「能・狂言」カテゴリーアーカイブ

狂言大曲「狸腹鼓」

萬歳楽座で、野村萬斎さまの狂言「狸腹鼓」を拝見。一子相伝として重く扱われている秘曲。昨年NHKのドキュメンタリー番組でその大曲に挑む困難さが取り上げられていたし、暑苦しそうな着ぐるみで身を包んで狸の面をかけ、特殊な足使いで素早く移動したり、跳躍したり回転したり…見た目の上でもこの曲の大変さが素人にも少しは理解できるけれども、それでも狂言の一曲である以上、観る方はそれを重々しく感じることなく、軽やかな気持ちで最後に、あぁ面白かった、楽しい舞台だった、と思える方が良いように思う。
昨日はまさにそんな舞台を見せて頂いた。狸の仕草はとても可愛く愛おしく見えたし、命を取ろうとしていた猟師まで一緒になって腹鼓を打ちながらごろごろ回転する楽しい場面から一転して、狸が一匹残って身重のお腹をさすりながら月を見上げるラストシーンは切なさと温かさで心に染みるものがあった。
なお、この後に上演された能「羽衣」はこれ以上ないくらいの豪華な出演陣で眩しすぎて目が開けていられないほどでした!!(いや、ちゃんと観てましたとも!)

第98回粟谷能の会「安宅」(前編)

第98回 粟谷能の会 に行って参りました。

今回は粟谷明生さんが還暦記念で「安宅」のシテ・弁慶を勤められました。今年3月の会の「正尊」と同様の現在物、また、正尊の起請文と同じく「三読物」の一つとして重く扱われている「勧進帳」読み上げがあります。

「安宅」はこれまでに何度も観ている大好きな演目。また、今公演に先駆けての事前講座にも参加し、プチ薀蓄も加わりもうワクワクです((o(´∀`)o))
事前鑑賞講座の模様はこちら ⇒第98回粟谷能の会 事前鑑賞講座

まず、安宅の関守であるワキ(富樫)とアドアイ(太刀持ち)が舞台上に登場します。ワキは森常好さん、アドアイは野村虎之介くん。
太刀持は富樫を守る役ですが、森常好さんの体格と雰囲気がご立派すぎて、とても強そうな富樫、SPは必要なさそうです(笑)
虎之介くんは太刀持が初役ということでしたが、のびのびとした声で堂々と演じており、また若さあふれる体当たりの演技で、たいへん良かったと思いました(^_^)

次に、子方(義経)、シテ(弁慶)、シテツレ(義経の郎党7名)、オモアイ(強力)が登場します。子方は友枝大風くん、オモアイは野村万蔵さん、シテツレは喜多流の若手イケメン能楽師たち。
一行は本舞台に入ると向かいあって並びます。大きな男たちがたくさん立つと舞台上はかなりキツキツな感じ。昔はワキとアドアイも本舞台(地謡の前とワキ座)に座ったそうですが、これではとても無理だろうなと思います。富樫と太刀持は舞台奥に下がります。

シテ・ツレの次第の後に通常ですと地謡により行われる地取りが、オモアイによってちょっとした替え歌で行われます。このような狂言方の地取りがあるのはこの曲だけとのこと。
弁慶と郎党らが「旅の衣は篠懸の。旅の衣は篠懸の。露けき袖やしをるらん」と謡うと、強力が「おれが衣は篠懸の破れて事やかきぬらん」と続けます。大きな声でするのも特徴的です。

強行突破しようという血気盛んな郎党の意見に、ここは慎重にいくべき、と言う弁慶。弁慶が義経に強力の姿に身を変えて関を越える提案をする場面は、うやうやしく平伏したままで行なわれ、本来なら許されないほど恐れ多いことだがこの非常時に義経をお守りするためにはやむを得ない決心をしてのお願いであるのだという弁慶の義経に対する崇敬の念が伝わってきます。

義経に背負わせる笈(おい)を運ぶシーンでは、笈が強力→弁慶→従者と順繰りに手渡されます。実は軽い笈がいかにも重そうに扱われる様子は、主君である義経にこれから滅相もないことをさせてしまいますがどうぞお許しくださいと恐縮するような重苦しい雰囲気です。

弁慶は強力に関の様子を偵察に行くように命じます。強力が山伏と悟られないように兜巾(ときん)を外し、関まで行くと、これまでに捕らえられて殺された山伏の首がずらっと並んでいます。強力は、何と恐ろしいこと、山伏の姿に身をやつしている自分たちも同じ目に合うに違いないと恐れおののきます。

そんなに凄惨な状況だというのに、面白いのが、ここで強力が一首和歌を詠むことです。
「山伏は貝吹いてこそ逃げにけれ。誰追ひかけて阿比羅吽欠(あびらうんけん)、阿比羅吽欠」
万蔵さんの事前解説によると、身分の低い強力でも、教養があるんだということを表しているそうです。それなのに弁慶に「小賢しいことを言うやつだ、いいから黙って付いてこい」みたいに言われてしまい立つ瀬がないですが…(^_^;)

ここで「貝立」という狂言方の小書。これは「延年之舞」の時にのみにつく小書だそうです。
弁慶が「近頃小賢しき事を申す者かな」に続けて「さらば貝を立て候へ」と言うと、強力は自分の右手に扇を半分ほど開いて持ち、左手を下に添えて、あたかもホラ貝を持って吹いているような格好をします。そして、ズーワイ、ズーワイ、という擬声音を発し、ホラ貝の音を表現します。実に写実的で本物のホラ貝が見えてくるようでした。

この曲でのアイは、多くの能で演じられるような状況説明するだけのための役割とは違い、しっかり芝居の配役の一員となっています。万蔵さんが味わい深いキャラクターの強力を好演され、他の登場人物を引き立てつつ自分の存在感も示すことで、お芝居に深みや奥行きが出るよう味付けなさっていたように感じました。

万蔵さんは以前、能は主役第一主義の演劇で様々な登場人物がいてもシテがドンと存在しており他の役が周囲にある。普通の能は本当にシテだけ。しかし、現在物になるとある程度いろんな役柄の大物の力、演技が表立って見えてくる。みんなでお芝居を作っている。と仰っていらして、それをアイの立場から今まさに体現なさっているのだなぁと思いました。

強力に変装した義経を後ろに従え、弁慶たちは安宅の関に到着します。そこで関守をしている富樫に、弁慶は東大寺大仏建立の勧進のために旅をしていると説明しますが、富樫は山伏だけはこの関を通すことができない、山伏は全員斬ると言います。ここで弁慶は斬られるなら最期の勤行を、と願い富樫も承諾します。弁慶らが勤行を終えると富樫は、勧進というからには勧進帳を持っているはず、それを読むようにと促します。

長くなりました。後編に続く!

第98回粟谷能の会 事前鑑賞講座

毎度おなじみ、喜多流・粟谷能の会が今週末日曜日に迫って参りました。
先日、事前講座が催されたので行って参りましたよ!

今回は、粟谷明生さんの還暦記念の会ということで、明生さんが3度目となる「安宅」のシテ・弁慶を勤められます。
初演は43歳、二回目は53歳の時。三回目は還暦で、舞い納めのつもりで勤めると意気込みを語られました。

さて、事前講座でゲストをお迎えするのは三回目とのこと。一回目は小鼓方の大倉源次郎さん、二回目はワキ方の森常好さんでした。今回は狂言方の野村万蔵さんです!(=´∀`ノノ゙☆パチパチパチ

安宅でアイは二人登場し、一人は義経方につく強力(ごうりき)役(万蔵さん)、もう一人は富樫方につく太刀持(たちもち)役(万蔵さんのご長男・虎之介くん)です。虎之介くんは太刀持は初役だそうで、どんなフレッシュな太刀持になるのか楽しみです(*´▽`*)

さて、今回の安宅、「延年之舞」「貝立」という小書(特殊演出)がついております。
「延年之舞」はシテ方の小書で、男舞という普通の山伏の舞に対し、特別な譜が書かれて通常とは違う特殊な所作をする演出。
「貝立」は狂言方の小書で「延年之舞」の時だけつくそうで、扇をホラ貝に見立ててズーワイといった擬音を出して合図します。万蔵さんのご経験では、シテが出立を告げると強力が自分が持っている扇をホラ貝にする。また、シテが自分の中啓(ちゅうけい)(扇)を強力に渡すというやり方もあるとのこと。

一行は安宅の関に差しかかりますが、立衆の一人が強行突破すればいいと言いますが、弁慶は義経に対し、最初に身につけていた篠懸(すずかけ)を脱がせてみすぼらしい格好にし、笈(おい)を背負わせて、笠を深々と被り後からついて来させる、しかし、どんなに隠してもどうしても光ってしまうね、うちの殿様は、大丈夫かな、というのが前半の見どころ。その義経が背負う笈は実はとても軽いのだそうです。しかし、いかにも重そうにとても恐れ多いという気持ちをこめて静かにゆっくりと運ぶそうです。義経に重い笈を背負わせなければならない弁慶らの苦渋の心情が表れているような表現ですね。

能にはシテなどが登場したときの謡を、地謡が同じ文句を繰り返す「地取り」というものがありますが、この演目はアイが替え歌で地取りをするんだそうです。そして地謡の地取りは地の底から響くような低く小さい声で静かに謡いますが、狂言方の地取りは大きい声でやるんだそうです。通常の地取りのパロディですね。「旅の衣は篠懸の~」という箇所です。本番でも注目いたしましょう!

さて、安宅の見どころの一つとして「勧進帳」の読み上げがあります。
能には安宅(勧進帳)、正尊(起請文)、木曽(願書)の三曲に読物と呼ばれる見せ場があり、喜多流の演目に木曽は無いので、安宅と正尊のみ。
明生さんによると、何も書いていないものを読んでいるのではなく、何か全く違った事が書いてあるものを読んでいて、しかし見られてしまったら正体がばれてしまうので、見られないように隠しながら読むのがミソだそうです。
勧進帳や起請文は、お囃子方との手組が複雑で難しく、拍子を外さないで間違わないで謡えるのがまず第一なのだが、この年齢になるとどのくらいおもしろく読むのか、技術点+芸術点も必要になってくる。昔は剛速球の直球でボンボン謡えれば良かったが、節使い、音の使い方も工夫していきたい、と志を語られました。

読み物での囃子方とのリハーサルは特にしないんだそうです。基本的には一回だけ申し合わせして、後は本番で技術のぶつかり合いとなる、と明生さん。
合わせすぎるとつまらなくなる。お家や先生に習ってきたこと、経験者は自分で作ってきたものを、当日触発する面白さを大事にしているから、と万蔵さん。そういえば、前回の森常好さんも同じような事を仰っていました。

勧進帳の読み上げは、最初は弁慶がゆっくりとどうしようか考えながらいろんな言葉をこじつけながら時間稼ぎをする、途中からは勧進帳の定型文句を持ってくるのでノッてきて、うぁーっっとたたみかけるように謡う。途中で速くなるが、これはわざとそうなっているのであって、くたびれて速くなっているのだとは思わないでください、と明生さん(笑)

虎之介くんは緊迫したシーンの型などをどのようにお稽古していくのか、という金子あいさんの質問に対し、万蔵さん、
そういうものは習わない。申し合わせや本番で、はっ、こんなにふうになるんだ!ということを実際に体感していく。舞台が稽古。申し合わせで感じ取れない緊迫感を本番で感じ取る。とのお答え。

明生さんもからもこのようなお話が。
子方(義経)がしっかりしていないとダメ。弁慶が金剛杖で打擲する場面、昔、喜多実先生が、お芝居だからトントンくらいかと思っていたらボコボコに打ってきた。怖~と思った(明生さん小学1年か2年の時のお話)。子方は杖を取られて笠のひもを持って歯を食いしばる。お稽古の時は笠がないので型だけ教わるが、何が起きるかはその時にはわからない。当日になってボコボコに打たれて、これか~とわかる(笑)そういうところで体感して勉強していく。

頭で考えるんでなく、体感して会得していくのですね。Don’t think. FEEL!

万蔵さん曰く、強力の役がこの物語で一番活躍するところは、先回りして安宅の関の様子を見に行く場面。変装して見に行くと山伏の打たれた首がずらりと並んでいる。その厳しい状況をただ報告するのでは忍びないので一首歌を詠む。命令を実行しながら、他の山伏が殺されたり、兄弟不和のことや源平の戦さの事などの時代背景を、こんなみすぼらしい下の身分の自分だけど教養があるんだ、ということを詠んでくる。狂言回しは頭の回転が良く、文化教養がある。歌は洒落、掛詞になっている。弁慶に小賢しいことをと怒られちゃうんですが(笑)

さて、安宅の話が一段落したので他の2演目についても少しお話がありました。

狂言「鐘の音」について。
今回、万蔵さんのお父様の野村萬さまがシテを勤められます。間抜けな言葉の取り違い(黄金(カネ)←→鐘)をする太郎冠者のお話。太郎冠者は自分の失敗を謡いにして主人の前で謡い舞って見せ、主人は最後に怒りながらも機嫌が直って許す、というあらすじで、祝言の雰囲気が漂う演目。鐘の音を擬音で表現しわける妙が見どころだそうです。ほぼ独り芝居とのことで、至高の芸が拝見できること間違いなしの期待が高まります!
今回、還暦記念を意識して、祝言性を表現できるこの曲を萬さまが選ばれたとのことでした。

能「鉄輪」について。
丑の刻参りのお話です(ざっくりすぎてすみません<(_ _)>)。おシテは明生さんの従兄の粟谷能夫さん。この演目では後シテで「橋姫」または「生成(なまなり)」という能面を使用するそうですが、今回どちらを使うかはまだ明らかにされていません。使用する面によって動き方も変わってくるそうです。当日を楽しみにいたしましょう。

ためになるお話や裏話がてんこ盛りのたっぷり一時間半でした。他にもお二人が素晴らしいことをたくさん仰っていたのですが、私の記憶力と文章力の限界により全てをご紹介しきれなくて残念です。

改めて、三度目の安宅を勤められる粟谷明生さんからのメッセージをご紹介。
43歳の安宅の披きのとき、様式美と芝居心ではどうしても様式美の方が強くなりそこにゆだねてしまった。53歳の時は様式美と芝居もバランス良くうまくできるようになってきた。今は様式美は置いておき、能の境界線のギリギリまで持ってきてどういう「芝居」ができるか、どういった能役者としての弁慶ができるのかというのが勝負だなと思う。安宅という演目を、あるいは粟谷明生の安宅を一回見たからそれでいいということでなく、能役者はどんどん上手になっていっているので、それをぜひ見て頂きたい。とのことでした!

※主催者様および出演者様に写真撮影および掲載の許可を頂戴しております。

第98回粟谷能の会 事前鑑賞講座
2015年9月28日(月) 18:00~19:30 @国立能楽堂 大講義室
<出演>
粟谷明生さん(喜多流シテ方)
野村万蔵さん(和泉流狂言方)
金子あいさん(女優)

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粟谷明生さんと、司会進行の金子あいさん
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スペシャルゲストの野村万蔵さん。笑顔が素敵です!
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小書「貝立」では扇をホラ貝に見立てて吹く演技をする
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義経を強力に扮装させるための笈(おい)。意外と軽い。写真のものは明生さんが子方の時から使っているものだそうです。
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勧進帳を読み上げる弁慶。カッコイイ~(*´▽`*)
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あらすじを読む金子あいさん。あ、余談ですが私の朗読の師匠です。
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生成(なまなり)の面。ツノがキュートなんですけど(笑)
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鉄輪は夫に捨てられ嫉妬に狂って呪いをかける悲しい女の話。最後に I’ll be back. のような台詞を言って去って行く(;´Д`)
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会場は国立能楽堂の大講義室

第97回 粟谷能の会「正尊」

3月1日、「粟谷能の会」を拝見して参りました。(← いつの話?寝かせすぎました。笑)

お目当ては「正尊」。事前鑑賞講座にも参加して半ば観た気になっていましたが(笑)、新たな発見などもありとても面白かったです♪

事前鑑賞講座の模様はこちら ⇒ 第97回粟谷能の会 事前鑑賞講座

義経、静御前、家来二人、弁慶が登場。正尊の頼朝の命での義経討伐の疑念が持ち上がっています。
弁慶(ワキ)は森常好さん。めっちゃカッコイイです!常好さんは世界一弁慶の似合うワキ方だと思います♪

正尊登場。正尊(シテ)は粟谷明生さん。白の水衣を着ていて涼しげ。あれ?夏の話だったかしらん?白の装束によって、起請文の読み上げで潔白を主張するイメージを表現したのかな?と思っていましたが、明生さんの演能レポートによると、正尊では黒を着る人が多いが黒は強いイメージとなるので、悲劇の男性を表現するために白を選択したとのことです。

登場した正尊は、事前講座で明生さんが語ったとおり、命じられて仕方がないからイヤイヤ来たよ的な表情をしておりました。

弁慶が正尊を連れて行こうとするときも、正尊イヤそう~。弁慶は、ものすごい迫力で強そう~。弁慶が先に立ち小走りで先導しますが、正尊は行きたくなさげにゆ~っくり歩いてついて行きます。このしょうがなく連れて行かれ感。弁慶と正尊の間隔がじわじわと離れていき、正尊逃げようと思えば逃げられそうなんですけど(笑)
ちなみに観世流では、正尊に前を歩かせて、弁慶が後からついていくのだそうです(常好さん談)。

【ポイント1】 正尊の心情
弁慶が正尊を連れて行く緊迫の場面の辺り、初同(地謡が初めて謡い出すこと)に正尊の心境が全て凝縮されていると明生さんは語られていました。このことを聞いていなければ、さらりと聞き流してしまっていたでしょう。しかし、今回はこの短い一節に集中してじっくり聞きましたぞ!

否にはあらず稲舟の。否にはあらず稲舟の。上れば下る事もいさ。あらまし事も徒に。なるともよしや露の身の。消えて名のみを残さばや。消えて名のみを残さばや。
(否とは言えず立ち出でる。こうして都に上ってきたが、もはや鎌倉に下ることは叶うまい。それでもよい。この身は消えても名を残そう)

なるほど、最初から正尊が乗り気でなかった感じがひしひしと伝わってきますナ。

そして正尊は義経の前に突き出されますが、ここに来たのは参詣のためで、討伐のためなんかじゃないよ~と主張します。正尊は嘘をついていないことを信じこませるために、その場で起請文をさらさらと書き、義経の前で読み上げます。

【ポイント2】 起請文
起請文とは?主張が正しいことを証明するために神仏に誓う分のこと。
起請文の読み上げは能の三読物の一つで重習いであります。重習いとは年数や経験を積んだ能楽師だけが先陣から直接伝授されて習得する演目や場面のことです。明生さんも初めて挑むこの起請文の読み上げ。どんなことになるかワクワクです!((o(´∀`)o))

シビれました!私は明生さんの謡の声が元々とても好きなので、直面(能面をかけていない状態)で声がよく通って聞こえることもあり、見所全体に堂々とした謡が響き渡り、聞き惚れてしまいました。ここにはもう、イヤイヤ連れてこられた正尊はいない。彼は偽りの芝居を演じ通す覚悟を決めたのだ。それによって命を落としても構わないとついに腹をくくったのだ。正尊の表情は何かふっきれたように見えました。

起請文には神仏への誓いと、それを破ったときの罰についても記されています。正尊は頼朝から命令を受けたときに死ぬ覚悟を固めたと思われますが、起請文を読むことでさらに神仏を裏切り地獄に墜ちることさえも覚悟したのではないでしょうか。

正尊が偽りの宣誓をしていることを義経は見抜いていましたが、見事な起請文を書いて読み上げたことにいたく感心したため、正尊のために酒宴を催します。

【ポイント3】 子方の舞
子方が演じる静御前は酒宴で正尊に酌をし舞を舞います。これがまた本当に見事な舞でした!子方があれほど長く難しい舞を立派に舞うのはそうそう観る機会がありません。観世流・宝生流の正尊では子方の舞はとてもシンプルであっという間に終わるのだそう(常好さん談)。謡いも元気よく伸びやかに声が出ていました。本当にたいへん良くできました!(*´▽`*)

静の舞を見ている時の正尊の気持ちというのは如何なるものだったのか?明生さんは仰っていました。うまく油断させることができたと酒宴をとりあえず楽しんだでしょうか。それとも、ここは何とかやり過ごすことができたが、次の段階である討ち入りのことに考えを巡らすと舞は全く目に入っていなかったかもしれません。

酒宴が終わり、橋懸かりを渡る正尊の表情には、もはや登場した時とは全く違う、決意や覚悟のような毅然とした強さが感じられました。(中入り)

正尊が討ち入りの準備をしていると偵察の者から報告を受けた弁慶と義経らは、戦うために身支度をします。

正尊の郎党が4人、腹心の姉和平次、正尊が揚げ幕から出て橋懸かりにズラリと並びます。正尊は一番後ろで床几に腰掛けました。

【ポイント4】 切組
切組とは時代劇の殺陣に当たるアクションシーンです。能にしては動きが激しく驚かされますが、型は洗練されており美しくすら感じられます。リアルな演劇では斬られた者はその場に倒れて残されるか、フレームアウトして去るかですが、能の場合は「ハイ今死にましたよ~」というお約束の型をします。それが飛び安座、仏倒れ、前倒れ、宙返りなどです。見事な死にっぷりに客席のあちこちから「おぉーーーーっ!」という声が上がります。直立不動の姿勢のまま仰向けにバタンと倒れる仏倒れは頭打ったりはしないのかとヒヤヒヤします。相当練習したんでしょうなぁ~。
お約束の型が済むと、もう死んでるのにすっくと立ち上がって普通にすたすた歩いて切戸口から退場します。なんかこういうアッサリした所が能って面白くてたまりません。

正尊側の郎党が次々と倒され、姉和が弁慶に挑みますが倒されます。最後に正尊だけが残り、義経、静と次々と戦い、最後に弁慶との一騎打ちになります(ここんとこ、よく考えたら、普通、義経と戦う前に弁慶とだろう~、家来二人何涼しい顔して見てんの~、静御前まで戦っちゃうの~?とツッコミどころ満載ですが、超盛り上がっているのでそんなことどうでもよくなりました。笑)。

大太刀を持つ正尊と薙刀を持つ弁慶が刃を交えますが、二人はすぐに武器を捨て取っ組み合いに。この辺りスピーディすぎる展開なのは地謡に尺を合わせる必要があってやむなし?弁慶は正尊を投げ伏せ押さえ込んでしまいます。その時、弁慶は正尊の肩をしっかと押さえています(明生さんこだわりの演出)。

そして家来二人が正尊の両腕をしっかと抱えて連行していきます。並んだ三人が橋懸かりを小走りで幕に入ります。あぁぁーーー、かわいそうな正尊。ショボ――(´-ω-`)――ン
しかし、義経や弁慶の陰に正尊という悲劇の人がいたのだというドラマがワタクシの心の中にしっかと残りましたよ。

おシテの明生さんによる詳細な演能レポートが掲載されていますのでぜひご覧ください。↓
粟谷能の会:演能レポート:演能機会が少ない『正尊』に取り組む

今年、還暦を迎えられる明生さんは、お父様の粟谷菊生さんのご命日に、喜多流でもう一つの「読み物」である「安宅」を次回の粟谷能の会で勤められます。こちらも楽しみにいたしましょう♪

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桑田貴志 能まつり「碇潜」

本日は「碇潜」(いかりかづき)という能を拝見しました。上演機会が少ない演目ではないでしょうか、ワタクシも初めて観ました。

何と言っても印象的だったのは、シテが扱う大きな碇の作り物です。写真のチラシを見て頂きますと、ピンとくる方もおられると思いますが、そう、歌舞伎や文楽の「義経千本桜」の「碇知盛」ですね。
元々能「碇潜」の翻案により浄瑠璃の「碇知盛」の段が作られましたが、この大きな碇の作り物を使う演出は、歌舞伎・文楽の「碇知盛」から能に逆輸入されたものなのだと解説にありました。へぇ~。そもそも原典の平家物語には知盛が入水の際に碇を担いだという記述はないんですよね。能で生み出された碇のイメージを歌舞伎・文楽が視覚化して、それを能も取り入れたということなのですね~。

また、「大屋形船」というお能で最大の作り物も登場しました。後見が引き廻し(周りの布)を外すと中から4人も登場してビックリ!4人は安徳天皇、二位尼、大納言局、平知盛です。二位尼が幼い安徳天皇と共に入水する場面がありましたが、安徳天皇と同じ年回りの子方が演じていることもあり、静かに船から踏み出す瞬間はやはり涙を誘いますナー。
その後、知盛が薙刀を振り回す勇壮な舞働があり、もはやこれまでと碇を頭上にかつぎ上げて海に飛び込むシーンは迫力満点で、脇正面席のお客さんの多くが体を乗り出して振り返って見るほどでした。船弁慶もそうだけど、お能の知盛って本当にカッコいいナ~。

本日は仕舞が「清経」「女郎花」で、入水に関係ある曲を集めたとのことでした。入水の理由や表現は様々ですが、なかなか粋な選曲でございますな。

第97回粟谷能の会 事前鑑賞講座

3月1日に催される「粟谷能の会」の事前鑑賞講座に行って参りました。

今回は現在物の大曲「正尊」がテーマ、また、下掛宝生流ワキ方の第一人者、森常好さまをゲストにお迎えするとお伺いし、ワキ方フリークのワタクシといたしましては絶対に行かなくては!!雨ニモマケズ、会社を早退してはるばる調布から千駄ヶ谷の国立能楽堂に駆け付けましたよ~。

まず前半は、今回、正尊でシテを勤められる粟谷明生さん、女優の金子あいさんのお二人がご登場。粟谷能の会の最初の演目である「三輪」についての解説が行われました。
早く「正尊」の解説に行きたそうな明生さん。自分が出ないものを解説するのは苦手…だそうで。「三輪」も以前に演じたことがあるそうなのですが、終わってしまえばあまり興味がなくなるんですって(笑)さすが常に未来に向かって前進し続ける男、粟谷明生、です!

「三輪」の話もとても面白かったので、時間があれば後日書いてみようと思います。

ここで、ワキ方の森常好さんがご登場。粟谷明生さん、森常好さんともに昭和30年生まれということで、とっても仲が良さそう~(^o^)

正尊は、観世弥次郎長俊の作品で、世阿弥から時代を下ること約130年後の人ですが、これ以降は有名な作者は出ていないそうです。長俊の父は観世小次郎信光で、「船弁慶」や「紅葉狩」、「道成寺」などの派手な作品を作った人です。この頃から能はわかりやすく会話の多い作品が多くなり、歌舞伎に近い演出のものが作られるようになったとのこと。
長俊は父親である信光の作風を受け継ぎ、現代劇のような「正尊」を作り上げました。

常好さんはめちゃくちゃ強い弁慶(似合ってる~)、明生さんは嘘つきの坊主(笑)土佐坊正尊を演じます。

常好さんは喜多流での正尊は初めてとのこと。これまで観世流、宝生流とお勤めになり、下掛かり流儀では初となります。ちなみに金剛流と金春流では今は弁慶がシテ、正尊がツレなので、ワキの出番がないそうです(本来は弁慶がワキ)。

明生さんによると、頼朝に義経討伐を命じられた正尊は、我こそが!と立候補して引き受けたという説と、指名されてしまったので嫌々出向いたという説があるそうです。明生さんご自身は後者の解釈、貧乏くじを引いてしまった、不本意ではあるが命じられたからには死ぬ覚悟で…という男の悲劇を演じたいと仰っていました。

同じ日に申し合わせ(リハーサル)が行われたそうで、常好さんから見ても、観世流の正尊は弁慶に対して強い態度で立ち向かうのに対し、明生さんの正尊はイヤイヤな感じだったそうでなかなか立ち上がらなかったりして面食らったとか(笑)

同じ演目でも流儀や家によって違いがいろいろあるのだそうです。
例えば、最後に正尊が連行されていく場面で、喜多流は左右の腕を敵に抱えられ歩かされて連れて行かれるのが、観世流ではその家来達がシテに縄をかけひょいと持ち上げて運んで行っちゃいます(豪腕。笑)。
また、喜多流の正尊は他流に比べて、静御前(子方)の舞がとても大変だそうです。観世・宝生では一周して終わりだけど、喜多では三段舞い、長いので速めに囃すとか。確かに観世流で観た時は子方の舞はあっさりしていて特に印象に残ることはありませんでした。それを聞いて子方の舞を拝見するのも楽しみになってきました。

流儀の違いについてのお話がたくさん聞けるのは、全てのシテ方流儀とご共演なさっている常好さんならでは。いつも舞台上でじっと座って様々なシテ方を見つめて続けてきたワキ方だからこそわかることも多いのですね。

正尊の最大の見どころは起請文の読み上げです。能には安宅(勧進帳)、正尊(起請文)、木曽(願書)の三曲に読物と呼ばれる見せ場があります。喜多流の演目に木曽は無いので、安宅と正尊のみですが、今回明生さんは正尊を勤められ、次回の粟谷能の会(今年10月)には安宅のシテを勤められます。今年二つの読物に挑むことで還暦の年のけじめにしたいと仰っていました。

正尊が義経方を欺くために嘘の起請文を読み上げるという緊迫した場面です。起請文の部分は謡本にも節の指示が書かれていないそうです。過去に正尊を演じたことのある限られた先生に習うしかありません。謡本に朱書きしていくのだそうです。喜多流では最近では金子匡一さん←香川靖嗣さん←粟谷菊生さん(明生さんのお父様)←友枝喜久夫さん←…くらいしか演じた方がおられません(明生さんの記憶)。少ないです。秘伝中の秘伝なのですね。・・・と思いきや、明生さんのおウチの場合は、お祖父様の粟谷益二郎さんが伝書を残してくださったそうで、今の謡本にはゴマ(節などを表す記号)が書いてあるそうです(もはや秘伝ではない?笑)。

申し合わせで起請文の部分を合わせてみることを明生さんが提案してみたら、お囃子の先生方が「当日でいいっす、まだ覚えてないし~」と仰ったのだそう。本当は覚えていないわけでなく、リハーサルで一回やってしまって約束になってしまうと慣れてしまって緊迫感がなくなるからとお考えだからでしょうとのこと。

常好さんが仰るには、能は約束で成立してしまうと駄目なんだそうです。舞台は試合のようなもの。その場での臨機応変な対応が大切で、あらかじめ約束されたことをこなすだけでは緊張感が無くなってしまう。長い歴史を経て基本的な型は完成しているので、各パートが自分の持ち分を各々きちっと守ってさえいれば全体として合うのは間違いないのだそうです。

若い頃は細かく指導されずただ「違う!」としか言われない、何が違っているかまでは教えてもらえない、ただ他の人を見て覚える、それが全部正しいわけでもない、そのうち自分なりの物差しのようなものができてくる、そして身震いするほど感動できる舞台に出会った時に自分の物差しも決まってくる、そこからまた新しい感動が生まれる…。人は計算されて感動するものでない、という常好さんのお言葉が印象的でした。

演じるも見るも機会が少なく貴重な喜多流の起請文、今回はぶっつけ本番、緊張感みなぎるものになるに違いありません。明生さんがどのように読み上げるのか、とても楽しみです♪

正尊はビックリするほどたくさん人が出てきてビックリするほど動き回る演目です。まーとにかくビックリしてください!と金子あいさん。
そうそう、あまりにたくさん人が出てくるので、いつもは空間が大きく感じられる能舞台ですが、立衆(正尊の部下達)が全て出てくるとぎゅうぎゅう詰め(笑)あまりに登場人物が多いので装束が足りず森家からお借りしたと明生さん。登場人物が多いと後見も大忙し、着付けやら何やらで優秀な裏方もたくさん必要でまさに総力戦。あまり出ない演目であるというのも頷けます。

あと、能は動きが止まっているか果てしなくゆっくりしているイメージを抱いている皆さん!能は静かすぎて眠くなると思っている皆さん!!正尊には切組といって、いわゆるチャンバラのシーンがあるのです!しかも斬られて倒れる人はアクロバティックな死に方をするので、初めて見る人は誰もが仰天するかと。私が以前に観たことがあるのは、飛び安座(飛び上がって座った姿勢で着地)、仏倒れ(直立したまま後ろに倒れる)、前方宙返り、などでした。今回それらの全ての型が出てくるかを聞き忘れましたので、見てのお楽しみです。この切組のシーンは起請文の読み上げと並ぶもう一つの見どころです。

静御前までが正尊と戦うというのがちょっと微笑ましいです。元々は子方が戦うシーンは無かったのだけど、後から付け加えられたそうな。理由は子方に華を持たせようという意図だったらしいです。

それにしても義経チームを人数が少ないのに強すぎ(笑)大勢いた正尊方の郎等が次々と倒されていきます。そして、ついに正尊と弁慶の一騎打ちとなります。最初は正尊は大太刀、弁慶は長刀を持って対決するのですが、最後には武器を捨て相撲の如くがっぷり四つに組み合います。しまいに正尊は弁慶に投げ飛ばされてしまいますが、常の演出ではそこで弁慶は正尊から離れてしまうのですが、明生さんは、弁慶がそこから去り誰もいなくなるのは不自然である(正尊に逃げられちゃう。笑)という解釈で、常好さんがそのまま残り家来が連行するまで正尊の肩を押さえ続ける演出にしたそうです。そこに弁慶の正尊に対する怒りを表すようにしたいそうです。こだわりの演出、注目いたしましょう!

また、明生さんおすすめの鑑賞ポイントとして、初同(地謡の謡い始めの箇所)に注目とのこと。地謡・お囃子はさらっと演奏しますが、ここに土佐坊正尊の気持ちが全部詰まっているので、じっくり聴いていただきたいとのことでした。
「否にはあらず稲舟の。上れば下る事もいさ。あらまし事もいたづらに。なるともよしや露の身の。消えて名のみを残さばや」
(否とは言えず立ち出でる。こうして都に上って来たが、もはや鎌倉に下ることは叶うまい。それでもよい。この身は消えても名を残そう)

最後のシーン、正尊は義経方の家来に抱えられ連行されていきます。観世で観た時は連れ去られる宇宙人のようでちょっとクスッとしてしまいました(笑)。さて今回はいかに!?明生さんはあまり格好の良くない去り方だと仰っていましたが、時代と運命に翻弄された男の悲哀が感じられる結末で感動の幕となることを大いに期待しています!

第97回粟谷能の会 事前鑑賞講座
2015年2月26日(木) 18:00~19:30 @国立能楽堂 大講義室
<出演>
粟谷明生さん(喜多流シテ方)
森常好さん(下掛宝生流ワキ方)
金子あいさん(女優)

※主催者および出演者に写真撮影および掲載の許可を得ています。

「正尊」のシテを勤める喜多流シテ方の粟谷明生さんと、女優の金子あいさん
「正尊」のシテを勤める喜多流シテ方の粟谷明生さんと、女優の金子あいさん
あらすじを読む金子あいさん
あらすじを読む金子あいさん
「三輪」の解説。小書「神遊」のお話などこちらも興味深い内容でした。
「三輪」の解説。小書「神遊」のお話などこちらも興味深い内容でした
下掛宝生流ワキ方の森常好さん
下掛宝生流ワキ方の森常好さん
面白いお話がたくさん飛び出しました!
面白いお話がたくさん飛び出しました!
正尊はこのように連れ去られる?
正尊はこのように連れ去られる?
平日18時、ご年配のお客様が目立ちます。
平日18時、ご年配のお客様が目立ちます
装束かけてありましたが、今回は特に解説なし
装束かけてありましたが、今回は特に解説なし
素敵な笑顔のツーショット写真♪
素敵な笑顔のツーショット写真♪

乱能~鎌倉能舞台45周年記念公演

2月17日、乱能を拝見してきました。乱能とは、シテ方、ワキ方、狂言方、囃子方の玄人全員が専門外のお役を担当して行う演能形式です。歌舞伎や文楽で言うところの天地会みたいなものです。
普段と勝手が違う役割に、ハプニング続出、セリフを忘れて後ろから教えてもらったり、カンペ取り出して見たり、他の人にぶつかったり、舞が全然揃ってなかったり、棒読みだったり。またオリジナル演出やありえない小物、誇張気味の表現なども楽しく、後見がカメラ持って撮影してたり、能面で視界が狭くなってるシテツレが下向いて足伸ばして爪先で舞台の端っこ探っていたり、長袴の裾を翻して隣の人の頭に引っかかったり、誰かサンを真似してるのか大袈裟な台詞回しをする人、土蜘蛛の投げた糸で観客までも糸まみれ…などと、とにかく可笑しくて抱腹絶倒。
その一方でなかなかのクオリティを披露した方も少なくなく、特にお囃子は皆さんお上手で正直驚きました。楽器が一番難しいんじゃないかと思っていたので。お囃子方でシテなどを演じられとても声の良かった方も。
演目の中で、翁、鉄輪、高砂は、おふざけはなく真剣に演じられ、普通にお能を観るようにすっかり魅入ってしまいました。素人の発表会とは雲泥の差。やはりお役が違うとはいえ普段慣れ親しんでいる領域なので、自然と感覚が身に付いているのかもしれませんね。
野村万作さまの翁は何の違和感もなく、そのまま正月にやってもいいんじゃない?と思いましたわ~。
朝10時から夕方5時過ぎまでの長丁場でしたが、自由席、休憩時間は特に設けられず出入り自由の気楽な雰囲気、折々に舞台から客席にアメが撒かれたり、樽酒が振舞われたりして、お祭りムードでとても楽しい一日でした!

第69回 野村狂言座

あけましておめでとうございます。

今年の初観能は「野村狂言座」でございます。

本当はこの前に別の能の公演を一つ観ているんですが、なんか内容がイマイチだったので、観なかったことにしました(苦笑)。

さて、野村狂言座です。これまで年間チケットで毎回木曜日に観ていたんですが、諸事情により今回は年間チケット買いませんでした。年末の公演だけ行こうと思っていたのにやっぱり無性に行きたくなり、行かれなくなった方から良席のチケットを譲っていただけた幸運もあり、金曜日の鑑賞です。

ところで、宝生能楽堂では最近、座席がリニューアルされました。以前の座席は布カバーがかけてあって、時間が経つにつれどんどんお尻が前に滑っていき偉そうな姿勢で鑑賞することになっていたのですが(私だけか?)新しい座席はなかなか座り心地が良いです。

そして、今回気づいたのですが、席番の付け方が変更になっていました。チケットを見ると、正面席へ列64番台。ん?60番台?以前はそんな番号なかったような。一列にはせいぜい20席ほどしかなかったはず。補助席(パイプ椅子?)でも出てるのかしらん、と思って座席を探していましたら、以前は10番台だった席に60番台が割り振られていました。つまり、以前は正面席と中正面席と脇正面席で番号が同じ席があったわけですが、新しい席番は、脇正面席ひと桁番台~10番台、中正面席20~30番台、正面席50~60番台として、各エリアで番号が被らないようにしたようです。慣れていない人は自分の座るべきエリアを間違えて、他のエリアの同じ番号に座ってしまったりすることがよくあったのでしょう。これは些細なことのようでなかなか評価できる変更です。

60番台という新しい席番
60番台という新しい席番

宝生能楽堂は自宅から一番近い能楽堂だし、トイレの個室が多くてどんなに行列が長くてもめちゃくちゃ捌けが良いので、好きな能楽堂です(どんな好きポイントなんだか。笑)

話を戻します。最初に野村萬斎さまの解説。時折ギャグを織り交ぜながら巧みなトークで会場を和ませます。加山雄三の歌がらみのギャグや「(ガール)ハント」というワードは昭和な人にしかわからないであろうに(笑)。ギャグというワード自体、ワタシが昭和だわw

萬斎さまの解説は絶好調で、5分オーバーする勢い。暴走する余り(?)客席に向かって「誰か止めてください」だって(笑)。「昨日はこんなこと話してないんですけどね、イマイチ伝わらなかったみたいなのでね(話を付け足してみた)」…とか(笑)。いつも木曜に行っていましたが、ひょっとしたら解説のみならず演目も、金曜に行った方が木曜の反省が生かされて完成度が高いのかもと思ったりしました。

さあ開演です。まずは囃子方のみによる素囃子「神舞」。正月公演ならではの豪華な幕開きです(幕はないけど。笑)。

つぎに狂言「夷毘沙門」。二人の神様が出てくるお話ですが、平日の会社帰りで疲れていたのか、ここで沈没しかけるワタシ・・・。

狂言「千鳥」はよく上演される演目ですが、太郎冠者が今回は萬斎さまでなく石田幸雄さんでした。萬斎さまは酒屋の役です。いつもと逆パターンの配役でちょっと新鮮。石田さんのお茶目な太郎冠者ぶりもなかなかいいもんでした。まあ、この演目はハズレがないですね。会場からも素直な笑いが起きてました。

休憩を挟んで、最後の演目が「若菜」でした。果報者(高野和憲さん)が海阿弥(野村万作さま)をお供に連れ、野遊びのため大原に出かけると、若菜摘みの大原女たちが通りかかり、二人が女たちを誘って酒宴が始まる、という話です。萬斎さまの解説によると、太郎冠者ではない海阿弥のようなキャラクターが出てくるのはこの作品ぐらいで、萬斎さまが10代の頃に出演された黒澤明監督の映画「乱」での秀虎と狂阿弥の関係性に通じるものがあるそうです。「乱」はシェイクスピアのリア王を題材に作られましたが、「乱」の狂阿弥はリア王の道化とは少しキャラが違う感じがします。黒澤監督は「若菜」を観て秀虎と狂阿弥の関係性を作り上げたような気もしますね。そういえば狂阿弥を演じたピーターに野村万作さまが狂言指導をなさったんですよね。息子が出演してるからなのかと思っていたけど、黒澤監督が能狂言から影響を受けていることを考えると、先に万作さまにオファーがあったと考えるのが自然ですね。

萬斎さまは「若菜」には「笑うところがない」と解説していましたが、確かにその通りでした。酒宴での謡や舞が聴きどころ観どころの作品です。皮肉なところが一つもなくて、誰も彼も性格が良くて、大原女たちは初めは恥ずかしがって誘いを断るのですが、再三の誘いには気持ちよく応じてお酌をし謡って舞います。万作さまの可愛らしくて味わい深い道化の演技も本当に微笑ましく、謡も舞もとても素晴らしかったです。萬斎さまも大原女の一人として出演されていました。お正月にぴったりのほのぼのした雰囲気で心が和みました。萬斎さまが、果報者を妬んだりしないで幸せな人がいるんだなと思って温かい目で観てほしいとおっしゃっていたのですが、実に幸せな気分にさせてもらえる良い作品に出会えた思いです。今年も良い年になりそうです(^_^)

ロビーにはお正月らしく鏡餅と酒樽が。
ロビーにはお正月らしく鏡餅と酒樽が。
能舞台にも正月飾りが。
能舞台にも正月飾りが。

万作を観る会・芸歴八十年記念公演(第二日目)

野村万作さまの芸歴八十年記念公演(第二日目)を拝見して参りました。

チケット応募をすっかり忘れていて落胆していたところ、お友達がチケットを手配してくれていたのです。あぁー万作ラブ熱♡を常々しつこいぐらいに主張しておいてよかったぁ~と思いました(*´▽`*) 感謝の気持ちで国立能楽堂へ!

今回一番観たかった「三番叟」は、万作さま・萬斎さまのお二人ともが三番叟を勤められるという珍しい演式でした。小書に「神楽式・双之舞」とあります。「神楽式」は古より伝わる小書のようですが、「双之舞」は公演プログラムに「二人の三番叟であることを勘案し名付けた」と記載されていましたので、今回の記念公演のために作られたということなのでしょうか。ともかくたいへん珍しいものを見せて頂きました。

二人の三番叟が色違いでお揃いの装束をつけ同じように黒い尉の面をかけて鈴を持ち舞台上で同時に舞います。舞台を広々と使い、並んで舞い離れてはまた近づき交差し、波動と立体感が感じられる舞。三番叟は常でも豪華なものですが、双之舞ではその迫力と華やかさは二倍増しとなりおめでたさが際立つものでした。

千歳はお孫さん(萬斎さまのご長男)の裕基くんが初々しく勤められれ、親子三代共演の三番叟まことに微笑ましい光景です。お囃子方には藤田六郎兵衛さま(笛)、大倉源次郎さま(小鼓頭取)、亀井忠雄さま(大鼓)ら超一流どころが招かれ、素晴らしい演奏で万作さまを祝福なさいました。

万作さまの従兄弟の三宅右近さまの狂言「佐渡狐」、名古屋の野村又三郎さまの小舞「御田」、万作さまのお孫さんの遼太くんの小舞「景清」、万作さま・萬斎さま親子の狂言「痺(しびり)」、そして一門の若手たちの「六地蔵」と、バラエティに富んだ演目でそれぞれにとても楽しめました。中でもいいなぁ~と思ったのが小舞「御田」で、これ覚えて内輪のおめでたい席なんかで舞ったら盛り上がりそうだな~と狂言小舞もちょっと習ってみたいなと思ってしまいました(能の仕舞もろくに練習してないくせに…?(゚∀゚ ;))

萬斎さまはスター☆彡なのでお若い頃から光り輝いていますし最近は人気に負けない実力を兼ね備えて全く非の打ち所なく素敵だと思いますが、お父様の万作さまとご一緒に舞台に立たれますと、どうしてもお父様の素晴らしさの方に目を奪われてしまいます。お年は召されましたが万作さまの芸はいまだ遙かに高いところにおられます。萬斎くんまだまだですなぁ~がんばれ~(笑)

八十三歳とは思えない軽やかな動きを見せて頂いた三番叟の円熟の舞も素晴らしかったですが、「痺」で演じられた太郎冠者のお茶目さ愛らしさもまた万作さまの持ち味を存分に楽しむことができ、ファンには嬉しい番組でした(*^_^*)

お祝いの会にふさわしい豪華で楽しい公演でした。いやホント観に行って良かった!
万作さま、芸歴八十年まことにおめでとうございます。さらに芸歴九十年をめざして今後もお元気にご活躍されますよう心よりお祈り申し上げます!

能楽五人囃子「能の来た道、日本のゆく道」

皆既月食が観測された日、国立能楽堂で、能楽五人囃子「能の来た道、日本のゆく道」を拝見して参りました。

講演ということでしたが、トーク、ワークショップ、実演で構成されていて、リラックスしたムードで堅苦しくなく飽きさせない内容でした。

オープニングはお囃子方の四名で「獅子」(石橋)を演奏。能は眠くなるというイメージを払拭するため(?)この選曲で元気よくスタートです!

大倉源次郎さんが中心となってお話しなさいました。源次郎さんは見た目はシュッとしていてカッコよくて演奏するときの真剣なお顔も凜々しいのですが、実際にお話しなさるととても気さくで面白い方。大阪人だから?サービス精神が旺盛で会場の笑いを誘うコメントも織り交ぜながら楽しいトークが進みます。ダジャレを言ってもオヤジギャグに聞こえないところはイイ男の特権ですよねぇ(*^_^*)

雛人形の五人囃子について。能舞台での並び方と同じで向かって右から、謡、笛、小鼓、大鼓、太鼓。覚え方は、音を出す位置が口から近い方から順に並ぶということです。へ~。そういや子どもの頃、右端のこの人だけなんで楽器持ってないんだろう?ってずっと思ってました。能を見るようになってから初めて謡だと気づいて、この人意味不明だったけどバンドで言えばボーカルじゃん!と思った記憶が(^_^;)

次に各楽器についての解説。能楽師さんたちは「お道具」と呼び、単なる楽器を超えた大切なものとして扱っているそうです。

能の笛は能管と呼ばれており、音程の取りにくい構造になっております…みたいな説明が源次郎さんからありまして。ところが…この一噌幸弘さん、能管で楽ラクと音程を取ってしまう稀有な才能の持ち主でして…。笑点のテーマやちびまる子ちゃんの踊るポンポコリンを披露(しかも全フレーズ。笑)。笛でメロディーを吹くなどごく普通のことのように思われますが、能管でそれやっちゃうのはスゴイんですよ!たいへん特殊な才能の持ち主です。幸弘さん、もっと吹いてもっとしゃべりたそうでしたが~(笑)

小鼓と大鼓は桜の木の胴に馬皮が麻紐で締め上げて張られています。材質が同じなのに全く音色は異なります。締め上げる強さが全然違うそうです。小鼓はバラっと分解してすぐに組み上げることができますが(源次郎さん実演)、大鼓は力一杯締め上げるため、組み上げるのに10分くらいかかってしまうとか(だから実演は無しよ)。
また小鼓は5年10年100年と年数が経つほど良い物に育っていくものですが、大鼓の革は消耗品で数回の演奏で新調しなければならないのだそうです。今講演では言及がなかったのですが、小鼓の革は湿らせて使い、大鼓の革は乾燥させて使う、というのは良く知られている話です。同じ材質なのに対照的な楽器ですよね。

一方、太鼓は欅の胴に麻紐で牛皮が張られています。太鼓を載せる台は又右衛門台と呼ばれているそうです。又右衛門さんという方が考案されたからとか。だらんとぶら下げると人間の形をしていてユーモラス(^o^)

囃子方は事前に合わせるためのお稽古するのかというとそうではなく、お互いのかけ声が合図となる決まり事があって、いきなりでも息を合わせられるのだそうです。かけ声だけで合わせられることを示すために、小鼓と大鼓がお互いが見えないよう背中合わせとなり演奏を披露。見事に決まりました!

一通り解説と実演が済んだところで観客席も体験のお時間です。グーにした左手に右手を当て右肩の位置まで持ってきて小鼓を打つマネをします。かけ声もかけます。そう、エア鼓です(笑)。 これは別のワークショップでも体験したことがあるのですが、一人一人にお道具を持たせる必要もなく手軽にできて楽しい体験です。しかもホンモノの小鼓の音に合わせての合奏。気分上がりますよ♪

後半はシテ方のワークショップ。解説は観世流シテ方の坂口貴信さん、能楽界きってのイケメン能楽師さんです。能舞台の説明、能の演目の種類についての説明の後、能面の解説と装束付けの実演など。
演目のオススメを問われてですね、貴信さん「能には『神・男・女・狂・鬼』という演目の種類があり、自分に好みに合った演目を選ぶことです。『女』は最も動きがゆっくりで時間も長い…最も能らしいとも言えますし、能楽師としてはとても大切な演目ですが…」…はっきりおっしゃらなかったですが初心者の方は「女」の演目は難易度が高いのでなるべく避けた方がいいとおっしゃりたかったのでは。わかります~。私もよく夢の世界に行ってます(笑)

解説の後は観客席の謡体験です。オウム返しというお稽古の方法で、貴信さんの後について観客全員で謡を練習。「高砂」を謡いました。一度お稽古したあと、お囃子方に入って頂き全員で謡います。おぉー、これはかなり気分が良いですネー♪ その後、貴信さんによる舞囃子「高砂」の実演です。貴信さんは舞姿がたいへんお美しいです。イケメンのうえ舞上手♡ 眼福でございました~(〃▽〃)

解説で印象に残ったお話をいくつか。

能舞台上の結界の話。シテは装束をつけて縦板が張られた三間四方の本舞台で演じます。それに対し、本舞台の後ろ(鏡板の前)にある横板が張られた後座は場面からいないものとなることを意味し、囃子方や後見などはここに座っています。シテもこの位置に入ると場面から一時いなくなったことを意味します(だから見て見ぬふりしてくださいね~)。
ところで、囃子方は実はつま先の部分は縦板にかかっているんだそうです。体の前半分はお芝居に参加しているという位置づけなんですかね~。お囃子の演奏もシテやその他の役者の心象描写(演技)の一部とも考えられますものね。

橋掛かりについて。普通(歌舞伎などの)花道は、客席の方に向かっていますが、能舞台の橋掛かりは必ず客席から離れるような角度で設置されています。花道が観客(=人間の世界)に近づくのに対し、橋懸かりの向こうにはあの世(=人間の世界でない)があるという意味合いからだそうです。この世のものでないナニカが、あちらの世界から橋掛かりを渡ってやってくるんですね~。

再び源次郎さんのトークのお話に戻ります。能の来た道。はるか神話の時代から明治維新、現代に至るまで、能の源流と歩んできた歴史について。源次郎さんは能の演目には平和の祈りが込められているとおっしゃいます。能には戦いを題材にしている演目が多いし戦いが当たり前の時代に作られているので、私は平和への祈りが込められているとは考えたこともありませんでした。歴史の表面だけを見ると人類は何千年も戦いや争いを繰り返してきて、戦いはこの世から無くならない人間の性や業のようなものという気がしていましたが、平家物語を読んでいると、戦うことの苦しみや悲しみがよく書かれています。平家物語はどちらかといえば戦争ドキュメンタリーのようなリアルな描写ですが、これが能になりますと、戦いで死んでしまった武将が浮かばれない霊になって現れて、戦いの悲惨さや苦しさを切々と語ったり、地獄の苦しみから逃れたいために回向を請うなど、戦いなんて良いことないぞ~やめとけオーラ出しまくりですものね。

足利義満、豊臣秀吉などの時の権力者に擁護されて繁栄することになった能が、徳川家康の時代になり社会を武力から文化へシフトするため、諸国大名に能をやらせて式楽として確立させた。元禄の頃には印刷技術が発達し謡本が出版されて庶民も謡を嗜むようになりさらに裾野が広がった。そのため明治維新となり全国から集まった人々がお互い方言で話して通じなかったところ、能や狂言の言葉で互いに話しかけることで通じたりした。明治維新以降の人々の交流の拡大に一役かったのではないか、という説はなかなか興味深いものでした。

日本のゆく道。若い人達にも観て頂き日本文化を通じて平和な世の中を願いみんな仲良く暮らして行きましょう。という締めでした。

出演者陣は豪華だし、とても内容が濃かったし楽しかったです♪(^o^)

ジャポニスム振興会 東京公演
能楽五人囃子「能の来た道、日本のゆく道」
平成26年10月8日(水)国立能楽堂

出演者
大倉源次郎(小鼓)
一噌幸弘(笛)
安福光雄(大鼓)
観世元伯(太鼓)
坂口貴信(観世流シテ方)

ナビゲーター
中村暁

鏡板に描かれている老松は石高によって松の立派度が違うらしく。国立能楽堂の松は江戸城の能舞台を復刻したのだそうです。だからあんなに立派なんですね~。
鏡板に描かれている老松は石高によって松の立派度が違うらしく。国立能楽堂の松は江戸城の能舞台を復刻したのだそうです。だからあんなに立派なんですね~。