイクの斜向かい
時間:11:30より
※入場無料、入退場自由です。

シンガポールを歩き倒す
マリヴォー「いさかい」
フランスの戯曲家マリヴォーの「いさかい」初日公演、観てきました!と言っても普通の演劇ではなく、金子あいさん、永田砂知子さんによる実験的パフォーマンスであります。なるほど、おやおや、こう来ましたか、へぇ~~、などと、意外だったり笑えたり楽しくあっという間の一時間でした。思ったことや感じたこと、たくさんありましたが、明日以降ご覧になる方のために、まだ語らないでおきますね(話したくてしょうがないのだが~。笑)。小さい会場なので舞台かぶりつきで観られますよ。何もかもご覧になってのお楽しみです!!
ただ一つだけ。これからご覧になる皆さま、大いに笑ってくださいね!今日のお客さんたち、きちっとお行儀良くご覧になっていて(お二人に平家物語のイメージがあるせいでしょうか!?(゚д゚;))私は可笑しくてたまらないのに、笑うのちょっと遠慮しちゃいました(*-∀-)ゞ コメディなので笑ってもよかったのでした\(^O^)/
興味を持たれた方、ぜひお出かけくださいませ。明日と明後日、昼公演と夜公演があります。詳しくはリンク先をご覧下さい!
ただのおもちゃと侮れない子ども向けタブレット端末
おはよう日本を見ていたら、東京おもちゃショー2013のニュースで子ども向けのタブレット端末について取り上げられていました。
調査によると親の9割が子どもにスマホやタブレット端末を触らせたり遊ばせたりしているとか。だったらおもちゃにしてしまおうと開発してしまった会社があるそうで、子ども向けといえどもアプリはもちろんインターネットやカメラも使えて大人用と比べ何の遜色もありません。それでいて子どもが使うための気配りがされています。
中でもこれはいいなぁと思ったのは「使いすぎ防止タイマー機能」。
これは開発者の方が試作品ができる度に4歳の息子さんに使ってもらったところ、遊ぶのに夢中になるあまり、親が電源を切ろうとすると嫌がったことから、遊び過ぎを押さえるために考えた機能だそう。設定した時間が経つとロックがかかります。ただロックがかかるだけでは芸がないのですが、可愛らしい「おやすみ画面」が出て「じかんだよ!またこんどあそぼうね」とメッセージが表示されます。この画面が出てくると子どもは「またこんどだね」と素直に遊ぶのをやめていました。子どもの心理を考えたナイスアイディア!
こういう機能、実は大人にこそ必要なんじゃないかな!?
銀座能楽堂
銀座駅すぐ近くの可愛らしいビルの中に能舞台があります。
日本で最も標高と地価が高い場所にある屋内能楽堂。
客席100席余りの小さな能楽堂ですが、公演も行われる本物の能舞台です。
銀座能楽堂(ビル)は、個人の私財によって1973年に建てられました。
設計は国立能楽堂も手がけた大江宏氏。丹下健三氏と同時代に活躍した日本を代表する建築家です。
私もまだ一度も入ったことがないので、どんなところかワクワクです!((o(´∀`)o))
6月29日(土)に、ここで行われる能の発表会に出ます。皆さま、お暇でしたらぜひ遊びにいらしてくださいね~。
11時半~ 発表会(仕舞と素謡)※入場無料
14時半~ 師匠の能楽レクチャー(チケット絶賛発売中!ご希望の方はお問い合わせください)


暁斎が描く狂言の会
ふなべんけい三昧
関寺小町
「関寺小町」・・・
お能の演目の中でも最高位とされ、長い年月の修練の末、ふさわしい実力が備わった者にのみ演じることが許される重習いの曲。演じられる能楽師が少ないため上演回数が極めて少なくおのずと稀曲となっています。
すみません、最初にお断りしておきますが、今回はお能ネタにしては珍しく、ネガティブな内容です。批判と言ってよいです。その手の投稿がお嫌いな方はお読みにならずにスルーしてくださいませ。
5月は文楽に夢中になっていたため、お能鑑賞はしばらくお休みしていました。
本日、1ヶ月ぶりのお能、しかも、数年ぶりの「関寺小町」を拝見できるとあって、私は気合いが入っていました。午後休をとり、一刻も早く着きたいので「特急あずさ号」に乗って、職場から国立能楽堂へ。
おシテの片山幽雪さん(82歳)は3回目の「関寺」だそうで。三度も「関寺」を勤めた人は近頃ではほとんどいないんじゃないでしょうか。あー今ググったら明治以降では例がないそうですね。
私の感想をひと言で言えば「二度でやめておけばよかったのに」でした。
「関寺」を勤めるには、彼は衰えすぎていました。謡が抜けたり飛んだりする。一人で立ち上がることもできない。明らかに老化です。舞も、老女の舞とはいえ、美しさが微塵も感じられなかった・・。
百歳の老婆に見えたといえばそうなのかも(?)しれませんが、芸に秀でた経験豊かな演者が百歳の老人を演じるからこそ意味があるのであって、リアルな老人のドキュメンタリーを見たかったわけではないのです。
お年を召したなら舞台から退くべきとは決して思いませんが、「関寺」はシテ方が一生に一度できるかできないかという特別な曲です。崇高な目標です。ボロボロになりながら記録に挑戦するための曲ではないのです。既に二度も勤めているのだし、潮時を悟るべきでした。
ネット上では賞賛する声もありましたが、人間国宝という権威がそういった感想を生むのかなと思われました。あるいは「関寺」を観る機会が少なく他との比較が難しいというのもあるのかもしれません。観世流宗家が後見を勤めていましたし、他の出演者も凄すぎる布陣だっただけに、それが全く生かされることがなく終わったのは、まことに残念なことでした。
久々のお能だったのにー、なんか不完全燃焼で終わってしまいましたー(´д`)
明日は船弁慶で口直しと行きますか!
ひょんなことから大先輩と文楽
文楽を観ていると昔の時の流れがいかにゆっくりだったかを感じるという話
文楽『一谷嫩軍記』、今公演で既に2度観た私、ホント好きですね~。
三段目「熊谷陣屋の段」は単独で上演される機会も多いと思いますが、今回はその前の段である「熊谷桜の段」が上演されたのと、赤坂花形文楽でさらに二段目「組討の段」を素浄瑠璃で拝見していたことにより、「熊谷陣屋」をより一層楽しめたと思います。
平家物語では熊谷直実が平敦盛を討ち取る挿話はごくごくあっさりしているそうですから、浄瑠璃になったときにかなり面白く脚色されたんですね。
「組討の段」では直実が敦盛を討つことを躊躇します。我が子と同じ年頃の若者を殺すに忍びないということですよね。そして討ち取って直実は涙します。戦場で敵を殺したからといっていちいち泣いていては武士の名折れです。いくら年端もいかぬ若者とはいえ、敵である敦盛を殺したことをなぜそんなに悲しむのか。種明かしをすると実は敦盛は我が子小次郎なわけです。直実が泣くのは我が子を殺してしまったから・・。そう考えると涙の理由も納得できます。
ところで、敦盛が実は小次郎であることを、観客のほとんどはそれが明らかになるシーンに至る前から知っています。
「熊谷陣屋の段」は人気演目ですから既に観ていて話を知っている人も多いですし、現代の観客は浄瑠璃を初めて聞いて言葉を完全に理解できる人はほとんどいませんから、あらかじめストーリーを予習してきたり、プログラムのあらすじに目を通したりする人が多いです。
浄瑠璃だけを予備知識なく初めて聞いて話を理解してなるほどそうだったのか!と思うことは実際には少ないと思うんです。伝統芸能の楽しみ方って現代演劇や映画を観る場合と少し違っていますよね。ある程度、予備知識が要る、ストーリーも知っていないと厳しい、それが現実です。
話を戻すと、観客は直実が我が子を殺したことを知っていますが、「組討の段」ではまだその事実が明らかにされていないという建前です。実は「組討の段」の語りってものすごく難しいんじゃないでしょうかね。結末をわかっている観客に対して、この時点で自明でない事実はできる限り出し過ぎないようにして、しかし後段への伏線は上手に張らなければなりません。もし通しで上演されるのなら、ここがうまく語れていないと後が台無しになってしまうと思います。
「熊谷陣屋」で観客は「組討」の直実の涙の理由を知ることになります。つくづくよくできている話だなぁと思いました。
しかし、ここでふと別の疑問が湧いてきます。
直実がなぜ我が子を敦盛の身代わりにしたかというと、義経から渡された「一枝を切らば一指を切るべし」という制札による謎かけが発端です。直接命を受けたわけでなくヒントだけ与えられて意思を察するわけです。息子小次郎もあらかじめ義経から意思を聞いて覚悟していた可能性があります。
しかし「組討の段」では、主人に忠義を尽くすために父と子が互いに示し合わせたというわけではありません。自分自身が成すべきことは双方承知していたとしても、相手がなぜそうするのか(父がなぜ自分を殺そうとしているのか、息子がなぜ黙って殺されようとするのか)はわからないはず・・。二人の間に戸惑いはなかったのだろうか・・?
これはもう親子の「以心伝心」であったのではないか?と私は理解しました。私の知識ではこれ以外の説明をつけることができません。
この疑問は全段を通して観ればわかることなのでしょうか。通しで観たことがないのでわかりません。ご存知の方いらしたら教えていただきたいです。
やはり文楽は本来、通しで観るのが最高なのかなと思います。技芸員の負担や集客のことを考えると全ての公演を通し上演にするのはこの現代においては不可能な話です。しかし、全部を通して観ると途轍もなく長い時間を費やす演劇を鑑賞することが普通だった時代には、おそらく今よりもはるかにゆったりとした時が流れていたのだろうなぁと思うと何だかうらやましい限りです。・・と、ここでようやく表題につながりました(笑)






