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昭和な家一周年イベント

10日前のお話ですが、昭和な家一周年イベントに行って参りました。

「昭和な家」とは?

昭和30年に建てられた元小料理屋である物件を友人二人が仕事場として借り、昭和の懐かしい雰囲気を保ちつつ多くの仲間たちの手助けを受けて改装、撮影スタジオやアトリエ、教室、イベントスペース、みんなの憩いの場として活用されています。

昭和な家1955ホームページ

1年前にお披露目があって以来、時々遊びに行っていたのですが、このたび一周年を迎えたということで、友人たちと一緒に訪問してきましたo(^o^)o

二階建てなのですが、ちゃぶ台のある一階には既にたくさんのお客様が。二階に通されますと、何と懐かしの蚊帳が吊られておりました!

早速、蚊帳の中でお菓子を広げる我々(笑)

蚊帳越しに撮影していただきました。

蚊帳美人アルバム
撮影:渡部瑞穂さま

蚊帳越しに撮影すると、イイ感じにフィルターがかかりますなぁ~(*-∀-)ゞ

蚊帳美人アルバム
撮影:渡部瑞穂さま

昭和な家Facebookページで、「蚊帳美人アルバム」が公開されています↓ 素敵なポーズの美人さんがいっぱい(*´∀`)
昭和な家 蚊帳美人アルバム

階下ではプチ縁日が催されていました♪

かき氷に群がる我々。氷を削ってもらい、好きな味を自分でトッピング。抹茶あずきが人気です(^Q^)

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昭和な家の渡部瑞穂さんにかき氷を作っていただく。 撮影:ほしわにこさま

次は輪投げに挑戦!5回投げて目標の筒に輪が入れば景品をもらえます。

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見事、景品をゲット!!

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挑戦!なかなか難しいようです。

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撮影:渡部瑞穂さま

最高難度の景品は何と甲冑!!w(゚o゚)w
誰か獲得できたのだろうか・・・?

甲冑

お外ではスーパーボールすくい。すくったスーパーボールをもらうか、あるいはポイントに応じて優秀者は素敵な景品がもらえます。灼熱の太陽の下、挑戦!

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紙が水に溶けて無くなってしまった・・・。それでも輪のフチに金魚のしっぽをひっかけてすくう技を習得し、一心不乱にすくい続けます (・))<<

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景品に挑戦しない場合は5個までもらって帰れるということです。戦利品の金魚たち♪

スーパーボールGET

最後に昭和な家の玄関前で記念撮影(*^_^*)

集合写真
昭和な家の玄関前で。昭和な家のほしわにこさんと。 撮影:渡部瑞穂さま

楽しい時間はあっという間。夕方になり昭和な家においとまを。また遊びに来るね(^◇^)♪

近くの新井薬師でお参り(-人-)

新井薬師

この後、都内をドライブ。国会議事堂、迎賓館、他にもいろいろ車窓観光~。

晴海埠頭。夕日が綺麗でしたー(〃▽〃)

上野に戻ってきました。台東区の循環バスめぐりんの顔ハメ。

本日食べたモノ。昼インドカレー、夜韓国焼き肉。この日の気温は、34度、発汗!発汗!!(´-∀-`;)

楽しかったー♪ 充実の一日でした~*\(^o^)/*

第97回粟谷能の会 事前鑑賞講座

3月1日に催される「粟谷能の会」の事前鑑賞講座に行って参りました。

今回は現在物の大曲「正尊」がテーマ、また、下掛宝生流ワキ方の第一人者、森常好さまをゲストにお迎えするとお伺いし、ワキ方フリークのワタクシといたしましては絶対に行かなくては!!雨ニモマケズ、会社を早退してはるばる調布から千駄ヶ谷の国立能楽堂に駆け付けましたよ~。

まず前半は、今回、正尊でシテを勤められる粟谷明生さん、女優の金子あいさんのお二人がご登場。粟谷能の会の最初の演目である「三輪」についての解説が行われました。
早く「正尊」の解説に行きたそうな明生さん。自分が出ないものを解説するのは苦手…だそうで。「三輪」も以前に演じたことがあるそうなのですが、終わってしまえばあまり興味がなくなるんですって(笑)さすが常に未来に向かって前進し続ける男、粟谷明生、です!

「三輪」の話もとても面白かったので、時間があれば後日書いてみようと思います。

ここで、ワキ方の森常好さんがご登場。粟谷明生さん、森常好さんともに昭和30年生まれということで、とっても仲が良さそう~(^o^)

正尊は、観世弥次郎長俊の作品で、世阿弥から時代を下ること約130年後の人ですが、これ以降は有名な作者は出ていないそうです。長俊の父は観世小次郎信光で、「船弁慶」や「紅葉狩」、「道成寺」などの派手な作品を作った人です。この頃から能はわかりやすく会話の多い作品が多くなり、歌舞伎に近い演出のものが作られるようになったとのこと。
長俊は父親である信光の作風を受け継ぎ、現代劇のような「正尊」を作り上げました。

常好さんはめちゃくちゃ強い弁慶(似合ってる~)、明生さんは嘘つきの坊主(笑)土佐坊正尊を演じます。

常好さんは喜多流での正尊は初めてとのこと。これまで観世流、宝生流とお勤めになり、下掛かり流儀では初となります。ちなみに金剛流と金春流では今は弁慶がシテ、正尊がツレなので、ワキの出番がないそうです(本来は弁慶がワキ)。

明生さんによると、頼朝に義経討伐を命じられた正尊は、我こそが!と立候補して引き受けたという説と、指名されてしまったので嫌々出向いたという説があるそうです。明生さんご自身は後者の解釈、貧乏くじを引いてしまった、不本意ではあるが命じられたからには死ぬ覚悟で…という男の悲劇を演じたいと仰っていました。

同じ日に申し合わせ(リハーサル)が行われたそうで、常好さんから見ても、観世流の正尊は弁慶に対して強い態度で立ち向かうのに対し、明生さんの正尊はイヤイヤな感じだったそうでなかなか立ち上がらなかったりして面食らったとか(笑)

同じ演目でも流儀や家によって違いがいろいろあるのだそうです。
例えば、最後に正尊が連行されていく場面で、喜多流は左右の腕を敵に抱えられ歩かされて連れて行かれるのが、観世流ではその家来達がシテに縄をかけひょいと持ち上げて運んで行っちゃいます(豪腕。笑)。
また、喜多流の正尊は他流に比べて、静御前(子方)の舞がとても大変だそうです。観世・宝生では一周して終わりだけど、喜多では三段舞い、長いので速めに囃すとか。確かに観世流で観た時は子方の舞はあっさりしていて特に印象に残ることはありませんでした。それを聞いて子方の舞を拝見するのも楽しみになってきました。

流儀の違いについてのお話がたくさん聞けるのは、全てのシテ方流儀とご共演なさっている常好さんならでは。いつも舞台上でじっと座って様々なシテ方を見つめて続けてきたワキ方だからこそわかることも多いのですね。

正尊の最大の見どころは起請文の読み上げです。能には安宅(勧進帳)、正尊(起請文)、木曽(願書)の三曲に読物と呼ばれる見せ場があります。喜多流の演目に木曽は無いので、安宅と正尊のみですが、今回明生さんは正尊を勤められ、次回の粟谷能の会(今年10月)には安宅のシテを勤められます。今年二つの読物に挑むことで還暦の年のけじめにしたいと仰っていました。

正尊が義経方を欺くために嘘の起請文を読み上げるという緊迫した場面です。起請文の部分は謡本にも節の指示が書かれていないそうです。過去に正尊を演じたことのある限られた先生に習うしかありません。謡本に朱書きしていくのだそうです。喜多流では最近では金子匡一さん←香川靖嗣さん←粟谷菊生さん(明生さんのお父様)←友枝喜久夫さん←…くらいしか演じた方がおられません(明生さんの記憶)。少ないです。秘伝中の秘伝なのですね。・・・と思いきや、明生さんのおウチの場合は、お祖父様の粟谷益二郎さんが伝書を残してくださったそうで、今の謡本にはゴマ(節などを表す記号)が書いてあるそうです(もはや秘伝ではない?笑)。

申し合わせで起請文の部分を合わせてみることを明生さんが提案してみたら、お囃子の先生方が「当日でいいっす、まだ覚えてないし~」と仰ったのだそう。本当は覚えていないわけでなく、リハーサルで一回やってしまって約束になってしまうと慣れてしまって緊迫感がなくなるからとお考えだからでしょうとのこと。

常好さんが仰るには、能は約束で成立してしまうと駄目なんだそうです。舞台は試合のようなもの。その場での臨機応変な対応が大切で、あらかじめ約束されたことをこなすだけでは緊張感が無くなってしまう。長い歴史を経て基本的な型は完成しているので、各パートが自分の持ち分を各々きちっと守ってさえいれば全体として合うのは間違いないのだそうです。

若い頃は細かく指導されずただ「違う!」としか言われない、何が違っているかまでは教えてもらえない、ただ他の人を見て覚える、それが全部正しいわけでもない、そのうち自分なりの物差しのようなものができてくる、そして身震いするほど感動できる舞台に出会った時に自分の物差しも決まってくる、そこからまた新しい感動が生まれる…。人は計算されて感動するものでない、という常好さんのお言葉が印象的でした。

演じるも見るも機会が少なく貴重な喜多流の起請文、今回はぶっつけ本番、緊張感みなぎるものになるに違いありません。明生さんがどのように読み上げるのか、とても楽しみです♪

正尊はビックリするほどたくさん人が出てきてビックリするほど動き回る演目です。まーとにかくビックリしてください!と金子あいさん。
そうそう、あまりにたくさん人が出てくるので、いつもは空間が大きく感じられる能舞台ですが、立衆(正尊の部下達)が全て出てくるとぎゅうぎゅう詰め(笑)あまりに登場人物が多いので装束が足りず森家からお借りしたと明生さん。登場人物が多いと後見も大忙し、着付けやら何やらで優秀な裏方もたくさん必要でまさに総力戦。あまり出ない演目であるというのも頷けます。

あと、能は動きが止まっているか果てしなくゆっくりしているイメージを抱いている皆さん!能は静かすぎて眠くなると思っている皆さん!!正尊には切組といって、いわゆるチャンバラのシーンがあるのです!しかも斬られて倒れる人はアクロバティックな死に方をするので、初めて見る人は誰もが仰天するかと。私が以前に観たことがあるのは、飛び安座(飛び上がって座った姿勢で着地)、仏倒れ(直立したまま後ろに倒れる)、前方宙返り、などでした。今回それらの全ての型が出てくるかを聞き忘れましたので、見てのお楽しみです。この切組のシーンは起請文の読み上げと並ぶもう一つの見どころです。

静御前までが正尊と戦うというのがちょっと微笑ましいです。元々は子方が戦うシーンは無かったのだけど、後から付け加えられたそうな。理由は子方に華を持たせようという意図だったらしいです。

それにしても義経チームを人数が少ないのに強すぎ(笑)大勢いた正尊方の郎等が次々と倒されていきます。そして、ついに正尊と弁慶の一騎打ちとなります。最初は正尊は大太刀、弁慶は長刀を持って対決するのですが、最後には武器を捨て相撲の如くがっぷり四つに組み合います。しまいに正尊は弁慶に投げ飛ばされてしまいますが、常の演出ではそこで弁慶は正尊から離れてしまうのですが、明生さんは、弁慶がそこから去り誰もいなくなるのは不自然である(正尊に逃げられちゃう。笑)という解釈で、常好さんがそのまま残り家来が連行するまで正尊の肩を押さえ続ける演出にしたそうです。そこに弁慶の正尊に対する怒りを表すようにしたいそうです。こだわりの演出、注目いたしましょう!

また、明生さんおすすめの鑑賞ポイントとして、初同(地謡の謡い始めの箇所)に注目とのこと。地謡・お囃子はさらっと演奏しますが、ここに土佐坊正尊の気持ちが全部詰まっているので、じっくり聴いていただきたいとのことでした。
「否にはあらず稲舟の。上れば下る事もいさ。あらまし事もいたづらに。なるともよしや露の身の。消えて名のみを残さばや」
(否とは言えず立ち出でる。こうして都に上って来たが、もはや鎌倉に下ることは叶うまい。それでもよい。この身は消えても名を残そう)

最後のシーン、正尊は義経方の家来に抱えられ連行されていきます。観世で観た時は連れ去られる宇宙人のようでちょっとクスッとしてしまいました(笑)。さて今回はいかに!?明生さんはあまり格好の良くない去り方だと仰っていましたが、時代と運命に翻弄された男の悲哀が感じられる結末で感動の幕となることを大いに期待しています!

第97回粟谷能の会 事前鑑賞講座
2015年2月26日(木) 18:00~19:30 @国立能楽堂 大講義室
<出演>
粟谷明生さん(喜多流シテ方)
森常好さん(下掛宝生流ワキ方)
金子あいさん(女優)

※主催者および出演者に写真撮影および掲載の許可を得ています。

「正尊」のシテを勤める喜多流シテ方の粟谷明生さんと、女優の金子あいさん
「正尊」のシテを勤める喜多流シテ方の粟谷明生さんと、女優の金子あいさん
あらすじを読む金子あいさん
あらすじを読む金子あいさん
「三輪」の解説。小書「神遊」のお話などこちらも興味深い内容でした。
「三輪」の解説。小書「神遊」のお話などこちらも興味深い内容でした
下掛宝生流ワキ方の森常好さん
下掛宝生流ワキ方の森常好さん
面白いお話がたくさん飛び出しました!
面白いお話がたくさん飛び出しました!
正尊はこのように連れ去られる?
正尊はこのように連れ去られる?
平日18時、ご年配のお客様が目立ちます。
平日18時、ご年配のお客様が目立ちます
装束かけてありましたが、今回は特に解説なし
装束かけてありましたが、今回は特に解説なし
素敵な笑顔のツーショット写真♪
素敵な笑顔のツーショット写真♪

第69回 野村狂言座

あけましておめでとうございます。

今年の初観能は「野村狂言座」でございます。

本当はこの前に別の能の公演を一つ観ているんですが、なんか内容がイマイチだったので、観なかったことにしました(苦笑)。

さて、野村狂言座です。これまで年間チケットで毎回木曜日に観ていたんですが、諸事情により今回は年間チケット買いませんでした。年末の公演だけ行こうと思っていたのにやっぱり無性に行きたくなり、行かれなくなった方から良席のチケットを譲っていただけた幸運もあり、金曜日の鑑賞です。

ところで、宝生能楽堂では最近、座席がリニューアルされました。以前の座席は布カバーがかけてあって、時間が経つにつれどんどんお尻が前に滑っていき偉そうな姿勢で鑑賞することになっていたのですが(私だけか?)新しい座席はなかなか座り心地が良いです。

そして、今回気づいたのですが、席番の付け方が変更になっていました。チケットを見ると、正面席へ列64番台。ん?60番台?以前はそんな番号なかったような。一列にはせいぜい20席ほどしかなかったはず。補助席(パイプ椅子?)でも出てるのかしらん、と思って座席を探していましたら、以前は10番台だった席に60番台が割り振られていました。つまり、以前は正面席と中正面席と脇正面席で番号が同じ席があったわけですが、新しい席番は、脇正面席ひと桁番台~10番台、中正面席20~30番台、正面席50~60番台として、各エリアで番号が被らないようにしたようです。慣れていない人は自分の座るべきエリアを間違えて、他のエリアの同じ番号に座ってしまったりすることがよくあったのでしょう。これは些細なことのようでなかなか評価できる変更です。

60番台という新しい席番
60番台という新しい席番

宝生能楽堂は自宅から一番近い能楽堂だし、トイレの個室が多くてどんなに行列が長くてもめちゃくちゃ捌けが良いので、好きな能楽堂です(どんな好きポイントなんだか。笑)

話を戻します。最初に野村萬斎さまの解説。時折ギャグを織り交ぜながら巧みなトークで会場を和ませます。加山雄三の歌がらみのギャグや「(ガール)ハント」というワードは昭和な人にしかわからないであろうに(笑)。ギャグというワード自体、ワタシが昭和だわw

萬斎さまの解説は絶好調で、5分オーバーする勢い。暴走する余り(?)客席に向かって「誰か止めてください」だって(笑)。「昨日はこんなこと話してないんですけどね、イマイチ伝わらなかったみたいなのでね(話を付け足してみた)」…とか(笑)。いつも木曜に行っていましたが、ひょっとしたら解説のみならず演目も、金曜に行った方が木曜の反省が生かされて完成度が高いのかもと思ったりしました。

さあ開演です。まずは囃子方のみによる素囃子「神舞」。正月公演ならではの豪華な幕開きです(幕はないけど。笑)。

つぎに狂言「夷毘沙門」。二人の神様が出てくるお話ですが、平日の会社帰りで疲れていたのか、ここで沈没しかけるワタシ・・・。

狂言「千鳥」はよく上演される演目ですが、太郎冠者が今回は萬斎さまでなく石田幸雄さんでした。萬斎さまは酒屋の役です。いつもと逆パターンの配役でちょっと新鮮。石田さんのお茶目な太郎冠者ぶりもなかなかいいもんでした。まあ、この演目はハズレがないですね。会場からも素直な笑いが起きてました。

休憩を挟んで、最後の演目が「若菜」でした。果報者(高野和憲さん)が海阿弥(野村万作さま)をお供に連れ、野遊びのため大原に出かけると、若菜摘みの大原女たちが通りかかり、二人が女たちを誘って酒宴が始まる、という話です。萬斎さまの解説によると、太郎冠者ではない海阿弥のようなキャラクターが出てくるのはこの作品ぐらいで、萬斎さまが10代の頃に出演された黒澤明監督の映画「乱」での秀虎と狂阿弥の関係性に通じるものがあるそうです。「乱」はシェイクスピアのリア王を題材に作られましたが、「乱」の狂阿弥はリア王の道化とは少しキャラが違う感じがします。黒澤監督は「若菜」を観て秀虎と狂阿弥の関係性を作り上げたような気もしますね。そういえば狂阿弥を演じたピーターに野村万作さまが狂言指導をなさったんですよね。息子が出演してるからなのかと思っていたけど、黒澤監督が能狂言から影響を受けていることを考えると、先に万作さまにオファーがあったと考えるのが自然ですね。

萬斎さまは「若菜」には「笑うところがない」と解説していましたが、確かにその通りでした。酒宴での謡や舞が聴きどころ観どころの作品です。皮肉なところが一つもなくて、誰も彼も性格が良くて、大原女たちは初めは恥ずかしがって誘いを断るのですが、再三の誘いには気持ちよく応じてお酌をし謡って舞います。万作さまの可愛らしくて味わい深い道化の演技も本当に微笑ましく、謡も舞もとても素晴らしかったです。萬斎さまも大原女の一人として出演されていました。お正月にぴったりのほのぼのした雰囲気で心が和みました。萬斎さまが、果報者を妬んだりしないで幸せな人がいるんだなと思って温かい目で観てほしいとおっしゃっていたのですが、実に幸せな気分にさせてもらえる良い作品に出会えた思いです。今年も良い年になりそうです(^_^)

ロビーにはお正月らしく鏡餅と酒樽が。
ロビーにはお正月らしく鏡餅と酒樽が。
能舞台にも正月飾りが。
能舞台にも正月飾りが。

谷中で文楽~桐竹勘十郎×アラン・ウエスト(後編)

前回のお話 ⇒ 谷中で文楽~桐竹勘十郎×アラン・ウエスト(前編)

さて、左遣いの吉田簑紫郎さんと足遣いの桐竹勘次郎さんがご登場なさって、三人遣いについての解説です。通常、主遣いは、中腰の足遣いが楽な姿勢で動けるように高さのある舞台下駄を履きますが、今回は会場の都合上履きません。また、通常の舞台と違って手摺り(人形遣いの腰から下を隠すようになっている仕切り)が無いので、足遣いの全身が見えています。普段見られない光景です。かなり辛そうな体勢で遣っていました。若くても腰や膝を痛める人が多いというのも頷けます。足遣いの修行は10~15年だそうです。うーーん、大変ですね・・・(*_*) 左遣いと足遣いは普段は黒衣姿で頭巾を被っていますが、今回は男前のお顔を拝見できました。簑紫郎さんと勘次郎さんが何となく似てらしてご兄弟のよう(*^_^*)

三人でどのように息を合わせるかというと、主遣いが合図を出しています。もちろん舞台上で声を出すわけにはいきません。足遣いに対しては、主遣いの腰が足遣いの右腕に当たるような位置で密着し、主遣いの腰の微妙な動きから足遣いは次の動作を察することができるそうです。左遣いは主遣いから少し離れていますので、体に触れての指示はできません。左遣いは人形の頭後方から肩にかけての辺りを常に見ていて、その動きで合図を理解し次の動作に入れるのだそうです。それゆえ左遣いは絶対に人形から目を離せません。このような合図が決まっているからこそ、リハーサルをしなくても、また一緒に遣う相手が変わったとしても、同じように息の合った動作ができるのです。能のお囃子や舞にも合図的なものがあり、共演者が都度変わってもリハ無しぶっつけ本番で合わせられると聞きました。伝統芸能のルールって意外と綿密にできているのですね~~。

人形解説が終わり、休憩を挟んで「艶容女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ)酒屋の段」の実演です。床には浄瑠璃語り・豊竹芳穂大夫さん、三味線・鶴澤清馗さん、私も大好きな若手実力派のお二人がご登場なさいました。
太夫の語りと三味線の演奏が始まってしばらくして、下手側から勘十郎さん始め三人遣いによる女形の人形が楚楚と歩みを進め中央に出てお園のクドキの部分を演じます。至近距離で観る人形と床の大迫力、人形の表情や動きがつぶさに見え、床の語りと演奏の振動まで伝わってくるようでお芝居への感情移入が促進されます。ただでさえ泣けるシーンですが、こりゃまたいつも以上に泣けますなぁ。・゚・(ノД`)・゚・。

これまで人形遣いご本人のお顔は人形を引き立てるためにあえて無表情にしているというイメージを抱いていました。無表情が板に付くほどプロとして一流という気もしていたので、勘十郎さんの無表情は一流の証とも思っていたのですが、今回近くで改めて拝見しましたら、全く無表情でなんかなかったんですよね。むしろお優しい表情をなさっているんです。健気で可哀相なお園を愛おしむような柔らかな表情で…。立役の場合は勇ましい表情になったりもするのでしょう。かといって見てすぐわかるほどオーバーな表情ではないんです。近くに寄らないとわからないほど微妙な違いなのです。その辺の絶妙さ加減が技芸の力量差として表れるところなのかもしれません。

それにしても勘十郎さんのトークは本当に楽しかったです。豊富なエピソードの紹介やユーモアのセンスが秀逸でした。文楽の技芸員さん特に人形遣いさんは舞台上では無言なので、おしゃべりをたくさんなさるイメージを抱きにくいです。しかし実際に解説などをなさるとお話し上手な方が多いです。しかも勘十郎さんクラスになると、たぶんどっしり構えて多くは語らずなのだろうな~とか勝手な妄想で決めつけてましたが、いやいやなかなどうして、面白いことしゃべるしゃべる(笑) 解説の間じゅう、会場には和やかな笑いが絶えませんでした。しかも、今では誰もが認める実力者であるにも関わらず、話す内容は若い頃の苦労話などが中心で、若手の頃の気持ちを今でも忘れずにいる謙虚さがにじみ出ていましたし、自分にもこういう時代があったのだと後輩や弟子に送る応援メッセージのようでもありました。
また、観客の私たちに対しても丁寧にご挨拶なさって気軽にお声をかけてくださったり、気さくで温かな方なのだな~と思いますますファンになってしまいました(*^_^*)

この催しで一つだけ残念だったのは、勘十郎さんの解説の最中に観客の皆様の写真撮影があまりに頻繁であったことです。撮影自体は許可とも禁止とも言われず容認されている雰囲気でしたが、シャッター音(特に携帯・スマホの電子音)がひっきりなしに響いてうるさく解説が聞こえづらくて気になりました。また後ろから照明が当たっていたため、前の人のスマホやタブレットの画面に光が反射してまぶしく鑑賞の妨げになってしまいました。お客さん的には他の人が撮っていれば我も我もとなるでしょうから、あらかじめ主催者様側より撮影してもよいタイミングを限定していただければありがたく思います。なお、実演の前に撮影を控えるよう観客へのアナウンスがありましたので、それ以降は静かに安心して観ることができました。

そのただ一点を除けばたいへん質の高い素晴らしい催しであったと思います。下町のお寺の良い雰囲気の中で鑑賞する一流のプロによる文楽、初心者にも昔からのファンにも楽しめる解説、実り多い贅沢な時間でした。これを観て文楽を観に行きたいと思われた方とても多いのではないでしょうか。しかし東京12月公演は既に完売だそうです。チケットお求めでない方は次の2月公演にはぜひ。主催者様やスタッフの皆さんの対応も親切で心地良かったです。今後もどうかまたこのような企画を催してくださいませ。大いに期待しております!

<公演メモ>
人形遣い 桐竹勘十郎 × 日本画家 アラン・ウエスト
「谷中で文楽」

2014年12月1日(月)19時~
於:正栄山 妙行寺

・解説「文楽って楽しい」  お話 桐竹勘十郎
・実演「艶容女舞衣 酒屋の段 お園のクドキより」
太夫  豊竹 芳穂大夫
三味線 鶴澤 清馗
人形  桐竹 勘十郎、吉田 簑紫郎、桐竹 勘次郎

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お寺の門も風情があります。
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仏様に見守られながら心穏やかに文楽鑑賞。
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太夫と三味線の床です。開演前ですが障子に映る人影がイイ感じ♪

写真撮影:飯塚和恵さま
※主催者様および撮影者様より写真の使用ならびに掲載許可を頂いております。

谷中で文楽~桐竹勘十郎×アラン・ウエスト(前編)

下町情緒にあふれる台東区谷中にある正栄山・妙行寺で催された
人形遣い 桐竹勘十郎 × 日本画家 アラン・ウエスト「谷中で文楽」
以前から様々な伝統芸能について日本画家アラン・ウエストさんのアトリエ繪処で行われているレクチャー&実演シリーズですが、今回は今をときめく文楽人形遣いの大スター桐竹勘十郎さんご出演ということで、噂が流れるやいなやチケット予約殺到か?という勢い、急遽もう少し広い会場でということになり、このお寺の本堂をお借りする運びとなったのだそうです。

御本尊様がお見守りになる本堂の板の間の部分にアランさんによって見事な日本画が描かれた屏風が立てられ、右側には義太夫のための床が設置され見台が置かれています。およそ百名の観客で座布団席と椅子席がほぼ満席となり熱気むんむんです。しかも普段文楽を観るよりはかなり間近に舞台を観られる距離の近さでこれはかなり贅沢な空間です。

午後7時開演。勘十郎さんがまずはお一人で紋付き袴姿でご登場。丁寧なご挨拶の後、最初に右の懐から二つの目玉のおもちゃを出します。これを指にはめて簡単な指人形を使って動かしました。次に左の懐から棒遣い人形を出します。泥棒の人形です。ここで勘十郎さんは棒を使って人形を動かして見せるのですが、おもちゃの人形が辺りをうかがったり身を潜めたり本物の泥棒そっくりの表情と動きにw(゚o゚)w さすが勘十郎さん、どんな人形でも上手に遣ってしまうのですね!

最初から文楽の人形が出てくるものと思っていましたから、他の人形を使って話し始めたのには意表を突かれました。取っつきやすい話の導入にお客さんもぐいぐい引き込まれています。つかみはOKという感じですねー。ちなみにこれらの人形は勘十郎さんご自身が博物館や劇場の売店で見かけてお買い求めになったものだそうです。根っからのお人形好きなのですね(笑)

次に人形の構造についての説明です。まず人形の胴について。まだ手足も頭も着物も付いていない胴は、肩板に布を垂らした簡単なものです。胴は人形遣い自身の持ち物だそうで布の部分に「桐竹勘十郎」と名前が書かれています。肩板の部分には性別や役柄に応じて幅や厚みを出すために乾燥したへちまを重ねづけしているそうです。

胴の部分に衣装を着付けていくのは人形遣いの仕事です。これを人形拵(ごしら)えといいます。胴に、綿の入った棒襟、中襟をつけ、その上に着物を着け、帯を着け、小物をつけ、手足を吊ります。最後に肩板の穴から頭の部分を差します。着付けは太くて長い布団針を使い糸で縫い付けていきます。素材が固いために縫い針が何本も折れてしまう場合もあるそうです。人形の役割によって縫い付け方も異なります。例えば遊女は襟を低く襟元が大きく開くようにつけるというように。逆に言うと襟をどう縫い付けたかによっておのずと役割が決まってしまうのです。間違えた付け方をしてしまうと台無しです。

どのように縫い付けるべきか具体的に教わることは無いそうです。師匠や先輩方の縫い付け方を見て技術を盗むわけです。また、千秋楽に人形をバラすのは足遣いの役割で、バラしながらどのような縫い付け方になっているかを見て勉強するのだそうです。若い頃に端役の人形の役を与えられると楽屋の隅っこでせっせと人形ごしらえをします。舞台や稽古、師匠のお世話や様々な雑用をこなさなければならない忙しい合間に少しずつ縫い付けていきます。せっかく苦労して途中まで縫い付けてあったものが、用事を済ませて楽屋に戻ってきたら全てバラされていて「ハイ、やり直し!」って言われたりする。しかし何処が悪かったのかは全く教えてもらえない、という涙目になりそうなお話も(T_T) 師匠や先輩のやり方をしっかり見て自分で試行錯誤しながら習得していくしかないわけです。芸の修行って本当に厳しいですね~~!

次に人形の頸から上、頭の部分の説明。首と書いて「かしら」と読みます。かしらの素材は檜の木です。樹齢六十年以上の太さの木を縦に四等分したものを彫って作られます。胴串(どぐし)という人形遣いが握る軸の部分は檜の最も堅い箇所から作られています。顔の表面には和紙を貼り、胡粉(ごふん)と呼ばれる貝殻を細かく砕いた粉を塗ります。能面などと異なり、人形の顔は公演ごとに塗り直されます。長い興行期間の内に汚れていくからだとか。塗り直しはいちいち前のを剥がすことなく重ね塗りされるそうです。そのため徐々に面相が変わっていきますが、水に湿らせた布を巻いておくと、最初に貼った和紙からぺろりんときれいに剥がれるのだとか。

主遣い(=三人遣いのうちメインで遣う人)は胴串を左手で握ります。小指と薬指だけでしっかり握り、他の三本の指は自由に動かして人形の頭の動きや顔の表情をコントロールします。例えば頭を傾けたり目や眉や口を動かすためのしかけが胴串にはついています。頭の内部にはバネの役割をする鯨のヒゲが仕込まれています。バネによって髪を結って重くなった頭を支えたり、仕掛けで動かしたパーツを元に戻したりと言うことができるわけです。
目や眉、口を動かして笑ったり怒ったり泣いたりという様々な表情を演じ分けますが、単に個々のパーツを動かすだけでは自然な表情にならず、体の他の部分や体全体を大きく動かすことによって豊かな表情を生み出します。と同時に、人形の顔までは良く見えない後方のお客さんにも表情が伝わるわけですね!

さて、このあと若手技芸員さんも登場します。続きは次回に・・・。

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アラン・ウエストさん作の美しい屏風画。こちらを背景に人形が遣われました。なんとも幻想的…(○´ェ`○)
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妙行寺の外観。お庭も手入れが行き届いていてキレイです~(*´▽`*)
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谷中の路地。左端にアランさんのアトリエがちょこっと見えます。

写真撮影:飯塚和恵さま
※主催者様および撮影者様より写真の掲載許可を頂いております。

唄う楽器「篠笛」語る楽器「能管」@和gaku庵(後編)

前回のお話 ⇒ 唄う楽器「篠笛」語る楽器「能管」@和gaku庵(前編)

福原寛先生の笛の演奏はどの曲もそれはもう素晴らしいものでした。

篠笛の曲は愁いを帯びた音色、馴染み深く情緒的な日本の昔のメロディで、懐かしさと切なさが伝わってくる、そんな優しい演奏でした。昔の大河ドラマ「樅の木は残った」で使われた「京の夜」という曲では、主役の平幹二朗さんが物思いにふけりながら笛を吹く姿が思い浮かぶようでした~(ドラマは観てないケド~^ ^ ;)。

篠笛を演奏なさる福原寛先生。
篠笛を演奏なさる福原寛先生。

それに対して能管の曲はかなりハードな感じです。音もかなり大きい。小さな会場だったので初めて能管を聴いたお客さんは「うるさい」と思ったかも?(笑)。私もこんなに近くで聴けることはめったにないので、その大迫力に圧倒されました。しかしその一方で、私には寛先生の能管は(能楽師の演奏と比べて)かなりメロディアスに聞こえました。能管で正確に音程を取るのは笛の構造上難しいことなので、技術的にもかなりレベルが高いことは間違いありません。先日、一噌幸弘さんが「踊るポンポコリン」を吹いてくださったとき天才だと思いましたが(※)ここにも天才がおられましたね!
(※)この話はこちらに詳しく(能楽五人囃子「能の来た道、日本のゆく道」)

能管を演奏なさる福原寛先生。
能管を演奏なさる福原寛先生。

笛の楽譜のお話。昔は特に楽譜はなく、師匠の演奏を真似たり口伝により教えられたことを、覚え書きとして書き留める人がいて、それらが次第に整理されて今の楽譜の形になったそうです。笛の楽譜では音程は数字で表されています。簡単に言うと開いている穴の数で表すそうな。楽譜の実演として「とおふ屋さん」「さくらさくら」「子もり歌」を演奏。例えば、とおふ屋さんなら、五ーー六ーーーー、五ーー六ーー五六(とーーふーーーー、とーーふーーとふ)みたいな感じです。これなら小学生にもすぐ理解できますね。しかし最近の若い人には豆腐屋や竿竹売りの音を実演しても通じないことが多くなってきたとか…(^_^;

笛の楽譜。音程は数字で、長さは記号で表されている。
笛の楽譜。音程は数字で、長さは記号で表されている。

歌舞伎における囃子方のお話。昔、囃子方は担当が分かれておらず、誰もが笛・鼓など種類を問わず何でも演奏していたのだそうです。ところが寛先生のお師匠様、今は亡き四代目 寶山左衛門(たから さんざえもん =六代目 福原百之助)先生が、あまりに笛の演奏が素晴らしかったために、笛ならこの方と次々とオファーがかかり、次第に笛専門になっていったのだそうです。その流れが現在に続くことになり、笛方以外の人はいまだにいろいろな楽器をやるけれども(鼓・太鼓、銅鑼や釣鐘などの打楽器、三味線以外の弦楽器、篠笛と能管を除く笛の類いに至るまで)、笛方だけは篠笛と能管しかやらなくなったのだそうです。

お囃子方は出囃子といって舞台上で演奏することもあるが、舞台下手奥の黒御簾の内で演奏される場合が多い。
お囃子方は出囃子といって舞台上で演奏することもあるが、舞台下手奥の黒御簾の内で演奏される場合が多い。

また寶山左衛門先生は笛の独奏のパイオニアでもありました。それまで笛は必ず唄や三味線と合奏されるものでした。その慣習から飛び出し、独奏用の曲を次々と作って演奏され、笛の独奏の世界を切り開いて行かれました。これは実に偉大な功績です。寛先生が作曲され能管で演奏された「宵月」という曲はお師匠様のスピリットを受け継がれた一曲でありました。メロディアスな能管の曲はこうして生まれたのですね~。

日本人には雑音と思われるような音を好む傾向がある。雑味や障りをあえて楽しんでしまうところが日本人の感性であり、そのため邦楽は雑味や障りをわざと取り入れるような工夫をして続いてきている、というお話はたいへん印象深く共感いたしました。
お能を観始めた頃、謡と笛や鼓の音が被っているのがとても聞きづらく感じたけど、今ではそこに瞬間的あるいは総合的な調和を感じるようになり、かえって心地良いと思えることがあります。これも先生の仰ることと通じるような気がいたします。

レクチャーの後には懇親会が催され、そこでも興味深いお話をたくさん聴かせていただきました。笛の道を志したきっかけやプロとして舞台に立つための修行、お師匠様のご指導話、使われている笛の製作秘話、中村勘三郎さんとの思い出話などなど。お話は楽しく尽きず、謙虚で気さくなお人柄にすっかりファンになってしまいました~(*´▽`*)

11月12日に紀尾井小ホールで演奏会があるそうです。私も参りたいと思います。皆様も心の琴線に触れる篠笛の音色に酔いしれてみてはいかがでしょうか?

福原寛 公演情報
福原寛公式ホームページ

<講演メモ>
和gaku庵(和文化サロン)唄う楽器「篠笛」語る楽器「能管」
2014年10月29日(水)@繪処アラン・ウエスト
講師・演奏:福原寛(福原流笛方)

《演奏曲目》
篠笛「月」(六代目 福原百之助 作曲)
能管「三番叟」座付笛
篠笛「京の夜」(六代目 福原百之助 作曲)
能管「宵月」(福原寛 作曲)
篠笛「三井の晩鐘」そよ風、母と子、一人ぼっち(六代目 福原百之助 作曲)
能管「狂い(獅子)」

※主催者および福原寛先生から写真撮影および掲載の許可を得ています。

唄う楽器「篠笛」語る楽器「能管」@和gaku庵(前編)

和gaku庵@繪処アラン・ウエストin谷中。今回はお笛のレクチャーです。
講師は福原流笛方の福原寛先生。歌舞伎や日本舞踊などの古典はもちろん独自の演奏活動や他ジャンルとのコラボなど多方面でご活躍の御方です。

本日のメニューは篠笛と能管のレクチャーと演奏。
篠笛は歌舞伎や日舞ではもちろん、お祭りのお囃子や映画・テレビの時代劇にもよく使われていますので、日本で生まれ育った方ならどなたでも音色を聴いたことがあるお馴染みの楽器だと思います。しかしワタクシ長年のお能中毒により(笑)能管のことはそれなりに知っているのですが、篠笛については不勉強で知識がほとんどありません。どんなお話が飛び出すのかワクワクです!((o(´∀`)o))

オープニング、福原寛先生が笛がたくさん入った布袋を携えて爽やかにご登場!
和gaku庵の先生方は本当にいつも素敵な方ばかりです,゜.:。+゜主催者の佐藤さん曰く「外見と実力の両方を兼ね備えておられる方にお願いしています」だそうです。

とても優しそうな雰囲気の福原寛先生。お弟子さんに聞いたらお稽古でもお優しいそうですよ~。
とても優しそうな雰囲気の福原寛先生。お弟子さんに聞いたらお稽古でも優しいそうですよ~。

さて、大量の笛です。レクチャーで紹介するためにいろいろな種類の笛をお持ちになったのかな?と思っていたら、常時これだけの笛を持ち歩かれているとのこと。能管1本を除き全て篠笛です。長さや太さが少しずつ異なるものが幾本も。なぜ何本もの笛が必要となるのか?寛先生がその秘密を明かされます。

演奏の際はいつもこれだけの笛を持ち歩かれているという
演奏の際はいつもこれだけの笛を持ち歩かれているという。左端の黒い笛が能管。

篠笛は基本的に唄や三味線と合奏する楽器です。音の調子は立唄や立三味線と呼ばれる主奏者に合わせます(多くの場合、立唄のキーに合わせます)。西洋音楽のオーケストラなどでは絶対音でチューニングしますが、邦楽には洋楽のような絶対音が無くて、基準となる音を自分で決めることになります。その人自身の声の高低やその時の体調・気持ちなどによっても基音は変わります。三味線は糸巻きを回して調弦することができますが、笛の場合は機構的に調律する仕組みを持たないため、少しずつ調子の異なる笛を何本も準備し選んで使うというわけです。そのためにたくさんの笛が必要となるのですね!そのほか息を吹き込む角度などで調子を変えたりもするそうです。微妙な音程の変化に対応できるのですね。な~る~。

さてそれではなぜ能管は一本のみなのでしょう。それは能管というのは基本的に他の奏者に合わせてメロディを吹く楽器ではないからです。能管は元々能で使われる笛です。能の舞台を観ているとわかりますが、能には三味線のようにメロディを奏でる楽器が出てきません。シテやワキの謡には音階があり他の邦楽と同様に基音は役者自身が決めます。しかし笛はその音に合わせるということをしていません。能では個々の楽器がかなり主張の強い演奏をします。決して謡の伴奏ではないのです。楽器自体が役者と同じく情景や心象を描写する役割を担っていると言えます。そんなわけで他と音の調子を合わせる必要がないので一本で足りるのですね~。

たくさん持っている笛のうち能管は一本だけ。残りは全て篠笛なのだ。
たくさん持っている笛のうち能管は一本だけ。残りは全て篠笛なのだ。

そういった笛の特徴を寛先生は「唄う楽器・篠笛、語る楽器・能管」と表現されました。特徴の違いを見事にひとことで言い表していますよね!

寛先生が篠笛と能管の曲の演奏を交えつつレクチャーは進行します。

長くなりました。つづきは明日に。

レクチャーの会場となった日本画家アラン・ウエストさんの画廊兼アトリエ「繪処アラン・ウエスト」。谷中にある風情のある古民家。
レクチャーの会場となった日本画家アラン・ウエストさんの画廊兼アトリエ「繪処アラン・ウエスト」。谷中にある風情のある古民家。

※主催者および福原寛先生から写真撮影および掲載の許可を得ています。

着付け習い始めてからフォーマルな着物を初めて着るの巻

友人の結婚式でした。

着付け教室では二重太鼓の結び方は習っていましたが、時間に制限がある中、きちんと結べるか不安だったのと、伊達襟を自分で付けたことがなかったので、着付けの先生にお願いして結婚式当日の朝に直前レッスンしてもらいました。レッスンのはずだったけど、結局半分以上は先生に着せてもらっちゃった…(^◇^;)

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この付け下げは妹の結婚式のために誂えた物で、16年前にただ一度、袖を通したきりだった^ ^ ;
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帯も素敵でしょ?これからも度々着る機会があればいいな。

語る楽器「琵琶」@和gaku庵

下町の風情あふれる谷中にひっそりとたたずむ日本画家アラン・ウエストさんの画廊で、薩摩琵琶のレクチャーに参加してきました。

先日友人の琵琶の演奏会に初めて行ったときに琵琶の奥深さを知ってしまい、もっと琵琶に触れてみたいと今回の参加を決意。
(友人の演奏会の模様はこちらに詳しく→琵琶と語りと夢幻の世界

講師は川嶋信子さん。和服姿がよくお似合いのお綺麗な女性です。
演奏するお姿はまるで弁天様のようです。お美しぅ~(*´▽`*)
公式ホームページはこちら↓
薩摩琵琶奏者・川嶋信子公式サイト

琵琶についてはほとんど何も知らなかったので今回はとても勉強になりました。以下、講習の内容から一部をご紹介。

日本の琵琶

琵琶にはたくさんの種類があって、現代の日本においてよく演奏されているのは薩摩琵琶と筑前琵琶。元々、琵琶は大陸から伝来した楽器ですが、日本に入ってから独自の発展をしてきました。そのため現代の日本の琵琶と中国の琵琶(ピパ)は材質、音質、奏法など異なり、全く違う楽器と言ってよいそうです。

歴史について

雅楽で使われる楽琵琶、平家物語でお馴染みの平家琵琶、という系譜を辿り、盲僧琵琶へ。盲僧琵琶とは目の見えないお坊さんが檀家を回って演奏するために使っていた物。背中に背負うために小ぶりだったようです。そういや琵琶法師って盲目の僧侶でしたよね。そして、盲僧琵琶は地域により大きく筑前盲僧琵琶と薩摩盲僧琵琶に分かれて、薩摩盲僧琵琶は武士のための薩摩琵琶となり発展して現代に至ります。(一方で筑前盲僧琵琶は現代の筑前琵琶の起源となります)

演奏方法について

楽琵琶などは横にして演奏しますが、薩摩琵琶は立てて演奏します。薩摩琵琶は大きな撥(バチ)を用いた激しい演奏が特徴です。撥は大きな二等辺三角形の頂点に小さな扇がついたような形をしていて、三角形の部分を握り、扇状の部分に小指をかけます。撥で弦をベベンとはじくお馴染みの弾き方の他に、撥で弦をしごいて「きゅるきゅる」「しゃーー」というような音を出したり、胴の部分を撥で叩いて音を出したりする奏法も行われます。撥が大きいのはそういった奏法に対応するためでもあるんですね。
また、元々武士の精神統一の手段として使われていたという琵琶。そのため、万一敵に襲われても撥を投げつけて敵を撃退できるように大きい撥となったという説があったとかなかったとか・・・(笑)
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薩摩琵琶と筑前琵琶

さて、私、薩摩琵琶と筑前琵琶にどういう違いがあるのかこれまでよくわかっていませんでした。その疑問の答えも今回明らかに。
まず、材質が違います。薩摩琵琶は桑の木で作られていて、筑前琵琶は桐の木で作られています。堅い桑の木で作られている薩摩琵琶だからこそ叩きつける奏法が適していると言えます。ちなみにこれだけの大きさの一枚板を切り出すには樹齢100年以上の桑の木が必要だとか。非常に貴重なものですよね!
また、筑前琵琶は明治以降にできたもので、薩摩琵琶と三味線の中間のようなものだそうです。薩摩琵琶は、歌う→演奏→歌う→演奏…という構成の曲ですが、筑前琵琶は三味線音楽のように歌いながら演奏する曲が多いようです。

曲について

平家物語に代表されるように題材が物語である曲が演奏されることが多く、歌うというより、浄瑠璃のように「語る」と言う方がふさわしい音楽です。歌詞は謡や浄瑠璃と比較するとわかりやすかったです。耳で聴いただけですんなりと理解できました。文語ではありますが、作られたのが最近だからなのでしょうか。大正時代に琵琶が大流行し、かつては琵琶歌の作詞家がたくさん活躍していたが今は全くいなくなってしまったと川嶋さんも残念がっておられました。

今回演奏して頂いた「西郷隆盛」と「本能寺」はどちらも人の最期を描写している曲。明るい曲はほとんど無いそうです。激しい演奏が特徴ですが哀愁漂う音色もまた心に染みいります。曲の構成は、歌ってベベーン、歌ってベベーンの繰り返しなのですが、ベベーン(歌なし)の部分が思った以上にかなり長いです。
演奏を聴いて気づいたのですが、この長い琵琶ソロの部分があることによって、聴く人が語りの内容を反芻したり情景を想像したりできるようになっているように思われました。「本能寺」では信長が館に火を放ったという語りの後、撥で弦をしごいて音を出す奏法が繰り返されるのですが、ここで火が燃え広がっていく光景が目前に広がるような感覚にとらわれました。琵琶は単なる伴奏楽器ではなく、心理描写や情景描写に重要な役割を果たしていることがわかります。

締めくくりに会場の全員で平家物語の「祇園精舎」を歌いました。歌詞カードも楽譜も無く「オウム返し」で一度だけ教わり、琵琶の演奏に合わせてみんなで合唱しました。「祇園精舎」は朗読教室で習いましたが、歌うのは初めて。にもかかわらず結構上手に歌えたような気がします(^_^)

<講演メモ>
和gaku庵(和文化サロン)語る楽器「琵琶」
2014年10月15日(水)@繪処アラン・ウエスト
講師:川嶋信子(薩摩琵琶 鶴田流)

能楽五人囃子「能の来た道、日本のゆく道」

皆既月食が観測された日、国立能楽堂で、能楽五人囃子「能の来た道、日本のゆく道」を拝見して参りました。

講演ということでしたが、トーク、ワークショップ、実演で構成されていて、リラックスしたムードで堅苦しくなく飽きさせない内容でした。

オープニングはお囃子方の四名で「獅子」(石橋)を演奏。能は眠くなるというイメージを払拭するため(?)この選曲で元気よくスタートです!

大倉源次郎さんが中心となってお話しなさいました。源次郎さんは見た目はシュッとしていてカッコよくて演奏するときの真剣なお顔も凜々しいのですが、実際にお話しなさるととても気さくで面白い方。大阪人だから?サービス精神が旺盛で会場の笑いを誘うコメントも織り交ぜながら楽しいトークが進みます。ダジャレを言ってもオヤジギャグに聞こえないところはイイ男の特権ですよねぇ(*^_^*)

雛人形の五人囃子について。能舞台での並び方と同じで向かって右から、謡、笛、小鼓、大鼓、太鼓。覚え方は、音を出す位置が口から近い方から順に並ぶということです。へ~。そういや子どもの頃、右端のこの人だけなんで楽器持ってないんだろう?ってずっと思ってました。能を見るようになってから初めて謡だと気づいて、この人意味不明だったけどバンドで言えばボーカルじゃん!と思った記憶が(^_^;)

次に各楽器についての解説。能楽師さんたちは「お道具」と呼び、単なる楽器を超えた大切なものとして扱っているそうです。

能の笛は能管と呼ばれており、音程の取りにくい構造になっております…みたいな説明が源次郎さんからありまして。ところが…この一噌幸弘さん、能管で楽ラクと音程を取ってしまう稀有な才能の持ち主でして…。笑点のテーマやちびまる子ちゃんの踊るポンポコリンを披露(しかも全フレーズ。笑)。笛でメロディーを吹くなどごく普通のことのように思われますが、能管でそれやっちゃうのはスゴイんですよ!たいへん特殊な才能の持ち主です。幸弘さん、もっと吹いてもっとしゃべりたそうでしたが~(笑)

小鼓と大鼓は桜の木の胴に馬皮が麻紐で締め上げて張られています。材質が同じなのに全く音色は異なります。締め上げる強さが全然違うそうです。小鼓はバラっと分解してすぐに組み上げることができますが(源次郎さん実演)、大鼓は力一杯締め上げるため、組み上げるのに10分くらいかかってしまうとか(だから実演は無しよ)。
また小鼓は5年10年100年と年数が経つほど良い物に育っていくものですが、大鼓の革は消耗品で数回の演奏で新調しなければならないのだそうです。今講演では言及がなかったのですが、小鼓の革は湿らせて使い、大鼓の革は乾燥させて使う、というのは良く知られている話です。同じ材質なのに対照的な楽器ですよね。

一方、太鼓は欅の胴に麻紐で牛皮が張られています。太鼓を載せる台は又右衛門台と呼ばれているそうです。又右衛門さんという方が考案されたからとか。だらんとぶら下げると人間の形をしていてユーモラス(^o^)

囃子方は事前に合わせるためのお稽古するのかというとそうではなく、お互いのかけ声が合図となる決まり事があって、いきなりでも息を合わせられるのだそうです。かけ声だけで合わせられることを示すために、小鼓と大鼓がお互いが見えないよう背中合わせとなり演奏を披露。見事に決まりました!

一通り解説と実演が済んだところで観客席も体験のお時間です。グーにした左手に右手を当て右肩の位置まで持ってきて小鼓を打つマネをします。かけ声もかけます。そう、エア鼓です(笑)。 これは別のワークショップでも体験したことがあるのですが、一人一人にお道具を持たせる必要もなく手軽にできて楽しい体験です。しかもホンモノの小鼓の音に合わせての合奏。気分上がりますよ♪

後半はシテ方のワークショップ。解説は観世流シテ方の坂口貴信さん、能楽界きってのイケメン能楽師さんです。能舞台の説明、能の演目の種類についての説明の後、能面の解説と装束付けの実演など。
演目のオススメを問われてですね、貴信さん「能には『神・男・女・狂・鬼』という演目の種類があり、自分に好みに合った演目を選ぶことです。『女』は最も動きがゆっくりで時間も長い…最も能らしいとも言えますし、能楽師としてはとても大切な演目ですが…」…はっきりおっしゃらなかったですが初心者の方は「女」の演目は難易度が高いのでなるべく避けた方がいいとおっしゃりたかったのでは。わかります~。私もよく夢の世界に行ってます(笑)

解説の後は観客席の謡体験です。オウム返しというお稽古の方法で、貴信さんの後について観客全員で謡を練習。「高砂」を謡いました。一度お稽古したあと、お囃子方に入って頂き全員で謡います。おぉー、これはかなり気分が良いですネー♪ その後、貴信さんによる舞囃子「高砂」の実演です。貴信さんは舞姿がたいへんお美しいです。イケメンのうえ舞上手♡ 眼福でございました~(〃▽〃)

解説で印象に残ったお話をいくつか。

能舞台上の結界の話。シテは装束をつけて縦板が張られた三間四方の本舞台で演じます。それに対し、本舞台の後ろ(鏡板の前)にある横板が張られた後座は場面からいないものとなることを意味し、囃子方や後見などはここに座っています。シテもこの位置に入ると場面から一時いなくなったことを意味します(だから見て見ぬふりしてくださいね~)。
ところで、囃子方は実はつま先の部分は縦板にかかっているんだそうです。体の前半分はお芝居に参加しているという位置づけなんですかね~。お囃子の演奏もシテやその他の役者の心象描写(演技)の一部とも考えられますものね。

橋掛かりについて。普通(歌舞伎などの)花道は、客席の方に向かっていますが、能舞台の橋掛かりは必ず客席から離れるような角度で設置されています。花道が観客(=人間の世界)に近づくのに対し、橋懸かりの向こうにはあの世(=人間の世界でない)があるという意味合いからだそうです。この世のものでないナニカが、あちらの世界から橋掛かりを渡ってやってくるんですね~。

再び源次郎さんのトークのお話に戻ります。能の来た道。はるか神話の時代から明治維新、現代に至るまで、能の源流と歩んできた歴史について。源次郎さんは能の演目には平和の祈りが込められているとおっしゃいます。能には戦いを題材にしている演目が多いし戦いが当たり前の時代に作られているので、私は平和への祈りが込められているとは考えたこともありませんでした。歴史の表面だけを見ると人類は何千年も戦いや争いを繰り返してきて、戦いはこの世から無くならない人間の性や業のようなものという気がしていましたが、平家物語を読んでいると、戦うことの苦しみや悲しみがよく書かれています。平家物語はどちらかといえば戦争ドキュメンタリーのようなリアルな描写ですが、これが能になりますと、戦いで死んでしまった武将が浮かばれない霊になって現れて、戦いの悲惨さや苦しさを切々と語ったり、地獄の苦しみから逃れたいために回向を請うなど、戦いなんて良いことないぞ~やめとけオーラ出しまくりですものね。

足利義満、豊臣秀吉などの時の権力者に擁護されて繁栄することになった能が、徳川家康の時代になり社会を武力から文化へシフトするため、諸国大名に能をやらせて式楽として確立させた。元禄の頃には印刷技術が発達し謡本が出版されて庶民も謡を嗜むようになりさらに裾野が広がった。そのため明治維新となり全国から集まった人々がお互い方言で話して通じなかったところ、能や狂言の言葉で互いに話しかけることで通じたりした。明治維新以降の人々の交流の拡大に一役かったのではないか、という説はなかなか興味深いものでした。

日本のゆく道。若い人達にも観て頂き日本文化を通じて平和な世の中を願いみんな仲良く暮らして行きましょう。という締めでした。

出演者陣は豪華だし、とても内容が濃かったし楽しかったです♪(^o^)

ジャポニスム振興会 東京公演
能楽五人囃子「能の来た道、日本のゆく道」
平成26年10月8日(水)国立能楽堂

出演者
大倉源次郎(小鼓)
一噌幸弘(笛)
安福光雄(大鼓)
観世元伯(太鼓)
坂口貴信(観世流シテ方)

ナビゲーター
中村暁

鏡板に描かれている老松は石高によって松の立派度が違うらしく。国立能楽堂の松は江戸城の能舞台を復刻したのだそうです。だからあんなに立派なんですね~。
鏡板に描かれている老松は石高によって松の立派度が違うらしく。国立能楽堂の松は江戸城の能舞台を復刻したのだそうです。だからあんなに立派なんですね~。