寝かされてるツメちゃんと鯨のヒゲ。あと団七のアップ。@文楽講座(和GAKU庵)。講師は桐竹勘次郎さん。90分間たったお一人でたいへん濃い内容のお話と実演、たっぷり楽しませていただきました~\(^O^)/
「文楽」タグアーカイブ
狂言「川上」と人形浄瑠璃「壺坂観音霊験記」を観て思う夫婦の理想と現実
全く私事なのですが、本日で今の職場(立川)から撤退し、明日から別の現場(場所はヒミツ)に移ります。異動は最近になって突然言われたので、ウルトラ急ピッチでたんまりと抱えていた仕事を終わらせました。そしたら、何にもやることがなくなってしまい、身辺整理(機密書類のシュレッダーなど)も済んじゃって、仕事に関係あるデータも勢いできれいさっぱりパソコン上から消去してしまったので、今日は(仕事は)何にもできません!!というわけでヒマつぶしのため本日の投稿は長文です。おヒマな方は良かったらおつきあいください(笑)
なんかここ最近、行きたいお能の公演が全然なくてちょっと欲求不満になってます・・・(´-ω-`)
で、外も暑いし、家で有意義に過ごそうと思って、お友達から借りた狂言のDVDを観てたんですね。
10年近く前の映像なので、ひゃー、萬斎さまも誰も彼もみんな若いぃぃ~(しかも万之介さまがご健在・・(T_T)うるうる)、萬斎さまのアップが若すぎてなんだか恥ずかすぃとか一人で盛り上がりまくり(そういう自分がよっぽど恥ずかしい。笑)。
目当ては萬斎さまの「三番叟」だったのですが、最後に収録されていた万作さまの「川上」という狂言がむしろ一番印象に残り、これって5月に文楽で観た「壺坂観音霊験記」と表裏みたいな話じゃね?と思ったのでちょいとご紹介します。
「壺坂観音霊験記」あらすじ
沢市は眼病を患い盲目となったが美しい女房お里と仲睦まじく暮らしていた。
あるとき沢市はお里が夜な夜な出かけていくことを不審に思い外に男ができたのだと思う。
そこである夜秘かにお里の後をつけてみると、お里が沢市の目が治るように壺坂観音に願をかけていたことを知る。
沢市は妻の貞節を疑ったことを詫び、観音堂にお籠もりして祈りを捧げる決心をする。
お里は賛成しお籠もりの支度をするために一度家に戻った。その間に沢市はこんな自分がいては妻の足手まといだろうと自ら谷底に身を投げる。
家からお堂に戻ってきたお里は谷底に沢市の死体を見つけ、嘆き悲しみ自分も後を追い谷底に身を投げる。
谷底で眠る二人の前に観音様が現れる。二人の信仰心に報いるために観音様は二人を生き返らせ、沢市の目まで開けてくださった。
めでたしめでたし。
「川上」あらすじ
眼病のため10年前に盲目になった男が住んでいた。男には長年盲目の彼を介抱し連れ添ってきた妻がいた。
夫は川上という所にある霊験あらたかな地蔵に願掛けをすると目が見えるようになるという噂を聞き、妻に留守を任せて出かけていく。
地蔵堂に参詣した夫がお籠もりをしていると夢の中に神様が現れお告げを聞く。夢から覚めると目が見えるようになっていた。喜んで杖を捨て帰途につく夫。そこへ妻が現れる。目が見えるようになった夫に妻も喜び、どのようにして目が開いたのか尋ねる。
夫は神様のお告げを妻に話す。妻とは悪縁なので離縁すれば目が開くと神様が告げたと言うのだ。夫は目が見える方がいいので、別れて他の良い男と一緒になってくれと妻に言う。それを聞いた妻は怒り出し、絶対に別れない、離縁されるならいっそ見えない方がいいと責める。
根負けした夫は諦め、それならばこれまで通り連れ添おうと言う。すると夫の目が再び見えなくなる。二人して泣きながらこれも運命と嘆き悲しむ。こんなことなら杖を捨てなければ良かったという夫に、妻は「愛しい人、こちへ御座れ」と言い、「手を引いてたもれ」と言う夫の手を取り、二人並んで家へと帰る。
深い・・・。
「壺坂」の方は本当にええ話です。神仏は心根の美しい善い人間を救ってくれるというわかりやすいストーリーで、観た後は間違いなく幸せな気持ちになります。私もこの話が大好きです。
でも、実際の人生って「川上」みたいなもんだと思いませんか?何にも悪いことしてないのに病気になる、ずっと善い行いしてきたのに報われない、仲良い夫婦でもちょっとしたきっかけでエゴや本性が現れちゃう、神様は何にも助けてくれない、理不尽なことも受け入れていかなくちゃならない、なーんて全部現実にあること。
私も最初にこの話を観たときは、えーーー、全然救いがないじゃーん(´д`) と、モヤモヤしてしまったんですけど、改めて観てみると非常に考えさせられるというか、観る人の価値感や同じ人でも観る時の気分によって受け取り方が全然違ってきて、想像力をかきたてる深い話だなと思いました。夫婦愛なのか諦観なのか・・感じるものは人それぞれだと思います。
狂言にやはり盲目の人が出てくる「月見座頭」という演目がありますが、これも途中まで趣があるいい感じで話が展開するんですが、座頭が最後に突然、理不尽な意地悪をされるんですよね。これが今だったらすぐイジメだとか差別だという話になってしまうと思うんですが、本当のところはどうなんでしょう。作者の真意はわかりません。差別か、皮肉か、滑稽話か、受け取り方はまたそれぞれだと思います。
最近facebookでよく見られる、感動話に脊髄反射的にいいね!するような風潮は私は好きじゃありません。イイ話のウラには何かあるのでは?とつい考えてしまうので。イロイロ騙されて生きてきたので懐疑的思考が常となっているのカモ。天邪鬼でごめんね~~Ψ(+Φ∀Φ)Ψ
それにしても万作さまの演技は本当に素晴らしい。「川上」は万作さまの当たり役と言われているようです。盲人の演技も妻とのやり取りも秀逸ですが、一人芝居の部分が特に味わい深いです。万作さまの芸の真髄を堪能できる作品です。萬斎さまの「川上」は、おそらくあと20年は満足できないと思う、まだ観たことないケド(笑)
ひょんなことから大先輩と文楽
文楽を観ていると昔の時の流れがいかにゆっくりだったかを感じるという話
文楽『一谷嫩軍記』、今公演で既に2度観た私、ホント好きですね~。
三段目「熊谷陣屋の段」は単独で上演される機会も多いと思いますが、今回はその前の段である「熊谷桜の段」が上演されたのと、赤坂花形文楽でさらに二段目「組討の段」を素浄瑠璃で拝見していたことにより、「熊谷陣屋」をより一層楽しめたと思います。
平家物語では熊谷直実が平敦盛を討ち取る挿話はごくごくあっさりしているそうですから、浄瑠璃になったときにかなり面白く脚色されたんですね。
「組討の段」では直実が敦盛を討つことを躊躇します。我が子と同じ年頃の若者を殺すに忍びないということですよね。そして討ち取って直実は涙します。戦場で敵を殺したからといっていちいち泣いていては武士の名折れです。いくら年端もいかぬ若者とはいえ、敵である敦盛を殺したことをなぜそんなに悲しむのか。種明かしをすると実は敦盛は我が子小次郎なわけです。直実が泣くのは我が子を殺してしまったから・・。そう考えると涙の理由も納得できます。
ところで、敦盛が実は小次郎であることを、観客のほとんどはそれが明らかになるシーンに至る前から知っています。
「熊谷陣屋の段」は人気演目ですから既に観ていて話を知っている人も多いですし、現代の観客は浄瑠璃を初めて聞いて言葉を完全に理解できる人はほとんどいませんから、あらかじめストーリーを予習してきたり、プログラムのあらすじに目を通したりする人が多いです。
浄瑠璃だけを予備知識なく初めて聞いて話を理解してなるほどそうだったのか!と思うことは実際には少ないと思うんです。伝統芸能の楽しみ方って現代演劇や映画を観る場合と少し違っていますよね。ある程度、予備知識が要る、ストーリーも知っていないと厳しい、それが現実です。
話を戻すと、観客は直実が我が子を殺したことを知っていますが、「組討の段」ではまだその事実が明らかにされていないという建前です。実は「組討の段」の語りってものすごく難しいんじゃないでしょうかね。結末をわかっている観客に対して、この時点で自明でない事実はできる限り出し過ぎないようにして、しかし後段への伏線は上手に張らなければなりません。もし通しで上演されるのなら、ここがうまく語れていないと後が台無しになってしまうと思います。
「熊谷陣屋」で観客は「組討」の直実の涙の理由を知ることになります。つくづくよくできている話だなぁと思いました。
しかし、ここでふと別の疑問が湧いてきます。
直実がなぜ我が子を敦盛の身代わりにしたかというと、義経から渡された「一枝を切らば一指を切るべし」という制札による謎かけが発端です。直接命を受けたわけでなくヒントだけ与えられて意思を察するわけです。息子小次郎もあらかじめ義経から意思を聞いて覚悟していた可能性があります。
しかし「組討の段」では、主人に忠義を尽くすために父と子が互いに示し合わせたというわけではありません。自分自身が成すべきことは双方承知していたとしても、相手がなぜそうするのか(父がなぜ自分を殺そうとしているのか、息子がなぜ黙って殺されようとするのか)はわからないはず・・。二人の間に戸惑いはなかったのだろうか・・?
これはもう親子の「以心伝心」であったのではないか?と私は理解しました。私の知識ではこれ以外の説明をつけることができません。
この疑問は全段を通して観ればわかることなのでしょうか。通しで観たことがないのでわかりません。ご存知の方いらしたら教えていただきたいです。
やはり文楽は本来、通しで観るのが最高なのかなと思います。技芸員の負担や集客のことを考えると全ての公演を通し上演にするのはこの現代においては不可能な話です。しかし、全部を通して観ると途轍もなく長い時間を費やす演劇を鑑賞することが普通だった時代には、おそらく今よりもはるかにゆったりとした時が流れていたのだろうなぁと思うと何だかうらやましい限りです。・・と、ここでようやく表題につながりました(笑)
赤坂花形文楽
本日、赤坂花形文楽♪♪♪
当日券もあるそうですよ!(*´▽`*)
私は会社を早引きして参ります!(気合い入ってます!笑) ミヽ( ‘з’)ノ
赤坂花形文楽は、若手を応援するとともに、技術の向上を計り、さらなる普及発展を目的とした、若手の登竜門のような会です。未来の名人を目指す若手たちをぜひ応援してあげてください!
5月8日(水)
18:00開演(17:30開場)20:50終演予定
会場:赤坂区民センター 区民ホール(3階)
料金:4500円(全席指定)
プログラム
素浄瑠璃「一谷嫩軍記 ~組討の段」
豊竹芳穂大夫、鶴澤清公
おしゃべり文楽(トーク&デモ)
豊竹呂勢大夫、鶴澤藤蔵、吉田幸助、吉田一輔
文楽「壺坂観音霊験記 ~沢市内より山の段」
豊竹呂勢大夫、鶴澤藤蔵、吉田幸助、吉田一輔 ほかの皆さん
文楽鑑賞教室
文楽鑑賞教室に行ってきました。
演目は「靱猿」と「恋女房染分手綱」。それに、大夫、三味線、人形遣いの方々によるわかりやすい解説もあり、とても面白かったです。
「恋女房染分手綱」(重の井子別れの段)は、文楽で最も私の涙腺を緩ます演目で(能の「隅田川」と二大巨頭です 笑)上演前の大夫さんによるあらすじ解説を聞いている段階でもう胸にこみ上げるものが・・。実際、舞台も感動的でたいへん良かったです。
さて、本来、学生さんのための鑑賞教室です。高校生(中学生なのかも?)の団体や外国人の団体が来ていましたよ。
高校生たちは、玄関前に全員、体育座りして開場を待ちます。とっても賑やか。やっぱり皆で校外に出るとはしゃいでしまいますよね(ちなみに上演中は皆さんとてもお利口さんでした)。
先生が鑑賞時の注意事項などを話します。おしゃべりしない、居眠りしない、椅子など劇場のモノを壊さない(過去にそういうことがあったらしい・・)、などなど。
で、先生は言いました。「“歌舞伎”を観た後は…(以下略)」
先生、観るのは”歌舞伎”じゃありませんから!残念っ!!!



