五月花形歌舞伎@明治座(前編)

本日は明治座に五月花形歌舞伎(昼の部)を拝見して参りました。

ワタクシ、能や文楽はしょっちゅう観に行っていますが(中毒)、歌舞伎はせいぜい年に1回くらいしか観に行っていません。なので、あまり詳しくなくて、たまに観に行くとこれまで観たことはほとんど忘れてしまっていて、歌舞伎を初めて観た人のようにいつも新鮮な感覚でいられます。また、能や文楽と似ていることも多いですが、微妙に違っているところがまた特に面白かったりします。そんな初心者の感想を長めに書いてみました(文中のウンチクは公演プログラムかイヤホンガイドの受け売りです)。詳しい方にはアホな感想に見えると思いますが、温かい目でご覧いただき、逆にぜひいろいろ教えてください。

1.歌舞伎十八番の内「矢の根」
主人公は曽我五郎時致(市川右近)です。ふむふむそれならお能にも出てくるしお話は知ってるぞ、と思って見ていたら、正月に宝船の絵を枕にうたた寝する話に展開して何やらのんびりな雰囲気。五郎は冒頭で七福神の悪口を言っちゃってるのに宝船の絵でいい初夢を見ようとしちゃうの?と突っ込みを入れたくなります。この七福神への悪態つきは言葉によって悪霊を鎮めるという意味があるそうです。

舞台上には五郎と、チョンマゲで裃姿の人が二人います。この人達は後見なのだということにややしばらくしてから気づく(遅い)。チョンマゲしてると何かの役の人かと思っちゃうんです。お能の後見は現代風のヘアスタイルで地味に紋付き袴なので(たまに裃の時もあるけど色は地味だし)劇中人物ではないとすぐに認識できるけど、歌舞伎の後見って存在感ありすぎなのよねー(慣れるとどうってことないのか?)。

ところが!その後出てきた大薩摩文太夫(中村亀鶴)が、後見と全く同じ格好をしているのでワタクシは混乱します(x_x) もう一人後見が出てきたって思っちゃたよーー。

五郎が寝転ぶときに、後見が五郎の下に入っちゃったのにビックリ!大きなカツラや帯の形が崩れないように支えているんだそうです。

五郎がうたた寝を始めると、ヒュ~ドロドロ~~、と幽霊が出てくる時のお馴染みの効果音が。そして上手側から幽霊(?)がすべるように出てきます。五郎の兄の曽我十郎祐成(市川笑也)です。十郎は父の敵の工藤の館に囚われているので救ってほしいと告げ姿を消す。幽霊じゃなくてまだ生きてました・・・。

五郎は飛び起き、夢枕に立った兄を救うため支度を始めます。後見が二人がかりで仁王襷という太い綱を五郎に装着します。この綱は子どもの体重ほどの重さがあるという解説でしたが、いったい何歳の子どもなのか説明がなかったので重さは結局不明。とにかく重くて結ぶのが重労働ということが言いたかった模様。

その間、三味線がどんどん早弾きになり緊張感が高まります。邦楽演奏隊(大薩摩太夫+三味線)は上手側にいますが(この場合も床って言っていいのか?)、二人いる三味線さんのうち一人は弾かないでじっと舞台上を凝視しています。弾いている三味線さんと二人の太夫は真っ直ぐ前を向いているのに一人だけ横を見ているのが奇妙な感じです。しかし、じきに仁王襷を締め終えた後見の一人が上手の方を向いて合図をしますと、よそ見していた三味線さんが弾き始めました。そっか、合図を待っていたんですね。よそ見とか言ってすんません。_(_^_)_

支度を終えた五郎の家の前を、大根を積んだ馬をひいた馬士が通りかかります。五郎は緊急なのでその馬を貸してほしいと頼みますが、商売道具なんでと断られます(だよねー)。結局、無理矢理に馬を奪ってしまうんです(んな、乱暴な!)。そして、猛々しく名乗りを上げ、積んであった大根の一本をムチ代わりにして(笑)、五郎は駆け出していくのでした。(幕)

お正月が舞台の祝祭劇。荒事は派手でカッコイイですね。とても歌舞伎っぽくて楽しめました♪

後編は次回に。

第97回粟谷能の会 事前鑑賞講座

3月1日に催される「粟谷能の会」の事前鑑賞講座に行って参りました。

今回は現在物の大曲「正尊」がテーマ、また、下掛宝生流ワキ方の第一人者、森常好さまをゲストにお迎えするとお伺いし、ワキ方フリークのワタクシといたしましては絶対に行かなくては!!雨ニモマケズ、会社を早退してはるばる調布から千駄ヶ谷の国立能楽堂に駆け付けましたよ~。

まず前半は、今回、正尊でシテを勤められる粟谷明生さん、女優の金子あいさんのお二人がご登場。粟谷能の会の最初の演目である「三輪」についての解説が行われました。
早く「正尊」の解説に行きたそうな明生さん。自分が出ないものを解説するのは苦手…だそうで。「三輪」も以前に演じたことがあるそうなのですが、終わってしまえばあまり興味がなくなるんですって(笑)さすが常に未来に向かって前進し続ける男、粟谷明生、です!

「三輪」の話もとても面白かったので、時間があれば後日書いてみようと思います。

ここで、ワキ方の森常好さんがご登場。粟谷明生さん、森常好さんともに昭和30年生まれということで、とっても仲が良さそう~(^o^)

正尊は、観世弥次郎長俊の作品で、世阿弥から時代を下ること約130年後の人ですが、これ以降は有名な作者は出ていないそうです。長俊の父は観世小次郎信光で、「船弁慶」や「紅葉狩」、「道成寺」などの派手な作品を作った人です。この頃から能はわかりやすく会話の多い作品が多くなり、歌舞伎に近い演出のものが作られるようになったとのこと。
長俊は父親である信光の作風を受け継ぎ、現代劇のような「正尊」を作り上げました。

常好さんはめちゃくちゃ強い弁慶(似合ってる~)、明生さんは嘘つきの坊主(笑)土佐坊正尊を演じます。

常好さんは喜多流での正尊は初めてとのこと。これまで観世流、宝生流とお勤めになり、下掛かり流儀では初となります。ちなみに金剛流と金春流では今は弁慶がシテ、正尊がツレなので、ワキの出番がないそうです(本来は弁慶がワキ)。

明生さんによると、頼朝に義経討伐を命じられた正尊は、我こそが!と立候補して引き受けたという説と、指名されてしまったので嫌々出向いたという説があるそうです。明生さんご自身は後者の解釈、貧乏くじを引いてしまった、不本意ではあるが命じられたからには死ぬ覚悟で…という男の悲劇を演じたいと仰っていました。

同じ日に申し合わせ(リハーサル)が行われたそうで、常好さんから見ても、観世流の正尊は弁慶に対して強い態度で立ち向かうのに対し、明生さんの正尊はイヤイヤな感じだったそうでなかなか立ち上がらなかったりして面食らったとか(笑)

同じ演目でも流儀や家によって違いがいろいろあるのだそうです。
例えば、最後に正尊が連行されていく場面で、喜多流は左右の腕を敵に抱えられ歩かされて連れて行かれるのが、観世流ではその家来達がシテに縄をかけひょいと持ち上げて運んで行っちゃいます(豪腕。笑)。
また、喜多流の正尊は他流に比べて、静御前(子方)の舞がとても大変だそうです。観世・宝生では一周して終わりだけど、喜多では三段舞い、長いので速めに囃すとか。確かに観世流で観た時は子方の舞はあっさりしていて特に印象に残ることはありませんでした。それを聞いて子方の舞を拝見するのも楽しみになってきました。

流儀の違いについてのお話がたくさん聞けるのは、全てのシテ方流儀とご共演なさっている常好さんならでは。いつも舞台上でじっと座って様々なシテ方を見つめて続けてきたワキ方だからこそわかることも多いのですね。

正尊の最大の見どころは起請文の読み上げです。能には安宅(勧進帳)、正尊(起請文)、木曽(願書)の三曲に読物と呼ばれる見せ場があります。喜多流の演目に木曽は無いので、安宅と正尊のみですが、今回明生さんは正尊を勤められ、次回の粟谷能の会(今年10月)には安宅のシテを勤められます。今年二つの読物に挑むことで還暦の年のけじめにしたいと仰っていました。

正尊が義経方を欺くために嘘の起請文を読み上げるという緊迫した場面です。起請文の部分は謡本にも節の指示が書かれていないそうです。過去に正尊を演じたことのある限られた先生に習うしかありません。謡本に朱書きしていくのだそうです。喜多流では最近では金子匡一さん←香川靖嗣さん←粟谷菊生さん(明生さんのお父様)←友枝喜久夫さん←…くらいしか演じた方がおられません(明生さんの記憶)。少ないです。秘伝中の秘伝なのですね。・・・と思いきや、明生さんのおウチの場合は、お祖父様の粟谷益二郎さんが伝書を残してくださったそうで、今の謡本にはゴマ(節などを表す記号)が書いてあるそうです(もはや秘伝ではない?笑)。

申し合わせで起請文の部分を合わせてみることを明生さんが提案してみたら、お囃子の先生方が「当日でいいっす、まだ覚えてないし~」と仰ったのだそう。本当は覚えていないわけでなく、リハーサルで一回やってしまって約束になってしまうと慣れてしまって緊迫感がなくなるからとお考えだからでしょうとのこと。

常好さんが仰るには、能は約束で成立してしまうと駄目なんだそうです。舞台は試合のようなもの。その場での臨機応変な対応が大切で、あらかじめ約束されたことをこなすだけでは緊張感が無くなってしまう。長い歴史を経て基本的な型は完成しているので、各パートが自分の持ち分を各々きちっと守ってさえいれば全体として合うのは間違いないのだそうです。

若い頃は細かく指導されずただ「違う!」としか言われない、何が違っているかまでは教えてもらえない、ただ他の人を見て覚える、それが全部正しいわけでもない、そのうち自分なりの物差しのようなものができてくる、そして身震いするほど感動できる舞台に出会った時に自分の物差しも決まってくる、そこからまた新しい感動が生まれる…。人は計算されて感動するものでない、という常好さんのお言葉が印象的でした。

演じるも見るも機会が少なく貴重な喜多流の起請文、今回はぶっつけ本番、緊張感みなぎるものになるに違いありません。明生さんがどのように読み上げるのか、とても楽しみです♪

正尊はビックリするほどたくさん人が出てきてビックリするほど動き回る演目です。まーとにかくビックリしてください!と金子あいさん。
そうそう、あまりにたくさん人が出てくるので、いつもは空間が大きく感じられる能舞台ですが、立衆(正尊の部下達)が全て出てくるとぎゅうぎゅう詰め(笑)あまりに登場人物が多いので装束が足りず森家からお借りしたと明生さん。登場人物が多いと後見も大忙し、着付けやら何やらで優秀な裏方もたくさん必要でまさに総力戦。あまり出ない演目であるというのも頷けます。

あと、能は動きが止まっているか果てしなくゆっくりしているイメージを抱いている皆さん!能は静かすぎて眠くなると思っている皆さん!!正尊には切組といって、いわゆるチャンバラのシーンがあるのです!しかも斬られて倒れる人はアクロバティックな死に方をするので、初めて見る人は誰もが仰天するかと。私が以前に観たことがあるのは、飛び安座(飛び上がって座った姿勢で着地)、仏倒れ(直立したまま後ろに倒れる)、前方宙返り、などでした。今回それらの全ての型が出てくるかを聞き忘れましたので、見てのお楽しみです。この切組のシーンは起請文の読み上げと並ぶもう一つの見どころです。

静御前までが正尊と戦うというのがちょっと微笑ましいです。元々は子方が戦うシーンは無かったのだけど、後から付け加えられたそうな。理由は子方に華を持たせようという意図だったらしいです。

それにしても義経チームを人数が少ないのに強すぎ(笑)大勢いた正尊方の郎等が次々と倒されていきます。そして、ついに正尊と弁慶の一騎打ちとなります。最初は正尊は大太刀、弁慶は長刀を持って対決するのですが、最後には武器を捨て相撲の如くがっぷり四つに組み合います。しまいに正尊は弁慶に投げ飛ばされてしまいますが、常の演出ではそこで弁慶は正尊から離れてしまうのですが、明生さんは、弁慶がそこから去り誰もいなくなるのは不自然である(正尊に逃げられちゃう。笑)という解釈で、常好さんがそのまま残り家来が連行するまで正尊の肩を押さえ続ける演出にしたそうです。そこに弁慶の正尊に対する怒りを表すようにしたいそうです。こだわりの演出、注目いたしましょう!

また、明生さんおすすめの鑑賞ポイントとして、初同(地謡の謡い始めの箇所)に注目とのこと。地謡・お囃子はさらっと演奏しますが、ここに土佐坊正尊の気持ちが全部詰まっているので、じっくり聴いていただきたいとのことでした。
「否にはあらず稲舟の。上れば下る事もいさ。あらまし事もいたづらに。なるともよしや露の身の。消えて名のみを残さばや」
(否とは言えず立ち出でる。こうして都に上って来たが、もはや鎌倉に下ることは叶うまい。それでもよい。この身は消えても名を残そう)

最後のシーン、正尊は義経方の家来に抱えられ連行されていきます。観世で観た時は連れ去られる宇宙人のようでちょっとクスッとしてしまいました(笑)。さて今回はいかに!?明生さんはあまり格好の良くない去り方だと仰っていましたが、時代と運命に翻弄された男の悲哀が感じられる結末で感動の幕となることを大いに期待しています!

第97回粟谷能の会 事前鑑賞講座
2015年2月26日(木) 18:00~19:30 @国立能楽堂 大講義室
<出演>
粟谷明生さん(喜多流シテ方)
森常好さん(下掛宝生流ワキ方)
金子あいさん(女優)

※主催者および出演者に写真撮影および掲載の許可を得ています。

「正尊」のシテを勤める喜多流シテ方の粟谷明生さんと、女優の金子あいさん
「正尊」のシテを勤める喜多流シテ方の粟谷明生さんと、女優の金子あいさん
あらすじを読む金子あいさん
あらすじを読む金子あいさん
「三輪」の解説。小書「神遊」のお話などこちらも興味深い内容でした。
「三輪」の解説。小書「神遊」のお話などこちらも興味深い内容でした
下掛宝生流ワキ方の森常好さん
下掛宝生流ワキ方の森常好さん
面白いお話がたくさん飛び出しました!
面白いお話がたくさん飛び出しました!
正尊はこのように連れ去られる?
正尊はこのように連れ去られる?
平日18時、ご年配のお客様が目立ちます。
平日18時、ご年配のお客様が目立ちます
装束かけてありましたが、今回は特に解説なし
装束かけてありましたが、今回は特に解説なし
素敵な笑顔のツーショット写真♪
素敵な笑顔のツーショット写真♪

乱能~鎌倉能舞台45周年記念公演

2月17日、乱能を拝見してきました。乱能とは、シテ方、ワキ方、狂言方、囃子方の玄人全員が専門外のお役を担当して行う演能形式です。歌舞伎や文楽で言うところの天地会みたいなものです。
普段と勝手が違う役割に、ハプニング続出、セリフを忘れて後ろから教えてもらったり、カンペ取り出して見たり、他の人にぶつかったり、舞が全然揃ってなかったり、棒読みだったり。またオリジナル演出やありえない小物、誇張気味の表現なども楽しく、後見がカメラ持って撮影してたり、能面で視界が狭くなってるシテツレが下向いて足伸ばして爪先で舞台の端っこ探っていたり、長袴の裾を翻して隣の人の頭に引っかかったり、誰かサンを真似してるのか大袈裟な台詞回しをする人、土蜘蛛の投げた糸で観客までも糸まみれ…などと、とにかく可笑しくて抱腹絶倒。
その一方でなかなかのクオリティを披露した方も少なくなく、特にお囃子は皆さんお上手で正直驚きました。楽器が一番難しいんじゃないかと思っていたので。お囃子方でシテなどを演じられとても声の良かった方も。
演目の中で、翁、鉄輪、高砂は、おふざけはなく真剣に演じられ、普通にお能を観るようにすっかり魅入ってしまいました。素人の発表会とは雲泥の差。やはりお役が違うとはいえ普段慣れ親しんでいる領域なので、自然と感覚が身に付いているのかもしれませんね。
野村万作さまの翁は何の違和感もなく、そのまま正月にやってもいいんじゃない?と思いましたわ~。
朝10時から夕方5時過ぎまでの長丁場でしたが、自由席、休憩時間は特に設けられず出入り自由の気楽な雰囲気、折々に舞台から客席にアメが撒かれたり、樽酒が振舞われたりして、お祭りムードでとても楽しい一日でした!

第69回 野村狂言座

あけましておめでとうございます。

今年の初観能は「野村狂言座」でございます。

本当はこの前に別の能の公演を一つ観ているんですが、なんか内容がイマイチだったので、観なかったことにしました(苦笑)。

さて、野村狂言座です。これまで年間チケットで毎回木曜日に観ていたんですが、諸事情により今回は年間チケット買いませんでした。年末の公演だけ行こうと思っていたのにやっぱり無性に行きたくなり、行かれなくなった方から良席のチケットを譲っていただけた幸運もあり、金曜日の鑑賞です。

ところで、宝生能楽堂では最近、座席がリニューアルされました。以前の座席は布カバーがかけてあって、時間が経つにつれどんどんお尻が前に滑っていき偉そうな姿勢で鑑賞することになっていたのですが(私だけか?)新しい座席はなかなか座り心地が良いです。

そして、今回気づいたのですが、席番の付け方が変更になっていました。チケットを見ると、正面席へ列64番台。ん?60番台?以前はそんな番号なかったような。一列にはせいぜい20席ほどしかなかったはず。補助席(パイプ椅子?)でも出てるのかしらん、と思って座席を探していましたら、以前は10番台だった席に60番台が割り振られていました。つまり、以前は正面席と中正面席と脇正面席で番号が同じ席があったわけですが、新しい席番は、脇正面席ひと桁番台~10番台、中正面席20~30番台、正面席50~60番台として、各エリアで番号が被らないようにしたようです。慣れていない人は自分の座るべきエリアを間違えて、他のエリアの同じ番号に座ってしまったりすることがよくあったのでしょう。これは些細なことのようでなかなか評価できる変更です。

60番台という新しい席番
60番台という新しい席番

宝生能楽堂は自宅から一番近い能楽堂だし、トイレの個室が多くてどんなに行列が長くてもめちゃくちゃ捌けが良いので、好きな能楽堂です(どんな好きポイントなんだか。笑)

話を戻します。最初に野村萬斎さまの解説。時折ギャグを織り交ぜながら巧みなトークで会場を和ませます。加山雄三の歌がらみのギャグや「(ガール)ハント」というワードは昭和な人にしかわからないであろうに(笑)。ギャグというワード自体、ワタシが昭和だわw

萬斎さまの解説は絶好調で、5分オーバーする勢い。暴走する余り(?)客席に向かって「誰か止めてください」だって(笑)。「昨日はこんなこと話してないんですけどね、イマイチ伝わらなかったみたいなのでね(話を付け足してみた)」…とか(笑)。いつも木曜に行っていましたが、ひょっとしたら解説のみならず演目も、金曜に行った方が木曜の反省が生かされて完成度が高いのかもと思ったりしました。

さあ開演です。まずは囃子方のみによる素囃子「神舞」。正月公演ならではの豪華な幕開きです(幕はないけど。笑)。

つぎに狂言「夷毘沙門」。二人の神様が出てくるお話ですが、平日の会社帰りで疲れていたのか、ここで沈没しかけるワタシ・・・。

狂言「千鳥」はよく上演される演目ですが、太郎冠者が今回は萬斎さまでなく石田幸雄さんでした。萬斎さまは酒屋の役です。いつもと逆パターンの配役でちょっと新鮮。石田さんのお茶目な太郎冠者ぶりもなかなかいいもんでした。まあ、この演目はハズレがないですね。会場からも素直な笑いが起きてました。

休憩を挟んで、最後の演目が「若菜」でした。果報者(高野和憲さん)が海阿弥(野村万作さま)をお供に連れ、野遊びのため大原に出かけると、若菜摘みの大原女たちが通りかかり、二人が女たちを誘って酒宴が始まる、という話です。萬斎さまの解説によると、太郎冠者ではない海阿弥のようなキャラクターが出てくるのはこの作品ぐらいで、萬斎さまが10代の頃に出演された黒澤明監督の映画「乱」での秀虎と狂阿弥の関係性に通じるものがあるそうです。「乱」はシェイクスピアのリア王を題材に作られましたが、「乱」の狂阿弥はリア王の道化とは少しキャラが違う感じがします。黒澤監督は「若菜」を観て秀虎と狂阿弥の関係性を作り上げたような気もしますね。そういえば狂阿弥を演じたピーターに野村万作さまが狂言指導をなさったんですよね。息子が出演してるからなのかと思っていたけど、黒澤監督が能狂言から影響を受けていることを考えると、先に万作さまにオファーがあったと考えるのが自然ですね。

萬斎さまは「若菜」には「笑うところがない」と解説していましたが、確かにその通りでした。酒宴での謡や舞が聴きどころ観どころの作品です。皮肉なところが一つもなくて、誰も彼も性格が良くて、大原女たちは初めは恥ずかしがって誘いを断るのですが、再三の誘いには気持ちよく応じてお酌をし謡って舞います。万作さまの可愛らしくて味わい深い道化の演技も本当に微笑ましく、謡も舞もとても素晴らしかったです。萬斎さまも大原女の一人として出演されていました。お正月にぴったりのほのぼのした雰囲気で心が和みました。萬斎さまが、果報者を妬んだりしないで幸せな人がいるんだなと思って温かい目で観てほしいとおっしゃっていたのですが、実に幸せな気分にさせてもらえる良い作品に出会えた思いです。今年も良い年になりそうです(^_^)

ロビーにはお正月らしく鏡餅と酒樽が。
ロビーにはお正月らしく鏡餅と酒樽が。
能舞台にも正月飾りが。
能舞台にも正月飾りが。

谷中で文楽~桐竹勘十郎×アラン・ウエスト(後編)

前回のお話 ⇒ 谷中で文楽~桐竹勘十郎×アラン・ウエスト(前編)

さて、左遣いの吉田簑紫郎さんと足遣いの桐竹勘次郎さんがご登場なさって、三人遣いについての解説です。通常、主遣いは、中腰の足遣いが楽な姿勢で動けるように高さのある舞台下駄を履きますが、今回は会場の都合上履きません。また、通常の舞台と違って手摺り(人形遣いの腰から下を隠すようになっている仕切り)が無いので、足遣いの全身が見えています。普段見られない光景です。かなり辛そうな体勢で遣っていました。若くても腰や膝を痛める人が多いというのも頷けます。足遣いの修行は10~15年だそうです。うーーん、大変ですね・・・(*_*) 左遣いと足遣いは普段は黒衣姿で頭巾を被っていますが、今回は男前のお顔を拝見できました。簑紫郎さんと勘次郎さんが何となく似てらしてご兄弟のよう(*^_^*)

三人でどのように息を合わせるかというと、主遣いが合図を出しています。もちろん舞台上で声を出すわけにはいきません。足遣いに対しては、主遣いの腰が足遣いの右腕に当たるような位置で密着し、主遣いの腰の微妙な動きから足遣いは次の動作を察することができるそうです。左遣いは主遣いから少し離れていますので、体に触れての指示はできません。左遣いは人形の頭後方から肩にかけての辺りを常に見ていて、その動きで合図を理解し次の動作に入れるのだそうです。それゆえ左遣いは絶対に人形から目を離せません。このような合図が決まっているからこそ、リハーサルをしなくても、また一緒に遣う相手が変わったとしても、同じように息の合った動作ができるのです。能のお囃子や舞にも合図的なものがあり、共演者が都度変わってもリハ無しぶっつけ本番で合わせられると聞きました。伝統芸能のルールって意外と綿密にできているのですね~~。

人形解説が終わり、休憩を挟んで「艶容女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ)酒屋の段」の実演です。床には浄瑠璃語り・豊竹芳穂大夫さん、三味線・鶴澤清馗さん、私も大好きな若手実力派のお二人がご登場なさいました。
太夫の語りと三味線の演奏が始まってしばらくして、下手側から勘十郎さん始め三人遣いによる女形の人形が楚楚と歩みを進め中央に出てお園のクドキの部分を演じます。至近距離で観る人形と床の大迫力、人形の表情や動きがつぶさに見え、床の語りと演奏の振動まで伝わってくるようでお芝居への感情移入が促進されます。ただでさえ泣けるシーンですが、こりゃまたいつも以上に泣けますなぁ。・゚・(ノД`)・゚・。

これまで人形遣いご本人のお顔は人形を引き立てるためにあえて無表情にしているというイメージを抱いていました。無表情が板に付くほどプロとして一流という気もしていたので、勘十郎さんの無表情は一流の証とも思っていたのですが、今回近くで改めて拝見しましたら、全く無表情でなんかなかったんですよね。むしろお優しい表情をなさっているんです。健気で可哀相なお園を愛おしむような柔らかな表情で…。立役の場合は勇ましい表情になったりもするのでしょう。かといって見てすぐわかるほどオーバーな表情ではないんです。近くに寄らないとわからないほど微妙な違いなのです。その辺の絶妙さ加減が技芸の力量差として表れるところなのかもしれません。

それにしても勘十郎さんのトークは本当に楽しかったです。豊富なエピソードの紹介やユーモアのセンスが秀逸でした。文楽の技芸員さん特に人形遣いさんは舞台上では無言なので、おしゃべりをたくさんなさるイメージを抱きにくいです。しかし実際に解説などをなさるとお話し上手な方が多いです。しかも勘十郎さんクラスになると、たぶんどっしり構えて多くは語らずなのだろうな~とか勝手な妄想で決めつけてましたが、いやいやなかなどうして、面白いことしゃべるしゃべる(笑) 解説の間じゅう、会場には和やかな笑いが絶えませんでした。しかも、今では誰もが認める実力者であるにも関わらず、話す内容は若い頃の苦労話などが中心で、若手の頃の気持ちを今でも忘れずにいる謙虚さがにじみ出ていましたし、自分にもこういう時代があったのだと後輩や弟子に送る応援メッセージのようでもありました。
また、観客の私たちに対しても丁寧にご挨拶なさって気軽にお声をかけてくださったり、気さくで温かな方なのだな~と思いますますファンになってしまいました(*^_^*)

この催しで一つだけ残念だったのは、勘十郎さんの解説の最中に観客の皆様の写真撮影があまりに頻繁であったことです。撮影自体は許可とも禁止とも言われず容認されている雰囲気でしたが、シャッター音(特に携帯・スマホの電子音)がひっきりなしに響いてうるさく解説が聞こえづらくて気になりました。また後ろから照明が当たっていたため、前の人のスマホやタブレットの画面に光が反射してまぶしく鑑賞の妨げになってしまいました。お客さん的には他の人が撮っていれば我も我もとなるでしょうから、あらかじめ主催者様側より撮影してもよいタイミングを限定していただければありがたく思います。なお、実演の前に撮影を控えるよう観客へのアナウンスがありましたので、それ以降は静かに安心して観ることができました。

そのただ一点を除けばたいへん質の高い素晴らしい催しであったと思います。下町のお寺の良い雰囲気の中で鑑賞する一流のプロによる文楽、初心者にも昔からのファンにも楽しめる解説、実り多い贅沢な時間でした。これを観て文楽を観に行きたいと思われた方とても多いのではないでしょうか。しかし東京12月公演は既に完売だそうです。チケットお求めでない方は次の2月公演にはぜひ。主催者様やスタッフの皆さんの対応も親切で心地良かったです。今後もどうかまたこのような企画を催してくださいませ。大いに期待しております!

<公演メモ>
人形遣い 桐竹勘十郎 × 日本画家 アラン・ウエスト
「谷中で文楽」

2014年12月1日(月)19時~
於:正栄山 妙行寺

・解説「文楽って楽しい」  お話 桐竹勘十郎
・実演「艶容女舞衣 酒屋の段 お園のクドキより」
太夫  豊竹 芳穂大夫
三味線 鶴澤 清馗
人形  桐竹 勘十郎、吉田 簑紫郎、桐竹 勘次郎

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お寺の門も風情があります。
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仏様に見守られながら心穏やかに文楽鑑賞。
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太夫と三味線の床です。開演前ですが障子に映る人影がイイ感じ♪

写真撮影:飯塚和恵さま
※主催者様および撮影者様より写真の使用ならびに掲載許可を頂いております。

谷中で文楽~桐竹勘十郎×アラン・ウエスト(前編)

下町情緒にあふれる台東区谷中にある正栄山・妙行寺で催された
人形遣い 桐竹勘十郎 × 日本画家 アラン・ウエスト「谷中で文楽」
以前から様々な伝統芸能について日本画家アラン・ウエストさんのアトリエ繪処で行われているレクチャー&実演シリーズですが、今回は今をときめく文楽人形遣いの大スター桐竹勘十郎さんご出演ということで、噂が流れるやいなやチケット予約殺到か?という勢い、急遽もう少し広い会場でということになり、このお寺の本堂をお借りする運びとなったのだそうです。

御本尊様がお見守りになる本堂の板の間の部分にアランさんによって見事な日本画が描かれた屏風が立てられ、右側には義太夫のための床が設置され見台が置かれています。およそ百名の観客で座布団席と椅子席がほぼ満席となり熱気むんむんです。しかも普段文楽を観るよりはかなり間近に舞台を観られる距離の近さでこれはかなり贅沢な空間です。

午後7時開演。勘十郎さんがまずはお一人で紋付き袴姿でご登場。丁寧なご挨拶の後、最初に右の懐から二つの目玉のおもちゃを出します。これを指にはめて簡単な指人形を使って動かしました。次に左の懐から棒遣い人形を出します。泥棒の人形です。ここで勘十郎さんは棒を使って人形を動かして見せるのですが、おもちゃの人形が辺りをうかがったり身を潜めたり本物の泥棒そっくりの表情と動きにw(゚o゚)w さすが勘十郎さん、どんな人形でも上手に遣ってしまうのですね!

最初から文楽の人形が出てくるものと思っていましたから、他の人形を使って話し始めたのには意表を突かれました。取っつきやすい話の導入にお客さんもぐいぐい引き込まれています。つかみはOKという感じですねー。ちなみにこれらの人形は勘十郎さんご自身が博物館や劇場の売店で見かけてお買い求めになったものだそうです。根っからのお人形好きなのですね(笑)

次に人形の構造についての説明です。まず人形の胴について。まだ手足も頭も着物も付いていない胴は、肩板に布を垂らした簡単なものです。胴は人形遣い自身の持ち物だそうで布の部分に「桐竹勘十郎」と名前が書かれています。肩板の部分には性別や役柄に応じて幅や厚みを出すために乾燥したへちまを重ねづけしているそうです。

胴の部分に衣装を着付けていくのは人形遣いの仕事です。これを人形拵(ごしら)えといいます。胴に、綿の入った棒襟、中襟をつけ、その上に着物を着け、帯を着け、小物をつけ、手足を吊ります。最後に肩板の穴から頭の部分を差します。着付けは太くて長い布団針を使い糸で縫い付けていきます。素材が固いために縫い針が何本も折れてしまう場合もあるそうです。人形の役割によって縫い付け方も異なります。例えば遊女は襟を低く襟元が大きく開くようにつけるというように。逆に言うと襟をどう縫い付けたかによっておのずと役割が決まってしまうのです。間違えた付け方をしてしまうと台無しです。

どのように縫い付けるべきか具体的に教わることは無いそうです。師匠や先輩方の縫い付け方を見て技術を盗むわけです。また、千秋楽に人形をバラすのは足遣いの役割で、バラしながらどのような縫い付け方になっているかを見て勉強するのだそうです。若い頃に端役の人形の役を与えられると楽屋の隅っこでせっせと人形ごしらえをします。舞台や稽古、師匠のお世話や様々な雑用をこなさなければならない忙しい合間に少しずつ縫い付けていきます。せっかく苦労して途中まで縫い付けてあったものが、用事を済ませて楽屋に戻ってきたら全てバラされていて「ハイ、やり直し!」って言われたりする。しかし何処が悪かったのかは全く教えてもらえない、という涙目になりそうなお話も(T_T) 師匠や先輩のやり方をしっかり見て自分で試行錯誤しながら習得していくしかないわけです。芸の修行って本当に厳しいですね~~!

次に人形の頸から上、頭の部分の説明。首と書いて「かしら」と読みます。かしらの素材は檜の木です。樹齢六十年以上の太さの木を縦に四等分したものを彫って作られます。胴串(どぐし)という人形遣いが握る軸の部分は檜の最も堅い箇所から作られています。顔の表面には和紙を貼り、胡粉(ごふん)と呼ばれる貝殻を細かく砕いた粉を塗ります。能面などと異なり、人形の顔は公演ごとに塗り直されます。長い興行期間の内に汚れていくからだとか。塗り直しはいちいち前のを剥がすことなく重ね塗りされるそうです。そのため徐々に面相が変わっていきますが、水に湿らせた布を巻いておくと、最初に貼った和紙からぺろりんときれいに剥がれるのだとか。

主遣い(=三人遣いのうちメインで遣う人)は胴串を左手で握ります。小指と薬指だけでしっかり握り、他の三本の指は自由に動かして人形の頭の動きや顔の表情をコントロールします。例えば頭を傾けたり目や眉や口を動かすためのしかけが胴串にはついています。頭の内部にはバネの役割をする鯨のヒゲが仕込まれています。バネによって髪を結って重くなった頭を支えたり、仕掛けで動かしたパーツを元に戻したりと言うことができるわけです。
目や眉、口を動かして笑ったり怒ったり泣いたりという様々な表情を演じ分けますが、単に個々のパーツを動かすだけでは自然な表情にならず、体の他の部分や体全体を大きく動かすことによって豊かな表情を生み出します。と同時に、人形の顔までは良く見えない後方のお客さんにも表情が伝わるわけですね!

さて、このあと若手技芸員さんも登場します。続きは次回に・・・。

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アラン・ウエストさん作の美しい屏風画。こちらを背景に人形が遣われました。なんとも幻想的…(○´ェ`○)
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妙行寺の外観。お庭も手入れが行き届いていてキレイです~(*´▽`*)
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谷中の路地。左端にアランさんのアトリエがちょこっと見えます。

写真撮影:飯塚和恵さま
※主催者様および撮影者様より写真の掲載許可を頂いております。

万作を観る会・芸歴八十年記念公演(第二日目)

野村万作さまの芸歴八十年記念公演(第二日目)を拝見して参りました。

チケット応募をすっかり忘れていて落胆していたところ、お友達がチケットを手配してくれていたのです。あぁー万作ラブ熱♡を常々しつこいぐらいに主張しておいてよかったぁ~と思いました(*´▽`*) 感謝の気持ちで国立能楽堂へ!

今回一番観たかった「三番叟」は、万作さま・萬斎さまのお二人ともが三番叟を勤められるという珍しい演式でした。小書に「神楽式・双之舞」とあります。「神楽式」は古より伝わる小書のようですが、「双之舞」は公演プログラムに「二人の三番叟であることを勘案し名付けた」と記載されていましたので、今回の記念公演のために作られたということなのでしょうか。ともかくたいへん珍しいものを見せて頂きました。

二人の三番叟が色違いでお揃いの装束をつけ同じように黒い尉の面をかけて鈴を持ち舞台上で同時に舞います。舞台を広々と使い、並んで舞い離れてはまた近づき交差し、波動と立体感が感じられる舞。三番叟は常でも豪華なものですが、双之舞ではその迫力と華やかさは二倍増しとなりおめでたさが際立つものでした。

千歳はお孫さん(萬斎さまのご長男)の裕基くんが初々しく勤められれ、親子三代共演の三番叟まことに微笑ましい光景です。お囃子方には藤田六郎兵衛さま(笛)、大倉源次郎さま(小鼓頭取)、亀井忠雄さま(大鼓)ら超一流どころが招かれ、素晴らしい演奏で万作さまを祝福なさいました。

万作さまの従兄弟の三宅右近さまの狂言「佐渡狐」、名古屋の野村又三郎さまの小舞「御田」、万作さまのお孫さんの遼太くんの小舞「景清」、万作さま・萬斎さま親子の狂言「痺(しびり)」、そして一門の若手たちの「六地蔵」と、バラエティに富んだ演目でそれぞれにとても楽しめました。中でもいいなぁ~と思ったのが小舞「御田」で、これ覚えて内輪のおめでたい席なんかで舞ったら盛り上がりそうだな~と狂言小舞もちょっと習ってみたいなと思ってしまいました(能の仕舞もろくに練習してないくせに…?(゚∀゚ ;))

萬斎さまはスター☆彡なのでお若い頃から光り輝いていますし最近は人気に負けない実力を兼ね備えて全く非の打ち所なく素敵だと思いますが、お父様の万作さまとご一緒に舞台に立たれますと、どうしてもお父様の素晴らしさの方に目を奪われてしまいます。お年は召されましたが万作さまの芸はいまだ遙かに高いところにおられます。萬斎くんまだまだですなぁ~がんばれ~(笑)

八十三歳とは思えない軽やかな動きを見せて頂いた三番叟の円熟の舞も素晴らしかったですが、「痺」で演じられた太郎冠者のお茶目さ愛らしさもまた万作さまの持ち味を存分に楽しむことができ、ファンには嬉しい番組でした(*^_^*)

お祝いの会にふさわしい豪華で楽しい公演でした。いやホント観に行って良かった!
万作さま、芸歴八十年まことにおめでとうございます。さらに芸歴九十年をめざして今後もお元気にご活躍されますよう心よりお祈り申し上げます!

唄う楽器「篠笛」語る楽器「能管」@和gaku庵(後編)

前回のお話 ⇒ 唄う楽器「篠笛」語る楽器「能管」@和gaku庵(前編)

福原寛先生の笛の演奏はどの曲もそれはもう素晴らしいものでした。

篠笛の曲は愁いを帯びた音色、馴染み深く情緒的な日本の昔のメロディで、懐かしさと切なさが伝わってくる、そんな優しい演奏でした。昔の大河ドラマ「樅の木は残った」で使われた「京の夜」という曲では、主役の平幹二朗さんが物思いにふけりながら笛を吹く姿が思い浮かぶようでした~(ドラマは観てないケド~^ ^ ;)。

篠笛を演奏なさる福原寛先生。
篠笛を演奏なさる福原寛先生。

それに対して能管の曲はかなりハードな感じです。音もかなり大きい。小さな会場だったので初めて能管を聴いたお客さんは「うるさい」と思ったかも?(笑)。私もこんなに近くで聴けることはめったにないので、その大迫力に圧倒されました。しかしその一方で、私には寛先生の能管は(能楽師の演奏と比べて)かなりメロディアスに聞こえました。能管で正確に音程を取るのは笛の構造上難しいことなので、技術的にもかなりレベルが高いことは間違いありません。先日、一噌幸弘さんが「踊るポンポコリン」を吹いてくださったとき天才だと思いましたが(※)ここにも天才がおられましたね!
(※)この話はこちらに詳しく(能楽五人囃子「能の来た道、日本のゆく道」)

能管を演奏なさる福原寛先生。
能管を演奏なさる福原寛先生。

笛の楽譜のお話。昔は特に楽譜はなく、師匠の演奏を真似たり口伝により教えられたことを、覚え書きとして書き留める人がいて、それらが次第に整理されて今の楽譜の形になったそうです。笛の楽譜では音程は数字で表されています。簡単に言うと開いている穴の数で表すそうな。楽譜の実演として「とおふ屋さん」「さくらさくら」「子もり歌」を演奏。例えば、とおふ屋さんなら、五ーー六ーーーー、五ーー六ーー五六(とーーふーーーー、とーーふーーとふ)みたいな感じです。これなら小学生にもすぐ理解できますね。しかし最近の若い人には豆腐屋や竿竹売りの音を実演しても通じないことが多くなってきたとか…(^_^;

笛の楽譜。音程は数字で、長さは記号で表されている。
笛の楽譜。音程は数字で、長さは記号で表されている。

歌舞伎における囃子方のお話。昔、囃子方は担当が分かれておらず、誰もが笛・鼓など種類を問わず何でも演奏していたのだそうです。ところが寛先生のお師匠様、今は亡き四代目 寶山左衛門(たから さんざえもん =六代目 福原百之助)先生が、あまりに笛の演奏が素晴らしかったために、笛ならこの方と次々とオファーがかかり、次第に笛専門になっていったのだそうです。その流れが現在に続くことになり、笛方以外の人はいまだにいろいろな楽器をやるけれども(鼓・太鼓、銅鑼や釣鐘などの打楽器、三味線以外の弦楽器、篠笛と能管を除く笛の類いに至るまで)、笛方だけは篠笛と能管しかやらなくなったのだそうです。

お囃子方は出囃子といって舞台上で演奏することもあるが、舞台下手奥の黒御簾の内で演奏される場合が多い。
お囃子方は出囃子といって舞台上で演奏することもあるが、舞台下手奥の黒御簾の内で演奏される場合が多い。

また寶山左衛門先生は笛の独奏のパイオニアでもありました。それまで笛は必ず唄や三味線と合奏されるものでした。その慣習から飛び出し、独奏用の曲を次々と作って演奏され、笛の独奏の世界を切り開いて行かれました。これは実に偉大な功績です。寛先生が作曲され能管で演奏された「宵月」という曲はお師匠様のスピリットを受け継がれた一曲でありました。メロディアスな能管の曲はこうして生まれたのですね~。

日本人には雑音と思われるような音を好む傾向がある。雑味や障りをあえて楽しんでしまうところが日本人の感性であり、そのため邦楽は雑味や障りをわざと取り入れるような工夫をして続いてきている、というお話はたいへん印象深く共感いたしました。
お能を観始めた頃、謡と笛や鼓の音が被っているのがとても聞きづらく感じたけど、今ではそこに瞬間的あるいは総合的な調和を感じるようになり、かえって心地良いと思えることがあります。これも先生の仰ることと通じるような気がいたします。

レクチャーの後には懇親会が催され、そこでも興味深いお話をたくさん聴かせていただきました。笛の道を志したきっかけやプロとして舞台に立つための修行、お師匠様のご指導話、使われている笛の製作秘話、中村勘三郎さんとの思い出話などなど。お話は楽しく尽きず、謙虚で気さくなお人柄にすっかりファンになってしまいました~(*´▽`*)

11月12日に紀尾井小ホールで演奏会があるそうです。私も参りたいと思います。皆様も心の琴線に触れる篠笛の音色に酔いしれてみてはいかがでしょうか?

福原寛 公演情報
福原寛公式ホームページ

<講演メモ>
和gaku庵(和文化サロン)唄う楽器「篠笛」語る楽器「能管」
2014年10月29日(水)@繪処アラン・ウエスト
講師・演奏:福原寛(福原流笛方)

《演奏曲目》
篠笛「月」(六代目 福原百之助 作曲)
能管「三番叟」座付笛
篠笛「京の夜」(六代目 福原百之助 作曲)
能管「宵月」(福原寛 作曲)
篠笛「三井の晩鐘」そよ風、母と子、一人ぼっち(六代目 福原百之助 作曲)
能管「狂い(獅子)」

※主催者および福原寛先生から写真撮影および掲載の許可を得ています。

唄う楽器「篠笛」語る楽器「能管」@和gaku庵(前編)

和gaku庵@繪処アラン・ウエストin谷中。今回はお笛のレクチャーです。
講師は福原流笛方の福原寛先生。歌舞伎や日本舞踊などの古典はもちろん独自の演奏活動や他ジャンルとのコラボなど多方面でご活躍の御方です。

本日のメニューは篠笛と能管のレクチャーと演奏。
篠笛は歌舞伎や日舞ではもちろん、お祭りのお囃子や映画・テレビの時代劇にもよく使われていますので、日本で生まれ育った方ならどなたでも音色を聴いたことがあるお馴染みの楽器だと思います。しかしワタクシ長年のお能中毒により(笑)能管のことはそれなりに知っているのですが、篠笛については不勉強で知識がほとんどありません。どんなお話が飛び出すのかワクワクです!((o(´∀`)o))

オープニング、福原寛先生が笛がたくさん入った布袋を携えて爽やかにご登場!
和gaku庵の先生方は本当にいつも素敵な方ばかりです,゜.:。+゜主催者の佐藤さん曰く「外見と実力の両方を兼ね備えておられる方にお願いしています」だそうです。

とても優しそうな雰囲気の福原寛先生。お弟子さんに聞いたらお稽古でもお優しいそうですよ~。
とても優しそうな雰囲気の福原寛先生。お弟子さんに聞いたらお稽古でも優しいそうですよ~。

さて、大量の笛です。レクチャーで紹介するためにいろいろな種類の笛をお持ちになったのかな?と思っていたら、常時これだけの笛を持ち歩かれているとのこと。能管1本を除き全て篠笛です。長さや太さが少しずつ異なるものが幾本も。なぜ何本もの笛が必要となるのか?寛先生がその秘密を明かされます。

演奏の際はいつもこれだけの笛を持ち歩かれているという
演奏の際はいつもこれだけの笛を持ち歩かれているという。左端の黒い笛が能管。

篠笛は基本的に唄や三味線と合奏する楽器です。音の調子は立唄や立三味線と呼ばれる主奏者に合わせます(多くの場合、立唄のキーに合わせます)。西洋音楽のオーケストラなどでは絶対音でチューニングしますが、邦楽には洋楽のような絶対音が無くて、基準となる音を自分で決めることになります。その人自身の声の高低やその時の体調・気持ちなどによっても基音は変わります。三味線は糸巻きを回して調弦することができますが、笛の場合は機構的に調律する仕組みを持たないため、少しずつ調子の異なる笛を何本も準備し選んで使うというわけです。そのためにたくさんの笛が必要となるのですね!そのほか息を吹き込む角度などで調子を変えたりもするそうです。微妙な音程の変化に対応できるのですね。な~る~。

さてそれではなぜ能管は一本のみなのでしょう。それは能管というのは基本的に他の奏者に合わせてメロディを吹く楽器ではないからです。能管は元々能で使われる笛です。能の舞台を観ているとわかりますが、能には三味線のようにメロディを奏でる楽器が出てきません。シテやワキの謡には音階があり他の邦楽と同様に基音は役者自身が決めます。しかし笛はその音に合わせるということをしていません。能では個々の楽器がかなり主張の強い演奏をします。決して謡の伴奏ではないのです。楽器自体が役者と同じく情景や心象を描写する役割を担っていると言えます。そんなわけで他と音の調子を合わせる必要がないので一本で足りるのですね~。

たくさん持っている笛のうち能管は一本だけ。残りは全て篠笛なのだ。
たくさん持っている笛のうち能管は一本だけ。残りは全て篠笛なのだ。

そういった笛の特徴を寛先生は「唄う楽器・篠笛、語る楽器・能管」と表現されました。特徴の違いを見事にひとことで言い表していますよね!

寛先生が篠笛と能管の曲の演奏を交えつつレクチャーは進行します。

長くなりました。つづきは明日に。

レクチャーの会場となった日本画家アラン・ウエストさんの画廊兼アトリエ「繪処アラン・ウエスト」。谷中にある風情のある古民家。
レクチャーの会場となった日本画家アラン・ウエストさんの画廊兼アトリエ「繪処アラン・ウエスト」。谷中にある風情のある古民家。

※主催者および福原寛先生から写真撮影および掲載の許可を得ています。

着付け習い始めてからフォーマルな着物を初めて着るの巻

友人の結婚式でした。

着付け教室では二重太鼓の結び方は習っていましたが、時間に制限がある中、きちんと結べるか不安だったのと、伊達襟を自分で付けたことがなかったので、着付けの先生にお願いして結婚式当日の朝に直前レッスンしてもらいました。レッスンのはずだったけど、結局半分以上は先生に着せてもらっちゃった…(^◇^;)

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この付け下げは妹の結婚式のために誂えた物で、16年前にただ一度、袖を通したきりだった^ ^ ;
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帯も素敵でしょ?これからも度々着る機会があればいいな。

金融系システムエンジニアちゅりぞうが主に趣味の伝統芸能やその他もろもろについて気ままに綴るゆるゆるブログです。